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冒険者と空

 今日の仕事を全て終えて、フリジットは重い体を引きずりながら外に出た。


「……え」


 噴水の広場にレニーが座っていた。フリジットを見つけると手を挙げる。


「やっ。こんばんは」

「こ、こんばんは」


 なんでここにいるんだろう。誰かと待ち合わせだろうか。噴水という目印があるからかよく待ち合わせ場所にもなる。


「モーンさんが疲れてそうだからキミの愚痴聞いてほしいって」


 唖然とする。脳裏では笑顔で手を振るモーンの姿が浮かんだ。というか新人受付嬢なのに貫禄が凄い。眩しい。


「ひとりがいいなら普通に帰るけど」

「……送っていってほしい」


 スカートを握りしめながらフリジットは絞り出すように言う。


 レニーは頷いた。


「わかった」


 とはいえ、フリジットの家はこの近くだ。すぐに終わる。


 道へ向かって歩き出すとレニーも並んで歩き始める。


「アルリィさんの装備、立て替えたんだよね」

「まぁね」

「……なんで?」


 自分で思っているよりずっと投げやりな声だった。疲れていてぼうっとしている頭でも少し驚いてしまうくらいに。

 レニーは眉一つ動かさず日常会話と変わらない雰囲気で口を開く。


「そりゃあアルリィさんにお金なかったし、あの様子じゃまともに髪もいじれないだろ?」

「……髪?」

「そう」


 レニーは首肯した。


「髪。フリジットみたいにオシャレできる方がいいじゃん? しなくてもいいけどさ、選択肢ができるのと選択ができないのじゃ雲泥の差だろ」

「……え、待って」


 フリジットは頭を抑えながら、おそるおそる聞く。


「他人のオシャレの為にお金出したの?」

「まぁそうなるね」


 魔眼持ちには日常生活に様々な障害が生まれる。それを考えるとレニーの考えは字面にすると軽いものだが、そうではない。


 ずっと、これしかないと思っていたところが自由になるのだ。その意味合いの重さは魔眼を持っている本人しかわからないだろう。


「……バカじゃないの」


 だからといって他人に大金払うバカはいない。


「まぁ否定はしない。でもそれを言うならフリジットもだろ」

「なんでよ」

「杖の代金、貸すって言ってくれただろ」

「…………あ」


 忘れるくらい前のことだ。レニーとエレノーラの店に初めて行ったとき、魔弾を撃つための杖をつくるとしたらどれほど金がかかるかの話になった。

 当時のレニーには到底払えない額を、フリジットは貸そうとした。結局断られたが。


「コイツの素材はルミナとツインバスターズに取ってもらったし」


 杖を軽く叩く。


「他の冒険者にやってもらったことを誰かに繋げてるだけじゃないかな。くだらないことでもさ」


 レニーはまるで特別じゃないことのように言う。それを実行できる人間がどれくらいいるか。


「……レニーくんはさ、どうしてそんなに優しいの?」


 過去を思い出しながら、フリジットは問いを投げた。


「優しい? オレが?」


 心底理解できないとばかりに、レニーは首を傾げる。フリジットは強く頷いた。


「今回もそうだけどさ。前だって……ジェックスに付きまとわれているときに、私を気遣ってくれたし。そのときまだ、私の名前すら覚えてなかったのに」

「待て、依頼する前ってこと」

「そうだよ」


 ジェックスに悩まされている時期に体調を気にして声をかけてくれたのがレニーだった。同性に相談したほうが良いとも言ってくれた。


 レニーは難しい顔をして、唸る。


「……覚えてないな」


 知ってた。


「その後恋人のフリも引き受けてくれたし」

「依頼だからね」

「ジェックスに嵌められて、私のせいで殺されそうになったのに、今でも関わってくれるし」

「いや……キミは関係ない。ジェックスが悪いだけで」

「それだけじゃないんだから。他にもたくさんある」


 他の冒険者を助けようとしたレッドロードとの戦い。クビになった冒険者、ラフィエに中衛の道を示したこと。仇討ちを望んだヘラに、それを達成させたこと。依頼だから、だなんて思えない。依頼をこなすだけならもっと簡単な道があったはずだ。しかしレニーは依頼者の為になることをやろうとしてくれていた。


「……まぁ、優しく見える(・・・・・・)としたら、オレには何もないからじゃないかな」

「何も、ない?」

「大きな目標も、強い信念も、何も持ち合わせちゃいない」


 自嘲気味にレニーは続ける。


「家が欲しいってのも、執着が別にあるわけじゃないんだ。最終的に、のんびり暮らせるのが普通の幸せっぽいから。とりあえずそれにしてみただけなんだ」


 空虚な微笑を浮かべて、肩を縮こまらせる。


「自分を優先する必要がないんだから、当然他人を優先するだろ? それだけの話さ」


 フリジットはそれを聞いて、レニーが何度も死にかけたことを思い出す。

 ムネアカメガバチの巣の出来事に、レッドロードとの戦闘、シラハ鳥に、スカハの偽物……他人を優先して、死にかけたことは、フリジットの知る範囲だけでもいくつもあった。


「オレはオレの人生も、他人の人生も背負う気がないのさ」

「……そっか」


 家にたどり着く。

 扉の前で、レニーに振り返る。


 わかった。

 どうして、アルリィとのやりとりでモヤモヤしたのか。どうして、酔った勢いで、とんでもないことを口にしたりしたのか。


 その個のない不安定さが、いつかいなくなるんじゃないかと、そう思わずにはいられなくて、怖かったのだ。


「……レニーくん。なら、約束はもういいよ」

「無理はしないってやつか」

「うん。どうせ君は無茶するから。それに、無茶できる君だから、助けられる人はたくさんいる」


 自分だってそのひとりだから。

 そして、そういうものを含めても、レニーの人柄が、好きなんだ。

 好きになってしまったんだ。


「でもちゃんと帰ってきて。いなくならないで」


 フリジットはレニーに生きていてほしい。もっと言えば傍にいてほしい。一緒にいて楽しいし、居心地がいいから。


「帰ってきたら私が怒るから。何回でも、何度でも。ずぅーっと」

「ずっとって」

「ずっとだよ、レニーくん」


 だって、これは初恋なんだから。それなりの責任はとってもらわなきゃ。


「なんならルミナさんもついてきます」

「それは、怖いな」

「美女二人から怒られるなんて、男なら羨ましいって思う人もいるよ?」

「自分で言う?」

「私、間違ってるかな」


 レニーは目を瞑って首を振った。


「お嬢様の言う通りです」


 いつもの調子を取り戻して、フリジットは笑う。


「いっぱい怒るから。だから、長生きしてねレニーくん」


 顔を空へ向けると、一筋の光が横切った。流れ星だ。

 フリジットは胸の前で両手を組むと、祈る。星は過ぎ去ったが、こういうのは願うことに意味があるのだ。


 好きな人に、本当の夢がみつかりますように。

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[良い点] これは良い奥さん
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