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「可愛い私のジョゼフィーヌ、ほら、お人形をあげようか、それとも、甘いケーキが良いかな?なんでも言ってごらん、おじちゃまが全部叶えてあげよう」

セピア色にくすんだ風景の中で、白いウサギの愛らしい目がぎょろっとこちらを見ていた。

毛むくじゃらなそれが近づいてくるのが嫌で、傍にいた人の服の裾を掴んで視界を遮ったのに、でっぷりと太った男はなおも布の壁を回り込ませるようにして人形をジョゼの視界にねじ込んでくる。

「ほうら、ウサギちゃんもネコちゃんも、可愛い可愛いジョゼフィーヌとお友達になりたいよーって言ってるよ」

嫌、イヤ、私そんなの欲しくない!私、そんなの要らない!どうして皆私がそんなの欲しいと思ってるの!?私何時そんなの欲しいって言ったの!?

お願い、来ないで!嫌ったらイヤなのーーー!!

――不意にひょいっと誰かがジョゼの体を抱き上げる。突然の事にビックリしてジョゼの目に滲みかけてた涙も引っ込んだ。ジョゼは大きな目を更に大きく見開いて、前の顔をまじまじと見詰めた。年は十二、三だろうか。ジョゼと同じ金色の巻毛を後ろで一つに束ねた男の子が、にっこりと微笑んでいて。

「初めまして、我が姫。このクリスに姫のお望みをお伝え下さい。何でも叶えて差し上げましょう」

――言ってることは先ほどの男と同じ事なのに、何故だか不思議と安心できて、ジョゼはクリスにしがみついて思いっきり声を上げて泣き出した。


+ + +


隙間無く積み上げられた石の壁。或いは優美な曲線を描く真鍮の柵。

王国成立当初からの国土だった旧市街地の華やかな町並みの中心に、ひときわ広大な敷地を占める閑静な一角があった。

大きな石畳の道がその真ん中を貫いた、その片側に広がる大豪邸。

輝かんばかりに磨き込まれた白大理石の壁と、そこここに施された金装飾と。寸分の隙も無く手を入れられた庭園には、幾何学模様を描くように水路が張り巡らされ、その両側には多量の水を必要とする園芸種の花々が色とりどりに咲き誇る。その水の全ての源、尽きることの無い豊かな流れを庭に注ぎ込む女神の壷から零れ落ちる流れが水飛沫をあげて虹を作り、吹き上げられた噴水が優美なアーチを形作りながら庭の小路を跨いで反対側へと空中を渡ってゆく。

その水の天蓋がつくりあげる無数の煌きの下を、少女が一人、颯爽と黒いローブを翻して歩いて行く。

爽やかな庭の、爽やかな朝。しかし。

「――何たる不覚。あんな夢見るだなんて、寝覚め最悪」

少女――ジョゼの気分は爽やかさからは程遠かった。

よりにもよって一番見たくない類の夢だった。

力が足りなくて、何も出来ずに自分の意思さえ伝えられず、挙句クリスに助けられて泣きじゃくった幼い日の記憶。ジョゼの一番古い思い出。

今ならあんな状況になりはしないのに、屈辱も良いところだ。

――疲れてたのだろう、疲れてたんだ、じゃなきゃあんな夢見るはずがない。

ジョゼが一人で勝手に夢の分析を終えたその時。

「おはようございます、お嬢様」

 ジョゼの歩いて行く先に、男が一人、居住まいを正してたたずんでいるのに気がついた。

 その姿を見止めて、ジョゼの片眉が少し跳ね上がる。

「おはよう、レイ。今日は一人?」

「ええ。クリス様より朝お迎えに来られないことへの詫び状が届いております」

 そう言いながらレイは手紙というよりも辞書ほどもありそうな分厚い紙の束を差し出した。

「お読みになりますか?」

「――けっこうよ。どうせ歯の浮くようなコトしか書いてないもの」

 うんざりしたように手をひらひらさせると、レイは紙束のかわりにずっしりと重たい革の鞄をジョゼに手渡した。

「では、行ってらっしゃいませ、お嬢様」

 その声と同時に、ぎぎぎ、と音を立てて華麗な蔦模様を施された門が開いて行く。

 その先にある黒い塊が一斉に色めき立つのがジョゼからはっきり見えた。

(…………逆玉しか頭に無い馬鹿どもが!)

 ジョゼはきゅっと唇をかみ締めるとずんずんとその群れのど真ん中に向かって歩き出した。

「おはようございます、ジョゼフィーヌ姫!」

「進級おめでとうございます、姫!」

「最高学年へと進まれて今年もなお一層姫の御活躍をなさることでしょう!」

「私の父も姫に一言御挨拶を申し上げたいと……」

「今宵は我が屋敷へ!」

「いいえ私の元へ!!」

「我が家ではささやかではありますが心の篭ったお祝いを用意してございます!」

 やいのやいのと黒い群れを形作る男たちが一斉にジョゼに話しかけるが、それらを虫の羽音の如く無視して、ジョゼは一直線に歩き、太い道を渡ろうと試みる。

 ――この朝の儀式が始まって八年目。突っ切る方も、突っ切られる方も、もう慣れたものだ。

 最初暫くの間は動くことすら出来なくなって周りを怒鳴りつけて道をあけさせたりしていたが(そしてもれなくそれをレイに見られていて帰ってこってり礼儀作法の復習をさせられたが)時がたつと共にジョゼの背も伸び、取り囲まれる状況にも慣れ、今ではずんずか立ちはだかる人間にぶつからん勢いで歩いていく。

 当然、どちらに非があろうとぶつかろうものならジョゼの不興を買うことは間違い無いので御機嫌取りの連中も一歩引く。そこを更に詰める。更にもう一歩。

そうやっていつものように微速前進する集団の一人が不用意にも誰かにぶつかりよろめいた。

「なんだ君は!少しは周りを見て歩きたまえ!」

大層な格好をした少年は、体面を取り繕うために高飛車な態度を取った。が、それは相手が極悪に悪かった。

「――そいつは俺の言葉なんだが……」

 ごく低音の絶対零度の声音がした途端、ジョゼの周りに貼りついていた取り巻きたちは一斉に蜘蛛の子を散らすがごとく去っていく。

 一気に開けた視界の先に顔なじみを強制的に見つけさせられると、ジョゼは顔面の筋肉と日ごろの淑女教育の努力の結果をフル活用してなんとか笑顔を取り繕った。

「あら、アラムじゃない、おはよう」

「挨拶より取り巻きの教育ぐらいしやがれ、このクソ餓鬼。お前のせいで周囲が被害甚大だ」

「またそんなこと!私のこと『クソ餓鬼』だなんて汚い言葉で罵らないで!!」

 ジョゼの笑顔は一瞬で吹っ飛び、正面で冷ややかに見つめる男――アラムに食って掛かった。

 アラム・ベリエル。この学校でその名を知らない者は居ない。

 その理由は――

「ガキをガキ扱いして何が悪い!しかも人様に迷惑かけるようなガキはクソ餓鬼でも上品過ぎて涙が出るぜ!!」

「私が何時貴方に迷惑かけたのよ!ぶつかったのは私じゃないでしょう!?」

「お前の御機嫌取りしようとして俺にぶつかったんだ!十分お前のせいだろうが!」

 ぎゃーぎゃーと罵り合いながら二人の周りにじわりじわりと魔法陣が引かれていく。

 その魔法の効果の物騒さときたら、少しでも魔法を勉強したことのある人間だったら脱兎の如く逃げ出すところだ。

 寄ると触ると今と似たような展開になる二人。『混ゼルナ危険』のレッテルを貼られてしまった組み合わせが鉢合わせたところに共に居られるのは、危険感知能力が欠如しているとしか思えない、いやむしろ危険よきたれ!と待ち構えて楽しんでいる変態ぐらいしか考えられない。

 いつもは誰かがとばっちりを被るか敢えて火中の栗を拾いに行く勇者が何とか被害最小限にコトを収めて平穏な時に戻るのだが、今日はジョゼが自ら一歩引くという奇跡的譲歩を見せた。

「まあいいわ、今日のところは譲ってあげるわ。だって後もう少ししたら貴方が泣く姿が見られると思うと楽しみすぎて背中に羽根でも生えて飛んでいきそうよ」

 ジョゼがくるん、と指先を回すと小さな白い羽根の幻覚が背中に現れた。御丁寧にパタパタ羽ばたいている幻影を目にして、アラムは鼻でそれを笑い飛ばした。

「頭がぶっ飛んでる奴に今更羽根なんざいらんだろう。それに、泣くのはお前だ。先月の学年末試験の俺の出来は過去最高だったからな。お前にデカイ顔させておくのも後少しだ」

「あら、その台詞もう何度聞いたかしら?結局一度だって八歳も年下の私から学年主席の座を奪えずにいるじゃない?そろそろ、負け犬の遠吠えは聞き飽きたわね」

「なっ!」

「残念ながら総代として今日の入学式で挨拶するのは私よ。ちゃんと素晴らしいスピーチまで考えてきたんだから、アラムは壇の下で有象無象の中にまぎれて私を眺めていると良いわ」

「そっくりそのまんまお前に返してやるぜ、ジョゼ!」

 あからさまなジョゼの挑発に乗って一瞬のうちに先ほどまでとは比べ物にならないほどの物騒な魔法陣を辺りに張り巡らせつつアラムが吼えた、その時。

「相変わらずですな」

 気まぐれ勃発な災害と化した二人に近づける数少ない人間がひゅん、と空中に姿を現した。

「学院内の魔法陣の分布を感知すればお二人の居所がたちどころに判るのはなんとも便利なもんですな。ですが、破壊活動はお控え下さいますように」

「校長!」

「アーデガルト先生!!」

 吹けば折れそうな小柄な人影――二人の通う学校の校長であるアーデガルトを、ジョゼとアラムは同時に振りかえり、そしてずんずかずん、と並々ならぬ熱意を持って詰め寄った。

「先生、この間の学年末試験、誰が主席だったんですか!?」

「校長、ジョゼに遠慮することなくびしっと言ってください、びしっと!!」

 ぎらぎらと闘争心を剥き出しにして意気込む若い二人を頼もしげに眺めつつも、その問いに直接答えることなくアーデガルトは予定通りの言葉を紡いだ。

「ジョゼフィーヌ・アナ=マリア・ラ・ブリュイエール、ついてきなさい」

 ――その瞬間、ジョゼは目を輝かせ、アラムはガクっと項垂れおちた。

「じゃあね、アラム。また後でね」

 落胆のあまり声も出ない年上の同輩をふふんと鼻でせせら笑い、ジョゼは手をひらひらと振ってアーデガルトと共に大聖堂の方へと去っていく。

 その後姿を見送りながら、アラムは絶叫した。

「また負けた!!」


 + + +


王立魔法学校。

国中からえりすぐりの才能が集まる楽園。

魔法無くして成立しえなかったこの国において、魔法使いは手厚く保護されてきた。

縁故と賄賂が物言う国の行政官や平和すぎる国内情勢のために今ひとつ存在感と発言力に欠ける軍とは違い、持てる力の強弱こそが唯一の存在意義と言い切る魔法使いは一般庶民が唯一人生の一発逆転を狙える道だった。

魔法は誰もが使えるが、真に強い力を持つものは数少ない。

そしてその強い力を発揮するには複雑な魔法体系を理解する聡明な頭脳と自らの力に飲まれないだけの強い意思が必要で。

逆に言えばその全てを兼ね備えた稀なる人間は空の城に上がり、王宮付きの魔導師として一気に栄耀栄華への道が開けるのである。

 そしてジョゼとアラムは、本人にとっては幸運なことに、そして周りにとっては不幸なことに、まず間違い無く、王立魔法学校の長い歴史の中でも屈指の才能を持つ人間だった。


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