自己証明 ~ 東京 太郎 ~ 05
【毎日昼の12時と夕方の18時の2回更新します】
私の別作品の「使命ある異形たちには深い森が相応しい」も、どうぞよろしくお願いいたします。
「……奈々子さん。なんとかならないか?」
公平くんが奈々子さんを見た。
すると奈々子さんは思案顔になる。
「なんとかならないこともないけど……。
ねえ、こづえさん、それが売っていたのは、どこのお店なの?」
「えっ! ……えーと、鳥居のそばにあるお店です。
からくり時計とか懐中時計とか、古いカメラなんかを売っているお店です」
「……じゃあ、源さんのお店ね。
……いいわ。私が交渉してきてあげるわ」
「ええっ!」
すると奈々子さんは私の驚きなどお構いなしに、さっさと鳥居の方へと歩いて行ってしまった。
「公平くん。奈々子さん、さっきのお店のおじさんのこと源さんって言ってたけど、知り合いなの?」
「ああ。だいたいここいらの骨董市は知ってる連中ばかり出店しているからな。
とくに源さんは有名だ。俺も知ってる」
「有名な人なの?」
「ああ。頑固でちょっといじわるな親父だ。
特に初見の人には値段をふっかけるんで有名だ。常連相手にしか商売したくないタイプだな」
「そ、そうなの?」
……なるほど。だから、あんな接客をされたんだ。納得。
「ああ。だから奈々子さんに任せれば大丈夫だ。
きっと帰って来るときは、手に孤舟を持ってくるぜ」
私は思わず期待してしまった。
でもそれと同時に、いったいいくらで買ってくるのか知らないけれど私の手には負えない値段には違いない。
嬉しい半分、困った半分だ。
やがてものの十分もすると奈々子さんが笑顔で戻ってきた。
驚いたことに孤舟を両手に抱えての登場だった。
公平くんの予想は見事に当たっていたという訳だ。
「……あ、あの。買えたんですかっ?」
私は奈々子さんに走り寄った。
すると奈々子さんは嬉しそうな笑顔になる。
「ええ、簡単だったわよ。
だってこれは売れるかどうかわからない品物でしょ? 欲しい人にしか価値がないんだから。
いらない人はたとえ一円だって買わないでしょ? かさばるし」
「はい。……そうですね」
私は答える。
すると奈々子さんは得意げな顔になる。
「だから、その点を突いて価格交渉したのよ。
そしたら源さんは仕入れ値で売ってくれたわ」
「な、だから奈々子さんに任せれば大丈夫だって言ったろ?
それに源さんは奈々子さんのファンなんだ。
だから断り切れずに渋々売ったんだろうぜ」
「ええ、そうよ。
売ってくれないなら二度とお話しない、って言ったらイチコロだったわ」
――驚愕。
あの源さんとか言うおじさんが、奈々子さんのファンなのはわかる。
女の私から見ても奈々子さんはすてきで美人なのだ。
そんな人から脅迫じみた交渉をされたら、たいがいの男の人は負けてしまうに違いない。
「じゃあ、これ。こづえさんにあげるわ」
「ええっ! だって高いんですよね?
わ、私、買います。なんとかしてお支払いします!」
だけど奈々子さんは頑として首を縦に振らなかった。
決して私からの支払いは断ると言うのだ。
「私がこづえさんにプレゼントしたいと思ったから買ったの。
一月遅れの誕生日プレゼントだと思えばいいじゃないの」
そう言うのだ。
「なあ、奈々子さん。それ、いくらだったんだ?」
公平くんがニヤニヤ笑いで奈々子さんに尋ねた。
「うん。……三千円」
「ええっ!」
――更なる驚愕っ!!
仕入れ値がたった三千円の品物を、あの源さんとかいう人は私に五十万円だと言ったのを思い出したからだ。
「骨董品ってのは、そういうものなんだ。
買う方がその値段に価値があると思えば高く売れる」
「そ、そういうものなの?」
「ああ。だけどその逆もある。
仕入れ値が十万円もしても結局売れなくて最後には一万円で売るしかなくなることもある。
それで商売のプラスマイナスが合ってんだ。
それは別にぼったくりの商売って訳じゃない。
売る方もリスクがあるから、仕方がないんだ。
……ま、それにしても源さんはお前みたいな小娘によくもまあ、そんな値段をふっかけたとは思うけどな」
そう公平くんは笑った。
私はまたしても知らない世界の一面をのぞき見た気分になっていた。
世の中には本当に知らないことが多い。
「で、でも私、本当にもらっちゃっていいんですか?」
「あら、いいのよ。
……でも仕入れ値を教えちゃったから、ありがたみが減っちゃったかしら?」
「全然。まったく。
私、お父さんに土下座して五十万円借りるつもりだったんですから」
私がそう答えると奈々子さんと公平くんは、お腹を抱えて大笑いしていた。
そんな楽しい雰囲気の中なので、私ももちろん楽しい気分だったのだけど、ふと、あることに気がついてしまった。
「……あ、あの、いただいた後に申し訳ないんですけど、今気がつきました。
……この孤舟はホントに私の孤舟なんでしょうか?
なんかそれを確かめる方法とかあるんでしょうか?」
すると奈々子さんが、ふと考え顔になったのだけど、すぐに笑顔になった。
「孤舟を手放してしまったと言う話は今まで聞いたことないから、こづえさんのもので、ほぼ間違いないわね。
……いちばん確実で簡単なのは、杖を使って操作すればいいのよ。
孤舟は本人の杖でないと動かせない仕組みだから」
奈々子さんにそう言われた私は、鈍く銀色に光る自分の杖と孤舟を見比べた。
「でも、今はやめた方がいいわね。
言って置くけどそうとう目立つから、ここが黒山の人集りになるのは確実よ」
「あ、……それならそうですね。
じゃあ骨董市が終わってから誰も見てない場所で試します」
そう告げると奈々子さんと公平くんが頷いた。
やがて骨董市は終わった。
午後二時には完全に公平くんと奈々子さんのお店は片付けが終わっていた。
「これから、どうするんだ?」
公平くんが奈々子さんのワゴン車に片付けるものをいろいろと乗せながら、私に訊いてきた。
私ももちろんそれを手伝っている。
孤舟を買ってもらったこともあるし、だいいち私はアルバイトなのだ。
――そのときだった。
私のスマホが着信した。
見るとやはり知らない番号だった。だから、私は電話を無視した。
そして何気なく、辺りを見回した私は固まってしまった。
「……っ!」
そして、アワアワとなって公平くんの肩を叩く。
「どうした?」
「……と、東京太郎さんっ!」
神社の太い楠のご神木の陰からソフト帽を被ったコート姿の中年男性がこちらをのぞいていたのだ。
手にはスマホを持っている。
私はそのときしっかりと顔を見た。
確かに公平くんが言う通り、印象に残りにくい平凡な顔つきだった。
「ど、どうしよう?」
私は公平くんと奈々子さんの意見を伺った。
「奈々子さん、どうする?
俺は話を聞くだけなら問題はないと思うんだけど。
――ヤツは危険なのか?」
「……どうかしら?
うーん、そうね。まずは相手の話を聞いてみることね」
奈々子さんはそう答えた。
……私は奈々子さんと公平くんにそう言われても、まだ迷いがあった。
いや、怖かったのだ。
それは産みの親に会う戸惑いもあるけれど、それ以上にストーカー行為を繰り返す東京太郎さんと言う男性に対しての恐怖だった。
でも、やがて私はぽつりとつぶやいた。
決心がついたのだ。
「……やっぱり、会ってみる」
「ああ。俺がいっしょに行ってやるから」
「う、うん」
私はスマホを操作して着信履歴から電話をかける。
すると呼び出し音が聞こえた。
見ると大楠の陰にいるソフト帽の男性が電話機を耳に当てている。やっぱり彼が東京太郎さんなのだ。
「もしもし?」
『……やっと会話してくれる気になったんですね?』
これと言って特徴のない声が聞こえてくる。
ただ中年男性だとわかるだけの声だ。
「い、今、そこに行きます。待っててください」
『わかりました』
そう言って電話は切れた。
見るとソフト帽の男がスマホをしまうのが見える。
私はゆっくりと歩き出した。
心臓がバクバク言って口から飛び出しそうに感じる。
そして膝もガクガクとしてしまい、歩いているだけで心がくじけてしまいそうだった。
だけど公平くんがいっしょに来てくれるのだ。
それは私にとってなによりの援軍だ。
やがて私と公平くんは御神木の楠のところに着いた。
ソフト帽の男性は笑顔を見せた。
だけどその表情は平凡で、やっぱり印象に残りにくい。
そして辺りには誰の姿もなかった。
「初めまして。……お、大林こづえです」
私は短く自己紹介した。
特に私は『大林』に力を込めて発音した。
私の苗字は断じて『東京』ではないからだ。
「東京太郎です。で、そちらは?」
東京太郎さんはそう言って、公平くんを見た。
「岩村公平くんです。私の友人です」
「ああ、そうですか? 娘がお世話になっております」
そう言って東京太郎さんは帽子を取って頭をペコリと90度下げた。
公平くんも、お辞儀する。
最初に頭を下げた東京太郎さんは、下半身はがっちり固定で上半身だけを直角に曲げる動作だった。
その直角的なカクカクした動きは、まるでロボットかからくり人形のように見える。
そして公平くんは視線をそらさず最大限の警戒をしつつ、サッと頭を下げた。
「……ご、ご用件はなんでしょうか?」
私は自分ではしっかりしているつもりだった。
だけどやっぱり声は震えてしまっている。
「時期は来ました」
「時期? ……な、なんのことですか?」
声がかすれる。
「あなたは十分に成長し、いろいろ体験した。
だから『東京こづえ』として迎えに来る時期だと言ったのです」
東京太郎さんはソフト帽を被り直す。
「東京こづえ?
私、そんな名前じゃない。……そ、それに、どこへ連れて行くつもりなんですか?」
「……名前の件はいいでしょう。時間が経てば慣れます。
そして行き先は星です。あなたが生まれた星ですよ」
「私が生まれた星? それはどこのことなんですか?」
すると東京太郎さんは空を指さした。
そして遠くを見るような顔になる。
「ずっとずっと遠くです」
この東京太郎さんは私を遠くの星へと連れて行こうとしているのだ。
「……わ、私が生まれた星って、どんなところですか……?」
私は別に行く気になった訳じゃない。
ただ情報として知りたかっただけだ。
すると東京太郎さんは口を開いた。
「まず文明がこの地球とは段違いです。
この地球が抱えている諸問題は、すべて解決されています。大規模自然災害や環境破壊問題は一切ありません。
エネルギー枯渇問題も、食糧不足問題も、人口増加問題も、医療や衛生問題もありません。
そして貧富の差はごくわずかで、みなが等しく恩恵を享受されることから戦争や紛争は、……そうですね、この地球の時間感覚からすると、もう五百年以上は起きていません。
ですから住民はみんな明るく楽しく暮らして天寿をまっとうしている真のユートピアなのです」
東京太郎さんは、そこまで一気にしゃべった。
その間に呼吸はひとつもしていない。
だけど発音に抑揚が一切ないので、なんだか一昔前のコンピュータ音声を聞いている様な気分だった。
するとそこまで一切黙っていた公平くんが、東京太郎さんを見て、そして次に私を見て苦笑しながら話し出す。
「自らが住む場所をユートピアだと自称する連中の話は信用しないほうがいい。
得てしてそういう楽園は既得権益者である自分たちだけにとってのユートピアであって、その他大勢の人々にとっては真逆のディストピアとなっていることが多々あるからな」
私はこの公平くんの話に納得することができた。
漫画やアニメ、ゲームの世界ではよくある話だし、現実でも独裁者が支配する国はそういう国が多いと聞いたことがある。
なので、私は公平くんに向かって無言で頷いた。
「岩村さん。あなたがなにを想像しているのかはわかりませんが、私の星ではそれはありません。
いろいろな文明から知識や経験を得ていることから、既存の失敗はすべて学んで実践しています。
この地球と比べると文明のレベルが千年は進んでいると思ってください」
東京太郎さんは自信ありげにそう告げる。
「……どうかな?
人間……。いや、生き物の基本行動ってのは、そうそう異なるものじゃない。
俺はそんな絵空事は信じられないな」
すると東京太郎さんは公平くんの質問には一切答えずに一歩前へと踏み出した。
「岩村さん。あなたと議論する必要も時間もありません。
私は東京こづえを連れて行くだけです。
こづえはすでに杖も孤舟も入手しているので、準備はすべて揃っています」
――えっ……!
驚いた。
どうやって調べたかはわからないが私がすでに杖と孤舟を手に入れたことを東京太郎さんは知っているのだ。
そして、そう言った東京太郎さんは私の腕を握った。
すごい力だった。
見た目はそれほど力持ちには見えないのに、まるで工作作業で材料を固定するバイスに挟まれたかのように私はピクリとも動けない。
「や、止めろっ!」
公平くんが東京太郎さんを突き飛ばそうとした。
だけど逆に突き飛ばしたはずの公平くんが跳ね返されて尻餅をついていた。
その間、東京太郎さんはまったく動いていない。
「実力行使は無駄です。岩村さんのような原住民の力では、私には勝てません」
相変わらず東京太郎さんは抑揚のない声でそう言う。
だけど公平くんを見下している雰囲気があるのはわかる。
「は、離してください。私はあなたの星なんて、行きたくありません。
それに私は東京こづえじゃなくて、大林こづえです」
私はそうはっきりと断言した。
すると一瞬だけど私の腕を握る東京太郎さんの力が緩んだ。
(……チャ、チャンス?)
そう思った私はその手を振り払おうとしたのだけれど、また力を込めてられてしまうので私は動けない。
「さあ、そんな妄言はどうでもいいです。
こづえは杖と孤舟を持って私について来るのです」
東京太郎さんは、私の発言も意見もみんな無視するつもりらしい。
そして力ずくで私を引っ張った。
私は必死に抗うがまるで効果がない。
そのままズルズルと公平くんのお店があった方角へと引きずられてしまう。
きっと、そこに孤舟があるからに違いない。
「大林っ! 杖を使うんだっ!」
突然、公平くんの叫びが聞こえた。
私はその声にハッと気がついてショルダーバッグから杖を取り出し東京太郎さんの顔にそれを突きつけた。
「……な、なにをするんです。お止めなさい」
東京太郎さんの顔に初めて驚愕の表情が浮かんだ。
「て、手を離して」
私はそう告げた。
すると東京太郎さんは私を解放した。
私はすぐさま公平くんの方へと走った。
「帰ってください。さもないと杖を使います」
ハッタリだった。
杖は武器だと聞かされただけで使い方とか威力とかは一切知らないからだ。
だけど効果は覿面だったようで東京太郎さんは狼狽えて後ろに下がる。
「お止めなさい。今のこづえがその杖で攻撃すると、ここ一帯が神社ごと消滅しますよ。
ここにいる大勢の原住民も巻き添えです。
それでもこづえは私を攻撃するんですか?」
「……っ!」
私には正直なんのことかわからなかった。
でも血相を変えた東京太郎さんの表情を見ると、それが冗談ではないことがわかった。
「お、脅したってダメなんだから」
私は杖で東京太郎さんの顔を狙っていた。
だけど手はワナワナと震えている。
すると東京太郎さんがコートの中に突然手を入れた。
そしてスッとその手を抜き出すと、そこには私と同じ杖があった。
「こづえ、止めなさい。杖の使い方は私の方が上手ですよ」
そう言って抑揚のない声で、にやりと東京太郎さんは笑う。
――恐怖。
私はガタガタ震えていた。
手も足もガクガクしてしまっていて自由に動かせそうにないし、呼吸も荒い。
他人から見れば一対一の対等に見えるかもしれない。
だけど東京太郎さんの言うことが本当だったら東京太郎さんは手練れで私は素人だ。
決闘はあっけなく終わるだろう。
――そのときだった。
バシンッと音がしたかと思うと東京太郎さんが蹲っていた。
そして光を反射しながらクルクルと空を舞う杖が見えた。
何者かが東京太郎さんの杖を吹き飛ばしたのだ。
「奈々子さん」
公平くんの言葉に振り返ると、そこには奈々子さんが立っていた。
そしてその手には私と同じの銀色の杖がある。
たぶん奈々子さんが、その杖で東京太郎さんを攻撃したのだ。
「東京太郎さん。この場はあなたに勝ち目はありませんよ」
奈々子さんは冷静に、そして力を込めてそう告げた。
「あなたは流刑者ですね?
……こづえをいったいどうするつもりですか?」
東京太郎さんは立ち上がって奈々子さんを見た。
「……っ!」
――驚いた。
杖を握っていたはずの東京太郎さんの右手が途中から無くなっているのだ。
だけどその千切れた腕からは、なぜか一滴も血が流れていない。
「それはこづえさんが判断するわ。
ただあなたが強引に役目を執行しようとするなら私はあなたをとことん敵視するわよ」
奈々子さんはいつもにも増して凛々しく引き締まった表情だった。
一方の東京太郎さんは苦虫を噛みつぶしたような顔つきだった。
「……わかりました。今は引き下がりましょう。
ですが、こづえには帰還命令がすでに出ているのです。それをお忘れなく」
そしてくるりと背を向けると東京太郎さんは落ちた杖とちぎれた腕を拾って歩き去った。
「……」
私はその場でヘナヘナと崩れそうになった。
それを誰かが受け止めてくれた。
見るとそれは公平くんだった。
「大林。大丈夫か? 顔が真っ青だぞ」
「う、うん。……ありがとう」
私はなんとかお礼だけを言えた。
身体も心もすっかりクタクタだったからだ。
「大丈夫?」
奈々子さんがそう私に話しかけてきた。
私は、なんとか自力で立ち上がって対応することができた。
「はい。もう大丈夫です。
助けてくれてありがとうございます。
……でも、あの人は本当に私の父親なんですか? それに手がなくなっても痛そうでもなかったし血だって出てなかったし」
すると奈々子さんは真剣な顔になる。
「あの東京太郎さんは代理人みたいな存在よ」
「だ、代理人? ……じゃあ本人じゃないんですか?」
私は奈々子さんに向き直った。
奈々子さんは、真剣な目で話しかけてくる。
「ええ。遠隔操作と言ったらわかるかしら?
リモコンで動いていると思えばいいわ」
「ええっ! じゃあ、人間じゃなくて、……えーと、私の星の人じゃないんですか?」
「そうね。バイオロイドなのよ」
「……バ、バイオロイド」
――一気に血の気が引いた。
アンドロイドと言う言葉はわかる。人造人間って意味だろう?
だけどバイオと付くからには、機械ではなくて生きている的な人造人間ってことなのだろうか……?
「つ、つまり……。
生きているアンドロイドってことですか?」
「ええ、そうよ。汗もかくし、呼吸だってするわ。
でも純粋な生物とは言えないの」
私は奈々子さんを見て、そして公平くんを見た。
公平くんは納得顔でうなずいている。
公平くんは恐怖を感じなかったのだろうか? 私など歯の根がまだガタガタしている。
だけどこんなときにも公平くんは冷静だった。
「……なるほどな。だから腕をちぎられても血が出ないのか」
「ええ。そうよ」
「……あ、あの、……他にもいっぱい訊きたいことがあるんですけど……?」
私は奈々子さんに質問した。
だけど、奈々子さんは首を振る。
「今、私が知っていることを全部説明したら、きっとこづえさんは混乱するわ。
だから後は孤舟を使って自分で調べることね」
そう言って奈々子さんに促されて、私と公平くんは奈々子さんのワゴン車の方へと戻った。
そして、辺りには再び静寂が訪れた。
先ほどの東京太郎さんとのいざこざは、なにかが爆発したり、誰かが悲鳴があげたわけじゃない。
だからおそらくたぶん今の出来事を見た人物は私たち以外にはいないだろう。
「……この孤舟にすべての謎が隠されているんだ」
私は改めて今日手に入れることができた孤舟をまじまじとながめた。
鈍く銀色に光るそれは見た目から堅そうと感じるけれど重量は信じられないほどに軽い。
「これからどうするんだ?」
「うん。……ねえ、公平くん。私、相談があるんだけど」
「なんだ?」
「うん。この孤舟。預かってくれない?」
「俺ん家でか? 別に構わないけど……。なんでだ?」
「うん。
私の家はマンションだから狭いし、……勝手な話で悪いんだけど、事情をお父さんやお母さんにうまく説明できないし」
「ああ、そういえばそうだな。じゃあ俺が預かることにする」
公平くんは快くそう言ってくれた。
そして私は奈々子さんが運転するワゴン車にいっしょに乗って公平くんの家まで行ったのだった。
よろしければなのですが、評価などしてくださると嬉しいです。
私の別作品
「使命ある異形たちには深い森が相応しい」連載中
「その身にまとうは鬼子姫神」完結
「こころのこりエンドレス」完結済み
「沈黙のシスターとその戒律」完結済み
も、よろしくお願いいたします。