冒険者と衝動
――どうしてこんなに、この人は優しいのだろう。
普通の子どもが着ているような布の服に、靴。初めて揃った気がする。
「うん、似合ってる」
穏やかな表情でサラリと言う。なんだか、落ち着かない。これが揃うまで家を歩き回ったり、店を見たりした。
物々交換であったり、お金を支払ったり、自分には何の見返りもないのに、身なりを整えてくれて、温かい食べ物を食べさせてくれて。
涙があふれる。
「え、なんか気に入らなかった?」
戸惑うレニーに必死に首を振る。
嬉しかった。自分がこんなにも優しくされるのが。例えこの後だまされて売り払われるのだとしても、今このときほど幸せな時期はないだろう。
ウタハはそう思った。
「ほしいものがあったらいいな。できる範囲なら買うから」
そう言ってくれるレニー。
怖いくらいだ。
――でも。
距離を感じる。これだけ優しい人であるのに、それでも避けられている気がする。なるべく距離を取りたいかのようで、宿の部屋も別々で、朝起こしに来る。
『きっと、呪われてるのよ』
親の言葉を思い出す。
――あの子がほしい
きゅっと胸が締め付けられるような感覚がして手を握る。
――かってうれしい。あいつはじゃまだ
優しい人でさえ距離をおいて、そして、優しい人でさえ疎ましく感じている自分が嫌だ。
生まれたときからずっと心臓を半分、別のナニカに噛みつかれているかのような、自分というものを喰われているような、そんな感覚がする。
いつか、自分が喰い尽くされてなくなってしまうんじゃないかと不安になる。
だから毎日祈ってしまうのだ。
神様どうか、自分をいい子にしてください、と。
でなければ――してくださいと。
○●○●
こんな夢を見た。
黒い泉を歩く夢だ。足が焼けるように痛くて、ぬかるみにはまったように動きづらい。
それでも、前に進む。
キラキラしたものが、先に見えたから。
それがきっと素敵なものだと、どうしてか確信がある。それを掴めれば何もかもうまくいって幸せになれるのだと、そんな根拠のない確信が。
足が痛い。足が重い。
でも、今まで辛かった分のご褒美がもらえるのだ。
きっと、誰にも愛されなかった自分の、誰にも必要とされなかった自分の、キラキラした宝物になるのだ。
そう思って手を伸ばす。
進む。沈む。
届かない。
沈んでいく。手が、触れさえしないのではないかと悲鳴を上げそうになる。
涙を流して、顔をぐちゃぐちゃにしながら、進む。
進んで、沈んでいく。
嗚呼、届かない。自分はやっぱりダメなんだ。
そんな絶望感と共に、永遠に届かないキラキラを見る。
――あの子がほしい
――まけてくやしい
……本当に、これは自分の感情なのだろうか?
あれを取ったら自分は幸せになれるのだろうか?
疑問に思う。
――あの子がほしい
手を伸ばしながら、沈む。
――あいつが、じゃま
レニーの顔が浮かぶ。
あんなに優しくしてくれるレニーの顔が憎らしく見えた。
――相談しましょ、そうしましょ
……誰に? 何を?
――かってしまおう、はないちもんめ
暗闇の中で赤い花びらが鼻先に落ちる。
……凄く、いい匂いがした。
○●○●
――ひどい悪寒と共に飛び起きた。
悪夢を見た覚えはないのに汗でぐっしょり濡れている。レニーは耳を済ましながら周りを警戒した。
全身に鳥肌が立っていた。
「……なんだ?」
宿の一室で寝ているのだ。よほど治安が悪くない限り、こんなに命の危機を感じることはない。
暗闇の中で、月の光と己のスキルだけが頼りだった。ベッドから降りて靴を履く。クロウマグナをホルスターごと掴んで取る。装着を済ませると扉がノックされた。
『おにーさん』
ウタハの声だった。ため息を吐き、緊張を解く。
「どうしたんだい」
『……怖い夢を見たの。一緒にいてほしくて』
子どもらしい理由だ。レニーはそっと扉に近づいて、ノブに手をかける。
「今開けるよ」
『アリガトウ』
開けた瞬間、レニーは後ろに跳び退いた。レニーのいた場所に黒い茨が突き上がる。
声に違和感を覚えて咄嗟に回避しただけだったが、喰らっていればどうなっていたのだろうか。
レニーの頬を汗が伝う。
「あーあ、失敗しちゃった」
クスクスと笑いながら、茨が影に溶けていく。
コイツは――なんだ?
スカハの何だ?
「ウタハじゃないな。キミは」
「ウタハだよ。今は」
口調が、聞き覚えのあるものになる。
「ふふ、ふふふ……その子がほしいな」
レニーの胸を指さしながら、ウタハが言う。
「ちょーだい」
「随分なおねだりだね。悪いがオレのもんじゃないんだ。あげられない」
「えー」
ゆらりと、体を揺らす。
「いージャン。別にィ」
影の鎌を作り出してレニーに跳びかかってきた。
レニーはクロウマグナに手をかけて、
「……ちッ」
拳を握りしめてウタハに突っ込んだ。
鎌の刃を掴み、スキルを発動させる。
――だが、スキルが発動しない。
「いいなーほしいなぁー」
「シャドードミネンス」
シャドードミネンスで支配した範囲を握り潰す。蹴りを入れたいところだが、踏みとどまる。
「シャドーハンズ」
影の手でウタハを拘束する。
「いいなぁいいなぁ。ちょーだい!」
ウタハとは思えない凶悪な笑みを浮かべながら影から大量の棘がレニーに襲いかかる。
「ぐっ、こんなの」
シャドーステップを発動し、棘の群れから逃れる。そしてウタハの横を抜けて部屋から脱出した。
「まってえええぇええ!」
後ろから声が追いかけてくる。
「ウタハ! ウタハ、起きろ!」
ウタハに呼びかけるが、あまり効果がなさそうだった。
「チィッ」
外に出る。不思議と夜は静まりきっている。本来夜はレニーの能力を十全に発揮できる時間だが、それは敵を相手にしたときだ。
「おにーさん!」
「おわっ」
巨大なハンマーが叩きつけられる。レニーは急いで村の広場に出て逃げる。
「洒落に、ならないぞ!」
普通の依頼をしていたはずなのに、こんな命がけになる筋合いはない。そう思いつつも、どうにかせねばと考え込む。
「ちょーだい。ちょーだいちょうだいちょうだいちょうだい!」
無邪気に笑うウタハ。ウタハの右手に槍が握られている。
「じゃまだから、死んで!」
槍が投げられた。右に跳んで避ける。
「げっ!?」
ぐにゃりと、槍がレニーのほうにひん曲がって追尾してきた。
鮮血が舞った。




