幕間
「どうしても行かなきゃならないの?」
きつく歯を食いしばって出てきた言葉は、何も感情がないかのように固かった。
「どうしてもだ。この呪わしい緑の監獄に閉じ込められて十有余年。一族はいまや風前の灯だ。今動かねば、もう……」
「それでもいいじゃない!」
少年の言葉を最後まで聞くことなく、遮るようにヒステリックな叫びをあげる。
「どうして貴方が危険を犯して魔王の所へ行かねばならないの!?」
「それは、君が預託の魔女で僕が君に選ばれた真の王だから」
何処までも冷静な声が届く。目の前の少年の言葉が、更に胸にずきんと痛みを走らせた。
「選びたくて選んだわけじゃない!私には貴方しか居なかったんだもの!貴方だけなの!!なのにどうして……!!魔王の娘がそんなにいいの!?」
「……『視た』のか?」
少年の声に混じりはじめた凍てついた苛立ちが、少女を更にひるませる。
「だって、貴方に何かあったらって心配で……!でも、誰にも言ってないわ、貴方があの魔王の娘と何をしていたかだなんて!」
鼻の奥がつんとするような感じがして、じわりと涙が目に滲む。視界が歪んだのがわかると、もう後は留めようのないほど大粒の涙が後から後から湧き出した。
「貴方が遠くに行ってしまうと思ったの!私から離れてしまうなんて、そんなのイヤ!お願い、私の何処が悪かったのか言って!頑張って直すから!貴方に嫌われないようにするから!だから、私を見捨てないで!!」
体が半分以上沈み込みそうな柔らかな寝台の上で、ジョゼはいきなりむくっと起き上がった。
乱暴に手を髪に突っ込んでぐしゃぐしゃ掻きまわして一言。
「……ありえない、この私が、男に泣いて縋り付いて『行かないで』、ですって?」
夢とはいえ自分でも信じられない、どんな天変地異の前触れだ?とジョゼの背中に悪寒が走った。