冒険者と客
二日ほど経った。
ある程度給仕をして仕事ができるようにはなった。周りを観察し続けていると、接客しているデイリスから手招きされる。
「この人来月結婚するんだって」
「……この店に来ていいの」
あはは、とデイリスの隣に座っている若い男が頭をかく。
「元々、彼女との接し方わからないからここに来たんだよねー!」
「言わないでくれよー」
気恥ずかしそうにする男。
「リジーちゃんだっけ。指名するから座ってよ」
デイリスに目を向ける。頷かれたので、男の隣に座ることにした。
「リジーちゃん追加で入りまーす!」
「……失礼」
デイリスも男には他の客よりも距離を取っている。レニーもそれに習い、二人分くらいは距離をあけて座った。
「控えめなコだね」
「なんて呼べば良い」
「そうだな……、アクレイトさんかな。婿入りするから慣れとかないと」
「わかった。アクレイトさん。ワタシはリジー。好きな呼び方で良い」
男の態度は柔らかく、表情も明るい。下心もなさそうで、単純に話にやってきたという雰囲気だった。
「リジーちゃんは好きなお酒ある?」
「特にないから、アクレイトさんの好きなもの知りたいな」
「じゃあ、これだね」
テーブルに置かれたボトルを指さす。
「あまり飲むつもりはないから分けようか。デイリスさんは物足りる?」
「大丈夫。幸せを分け合いましょう! ……あ、分けちゃだめか」
「分かち合いだね」
レニーが言うと、デイリスは大きく頷いた。
「そうそれ!」
「じゃあ、グラスもらおう」
グラスがレニーのところに置かれる。
「注ぐね」
アクレイトがグラスに酒を注ぐ。
「ありがとう。優しいね」
普通こっちが注がなきゃいけないのではないかと思いつつ、礼を言う。アクレイトとデイリスの分はすでに注がれているようだった。
「結婚するからね」
「さっきも言ったけどここに来ていいの」
「今日が最後だし、結婚できたのもここに来て会話に慣れたり、相談したりしたおかげだからね。お礼にしきただけさ」
「そういう利用の仕方もあるんだ」
「最初ギチギチに固まって全然喋れなかったんだよー」
「ばっ、そういう話は恥ずかしいだろ」
アクレイトが顔を赤くすると、楽しげにデイリスが目を細めた。
「仕事の付き合いで一回連れてこられたのがきっかけだったけど、おかげで話すことに慣れたし、彼女ともうまい感じに付き合えたから。プレゼントがわからなくて泣きついたこともあったよ」
「お悩み相談室なの、ここは」
「時間指定して話をすれば何でも良いからね。アクレイトさんはそりゃもういろんな女の子の話を熱心に聞いてたよ。プロポーズのセリフとかね」
「どんなのにしたの」
「えっ……と、言葉が出てこなくてふつーに結婚してほしいってなっちゃって……あはは。でも、嬉しいって言ってくれたよ」
「良かったね」
アクレイトは頷く。
「リジーちゃんは給仕やってるってことは、そのうちデイリスさんみたいなスウィートになるのかな」
スウィートというのはここでメインで働く女性のことだった。レニーは首を振る。
「期間限定の手伝いみたいなものなので、そこまでは」
「そうなんだ」
男なのにそこまでやってられるかという気持ちもある。レニーは冒険者だ。
「だからラッキーだね。アクレイトさんを祝えるから」
レニーは微笑む。アクレイトはきょとんとして、それからデイリスに耳打ちした。
「このコ、期間限定にはもったいなくない?」
○●○●
アクレイトはそこにいた全員に軽くあいさつをすると帰っていった。皆で喜び、祝いの言葉を送っていた。
リジーは給仕に戻ったのだが。
「……あいつ」
新規の客のようだった。受付で手続きをしている。
それはいい。いいのだが……違和感がある。視線はチラチラと他のスウィートを見ているようだった。
特定のひとりを気にしている様子だ。
「ねえデイリスさん」
「何?」
「最近利用禁止になった人、他にもいる?」
「まぁ、いるけど」
手続きを済ませた客がひとりを指さす。受付から「指名でーす!」と、スウィートの名前が呼ばれる。
客の口の端がつり上がり、歩みが早くなる。腰の方に手がまわった。
「……ちょっと行ってくる」
レニーはデイリスから離れる。指名されたスウィートと客の間に向かって歩き始めた。
フリジットとルミナが男装をして入れたくらいだ。わざわざ男性名を用意したということはこの店は別に本名である必要はない。
「やっとだ。やっと会えたぞ……ネアン!」
客に呟きにスウィートが青ざめる。
「その声……!」
腰から引き抜かれたのはナイフだった。レニーは杖に手を伸ばし──ないことを思い出した。
「あ……」
テーブルなどが邪魔で客までの距離が思ったよりある。
「──失礼」
接客中のテーブルに足をかけ、魔力を込めて跳躍する。勢いに耐えきれずテーブルが倒れた。床に酒が落ちる。
指から魔弾を撃つ。
「うわっ」
ナイフに命中させ、弾き飛ばす。そしてスウィートと客の間に割り込んだ。
「なんだテメエ」
客……男に睨まれる。
「わかるだろ? ルール違反だ」
「うるせえ!」
邪魔だとばかりに拳を振るわれる。レニーは頭を傾けて軽く避けた。ついでに客の股間を蹴り上げる。
青ざめた客は股間を抑えながら蹲った。悲鳴にならない悲鳴を上げている。
背中を踏んで抵抗できないようにした。
「大丈夫?」
襲われそうになっていたスウィートに聞く。
「は、はい」
なぜか顔が赤くなっていたが大丈夫そうだった。




