冒険者と初利用
色町、花町、と呼ばれる区域がある。娼館などが集まる区域で、住宅区域からは最も離れている。城下町としても端のほうになる。
冒険者がお世話になることも少なくはないとは聞く。聞くだけでレニーは全く興味がなかったので知らないのだが。
「えっと確か」
地図を片手にやや前方を歩いていく受付嬢。その背中を目で追いながらレニーは店を眺める。匂いが他の区域に比べて、甘いような気がした。
そういう店ばかりではなく、花屋や服屋等、通常の店も並んでいる。
「ここです、レニーさん」
受付嬢が指をさした先には酒場のような店だった。「スウィートハート」のハートの部分はマークになっている。
「おわぁ」
夜なこともあり、看板の文字が光っている。加工に魔光石でも使用したのだろう。
「入るの、これ」
入り口を指さしつつ、レニーは舌を出す。
「露骨に嫌そうな顔!? いいじゃないですかー、英雄色を好むといいますよ」
「というか女性同伴で入るって意味わからないし」
受付嬢がレニーの背中にまわる。
「私はすぐ家に戻りますのでっ、楽しんでください」
背中を押される。
「わっ、意外と男らしい背中してますね」
「そりゃどうも」
「テンションひっく!」
扉を開けて、中に入る。昼に比べて暗いが、灯りはあるためそれほどではない。いくつもの席が用意されており、必ず男女で埋まっていた。中には両サイドに女性を侍らせている者もいる。
「いらっしゃいませ、スウィートハートにようこそ。ご利用は初めてですか」
目の前の受付で、若い女性が笑顔で迎える。うさぎの耳のヘアバンドを着け、肩はむき出し、胸元がぱっくり開いた際どい服を着ていた。ぴっちりしていて体のラインがよくわかる。
「って、デイリス?」
店の中を見る女性。受付嬢に雰囲気の似ているうさぎ耳のヘアバンドをつけた女性がいた。
「じゃない」
「妹でーす! お姉ちゃん指名でこの人案内お願いします!」
「妹ちゃんねぇ。待ってて、デイリス呼んでくるわ」
女性は離れると、すぐにデイリスを呼んできた。
「え、なんであなたここにいるの」
「お姉ちゃんにボディガード雇いました、へへん」
デイリスは困ったように眉を下げる。
「ボディガードって……」
「親睦を深めるために指名させてね」
「フリーだからいいけど」
視線がレニーに移る。
「レニー・ユーアーンだ。よろしく」
冒険者カードを出して、カウンターに置く。
「ご丁寧にどうも。わたしはデイリスっていうの」
カードを手にとって色を確認するデイリス。
「赤いってことは……ルビー!? 高いんじゃないの、この人」
すっと、冒険者カードが返される。デイリスは眉に皺を刻んだ。
「報酬は依頼の難易度だから。指名料でちょこっと高い程度だよ」
「その指名料が高いって聞いてるの。なによちょこっとって。絶対高いじゃない」
「だってお姉ちゃんが安心できるほうがいいもん」
「わたしは別に……」
視線がレニーに向く。向けられている感情はどちらかというと不安が強そうだった。男というのが警戒要素になってしまっているのだろうか。
「あー、キミに手を出したら殺されるから。そこらは安心してほしいかな」
自分より強い二人を思い浮かべながら、両手を上げる。
「まさか……ちょっと! あなた彼女持ち巻き込んだわけ!?」
「い、いないよ! そうですよねレニーさん!?」
怒る姉と助けを求める妹の姿がそこにあった。
「いないはいない」
デイリスの圧に、リスのように縮こまる受付嬢。
「依頼料は私持ちだし! 身の安全が一番なんだから! とりあえず指名受けて! そしたら私お姉ちゃんの家に帰るから」
「……もう」
仕方がなさそうにため息を吐くデイリス。
「いくつか質問に答えてもらっても。会話を円滑にするための調書と契約書書かなきゃなので」
「オレ、たぶん書けるよ」
「大丈夫です!」
「あぁ、そうか。じゃあ、お願いします」
レニーに向けて紙とペンが差し出される。レニーは受付で書類を確認しつつ、質問事項に答えて、契約書にサインをする。
書類にはレニー自身の女性の好みやプライベートを問う質問事項があったことと、業務についての注意点が書かれていた。この業務は人目のつく場所でしかサービスを行わないこと。親しみを感じてもらうために敬語等は基本的に使用しないが、本当の恋人になるわけではないこと。従業員のプライベートに踏み込まないこと等だ。最初は店の中で飲み物を飲んだり、会話をするだけ。指名を一定回数行い、信頼関係を築けたらデートが行える、という内容だった。デートは外、店のみ可能。宿や個室のある類は不可となっている。無論暴力禁止、節度のないボディタッチも禁止。ひどければ利用禁止になることも書かれていた。
「ふーん」
仕組みはしっかりしているようだ。契約書でライン越えをしないように念押しもされている。
書類を渡す。
「ありがとう」
デイリスはそれを受け取り、読み始める。
「じゃ、これ料金です。お二人でごゆっくり〜」
受付嬢は料金を受付に置くと、そそくさと店から出ていった。そんな背中をレニーは目で追う。
「……よく似てるね。デイリスさんと受付さん」
「そりゃ、姉妹だからね。妹から注意とか聞いてる?」
「一通り」
「じゃ、大丈夫だね。席、案内するよ」
手で席を示される。うさぎの尻尾を揺らしながら、デイリスは席に向かっていく。途中、受付をしていた女性に声をかけ、書類を渡す。
レニーは席に向かった。
サービスを受けると言っても、会話をする時間であるのなら事情を聞いてこちらの動き方を決める時間にすればいいだろう。




