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冒険者と委ねること

 そして、その日が来た。


 レニーたちがイヴェールを迎え撃つのは、決戦場と呼ばれる場所だった。木を全て伐採しており、十分な戦闘が行えるようになっている。


 レニーたちでも存分に動けるスペースにはなっているが、巨体を持つイヴェールも同じことには違いない。


 レニーとフロッシュは決戦場手前で建造されている見張り台で、遠くを眺めていた。決戦場には砂粒のようなルミナとルジィナの姿が確認できる。


「……心配か?」


 フロッシュが尋ねてくる。レニーは首を振った。


「オレより強い子だ。心配すべきはオレ自身の力量だろうさ」


 この場の人間は何かしらに特化している。レニーは、特化しているとは言えない。

 見張り台の屋根。それがつくる影を利用して、最大限の仕事をする。まずそれだけを考えることにした。


 はっきり言って、戦闘が始まったらさほど役に立てる気がしない。


「来たな」


 フロッシュが呟く。レニーは目を細めるが、姿が見えない。フロッシュの目が良いからだろう。


 前衛の二人に知らせる必要はない。近づけば嫌でもわかるようになっているからだ。


 レニーはクロウマグナを引き抜くと、ストッパーを親指で押して外した。シリンダーを出し、カートリッジを外す。


 ゆっくりカートリッジを入れ替えた。


「どのくらいで着く」

「スピード的に三分ほどか」

「……絶妙にもどかしいな」


 影を支配し、自分にバフをかけ、クロウマグナに魔力を通していく。ゆっくり柵へ足を進める。そして足をかけた。


 やがて巨大な蛇が見えた。木々をなぎ倒しながら、茶褐色の巨体を唸らせ、突き進んでくる。


 冗談のような巨大さだった。町などひと薙ぎで破壊できそうなほど大きい。

 例えようのない巨大さに、唖然とするしかない。まるで神話の一部分を切り取ったかのようだった。


「フロッシュさん、タイミングは」

「任せてもらおう」


 弓を構えながらフロッシュが応じる。


 やがてイヴェールが衝突(・・)した。エルフ達が形成した大規模な防御結界に、イヴェールがぶつかった音だった。半透明の青い障壁にヒビが入る。


 鐘を鳴らすような、鳴き声が響き渡る。大地が揺れ、空気が震える。


 大口を開け、破城槌のような牙をむき出しにすると防御結界を噛み千切った。


「飛べ!」


 フロッシュの合図に、反射的に飛ぶ。


「カタパルトアロー!」


 フロッシュの魔法によって、レニーの体は上空に打ち上げられた。落ちても体が無事なように保護も付与されている。


 風を感じながら、レニーは目を細める。


「――其は楔」


 巨大なイヴェールの体に杖の先を合わせる。狙うまでもないほどの巨大さだ。狙いは気にしなくていい。


「戒めを科し、暴虐の船を止める錨と化すだろう」


 詠唱をする。イメージを明確化し、魔力の形成を補助し、己の魔法を完成させる。


 セットしたカートリッジは、魔弾の補助の効果も何もなく、あらかじめ込めていた魔力を魔法発動時に一気に上乗せするものだった。更に言えば戦闘時には一度しか使えない。しかし、教わったばかりの上位魔法を成立させるにはこのカートリッジが適切だと判断した。


「ブラックバート……」


 飛翔高度が頂点に達し、レニーは魔法名を口にする。


「クルゥーシファイ!」


 巨大な黒い錨が形成され、イヴェールに向かって射出される。

 突き進もうとしたイヴェールの背中に刺さると、打ち込まれた釘のように、イヴェールを拘束した。


 黒い錨の頭から、魔力の鎖が次々と地面に突き刺さる。


 イヴェールの鳴き声が響き渡った。


 レニーはひとまず魔法が成功したことに安堵しながら、森に落ちていく。


 ブラックバート・クルゥーシファイ。


 拘束特化の、上位魔法だ。そしてこの魔法の特徴は仕込んだ魔法を射出する、という性質だろう。通常、拘束する魔法は維持が求められる。シャドーハンズといい、ネガティブバインドといい、拘束されれば相手の抵抗に抗う為に魔法を維持しなければならない。


 トラバサミのような罠の性質を持つ魔法もあるが、拘束力は弱い。または全身ではなく、体の一部の動きを強く制限するものだ。


 この魔法は真上から当てなければならないという条件をクリアすれば相手を強く拘束できる。込めた魔力が多ければ多いほど長く、だ。維持するために継続的に魔力を送り込む必要はない。


 しかしイヴェールは強大な魔物だ。拘束できても数秒だろう。


 数秒の拘束。それだけの為に、魔力はほぼ使い切ってしまった。


 だが、ただ突き進もうとするだけの巨大な敵の注意を引き、そして初撃を思う存分当てることができる。


 現に拘束されたイヴェールの体を切り刻むルジィナや、魔法の矢を連発するフロッシュの姿を辛うじて確認できた。


 レニーはクロウマグナをホルスターに収めながら、呟いた。


「そんじゃ、あとはよろしく。ルミナ」


 己がこの場で最も信頼できる相棒(ソロ仲間)に、心の中でエールを送る。


 レニーは英雄でも、何でもない。化け物を倒す力はないし、歴史に名を残すような大層な人間ではない。


 いつまでも、冒険者だ。


 魔物を倒すことだけが仕事ではない。自分の役割をこなすこと。それが、レニーの仕事だ。

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