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どういう手を使ったのかは知らないが、ジョゼは王宮に居候することになった。

確かに、王宮ならばあの口やかましい小父様方からは簡単に逃れられるが、今度は元気あふれるメイドたちに囲まれるかと思うと、研究の邪魔具合から言ってあまり変わらない気がする。

そう、今だって。

「ジョゼフィーヌ様、今日は水色のドレスをご用意いたしました」

「あら、そのドレスでしたらこちらのリボンがお似合いに……」

「ならば、お靴はこちらで……」

「ハンカチは……」

「日傘は……」

「靴下……」

「……」

以下略。

数日前と同じ部屋で、数日前とまったく同じ光景が繰り返される。

ただひとつ違うのは。

「ああ、ジョゼフィーヌ様!」

「なんて勿体無い……」

メイドたちの悲鳴と溜息を完璧に無視して、ジョゼフィーヌはふんわりとした曲線を描くドレスの上から真っ黒な重たいローブをばさりと羽織って分厚い革のかばんを取り上げた。

――王宮における新しい朝の儀式の全貌が、以上だ。

魔法学校に入学して以来勉学に血眼になって可愛がり甲斐のない娘となってしまったジョゼへの今までの鬱憤を晴らすかの如く、ジョゼの母、ブリュイエール公爵夫人は王宮生活には必要でしょう?と常識外れの量の衣装を持たせた。その結果、綺麗なもの、可愛らしいものに目の無い王宮仕えのメイドたちはたちまち公爵夫人の有能なる手下となって毎朝精鋭部隊がジョゼの着替えを取り仕切りに来ることになった。

が、黙ってお人形になるはずも無く、ジョゼは毎朝ドレスの上から野暮ったいローブをかぶって部屋を出る。

「私はブリュイエールの総領姫としてではなく、一学生として滞在中の身。制服を着て何が悪いの?」とはジョゼの主張だが、そもそもブリュイエールの姫でなければ中々王宮滞在など認められない。だがその矛盾を完璧無視してジョゼは我が道を貫き続けた。

部屋を出ようと群がるメイドたちをかきわけて入り口へ向かうと、この間も傍に居た侍女――女官長がバスケットを片手に控えていた。

紛れも無く貴族筆頭の家の長姫であるジョゼ。王族に対して自分の家族以上の愛と思い入れを持って後宮を取り仕切る女官長は、未来の王妃候補の身の回りの世話を非常な熱意を持って希望し、公爵夫人と実の姉妹以上の信頼関係を短期間のうちに築き上げ、王宮における母代わりを自らに任じていた。

「おはようございます、ジョゼフィーヌ様。いつものように準備が出来ております」

「ありがとう、女官長」

ジョゼが軽く挨拶してバスケットを受け取ると、ずしりと腕に加重がかかった。

「では、行ってらっしゃいませ」

深々と頭を下げた女官長たちに見送られて、ジョゼは部屋を出てそのまま真っ直ぐ庭に出た。

ジョゼのために用意された離宮は、あの玄室への入り口のある湖に最も近いところに立てられていて、少し歩くとすぐに視界が開ける。――こういう利便性もちゃんと考え合わせていてくれた王子の計らいだが、それが嬉しくもあり、少し心苦しくもある。

溜息交じりに指輪をかざし、船を呼び出して水底の玄室へと向かう束の間の水中散歩も、余り心の慰めになどならなかった。何故なら。

「おはようございます、殿下」

「やあ、おはよう、ジョゼフィーヌ姫」

玄室で王子が待ち構えていた。今日はその傍らにジョゼと同じようなバスケットも見える。

「今日は貴方を見習って僕も用意してみました。料理長は目を白黒させてましたけど」

くすくす笑って籠を開けた中には、サンドイッチやらゆで卵やら果物やらが詰まっていて。

ジョゼは内心溜息をつきながら王子の隣にクッションを置いて座り込んだ。

『寝食を忘れるかのごとく写本作成に励むこと』

――それが、王宮に来るときのジョゼ専属の鬼教官の言葉だった。

『ああでも、本当に寝食忘れると頭の働きが鈍って能率が落ちますからね。一日三食キチンと取りつつ、睡眠時間は八時間確保、それ以外は勉学に打ち込むこと。そうですね、朝起きたらすぐさま玄室に直行で。お食事は玄室で取れるように計らっていただきましょう。玄室を出るのは、用をたすのと眠るためだけです。もしそれでも私が写本作成に費やした以上の時間がかかった場合、その日数に応じてペナルティを加算しますので、覚悟してくださいね』

相変わらず何処までもにこやかな笑顔で非情な条件つきつけられて。それでも、そのくらい集中して作業すること、自分ならば出来ると思っていた。

ジョゼのたった一つの誤算は、王子の存在。

時折、今のように時間のあいたときを見計らってジョゼの元に顔を見せてくれる。それは午後のお茶の時間だったり、昼前の一時だったり。何時も本とかを持ってきて傍でじっと静かに居るだけで邪魔になどはならないのだが、たまに交わす会話にはにこやかに応じてくれる。

本来なら全く会う必要も無い間柄なので、王子が望んで会いに来てくれていることは判る。そして恐らくは、――アラムなどに知られると自意識過剰と言われるだろうが、好意を抱かれているだろうとも思っている。

それでも、自分に応じる気が無ければ何も問題が無いと思っていたのだが。

困った事態が起きた。

――城に来てから毎夜のように王子の夢を見るのだ。この自分が。

はじめて夢を見たときは衝撃の余り自分はどうかしてしまったのかと思ってしまった。

自分が、恋とか、愛とか、そんな物鼻で笑い飛ばしてきたこの自分が、一目惚れ!?

有り得ない、と思わず自分で自分を嘲ってみたものの、夢に見る事実は変えようが無かった。

緑溢れる森の中で、ジョゼと王子が笑いながら追いかけっこしたり、一緒に果物採集したり、夜には同じベッドで眠りについて、朝に目が覚めて一番最初に目に映るのが王子の笑顔で。

今朝方見た夢の中ではとうとう愛の告白らしきものまで受けてしまった。

『君は、僕が必ず守ってみせるよ。僕らは、運命の片割れなのだから』

そこで一気に目が覚めて。一番最初にしたことは胸の動悸を押さえることだった。

――そこまで回想が及び、ジョゼは思わずはぁぁぁぁあああ、と床にめり込みそうなほど深い溜息をついてしまった。

「……どうかされましたか?」

「ええええエルネスト殿下……!」

一瞬隙を見せると戸惑うことなく近づこうとする王子に、ジョゼは慌てて距離を取った。

「あぁ、何かお考えだったのにお邪魔をしてしまったようですね」

「い、いえ、けしてそのようなことは……!」

 ジョゼが慌てて手を振りながら否定すると、王子はくすっと優しげに微笑んだ。

「良かった。実はそう言ってもらえるのを期待していたんです」

そう言って悪戯っ子のように瞳を煌めかせた王子を、ジョゼは顔を赤らめて軽く睨みつけた。

「からかわないで下さい!そんな、あの……」

「どうやら僕は貴方を困らせてばかりのようですね」

申し訳ない、と王子は跪いてジョゼの手を取り、自ら贈った指輪の上に軽く接吻を落とした。

「で、殿下!」

慌ててジョゼは王子の手の中から自分の手を引き抜く。

「お戯れはおやめ下さい!別に、大丈夫ですから!」

……こうやって触られたり、傍に居られたりしてもビックリするだけでなんにもならないのに、夢の中ではどきどきして、赤くなって、居心地悪いほど胸の奥がむず痒くなったりとかもしちゃったりして乙女思考全開だった。

現実では無味乾燥なほど現実主義で夢の中では夢見る乙女、みたいに自分というものがすっぱりと切り替わってしまっているかのように受け止め方が違う。

まあ、夢の中では現実と微妙に差があって、周りが見た事も無い動植物や場所ばかりだったり、王子が金髪だったりしたのだけれど。

もしかして自分は金髪フェチだったんだろうかという疑問を胸に、ジョゼは一通り朝食をとりおえてデザートのブリュレを手にした。

スプーンでパリン、と飴を割って下のクリームごと頬張ると、コアントローが効いているのか、爽やかなオレンジの風味が口一杯に広がった。だけど。

「――ん~~、やっぱり……」

「クレームブリュレが何か?何処かおかしい味でも……?」

「いえ、違うんです。とっても美味しいんですけど……、そうだ、殿下はプリンをお召しあがりになったことはありますか?」

ジョゼがポン!と手を打って話を振ると、王子は首を傾げた。

「プリン、ですか?なんなのでしょう?口調から察するに食べ物のようですが……」

「主に庶民の食べるデザートです。クレームブリュレに似てるんですけど、これが触感が面白くてとっても美味しいんです。友人が一度食べさせてくれたんですが、うちの料理人は作ってくれなくて……。でも、やっぱり私ブリュレよりプリンの方が好きだなって思って」

あの日のアラムも相変わらず怒ってばっかりだったな、と暫く会えてない年上の学友を思い出して口元が緩みそうになって。慌てて首を振ってアラムのことを頭の中から追い出すと、王子とばったりと目があった。

「――とても、良い御友人なのですね」

言葉は優しいままなのに、王子の周囲にほんの一瞬、何処か冷ややかさが紛れ込む。

……もしかして嫉妬かしら?いやいや、自意識過剰も大概に、と自分で自分に突っ込んで。

「良い友人というか、腐れ縁とでも言うのではないでしょうか?万年二位で私のこと勝手にライバル視していっつも突っかかってくるんです。まあ、嘘をつかない真っ正直なところはありますが、大人気無いし、煩いし短気だし貴族蔑視の偏見に凝り固まって頭硬いし……」

アラム本人が聞いたら怒り狂うような評価を下しつつ、最後にちょっとだけ付け加えた。

「でも、国王陛下と王族の方をとても敬愛しております。きっと殿下にお会いしたら感激の余り泣き出してしまうかもしれません。そうだ、一度お忍びで城外へお散歩にでも参りません?」

きっと正体を明かした瞬間のアラムの顔がとっても楽しいことになるだろうと一瞬想像を廻らせたジョゼは、王子が射抜くような眼で彼女を見たことに気付かなかった。

「……折角のお誘いは嬉しいのですが、僕が外に出ると大勢の者に迷惑をかけますから……」

困ったように微笑む王子の表情と、寂しさの滲み出た声音。ジョゼは思いっきり失敗したことに気付いた。――どんなに大貴族の姫と云えど自由奔放にやりたい放題だった自分と、未来の国王陛下では気軽さが違うのだと。

「申し訳ございません、浅慮を申しました……」

「いえ、お誘いくださったそのお心は本当に嬉しいものです。ありがとうございました」

明らかに社交用に取り繕った笑顔を顔に貼りつけた王子は、自分の持ってきた物を手早くバスケットの中に閉まって立ちあがった。

「さて、そろそろ僕は退散しますね。姫の研究が滞り無く捗りますように」

流れるような所作でジョゼの手に接吻をおとし、王子は最後まで穏やかな態度を崩すことなく玄室を出ていった。

王子の後姿が見えなくなった途端、ジョゼはがっくりと肩を落とした。

「また、考えなしに傷つけるようなこと言っちゃった……」

アラムに叱られ、クリスに庇われる度にもうこれでお終い!と気合も新たにお月様あたりに誓ってたのに、まさか王子相手にやらかすとは。しかも最後まで優しくしてくれたのが尚心に突き刺さる。あからさまに不機嫌になってくれたほうが遙かにマシだ。

――大きく溜息をつくと、ジョゼはノートを開いて魔術構成の書き取りを始めた。


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