冒険者と馬車の中
依頼を受理したという連絡は依頼主に手紙が届くようになっている。一刻も早く対象を討伐しなければならない時もある為、冒険者は依頼主に話を聞きにいかずに現場へ直行することも珍しくない。
根城の廃墟はサティナスから馬車で二日ほどの距離であった。
運よくすぐ馬車を借りられたレニーとルミナは、揺れる車中でくつろいでいた。
お互いに無言で、座って休んでいる。
喋ることも特にない。
レニーとルミナは何度か依頼を共にこなすことがあった。きっかけは盗賊討伐だったか。それから、ルミナに誘われ、レニーが承諾するという流れを繰り返している。
相手が賊でも魔物でも変わらない。ソロでは少々手間取る依頼であるとき、ルミナはレニーを頼っているようだった。
ルミナは大型の魔物を相手にするのを得意としていた。大剣を振るい、迫りくる敵を薙ぎ払う。実にシンプルな戦闘スタイルだった。ルミナの華奢な体格に似合わず、スキルツリーによって大幅な身体強化がされている。反動か魔法の適性がなくなってしまったようだが、魔物相手でも全く力負けしない。
「ねぇ、レニー」
「なんだい」
「どう戦えばいい」
「うーん、いいんじゃない。適当で」
ルミナが戦い方を気にするのは珍しかった。何せ大体その場の勢いでどうにかなるからである。ルミナのようなパワータイプの相手は一番どうしようもない。戦闘の駆け引きもなく、力で叩きのめされるからである。その光景を何度も見て、幾度相手を哀れに思ったことか。
そんな彼女が一体何を気にしているのか、それはすぐにわかった。
「子どもたち、人質にされるかも」
ルミナは攫われた子どもを心配していたのだった。
「平気さ」
「なんで」
首を傾げるルミナに、レニーはホルスター内の杖を叩く。
「脅し文句言う前に、風穴あけてやる」
杖には魔弾の魔法が自動発動するような加工が施されている。レニーがホルスターから杖を抜いて魔力を込めて魔弾を放つ、その行程を終わらせるのに一秒もかからない。人質を使おうとした瞬間、一言も許されずに顎が消し飛ばせるだろう。レニーの杖の扱いと狙いの精度はそこまで熟練している。
魔法使いが使うような高威力な魔法は使えないが、速さと正確さを追求したからこそであった。
対人戦においてはいかに相手の動きを潰せるかが重要になる。ソロの冒険者であれば、多対一も散々経験する羽目になる。複数人の動きを把握し、相手を倒す為には必要な技術だ。
「人質、一人じゃないかも」
「同じさ。咄嗟の判断が正確なやつなんていないからね。間に合う」
レニーにとって、人質なんて今更だ。
それに、とレニーは続ける。
「人質なんて自分が有利なときにダメ押しでやるもんさ」
「よくわからない」
人質というのは交渉で使うものだ。戦闘で使うものではない。始まる前に脅せなければ意味がないのである。
賊は村人は脅せるが、冒険者はそうはいかない。なぜなら確実な関連性が見出せないからである。
交渉をする、ということは通したい要求がある、ということである。そして要求を通すには脅しと誠実さどちらも必要だ。
あくまで要求を叶えるのは脅されている側だ。脅されている側が自暴自棄になり、反攻してくる事態は避けなければならない。抵抗をなくすための人質なのだ。
冒険者なんてものは通りがかりで賊を討伐するときもあれば、たまたま賊に襲われて返り討ちにし、根城まで乗り込んでくるときもある。そのときに人質で脅しても、交渉すべき相手はいない。
それに賊が人質を殺すよりも、冒険者が賊を倒す方が基本早いだろう。倒す方法は様々だが。
というのを長々と説明しても恐らく意味はないだろう。何せ、ルミナは考えなくてもいいことだからだ。
そして考えなくていいことを人は覚えない。
「オレがどうにかするから平気ってことで」
「うん、わかった」
賊の相手をすることなんて行商人の護衛や単純な討伐しかない。人質があるケースはほぼないだろう。何せ、魔物ほどきりがない存在ではないし、魔物討伐のほうが割がいいから、数をこなさない。
なら、経験豊富なレニーがそこをどうにかするしかない。
「レニーと仕事、楽」
「そうかい?」
「ソロ同士。気を使わなくていい」
「オレは基本的に気使わないしね」
他の冒険者がいて、前衛の邪魔になるのなら杖で戦うし、後衛が充実してるなら前で戦う。適当に、楽そうなポジションにいるだけだ。
「適当に武器振るっても避けてくれる」
「……他の冒険者に当ててないよね」
「当ててない」
「本当?」
こくり、と頷かれる。
「気を付けてる」
「オレは」
「気を付けなくていい」
……まぁ今まで平気だったし、さすがに大丈夫だろう。
会話が続かなくなる。そも、レニーもルミナも積極的に話す方ではない。会話が途切れたらそのまま。思いついたらまた話せばいい。
「支援課」
「あ、うん」
「レニー、推薦した」
唐突なカミングアウトに、レニーは戸惑った。
しかし、すぐに腑に落ちた。思い当たる節があったからだ。
「つまり、キミが支援課の手伝いをお願いされたのが最初で、その次がオレだったと」
「正解」
「フリジットがオレに話しかけに来たのはキミが原因か」
「迷惑だった?」
ルミナが聞いてくる。無表情なのだが、何となく不安そうなのが読み取れた。
「いいや。恋人のフリはさすがに驚いたけど」
「それは、聞いてない」
ぼそりとルミナが呟いた。どうやらルミナは支援課のメンバーとして推薦しただけのようだった。
「レニーはひとりじゃないと困る」
「えぇ……」
中々に理不尽だった。
馬車から外を見る。
空がオレンジ色に染まり、太陽が休む準備を始めていた。




