冒険者とストレス
「あーむかむかするんですけどぉ!」
ジョッキを叩きつけながら、フリジットは肉を頬張る。レニーは、その姿をいつものように眺めていた。今日のフリジットは頭の両サイドに大きな鈴を付けたような、そんな髪の纏め方をしていた。いつもより若干幼げな雰囲気がする。
「ムキーッ」
フリジットの頬はほんのり赤く、酔い始めているようだった。深夜に近づき、閑散とした酒場ロゼアで、フリジットは星のように目立っていた。
「忙しそうだね」
「終わりましたけどね! こう、なんだろうね! 終わったけど、ね!」
「もやもやするんだね」
フリジットは指を鳴らす。
「それですぅ! お酒飲んで誤魔化さないとやってられませんー!」
グビグビと喉を鳴らしながら一気に飲み干し、追加を注文する。
「受付嬢の仕事って大変だろうしね。タチの悪いやつの相手とかもするだろうし」
「大変ですぅ! 大変なんです。臨時でリジーちゃんにならない?」
懇願するフリジットに、レニーはニッコリと笑みを浮かべた。
「絶、対、や、だ」
「ですよねぇー!」
とほほ、と嘆きながら酒を飲む。
「キミ、魔法闘士でしょ」
「うん」
「殴って発散とかたまにしたら? スキルツリーももったいないし」
フリジットは元冒険者だ。レニーよりもずっと強い。もしここでレニーが不意打ちをしたとしてもケロッとしているだろうし、ボコボコにされるだろう。
「……あー、うん。殴り応えのあるモンスターっていたかなぁ」
「どういうやつ」
「うーん、こうどでかくて、強くて、殴り合えそうなやつ!」
ばーんと両手を広げるフリジット。見た目の美しさから想像もできないほどざっくりした希望だった。
「あれ討伐しようよ」
「何?」
「ボックスカンガルー」
畑を荒らす一匹のボックスカンガルー。最近討伐依頼の出された魔物で、ルビー級の難易度となっている。どうやらスキルツリーが発達した特殊個体のようで、トパーズ級パーティーが返り討ちになったので、難易度が上がったのだ。
「ジビエ食べてみたいから受けようかなって思ってたんだよね」
カンガルーはこの地域ではあまり見かけない。見世物にされる予定だったものが脱走し、過酷な自然環境に適応した結果、畑を荒らすまでに至ったのかもしれない。
酒場ロゼアでは料金を支払えば、討伐した生き物の素材や採取したもので料理をしてくれる。割増料金にはなってしまうが、珍しい食材などを味わいたいときに重宝する。
レニーは魔弾で狙い撃ちして狩るつもりであったのだが、フリジットが殴り合いたいというのであればいい相手なのではないか。二足歩行をする魔物の中で跳躍力とパンチ力に優れている。相手を囲むように、四角を描くステップを踏むことからボックスカンガルーと呼ばれている。
「殴り合いできるし、良い発散になるんじゃない」
「……レニーくんが楽にジビエ食べたいだけじゃない?」
フリジットが両手の上に顎をのせながら、上目遣いに問いかけてくる。レニーは特に隠すこともなく頷いた。
「悪いかい?」
フリジットは少し視線をレニーから外し、考え込むような様子を見せる。
「……私も食べたい。うん、よし行こう」
テーブルに並べたものを平らげ、フリジットは立ち上がる。
「手続きしちゃうから。レニーくん、準備してね」
「いいけど、いつ行くの?」
フリジットは両の拳を突き合わせた。
「今から」
「えぇ……」
レニーが面倒くさそうな顔をしたからか、フリジットが頬をふくらませる。
「予定があるなら、ひとりで行くけど。そしたらジビエちゃんは全部私のもの〜」
「お供しますお嬢様」
レニーは立ち上がり、頭を下げた。
○●○●
夜空の下、二人で歩く。
「ところで飛び出てきたけど、休みとか調整は大丈夫なのかい」
深夜テンションで裸足で駆け出したような、そんな無計画な出発となったが、フリジットの本業は受付嬢だ。その場の思いつきで、依頼を受けて達成してくるというのは中々難しい。
「現地調査の仕事があったから大丈夫だよ。ボックスカンガルーの討伐依頼の出た地域だし、丁度いいかなって」
さすがにそこは考えていたらしい。
「私、ボックスカンガルー討伐するから。レニーくんが現地調査してくれる?」
「いいけど、ボックスカンガルーの討伐は見学していいかい?」
フリジットは足を止めて、振り返る。
「なんで?」
「興味ある」
フリジットの戦い方は何度か見たことあるが、まじまじと一人で戦うところを観察したことはない。だいたい命に関わっていたり、軽い依頼をこなすだけなので、見る暇がないのだ。
メインでガッツリ戦う姿を見てみたい気持ちはある。
「……えー」
視線をそらしながら、フリジットは嫌そうな顔になった。
「何か、都合悪い?」
「そういうわけじゃないけど……その、引かないかなって」
両手の人差し指を合わせながらフリジットが呟く。
「私もしっかりちゃっかり女だから……ね」
「何を今更」
レニーの物言いに、フリジットはむっとする。
「今更って、改めて見学されるってなるとまた違うんだから! 女の子は可憐な子がいいよね〜みたいな男腐るほどいるんだからね」
「天地がひっくり返ってもキミは素敵な女性なままでしょ」
「ふへっ?」
フリジットが虚を突かれたように目が大きく開かれる。
「指先まで綺麗にしてるし、髪型もあれこれ変えるし。元が良いのによくがんばるよ」
「そりゃ、色々オシャレしたいし、可愛いままでいたいし」
「乙女だね」
「ち、ちなみにレニーくんは好きな髪型とかあるのかな」
顔を赤くしながら、フリジットはレニーに聞いてくる。レニーは顎に手を当てて、しばらく考えた後、こう答えた。
「好きにオシャレして、髪型変えて、楽しそうにしてればいいかな」
「答えになってないんですけど」
「そりゃ見た目より、実情だから」
「あなたをオトすには苦労しますこと」
真横に近づかれて、ゲシっと軽く蹴られた。
歩みを再開する。
二人で空を見上げながら、目的地を目指す。
レニーは横目でフリジットを眺めた。
誰にしろ、その人にしかない、色々な面を見られることほど嬉しいことはない。
――まぁ怒られるのは勘弁だが。




