冒険者と対人戦
冒険者は死線を好む。
それは己のスキルツリーが成長する、確たるものだからだ。いつ成長するかわからないスキルツリー、鍛錬だけでは芽吹かない新たな境地。それを求めて、冒険者は時に危機を望む。
とはいえ死の恐怖がないわけではない。いざその苦境に立たされると、逃げ出してしまうものも多い。多くの場合、死の危機というのはギリギリ切り抜けられるものではなく、圧倒的な絶望感と共にやってくるからだ。
それでも歴戦の冒険者は死線を越える。
何度もやっていると人間、適応してくるらしい。
死線を好んでいると、副作用的に戦闘への適応が起こる。体ではない、趣味嗜好の範囲でだ。
好戦的とまではいかないが、強い相手と対峙した場合、最初に沸き上がる感情は「期待と興奮」だ。
「何を笑っている」
檻を背にし、レニーはカットラスで攻撃を捌きながら、投げかけられた問いに答えた。
「楽しいから」
例えばフェイント。目線の動きに誘導されて、不意を突かれる。足の動きで対応を決めるが、予想を裏切られる。
迫った死を、己の技量で持って流し去る。
その過程、結果。
全ての駆け引き。それが癖になる。
「ボルテックス」
ドナティーリが魔法を唱えるとレニーの視界から消えた。スピードを上げるものだろう。
「後ろと見せかけて」
レニーはカットラスを逆手持ちにする。
「上だ」
「ぬぅっ!」
脳天割りを鍔で受け、刃に流す。だが、防いだのは一対のうち片割れのみ。着地後の隙を埋めるように、二撃目が振るわれた。
レニーはカットラスを右手から左に持ちかえる。順手で持ったカットラスで、二撃目を迎え撃った。
互いに力で押し切ろうとせず、距離を取る。
「やるぅ」
「……なぜさっきのように杖を使わない」
剣先を向けられる。
「使ってほしいかい?」
「使わない理由、当ててやろうか」
「なんだい」
まるで肉食獣のように歯を剝き出しにする。
「俺に当てることができないんだろう」
確かに、目の前の男はバッギスより動きが速い。バッギスが射線上から逃れていたように、ドナティーリも同じことができるだろう。
「さぁ、どうだろうね」
「答えているようなものだなっ!」
ドナティーリが駆ける。
間合いを詰め、竜巻のように己を回転させながら二刀を振るう。レニーはカットラスで受けつつも、自分の体も意図的に逸らした。
刃を凌ぎきるが、次に蹴りが飛んできた。
「あぶっ!」
咄嗟にシャドーステップを発動させ、後ろに下がる。
「シャッ」
逃げた先に、突きが放たれた。
レニーは正確にその剣先を捉えると、カットラスで弾き上げる。
弾きのスキル補正も乗って、相手の体勢を大きく崩した。
懐に、入る。
思わず、舌なめずりをしてしまった。
「ぐ」
カットラスを横に振るう。
相手は崩れたバランスを利用して上体をそらしながら跳んだ。そしてそのまま、後ろへ宙返りしてみせた。レニーの一撃は空を斬る。
再び踏み込む。
「うん?」
追撃を仕掛けようとするが、足が止まる。外から、かすかに紫色の光が見えたからだ。教会の中に、わずかな風が吹き込んでくる。
「魔力、か?」
魔力の色は、正直重要ではない。本人のイメージした通りの色に出力されるだけだ。炎を燃やすイメージで魔力を操れば赤くなるし、水をイメージすれば青くなる、そんな曖昧な性質だ。
ただ魔力が可視化されるほど放出される、という事態は異質だった。
周りに影響を与えて風を起こしたり、物を壊したりできるので、威圧目的でやる者もいる。魔法で脅す方が圧倒的に効率がいいが。単純にそれをやる余裕があるということは強いということなので、脅しとしては案外効果的だったりする。見た目も派手なので、印象も残りやすい。
ただ少なくとも戦闘中に、ましてや格上相手に行うものではない。
「弟が本気を出したか。もうあの女は終わりだろう」
「彼女、オレより強いのに?」
「たったひとりでアレは倒せんよ」
腰のあたりから薬瓶を取り出し、飲み始める。
レニーは外を気にしながら、その様子を眺めるだけだった。
「なんだ、狙わないのか? 絶好のチャンスだというのに!」
ドナティーリの体から魔力があふれ出す。筋肉が膨張し、引き締まっていく。外見上の見た目は毛の生えた程度しか変わっていないが、大幅なパワーアップが起こっているのは火を見るよりも明らかだった。
「どうだ、素晴らしい力だろ」
溢れんばかりの魔力がドナティーリから放出されていた。外で見えている光も、恐らく同じ手段によるものだろう。
レニーは答えず、ただ黙って構えを解いた。
「フッ、この溢れ出る力に、恐怖を抱いたか」
自然体になったレニーに、ドナティーリは勝ち誇る。
「仕方あるまい。先ほどまで互角だったというのに、ここに来て圧倒的な差が」
二発。
両肩を魔弾が貫いた。
だらんと腕が垂れる。
「あ?」
「どうしたの。何か不思議なことでもあったかい」
「……いつ、杖を抜いた?」
レニーの杖はホルスターの中だった。
「ちょちょいと今」
「……このパワーを手に入れた俺が、見えないだと」
「あのさぁ、そういうのって判断力鈍るんだよね。細かいところに気が行かなくなる」
あくびをするレニーと、驚愕に目を見開くドナティーリ。
両者の態度は真逆だった。
「バ、バカな。こんなはずは」
「射線で予測されるならさ、予測されない速度で撃てばいいだけ。でしょ?」
こんな風に、と。
両膝を撃ち抜く。たまらず、膝から崩れるドナティーリ。
その顎に膝蹴りを叩き込む。
「がはっ」
ドナティーリは意識を刈り取られ、仰向けに倒れた。無論、先ほどまで溢れ出ていた魔力は消えている。
「全く。ガッカリだよ」
気絶したドナティーリに向けて、レニーは盛大なため息を吐いた。




