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夜空にぽっかりと浮かぶ三日月。その隣に寄り添うように輝く淡い空の城。

まるで御伽噺の挿絵のような光景のその中では、今まさに御伽噺のように煌びやかに王子の立太子式と、それを祝う舞踏会が行われているのだろう。

――だが、そんなことは今地上のお屋敷の一角でカリカリとペンを走らせるジョゼには全く関係のないことだった。

「よって、本式により求められる命題の構造式が成立することが証明された、と。日に日にレイの出す問題が極悪になっていってる気がするわ」

ジョゼはインクの跡も鮮やかに紙一杯に文字を記し終えると、机から顔を上げた。

ジョゼの日課の一つに、レイがよこす問題を解くことがある。

ブリュイエール家の数居る使用人の一人に過ぎないレイだが、ジョゼの物心ついて以来『お嬢様』の魔法教育を一手に引き受けていた。その能力の優秀さは生徒であるジョゼが王立魔法学校で主席を死守していることからも窺える。だが……

「私は、魔法学校の最高学年の主席よ?あの学校で一番優秀な生徒なのよ?なのにどうしてレイは私にも手におえないような問題出しつづけられるのよ?」

最近の問題の難解さにジョゼが小さく毒づいた。そりゃ、この間の試験は危うくアラムと満点で同点一位となってしまって一族の狸爺どもに難癖つけられて退学させられかねなかったところをレイが何時も出してくれる問題のおかげでボーナス点をもらいなんとか回避できたが、それとこれとは話が別だ。はっきり言ってレイの能力は不可解且つ理不尽、ていうかありえない。

と。

「人を不審な物体のように言うの止めていただけませんか?」

何時の間にか、手に夜食を持ったレイがジョゼの部屋の入り口に控えていた。

どうやらジョゼの脳内の呟きが外にだだ漏れになっていたらしい。なんという恐ろしいことをしでかしたのか。背中に冷や汗をかきつつとりあえず長年の勘で流す方向に舵をとってみた。

「あら、そんなに悪い風に言った覚えは無いわ。ただ、レイはこんなに優秀なのに、どうして王宮に上がらずにうちで使用人なんかに収まってるのかと思ったのよ」

「私の能力を評価していただけたのは嬉しいですが、お嬢様、私昔にちゃんと教えましたよね、力の強い魔法使いの条件を」

冷ややかな視線を投げかけつづけるレイの問いかけに、ジョゼは小さく頷いた。

強大な力を有する魔法使いの条件、それは……

「高い潜在能力、明晰な頭脳、そして強い意志の力、よね」

「その通りです。自らに備わる魔法の力を十分に発揮するために必要な、複雑な魔法体系を理解する知性と、暴走しようとする力を押しとどめる理性の手綱。どれひとつとして欠かすことの出来ないものです。確かに私は潜在能力だけなら十年に一度の逸材と期待されましたし、魔法体系に関しては現在存命のどの魔法使いよりも深く理解している自信がありますが、如何せん意志の力が足りなかったのですよ。面倒事が大嫌いで、易きに流れるこの性格。我ながら、大きな魔法を揮うには適性ゼロの自信があります」

自信満々に自慢にならないことを言いきったレイから視線をはずしてジョゼはレイの持ってきた夜食にぱくついた。

レイは何時もこうだ。たとえ大きな魔法を使うことが無理でも魔法解析などの研究分野では引く手数多、最高峰の研究者となりうる能力を有しているのに、それをあっけなく放り出してたかが使用人風情に落ちついた。理由は、一々どうしようか考えて研究しなきゃいけない学者よりも何をしたら良いのか大体決まってる使用人のほうが面倒くさくなくて楽だから。

おかげでブリュイエール家は当代最高の家庭教師を手に入れることに成功したが、レイを指導したことのある教授たちは今でも時折ジョゼに愚痴をこぼすほどだ。

「ああそうそう、レイ。私、卒業論文の課題、雨の研究に決めたから」

ジョゼが淡々と宣言すると、レイはあからさまに顔を顰めた。

「……何よ、何か文句でもあるの?」

「いえ別に。ただ、面倒なことになりそうだな、と」

「何故?私の研究課題がなんであろうとレイには関係ないでしょう?」

「関係大有りです。せっかくあの学校を出てのびのびしていたのにお嬢様の研究の指導教官として近日中に魔法学校に緊急召還されるが予想されます。ええ、絶対」

「レイが私の指導教官役?そんなのいやよゼッタイ!家でも学校でも息抜きできなくなっちゃうじゃない!!」

「その分野の研究者は余り居ないんですよ。城と雨の研究は国の根幹に関わる分野。研究対象が城そのものである以上、下手な者に研究させて何かとんでもない間違いを犯されるわけにはいきません。ですから、城の研究は王宮からの許可制になります。今存命の魔導師の中でその許可を得ているのはわずか数名。殆どよぼよぼの老いぼれ爺ですからね。お嬢様を口実にこれ幸いと引きずりもどされるのが目に見えています」

はぁ、とひときわ大きく溜息をつくとレイはジョゼに嘆かわしげな目線を送った。

「やっと面倒事から逃げ出したと思ったのに、そんな課題を決めてくるとは一体どこでお嬢様の育て方を間違えたのか。恨むべくは過去の私ですかね」

「失礼ね!人を失敗作のように言うのは止めて!!」

きぃぃぃいっ!と歯軋りしてジョゼが反論した、その時。

この屋敷にしては珍しく、――メイドとして厳しくしつけられている人間ばかりなので本当に珍しく、どたばたと走る音がして荒々しくジョゼの部屋の扉がノックされた。

「お嬢様、今すぐお召し替えを!ラ=コット侯爵、セバルカンティ伯爵他数名の方がお嬢様に今すぐお会いしたいと……!」

「小父様たちが?こんな時間に?」

訝しげに首をかしげてレイを見ると、彼も彼で肩を竦めてみせた。心当たりは無いらしい。

今名のあがった人間はどれもこれも一族の中でも長老だとか重鎮だとかいう言葉が似合う種類の人間だ。今日も今日とて城で行われている祝宴にも出席中だったはず。

なのに、その大事な宴を中座してまでジョゼに会いに来るだなんて、一体何事があったというのだろう?

「……まあ良いわ、会えばわかるもの」

そう、一つ大きく溜息をついてジョゼは着替えるからとレイを部屋の外へと追い出した。


細やかな彫金の細工の施された白い大きな扉の前で、ジョゼは一つ大きな深呼吸をした。

扉の向こう側は夜も更けてから突然現れるという非礼を悪びれることなくやってのけた一族の長老の皆様方が揃う応接間。そこから間断なく無遠慮にデカい笑い声が轟いてくる。……つまりは、完全にできあがってるジジイども多数。

腹に力をこめて無理やりに笑顔を作ると、ジョゼは一気に扉を開け放った。

「こんばんは、小父様方。こんな夜遅くに急に訪ねてこられるだなんて、一体どうなさったの?」

予定の言葉を述べて首を傾げつつ可愛らしさを残したあどけない表情を三秒キープ。耐えて、耐えて、耐えて、そして。

「おお、私の可愛いジョゼフィーヌ!もっとよくその可愛らしい顔を私に見せておくれ」

一番でっぷりと太り、赤ら顔具合もぶっち切りで一番のラ=コット侯爵がジョゼに近づいて肩を抱いた。顔にかかる息が酒くさくって思わず眉を顰めそうになる。

(耐えるのよ、ジョゼフィーヌ!毎日アラムの前でだってなんとか笑顔作るじゃない!)

ぐっとこぶしを固く握り締め、その痛みでなんとか理性を引きとめた。

『私の可愛いジョゼフィーヌ』ではなく『私(に富と栄光を運んでくれる)可愛い(お人形にしか過ぎない)ジョゼフィーヌ』の言い間違いでしょ?と内心で毒を吐きながらラ=コット侯爵以下ブリュイエール家の親族の重鎮たちのお世辞を聞き流す。

「いやあ相変わらずの愛らしさ!見よ、頬など本物の薔薇の方が己を恥じて萎れそうだ」

「全く!これならば王子もお気に召そうぞ!」

「そうだな、これほどまでに可憐な姫君は社交界には居るまいて」

「あ、ありがとうございます、小父様」

持てる力の全てを発揮して、ジョゼは儚い笑顔を浮かべた『私の可愛いジョゼフィーヌ』でありつづけようとした。

自分の見たいものしか見ようとしないこの人達にわざわざ理想と違うことをつきつけたところで結局は面倒くさいことになって時間の無駄にしかならない。なら、目的が全然わからないけれどとっとと満足してもらってとっとと帰ってもらおう。

ああでも、クリスが居たら小父様たちの相手も少しは楽になったのに!

「そういえば、クリスの姿が見えませんが……今日はクリスも城に上がったのでしょう?」

「クリスは大手柄じゃ!今頃王子に気に入られておるわ!」

「あれもほんに如才ない。どうやって王子の気を引いたかは知らんが、社交界に出たばかりの王子が真っ先にあのクリスと話したいと言い出すとは」

「事の次第はようわからんが、これで次代の王家とブリュイエールの絆も深まったというもの。後は……」

くすくすと顔を見合わせながら忍び笑いをする長老とその予備軍たち。にたにた笑いがこれほどムカつくものだったことを改めて思い知る結果になった。自分で自分を苛立たせていては意味が無い。ジョゼはクリスに話を向けた自分の失敗を認めた。

かくなる上は……

「それで、一体何の用があってこんな夜更けにいらっしゃったんですか?他に話もないなら、私明日も学校がありますので失礼します」

一瞬たりとも同じ空気を吸いたくない、と強引に話をまとめる方向に仕向けたジョゼを、押しかけた客たちは年の功でやんわりと宥めて引きとめる。

「そう急いては将来婿殿に呆れられてしまうぞ」

「そうそう、女に生まれたからには何時もにこやかにして家中を明るく……」

「――小父様方、私眠いので失礼いたします」

「いやいやいやいや、話はまだまだこれから、せっかく私の可愛いジョゼフィーヌに良い話を持ってきたのだから」

ウダウダ食い下がる小父様方に痺れを切らしてきびすを返しかけたジョゼに慌ててラ=コット侯爵が追いすがった。

それにしても良い話ですって?何の冗談よ?とジョゼは侯爵の言葉を鼻で笑い飛ばした。

物心がついてこの方、侯爵以下雁首そろえた親族たちから良い話を聞いたことなど絶対ない。

「なんですか?それは今すぐ小父様方が私をブリュイエール家の正当なる後継者として認めてくださるということでしょうか?」

「いやいや、その話はまた別の機会もあろうて。何せまだ一年猶予がある。それよりも、私の可愛いジョゼフィーヌももう十六歳。そろそろ社交界にデビューしても良い頃合ではないか?」

ラ=コット侯爵から飛び出してきた単語に、ジョゼの眉が跳ね上がった。

社交界?今年一年卒業研究に忙しいというのに、貴婦人たちの間に混ざって詩歌音曲に心血注ぐようなそんな余裕がある筈無い!あったら勉強する!!

あれか?あれだ!ジョゼに対するいつもの主席奪取妨害工作だ!

「お断りします。私今年忙しいんです」

一瞬でジョゼは答えをはじき出し、にべもなく断った。

だが、そのくらいのことでめげるようなお優しい小父様方であるはずもなく。

急に、物分りの良さげな大人の風情になり、分らず屋の若者を諭す空気に雪崩れ込む。

「残念だがそれは許されんことだぞ、ジョゼフィーヌ」

「そうそう、今宵宴で小耳に挟んだのだが、ジョゼフィーヌよりもお若いマルグリッド王女殿下がもうじき社交界にデビューなさるそうだ」

「王女殿下は国王陛下にとって掌中の珠、目に入れても痛くないほどの可愛がりようと聞く」

「それにデビューに際し余計な虫がつくのを嫌って王太子殿下がエスコートを任されたとか」

「それほど大事にされておる姫君じゃからのう、交友関係にも厳しいのは当然じゃな」

「身元もしっかりした、間違いのない立派な貴婦人で、王女殿下と年も近く才気煥発にして王女自身もないがしろに出来ない姫と言えばジョゼフィーヌを置いて他にはおらんではないか」

「姉の如く王女に接し清く正しく導いてくれとは国王陛下のお言葉じゃ」

――一族の長老達に唯々諾々と従うことをよしとせず反乱を起こしている真っ最中のジョゼが王女を『清く正しく』導く役目につくのが本当に正しい選択かどうかはこの際とても疑問ではあるが、国王陛下のたっての希望ならばジョゼに断る権限はない。これぞ完璧なるお膳立て。

ああ、これが今年最初の妨害工作だというのなら、受けて立とうじゃないか。きっと立派に社交界と学業を両立させてみせる!

「そこまで望まれたのでしたら寧ろ望外の喜びですわ。是非、王女殿下の社交界デビューの場に居合わせたいものです」

にっこり微笑む仮面の下で、ジョゼはぎゅっとこぶしを握り締めた。


「ムっカっつっくぅぅうううう!!!」

ジョゼの雄叫びのような叫びとともに暴走した魔力がどこかの研究室で研究中だった魔法薬の実験にでも共鳴したのか、微かに爆発音と、ガラスの飛び散る音、そして居合わせた学生らの悲鳴が聞こえてくるが、そんなことは気にしない。

なんたってこっちは人生の一大事だ。

「なんだってこんな大事な年に社交界なのよ!後一年逃げ切ればいくらでも付きあってあげるのに、どうしてこのタイミングなのよ!邪魔邪魔、研究の邪魔だわ!!」

ドン、ダン、ガシャーン!とジョゼの吼え声に合わせてそこら中で何かの破壊音がする。そう、例えば黒板がへこんだ音だったり、教卓の天板が真っ二つに折れた音だったり、天井の釣りランプが落下した音だったり。

ジョゼの居る八年生の教室は結構悲惨な光景になっていたが、アラムはその状況を気にすることなくぺらりと昨日から読みふけっている本を捲り、ついでに呟く。

「一々そんなことで目くじら立てるなよ。どうせ一晩不恰好に着飾ってくるくる回って愛想笑い浮かべてるだけだろ。それくらいのことにも付き合ってやれないくらい度量が狭いとは……まったく、これだからお子様って奴は……」

「アラムったら!!貴方また私のこと子供扱いして!!」

きいいい!とアラムを怒鳴りつけた瞬間、ジョゼの真後ろで教室の窓ガラス全てがバリバリバリリ!!と悲鳴を上げて粉々に砕け散った。

「――馬鹿が。まだ肌寒い時期だって言うのに、何てことしやがる。だからガキだっての」

アラムから冷静な突っ込みが入って、ジョゼはハッとして周りを見まわした。

存在意味の無くなった窓の残骸、約八割が使用不能に陥った黒板、エトセトラ、エトセトラ。とりあえずこのままでは授業は不可能だろう。

外から吹き込む風が、心なしかいつもよりも冷たく感じる。

「まあまあ、アラム、この位姫の魔法ですぐに直せるんだからそこまでトドメ刺さなくても」

「お前がそうやって甘やかすから何時まで経っても周りの状況見れない、自分で自分もコントロールできないクソ餓鬼様に育つんだろ?直せば幾らでも壊しても良いってか?」

静かにキレるアラムを宥めるのにクリスは見事に失敗した。

にへら、と笑って、いやでも、直さないよりマシだよね、というフォローになってるのかなってないのか判らないクリスの援護射撃を受けると、寧ろ追撃を食らったかのような精神的ダメージを味わって、ジョゼは更にいたたまれなくなった。

小父様たちの申し出がどんなに不愉快だったからって、魔力を暴発させて物に八つ当たりするだなんて、アラムに餓鬼と言われても仕方が無い。そんなのもう卒業したつもりだったのに。

むっつり黙々と物体修復の魔法陣を編み出しつづけるジョゼを尻目に、アラムは最後の一ページまで読み終えると前に座っていたクリスに話しかけた。

「で、本当にあんなジャリガキがマルグリッド殿下の指南役になるのか?逆じゃね?」

言外に、むしろあからさまに立場が逆だろうと言う空気にクリスは苦笑して頭を振った。

「ま、国王陛下のお心積もりでは、そういうことになるかな」

「買い被り過ぎだ。あいつに殿下の指南役?傍若無人の傍迷惑以外教えられるものはない!」

否定しようの無い事実をぐっさり指摘されても、ジョゼは反論することなく大人しく魔法で自分の壊した教室を修理するための魔法陣を編みつづける。

その横で、アラムはコホンと前置きをしておもむろに親友に話を切り出した。

「で、クリスは王女殿下に会ったことあるのか?やっぱこう華奢で儚くてお姫様~って感じ?」

「あれ、そんなに興味持つなんてどういう宗旨変えかい?アラムは貴族が嫌いじゃ無かったっけ?君のことだから貴族も王族も変わらないと言うに違いないと思ってたんだけれどね」

目をきらきらさせて聞いてくるアラムにクリスが冷やかし気味に茶化すと、アラムは断然力を込めて断言した。

「俺だってこれでも人並みに王族に対する敬意ってやつは持ってるんだぜ。なんてったって王様が居なかったらこの国が出来なかったんだからな」

「僕や姫のご先祖様が居なくっても国は出来てないけどね」

「そうは言ってもやっぱり、思いつく人間が居なきゃ何も出来ないじゃないか。そう言う意味で王はまさにこの国を生み出した人だよ。この国のもっとも重要な人だろ?その王位を継ぐ、かもしれない王女殿下、クリス会ったことあるのか!?」

「そんなに期待されてるところ悪いんだけど、僕はまだ会ったことはないよ」

意気込むあまり額がくっつきそうなほど迫ってきたアラムの鼻の頭に指をつきつけてクリスが肩をすくめて答えると、何だ使えねぇ、とアラムが毒づいてまた元のだらけた姿勢に戻る。

「なんだ、ブリュイエールの一族の人間と言ってもそんなに偉くないんだな」

「違うよ。僕は確かにブリュイエールの末席に引っかかる程度の傍流だけど、たとえ本家当主、姫のお父上でもまだお会いしたことないと思うよ。王女殿下はまだ成人前の雛であらせられるからね。王太子殿下だってこの間の立太子式まで一度も奥宮を出られたことは無かった筈だし」

「……やっぱ王族ともなると面倒なことが多いのか?」

「多分ね。王族はとても血が弱いから。知ってる?長い歴史のなかで王冠を継ぐ子供は一人しか無事に成長しないっていう伝説があるんだよ。残っている記録を見る限り確かに現在の国王陛下の代までは真実だし、その分周りが過敏になるのも当然、かな」

「なんだそりゃ?やっぱこう、陰謀権術、とか泥沼王位争い、とか?」

「どうかな、殆どが死産或いは夭折だし、多分に医療技術のことも関係あると思うしね」

簡潔に過ぎる感のあるクリスの説明に成る程とアラムが頷く後ろで、ジョゼが一声吼えた。

「どうも、申し訳ございませんでしたぁぁぁぁあああああ!!」

……なんとも締まらない謝罪の叫び声と共に、ずっとちまちま練り上げていた魔術構成に怒涛の如く魔力が注ぎ込まれる。魔力の満ちたところから光が溢れ、見る見るうちに時間が巻戻るように壊れていた物があるべき場所へと舞いあがってゆく。

「ふう、イイ仕事をしたわ」

額の汗をぬぐう振りをしつつ一息ついたジョゼの背後に、亡霊のような影がさす。

「…………おいコラそこのクソ餓鬼」

「どう、アラム、私の華麗なる魔法で生まれ変わった新しい教室は?」

「『どう?』じゃないだろ!真性の阿呆かお前は!!」

アラムは怒鳴ると同時に手近にあったノートで殴りつけた。

「元の教室じゃないだろ!こんなキラッキラなところで勉強できるかボケ!」

思いっきり握り締めたこぶしを机に叩きつけてアラムは周囲の被害状況を指差した。

ジョゼの魔力の暴走で木っ端微塵に吹っ飛んだ窓はガラスが嵌め込まれると同時に優美な唐草模様が絡んだ真鍮の補強枠があてがわれ、ほぼ壊滅状態に追い込まれた黒板はあらゆるところに銀装飾の女神像があしらわれる。天板真っ二つで意味の無くなった教卓はいかにも鋸有り合わせで切って作りましたという直線直角一本槍のデザインから職人技を思わせる上品な曲線を描く猫足テーブルに姿を変え、明かりさえ取れればいいという意思がひしひしと伝わってくるような大量生産工業品の代表格のようなランプは水晶を磨いたようなクリスタル製のシャンデリアに取って代わられていた。

――壊した物を元に戻すくらい簡単なのに、何に時間をかけているかと思ったら!

「いいじゃない、常々魔法学校って飾りに欠けると思ってたのよね。美しい物に囲まれて精神的に豊かな生活を送ることは勉学をより深くするために必要なことだと思うのよ」

怒りの余り二の句がつげずにプルプル震えるアラムの横を小走りに駈け抜けて、クリス、もといジョゼの奴隷が彼女の前に跪く。

「ああ、姫、私も何時もそのように感じておりました!なんとなれば潤い少ない学究生活に一輪の華を添えるのは我等持てるものの定め。持たざるものにあるべき理想の生き方の薫陶をくれてやる姫のお優しき計らいに私魂が打ち据えられるほどの衝撃を受けました!斯くなる上は私も姫を見習い学院内の美化に勤める所存……」

「やめんかこの金持ち貴族どもが!」

とうとうと語りつづけるクリスを蹴倒して、アラムは深い深い溜息をついた。

「お前等無の美という物を知らないのか!?一切の無駄を排除した機能美と単純構成の反復が生み出す美しさを理解しないから貴族どもは無駄にゴテゴテ飾り立てて醜くなっていくんだ!今からジョゼの社交界デビューの滑稽な姿が思い浮かぶぜ!」

「滑稽ですって!見ても無いのにそんなことを言うだなんて、根拠のない事柄を断定口調で話す人間は愚か者の極地よ!ねえ、クリスからも何か言ってよ!私酷い格好してないわよね?」

「それはもう、姫の美しさは私の魂を捕らえて離しません!」

陶酔した目で答えたクリスを受けて、ジョゼはふん、と鼻を鳴らしてアラムを振りかえった。

「どうよ、何度も私の正装見てるクリスの意見は?」

「証言能力あるか!クリスはお前のこと何時も常に全肯定だろうが!!」

アラムに事実を指摘されてジョゼはうっと言葉に詰まった。

いや、確かにそれはそうなんだけど……

「じゃあ、社交界デビューのときにはアラムにも私の格好見せてあげるわよ!」

「おうおう、見せろ見せろ、指差して笑ってやるから!」

火花が飛び散りそうなほど睨み合う二人を、クリスはすぅっと目を細めて眺めていた。


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