自己証明 ~ 東京 太郎 ~ 06
【毎日昼の12時と夕方の18時の2回更新します】
私の別作品の「使命ある異形たちには深い森が相応しい」も、どうぞよろしくお願いいたします。
そして到着すると、私たち三人は荷物を降ろしていた。
「孤舟は倉でいいのか?」
「うん。別に私はどこでもいいよ」
すると公平くんは孤舟を両手で抱えて倉へと向かった。
私もそのときちょうど手が空いたので、ついて行くことにした。
「思ったよりも軽いな。
まるで中身ががらんどうみたいに軽い。
それでいて不思議な金属だ。たぶん堅いものでこすっても傷一つ付かないぞ、これ」
公平くんはそう言った。
私もその感想は同じだった。
一抱えもあるのにまるで羽毛でも持っているような軽さだったからだ。
そして倉に入り、私は照明のスイッチを入れる。
倉の中は昼間でも薄暗いからだ。
「これにお前が入っていたって話だよな。
確かフタが開いたとか」
「うん。そういう風に私は聞いたよ」
「でも、……どこにもフタなんてないぞ。
つなぎ目がまったくない」
公平くんが孤舟をながめてそう言った。
私もいっしょになってながめていた。
でもどこが開いたはずのフタの部分なのか、さっぱりわからない。
「これって、お前しか操作できないって話だったよな?」
「……う、うん」
でも自信がない。だから声に力が入らない。
どこか突起物とかスライドする場所でもあれば触って効果を確かめられるのに操作できるはずの私がどこに触れてもなにも起こらなかったのだ。
きっと奈々子さんに訊けば、すぐに答えがわかるんだろうけど奈々子さんは自分で知るのが大切だと言っていた。
だから私が答えを見つけなければいけないのだろう。
「ねえ、もしかして壊れているのかな?
それとも電池が切れちゃったみたいな状態だとか?」
「ああ。それは十分に考えられるが、どうかな?
そもそも故障することやバッテリーのような消耗品を交換することが前提になっている機械なら交換作業をするためのフタがあるはずだろう?」
「そう言えば、そうだよね?」
私はテレビのリモコンを思い出していた。
リモコンは電池を交換するためにスライドさせて開閉するフタが裏側に必ず付いている。
「それにだ。
外部から電気のようなエネルギーを供給するタイプだとしても、やっぱりソケットなんかをつなぐ必要があるから、それらしいフタはあるはずだよな」
「う、うん」
「……もしかしてこの孤舟全体が太陽光によって充電されるタイプなんてのはどうだ?」
「うん。でもそれだとすると今日は一日中晴れていたから日がずっと当たっていたはずだよ」
私は今日の神社の境内を思い出しながらいう。
「うーん。確かにそうだな」
私たちはそれからしばらく孤舟を叩いたり、転がしたりして様子を確かめた。
でもどうやっても動きもしないし内部からなにかが動作する音も気配もない。
――そのときだった。
私は奈々子さんの言葉を思い出していた。
確か奈々子さんは杖が個人識別に必要で孤舟を動かすことに使うようなことを言っていたはずだ。
私は自分のショルダーバッグから杖を取り出した。
「なるほど、杖を使うのか?」
「うん。……でも、ど、どうするのかな?」
「まずは杖で突いてみればいいだろう。
それで動力のスイッチが入るのかもしれない」
「うん」
私はおそるおそる杖で孤舟をこつんと突いてみたのだ。
――異変が起きた。
孤舟の中からモーターのようなかすかな作動音がしたかと思うと発光を始めたのだ。
それは銀色にピカピカと輝いて、まるで孤舟自体が電球になったかと思ったほどだった。
「な、なにが起きるのかな?」
私は思わず後ずさり気がつけば公平くんの背中の陰に隠れていた。
「わからん。
ただその杖がスイッチであることとお前だけしか動かせないということが本当だとは判明したな」
やがて光をたたえたまま孤舟は動きを見せた。
外観はつなぎ目やジョイントなどが一切ないのにムクムクと大きくなり始めたのだ。
「ああ、大きくなるよっ!」
私は叫ぶ。
そして私の声などお構いなしに孤舟はどんどん大きくなり、やがて自動車くらいの大きさになった。
正確には軽自動車よりもやや小さめと言ったくらいのサイズだ。
「ずいぶんでかくなったな。これなら赤ん坊じゃなくても乗れるぞ」
公平くんがそう言った。
私は頷く。
「あ、なんか動いた」
孤舟の動きは大きくなるだけではなかった。
なんの前触れもなく上部にぽっかりとフタが開いたのだ。
「……これが例のフタってやつか」
公平くんがつぶやいた。
それは片側に蝶番がついたようになっていてフタがすっかり開いている。
例えるなら足踏み式のゴミ箱のフタのようだと思った。
「ど、どうしよう?」
「そうだな。中をのぞいてみるか」
「う、うん」
私は公平くんの後について大きくなった孤舟に近づいた。
「……コックピットみたいだな?」
「……あっ、本当だ。操縦席だね」
「ああ。ちゃんと操縦桿も付いている。
その前にあるのはモニターかなにかだろう。
起動すると視界を確保したり各種メーターなんかが表示されるんじゃないのか?」
公平くんはそう言った。
そしてそれは本当だった。
公平くんは怖がる私をなだめて孤舟の操縦席へと座らせたからだった。
すると勝手に内部の照明が灯されて前方がモニターに表示されたあと、なんの意味なのかわからないけれど、いろいろなメーターが立体的に現れたのだ。
「う、動くのかな?」
「そうだろう?
これは脱出カプセルっていうよりも、一人乗りの宇宙船ってとこだな。
まさに孤舟って訳だ」
公平くんは感慨深げにそう話す。
「で、でも、どうやって動かすのかわからないよ?
……だいいち私、自転車だって得意じゃないから、ほとんど乗らないもん」
――そうなのだ。
私はいわゆる運転というのが苦手で自転車ですら、まともに乗れない。
だから将来は絶対に運転免許は取得しないと心に決めているのだ。
そのときだった。
公平くんがなにかを思いついたような表情になり、しばらくすると私に話しかけてきたのだ。
「そう言えば孤舟はお前しか操縦できないようなことを言ってたな。
……あと、気になることがある。
お前の両親が言ってたよな?
この孤舟には、お前が操作するとすべてのことがわかる機能が付いているって」
「うん。お母さんはそう言ってたよ。
でも……、どうすればいいの?
正直なんにもわかんないんだけど」
「ん。待て、それはなんだ?」
公平くんは座っている私の脇に置いてある丸い物を指さした。
「ヘルメットか?
そうだ、たぶんそれを被るんだ」
「こ、これを?」
私はそれを手に取ってみた。
するとそれは確かにヘルメットで私の頭にスポリとはまりそうな大きさだったのだ。
これも孤舟と同じ材質の金属なのか見た目よりもずっと軽い。
「被るの?」
「ああ。試してくれ」
「う、うん」
私はなんだか不安だった。
元々私は閉所恐怖症なところがある。
ただでさえ、この孤舟の狭い座席に座っていること自体が嫌なのだ。
それなのに頭からヘルメットを被るなんてことに抵抗を覚えたのだ。
でも公平くんを見るとゆっくり頷くのが見えた。
それは無言で私に被れという意思表示に思えた。
私はヘルメットを被った。
するとそれは思ったほど圧迫感がなくて重くもないことからそれほど苦痛とは感じなかった。
そして私はバイザーを降ろした。
それは中から見ると透明だったので降ろしても視界はまったく変わりない。
――そのときだった。
「……んんっ!」
私はうめいた。
目の前のバイザーに様々な幾何学模様が表示されたかと思うと、それがぐるぐる回り始める。
そして両耳からはザーっというようなノイズがいっせいに聞こえ始め、やがてそれは言語のような音調を発生し始めたのである。
「……だ、大丈夫か?」
遠くで公平くんの声が聞こえた。
私は頷くことしかできない。
その間にもなにかが私の中へと入ってきた。
そしてそれは驚くべくものだった。
――それは一言で言えば膨大な情報。
私個人に関してだけではなく、私が生まれた世界のこと。更にはこの孤舟の使用方法。
そして私の役目などが一瞬のうちに脳内に飛び込んできたのだ。
「……」
気がつけば我に返っていた。
どうやら少しの間、意識が飛んでいたようだった。
そして私はゆっくりとヘルメットを脱ぐ。
「……だ、大丈夫か?」
公平くんが心配顔で私を見てくれている。
私はゆっくりと首を縦に振る。
――すべてのことが理解できた。
「……こ、公平くん。私、全部わかっちゃった」
「全部? なにが全部わかったんだ?」
「うん。……私の星のこと、そして私の役目のこと」
「わかったのか?」
「うん。覚醒したの。
私は人間……、地球人じゃないの。やっぱり宇宙人だったのよ」
私は孤舟の座席から立ち上がる。
だけど足元がふらついてしまった。
そんな私の肩を公平くんは支えてくれた。
「ありがとう。……えーと、なにから話せばいいのかな?」
孤舟から降り立った私は公平くんが用意してくれた折りたたみ椅子に腰掛けた。
「そうだな。……まずはこの孤舟にしよう。
これはやっぱり宇宙船なのか?」
「うん。太陽系はおろか外宇宙まで単独で航海できる巡洋小型宇宙艇。
理論上、航続距離は無限大。
想定されるありとあらゆる障害にも経過年数にも耐える性能を持ってるの」
「それで、この舟はなんのために地球に来たんだ?」
「うん。それを説明するには、まず私の星のことを先に説明しなければダメなの。
そうじゃないと意味が伝わらない……」
「わかった。じゃあ、まずそれから説明してくれ」
「私の星は……。
うまく説明できない……」
「……おいおい。いきなりかよ」
公平くんの顔に落胆が浮かんだ。
私はあわてて取り繕う。
「う、う~。
……と、とにかくとっても遠いってことだけは確か。
それだけしか言えないの。
だって私自身、その星で生まれただけで物心がついてから行ったことはないんだもん」
「わかった。
……じゃあ、どうしてそんな遠い星からやって来られたんだ?
冷凍睡眠でもして何百年も何千年も宇宙を漂って地球に到着したのか?」
「ううん。せいぜい何時間か。
光の速度よりも遙かに速く飛んできたのは間違いないの。
そしてこの地球には偶然着陸したんじゃない。ちゃんとした目的があってやって来たの」
「何時間? どうやってだ。ワープでもしたのか?
あれは理論上でも不可能ってことじゃないのか?」
「うん。えーと、ワープで間違ってはいないの。地球人の概念だとそれがいちばんわかりやすいから。
でも、私にはうまく説明ができない。
ただ使うことができるってことだけはわかるのよ」
「……使うことだけがわかる?」
「うん。……こんな例えはどうかしら?
公平くんももちろんパソコンは使うわよね?
あれのすべての動作の仕組みを理解してる?」
「いや、ある程度のハードやソフトの知識はあるが確かにお前が言う通り、使うことができるだけって言われればそうだな」
「そうでしょ? パソコンを構成するすべてのハードウェア。
ううん、すべての細かいパーツの設計がどうなっていて、どういう素材でどういう役目とスペックを持っていて、その消費電力が何ワットとか、耐久年数が何年とかをすべてわかってる人なんて、世界中でもいないかも知れないよね?
……それにね。ソフトウェアだってそう。
ひとりで世界中のすべてのアプリケーションのソースを構築できて、改良、発展させることができる人だって、まずいない。
……それにパソコンを構成する周辺機器。えと、デジカメやプリンターなどのすべてをひとりで設計、製作できる人もいない。
いるのはみんな、使うことができる人ばかり。
それと同じで私もたぶんワープ航法を利用して、この地球に来たとしか説明できないの。
ええと、いちおう地球での言葉では《空間跳躍》って言うんだけど」
私は一気にここまでしゃべった。
以前の私ならこんな例えをすることだってできなかったはずだ。
果たして公平くんは理解してくれるだろうか?
だけど私のそんな心配は無用だった。
「ああ。言いたいことはわかった。
お前はあくまでこの孤舟のパイロットであって、設計や製造、メンテを担当している訳じゃないってことだろう?」
「うん。そうなの。
……あー、良かった。わかってくれて」
「それをお前が操縦して来たのか? 当時、一歳だったんだろ?」
「も、もちろん自動操縦よ。
私が前に住んでいた家の庭に着陸するようにあらかじめセットされていたの」
「だろうな。それならわかる」
公平くんは理解してくれたようだ。
私は心底安堵する。
「とにかく遠い星からほんの少しの時間でやって来たのよ」
「……ちなみにその星の名前はなんて言うんだ?
お前の故郷に当たる星だ」
「うーん。それも説明できない」
「またかよ」
公平くんは苦笑した。
「ううん。その星のホントの名前は地球人には発音できない言語でしか言えないの。
……だから、私たち地球にいる同胞は私たちの母星をこう言うの。
『カッコウの星』って」
「その『カッコウの星』ってなんだ? 名前に意味があるのか?」
「うん。それこそが私たち同胞の特徴であるから。
鳥のカッコウから名付けられたみたいなの」
「カッコウ?
……あれか、カッコーって鳴く鳥か。
他の鳥に雛を育ててもらうヤツだろう? 確か托卵っていったな」
「うん、まさにそれ。
私たちは異星人に托卵してもらうのが特徴なの」
「異星人に托卵?
それって地球人に育ててもらうってことか?」
「うん。そうなの。
……それは地球だけじゃないの。
他にも高等知的生命体がいる星にも私たちの同胞はたくさん托卵をしている」
「それになんの意味があるんだ?
お前たちの星では子育てができないのか?」
「ううん。できない訳じゃないのよ。
……うーん。どちらかと言うと托卵してもらう方にメリットが多いから、そうするの」
「どういう意味だ?」
「うん。多種多様な文化の入手。
例えば技術や言語、芸術や歴史などを取り込めるってことなの」
「……つまりいろんな文明のいいとこ取りをしようってことか?」
「そう。一言で言えばそうなるのよ」
「うーん。……それでお前の役目はなんなんだ?」
「私?
私は地球の中の日本人の少女として得た体験や経験、知識を持ち帰ることが役目なの」
すると公平くんは苦々しげな顔になった。
私はなぜだろう? と思った。
すると公平くんが口を開く。
「……あのさ。お前はこう言っちゃ失礼だが平々凡々な女子だぞ?
勉強でもスポーツでも芸術でも特に秀でた人物じゃないだろう?
なのにそれで母星とやらの役目が務まるのか?」
「……う」
痛い点を突かれた。
確かに私はどの分野でも表彰状をもらえるような活躍はしてないし、今後もその見込みはない。
「で、でもいいのよ。私みたいな個体もサンプルにはなるの。
地球人の平均的なレベルってことで、それはそれで役立つらしいのよ」
「……なるほどな。
英雄やら偉人やらの知識だけじゃ、その星の文明レベルは判断できないってことだな」
「うん」
私は胸を張ってそう言った。
するとなぜだか公平くんの顔にはますます苦笑が広がった。
「で、お前はどうするんだ? この孤舟で星に帰るのか?」
「……うーん。帰還命令は出ているの」
「帰還命令? それはお前に帰って来いって意味だな」
「うーん。
……あのね。帰還命令が出ているのは私だけじゃないの。おそらく奈々子さんもそう」
すると公平くんの顔に驚きが走る。
「奈々子さんもか?
だったらなんで奈々子さんは帰らないんだ?」
「うん、そうなんだけど。確かに帰還命令は出てるんだけど……」
私は戸惑っていた。
帰還命令は絶対で断ることができないと孤舟のシステムから警告を受けたことも思い出したのだ。
「帰りたくないのか? 帰らないと罰則があるのか?」
「罰則はあるの。……最悪の場合は流刑」
「流刑? どこか遠くの星にでも収容されるのか?」
「ううん。その星にそのまま留まって現地人として生きるってこと」
「なるほど。
確かに母星の連中から見れば流刑だな。
だから東京太郎は奈々子さんを流刑者なんて呼んだんだな」
私は静かに頷いた。
「ところで、この孤舟。元の大きさに戻らないのか?
このままここから飛び立ったらこの倉が崩壊するんだけどな」
「ああ、それなら大丈夫。ちゃんと使い方はわかってるから」
私は孤舟に近づいて杖で一叩きした。
すると孤舟はみるみるうちに小さくなって元の赤ちゃんが入れる程度の大きさへと戻ったのだ。
「へえ、便利なもんだ。いっそポケットに入れられたら最高だな」
「さすがにそれは無理よ」
「携帯孤舟って名前まで考えたんだけどな。略してケイコ」
「もう」
私と公平くんはそんな冗談で話を締めくくった。
「じゃあ、とりあえず孤舟の方はいいだろう。次があるからな」
公平くんがそう切り出したので私も同意した。
他にも調べたい物があったからだ。
それは杖だった。
「東京太郎は奈々子さんが使った杖で怪我をしたんだ。
だからこれを使って実験したい」
そう公平くんは言い出した。
私はちょっと嫌な予感がした。
どうしてと言われればこれは武器なのだ。そんな物騒な物を使いたくはなかった。
「でも……。やらなきゃダメだよね?」
「ああ。
……でもそれは東京太郎を攻撃するためじゃない。上手く使えることで抑止力になるんだ」
「……う、うん」
私は改めて杖を見た。
やはり長さは十五センチほど。太さは鉛筆よりもやや太い。
材質は軽くて堅くて孤舟と同じ金属で作られている。
「これも孤舟と同じだな。
ボタンもないし、キャップもついてない。スライドする部分もない」
「うん。……じゃあ動かないのかな?」
「そんなはずはない。奈々子さんは確かにそれで東京太郎を攻撃したんだ」
「そ、そうだよね?」
私はさっきのシーンを思い出す。
東京太郎さんの杖を腕ごと吹き飛ばしたとき確かに奈々子さんは杖を握っていた。
「どうだろう? ここだと危険だから外で試すか?」
「うん」
私と公平くんは土蔵の外に出た。
そこは屋敷の庭でかなり広い。ちょっとした公園程度はある。
「ここなら大丈夫だろう。でも、ちょっと待っててくれ」
そう言って公平くんは屋敷の中へと消えていった。
しかしものの一分程度で戻って来た。
「なにそれ?」
私は公平くんが手にしているものを見て尋ねた。
公平くんはなにか長細くて白いものを何本も束ねて持っていたのだ。
「仏壇で使うロウソクだ。
弾丸を発射させる仕組みじゃないとすると熱を発生させるんだろうと思った。
だからこれに向かって杖を振ってみてくれ」
「……つまり火をつけてみろってことね?」
「ああ、そうだ」
公平くんは地面にロウソクを立てた。
そして私は二メートルくらいの距離を取る。
「……やるのよね? やめちゃダメなんだよね?」
「ああ、やってくれ」
「……でも、これってどっちが前だか後ろだかわからないんだけど」
私はそう答えた。
杖の先端のどっちが銃口に該当する方なのかが問題だと考えたからだ。
「確かにわからないな。
でも、どっちも同じ形状だからどちらでもいいのかもしれない」
「ええっ、そうなの?」
「根拠はないさ。だからそのための実験なんだ」
「う、うん」
私は仕方なく杖を振り上げた。
そして、エイッと気合いを入れて振り下ろす。
目標はもちろんロウソクだ。
――爆発が起こった。ボフンッと破裂音がした。
「ええっーーー!」
私は思わず叫んでしまった。
「どういうことだっ? ロウソクが爆発して消えたぞっ!?」
公平くんが、ロウソクがあった場所へと走った。
私もおそるおそる近づいてみる。
するとそこにはロウソクの姿がなく周囲にあった砂利まで吹き飛んでいる。
「……驚いたな。やっぱりそれは武器だったんだ」
「……う、うん。私、ちょっと怖い」
公平くんはロウソクがあった周囲をくまなく調査している。
やがてなにか見つけたようで私を呼んだ。
「なにがあったの?」
「ロウソクのかけらだ」
「かけら?」
「ああ。見てみろ。
これは爆発したってよりも溶解したってのが正解だな」
言われてみるとロウソクのかけらには溶けた跡があった。
「どういうこと?」
「たぶん熱線銃の一種なんだろう。
レーザーなのか、それともそれ以外の仕組みなのかは俺にはわからない。
でも、それが武器になることは確かだ」
「……私、本当に怖くなっちゃった。
だ、だってロウソクが爆発しちゃったんだよ。
これは使っちゃいけない杖なんだよ」
私は心底怖かった。
これで相手が人間だったらどうなるのか?
いや、人間だけじゃない。東京太郎さんに対してもそうだった。
彼はバイオロイドらしいけど、見た目の姿は人間そのものなのだ。
だから私が攻撃を与えて大怪我させてしまうことを想像するだけで、膝がガクガクと震えてくる。
「でも奈々子さんはその杖の力を制御していたんだぜ。
奈々子さんは最適の力で東京太郎を攻撃した。
今のロウソクへの攻撃とは違う。もっと効果を調整できるんだ」
「調整? ……でも、目盛りとか切り替えボタンとかないよ」
私はそう言って改めて杖をしげしげと見た。
威力を調整できるならダイヤル式のボリュームとか強弱の切り替えスイッチがついていてもよさそうなものだと考えたからだ。
「おそらく、それは杖の振り加減とか気合いの入れ方とかの問題じゃないのか?」
「そ、そうなの?」
「ああ。目に見える調節機能がないのなら物理的な振り方の強弱か精神の……、つまり気合いの入れ方の違いで効果の差が出るんじゃないかと俺は思ったんだ」
そう言って公平くんは、
新たなロウソクを地面に用意する。
私は今度は力を抜いてゆっくりと杖を振ってみた。
ただし気合いは入れたままだ。
――ボフンッ。
今度もダメだった。
やはりロウソクは溶解して吹き飛んでしまったのだ。
「じゃあ、次は気合いを抜いてみよう。リラックスして振ってみるんだ」
「うん。わかったわ」
私は再び杖を振る。
するとロウソクの先端に火がフッと灯った。
「ああっ」
「成功だな。やはりそれはお前の気合い。
……つまり精神力に比例して効果が現れるんだ」
「つまりは気合いを入れちゃダメってことね」
「ああ。
たぶん最大限に気合いを入れると東京太郎が言ったように、神社を境内ごとすべて燃え溶かしてしまうくらいの威力があるんだろう」
私は改めて思い出す。
あの大きな神社とその周囲が消滅するなんて、なんて恐ろしい力を持っているんだろう……。
私は杖をじっと見た。
その後、私たちは様々な実験をした。
まずわかったのが杖には使用するための向きはないことだった。
左右の先端のどちらで振っても効果は変わらなかった。
そして私の代わりに公平くんが振ってみた。
すると杖はまったく反応しなかった。
「俺が使うと単なる金属棒に過ぎないってことだな。
つまりはお前しか使えないんだろう」
「奈々子さんなら使えるのかな?」
「……いや、どうだろう?
もちろんやってみなければわからんが、奈々子さんはこの杖はお前にしか使えないって言っていた。
だから結果的にあの孤舟もお前にしか使えなかった。
そして、その杖も固有の人物しか使えないって方が理屈に合う。
指紋だか他の生体識別を使っているのかわからんが、杖に登録された人物、つまりお前にしかこれは使えないんだろうと思うぞ」
公平くんは自信を持ってそう言った。
「うん。私もそう思う。……あのね、この杖が私の名前の由来なんだって」
「この杖が? ……ああ、なるほど。小さな杖だから『こづえ』か?」
「……そ、そうなの」
頭の回転がすごい。
私はやっぱり公平くんは頼れる存在だと思った。
よろしければなのですが、評価などしてくださると嬉しいです。
私の別作品
「使命ある異形たちには深い森が相応しい」連載中
「その身にまとうは鬼子姫神」完結
「こころのこりエンドレス」完結済み
「沈黙のシスターとその戒律」完結済み
も、よろしくお願いいたします。