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第5話 紫水院 総一郎


 最近は、お盆だからと言って休む店も減ってきたような気がする。


 とは言え「料亭紫水」は、8月13日、14日、15日のお盆期間は、相変わらず休ませてもらっている。

 ただ、それとは別に、9月に入ってすぐ、いわゆる学校の夏休みが終わると「料亭紫水」には、もう一度夏期休暇がある。

 これは、12代目が始めたことだ。


「え? なんでかって? ……うーん、別に。夏休みが終わってちょっと暇になるし、後には中秋の名月とお彼岸って言う忙しくなる行事が控えてるし。気分転換とか従業員の士気を高めるため、なんじゃない?」

「なにを人ごとのように。先代が始めたことやのに」

「そうだっけ」

「そうです」

 僕が店を引き継いだ後、9月休みも引き継がれていて、でも、なんでこんな休みがあるんだろうとちょっと疑問に思って、電話して聞いた答えがこれだった。

「そうですか、特に意味はないんですか」

「うん、だから総一郎がやーめた、って思うんならやめてもいいよ。大昔からの習慣じゃないし。けど、店の従業員たちはそのつもりで何か計画練ってるかもしれないから、そこはきちんと周知してからにしてね」

「あ、はい。別にやめるつもりはないんですけど、なんでだったのかなと思っただけで」

「ふうん」

 その時の会話はそれで終わったのだけど。


「ねえ、総一郎さん。今年の9月休みはどうするか決めてる?」

 何日かして、綸がそんなことを聞いてきた。9月休みというのは、はじめに話した夏期休暇のこと。あれ? 綸も休暇のことを考えていたのか、思いはシンクロするって奴かな。

「いいや、何にも決めてないけど?」

「それなら、私、行きたいところがあるの!」

 勢い込んで言う綸に行き先を尋ねると、×市にある「フェアリーワールド」と言うテーマパークだった。

「この間、久しぶりに由利香さんに電話してたの、そしたらね、フェアリーワールドに、新しいアトラクションエリアがこの7月にオープンするんですって! でね、夏休み期間中はきっと混んでると思うから、9月休みに行きたいなあって。ねえ、行きましょうよ」

「へえ、いつの間にそんな話しを」

「まだ行くとは誰にも言ってないわよ。ただ、いいなあ、と思って」

「そうやな、綸はいつも頑張ってくれてるし、息抜きも必要やもんな。そしたら日程は……、決まってるから、あとの手配を」

 僕が引き受けようかと思ったのだけど、なぜか綸が張り切り出す。

「やったあ! じゃあチケットそのほかの手配は私がやる! 任せて、こう見えても元は貴方の秘書なんだから」

「あ、ああ、それやったらお願いするわ」

「ありがとう、総一郎さん!」


 よっぽど嬉しかったのか、僕たちが9月休みにフェアリーワールドへ行く話しは、その日のうちに仲居に伝わり、仲居から他の従業員に伝わり。

 で、なんとその日の終業後に何人かの従業員が僕の所へやってきた。

「あの、当主。女将から聞いたんですけど、9月休みにフェアリーワールドへ行かれるって本当ですか?」

「うわあ、早耳やなあ。まあ、ほんまのことやけど」

 すると、他の者たちと目配せしたそいつが言い出した。

「それやったら、僕らも行きたいって話になって、なあ」

「年寄りはどっちでもいいみたいでしたけど、私は行きたいです~」

「私も」「僕も」「俺も俺も」

 とまあ、やいのやいの言い出す。

「ええっ?! けど、それやったら皆、好きにしたらええやん」

「でも、私、×市とか行ったことないし。フェアリーワールドもきちんとした場所知りませんし」

「大勢で行った方が、楽しいに決まってますやん」

 とまた、やいのやいの言い出す従業員たち。

「ええっ?!」

 結局、普段から仲の良い仲居2人と、料理場から3人がこの旅行に参加することになった。


 けど。

 せっかく行くのに彼らは一泊二日で帰ると言っている、9月休みは4日間あるのに。

 同行するのは若い奴らばかりなので、そんなに贅沢は出来ないんだろう、仕方ないか。


 待てよ……。

 二泊にして、そのうち一泊を研修旅行にするというのは? それだったら研修費として、店から交通費と一泊分のホテル代くらい出してやれる。今回行けなかった奴らには、別の機会に好きなところで研修を受けてもらうことにして。

 ×市の隣には、ぴったりの研修先があるやないか。



 そうや、『はるぶすと』へ、行こ。




「ええ? なんでうちが総一郎んとこの研修先にならなくちゃならないの?」

 早速、先代に思いついたアイデアを話したら、返ってきた答えがそれだった。

「よろしいやん、前に僕も研修しましたで」

「あれは総一郎に13代目を譲るために、だっけ?」

「人に聞かんといてください。で? どうですか? 良いお返事が聞きたいんですけど」

「ええ~、やだよ~、めんどくさいし~」

 先代は案の定のらりくらりとかわしてしまいそうだ。

 けど僕かて負けてられません、可愛い従業員の命運がかかってるんや。あれ? そうでしたっけ? 僕1人の考えやったっけ? はは、僕も先代に似てきたかな。

「それにさあ、ここのオーナーは由利香とシュウなんだよね。だから僕よりあの2人に聞いてみなくちゃ」

 それは初耳。

「へえ? ほんまですか?」

「ほんまです」

「わかりました。そしたら僕からお願いするようにします。あ、由利香さんには綸の方がええかな」

「かもね」

 そんな経緯があって、オーナー様おふたりに相談すると、由利香さんの方は即OKしてくれたんですが、鞍馬さんは「少し考えさせて下さい」と、慎重な答えだった。

 まあ、僕だっていきなり「研修先に、」と言われたら、すぐに返事は出来ないなあ。

 けど、鞍馬さんの「考えさせて下さい」は、京都人と違って、本当に考えると言う事なので、そのあたりは安心してお任せする。


 さすがは鞍馬さん。次の日にはもう返事が来た。

「早いですね」

 そう言うと、鞍馬さんは受話器の向こうでふっと苦笑したようだった。

「善は急げ、と言いますので」

「はい」

「まず、『はるぶすと』には、レトロ『はるぶすと』の日と言うのがあります。その日は、いつもの『はるぶすと』とはガラリと雰囲気が違っているのですが、早めに周知していますので、常連さんにはもう受け入れていただいております」

「はい」

「その流れとして〈研修日〉と言うのを設置してはどうかと思いました。まだ6月ですので、周知するには十分の時間があります」

「ははあ、そうですね」

 感心したように言うと、また向こうで、ふ、と微笑むような気配がした。

「ですが、店を休むわけには行きませんので、申し訳ありませんが、料理人の方には実際のお客様に提供する料理を作っていただきます。当日は、カウンター席13席に合わせて、限定13食。「料亭紫水」でお出しするのと遜色変わりないお料理を出していただきます。その監修は、冬里に任せます。これでいかがでしょうか」

 僕は、なんというか、感動した。

 この短い1日という時間で、ここまでのことを。

「ありがとうございます! 研修を受け入れてくれはるばかりやなく、そこまで詳細に考えてくれはるなんて」

「いいえ、どうせなら楽しい方が良いでしょう?」

「え?」

「と言うのは、冬里の意見です」

「あ、あはは」

 なんて先代らしい、と言うか、この2人がタッグを組んだら、もう不可能という文字は辞書にないんじゃないかと思ってしまう程だった。

「それと、当日を、〈料亭『はるぶすと』の日〉と呼ぶことにしたそうですよ」

「え? なんやそれ、あっははは」

 まったく先代ときたら。

 最初はめんどくさそうにしてはったのに、鞍馬さんに説得されたのかな。

 ただ、こうと決めたら、いつまでも、どこまでも、人生楽しまなくちゃ、と言うお方なんやから。

 けど、これで研修も受け入れてもらえることになって、先代のいる店に行けると知った従業員が、驚きながらもかなり嬉しそうにしていたので、僕としてはまあよくやった方やな。




「綸ちゃ……、若女将!」

 研修旅行を兼ねた9月休みの旅行、第1日目。

 フェアリーワールドの入り口には、秋渡夫妻がいた。

 いつもと違う呼び方に、綸も不思議そうに聞いてみると。

「だって、今日はお店の方もいるでしょ。さすがに綸ちゃんはまずいかなって……」

 テヘペロ笑顔で言う、由利香さん。

「もう、由利香さんったら、でも嬉しい~」

 そう言って綸がギュウ、と、由利香さんにハグする。

「ちよっと、綸ちゃん!」

「大丈夫です、女将はいっつもこんな感じですので」

「そうですよお、もう、どっちが年上がわからないくらい」

 焦る由利香さんに、仲居2人が笑顔で説明している。

「はあ、そうなんですか……。だったら心配して損した! じゃあ~行くわよ綸ちゃん! あなたたちも! アトラクションすべて攻略するんだから、容赦はしないわよ!」

「はい!」

「イエスサー!」

 4人の女子たちは、すでに打ち解けたようだ。

 僕ら男子は、苦笑しながら軽く頭を下げる椿さんも含めて、女子の半端ない全開エネルギーに、市中引き回しならぬ、アトラクション引き回しをされる羽目になった。

 とは言え、彼女たちのおかげで、新しいエリアも含め、すべてまわることが出来て大満足の1日だった。秋渡夫妻は僕たちのために? まあご自分たちも楽しみにしていたのだろうけど、今日のために2人揃って有給を取ってくれたらしい。

 ただ、明日は仕事があるからと、2人は早めにワールドから帰途についていた。

 そして。

 今日泊まるホテルは、フェアリーワールド内にあるハイクラスホテル。

 先代が予約してくれたらしいけど、どんな「つて」を使ったのかはわからないが、一泊2食、夕食はフルコース付き、がこのお値段!? と驚くような価格で泊まることが出来たのだ。

 とは言え、きちんとしたフルコースなどなかなか食べる機会がないであろう若い彼らには、ものすごく良い経験になったようだ。

 しかもここの夕食は、パレードとショーが見られる席で提供されるのだ。

 閉園前に打ち上げられる花火まで、充分満喫して。

 夢のようなフェアリーワールドの1日は、こうして過ぎていった。




 夢から覚めた翌日は、泣いても笑っても研修の日。

 かなり早めの朝食を済ませてロビーに降りて行くと、朝倉さんがお迎えに来てくれていた。

「おはようございます! 昨日は楽しめましたか?」

「朝倉さん! 朝早くからすみません」

 隣では、綸も深々と頭を下げている。後ろでは従業員たちも。

 そんな僕らを、アワアワしながら手をぶんぶん振って言う朝倉さん。

「え? いえいえ。だってここからだと、車の方が早いっすから。それに、俺が運転すると、どこへでもあっという間なんだそうです。って、由利香さんがいつも言うんすけどね」

「ははあ」

 その時は謙遜してるのかな、と思ったけど、実際、あっという間だった!


「思ったより早かったね~、さすが夏樹」

 店に入ると、カウンターの中から変わりない先代の声がした。

「「先代!」」「先代! ご無沙汰してます」「先代~」

 連れてきた皆がその姿をみとめて、カウンターにへばりつくようにして声をかける。仲居の1人などは目がウルウルしている。

「はいはい、感動の再会はあとで。まずは着替えてくれないと話が始まらない。男子はこっち、女子はこっちね」

 手をパンと打った先代は、厨房から出て来ると、僕たちをふたつある個室に振り分ける。仕事着に着替えるためだ。

「女子は大丈夫だと思うけど、男子はサイズ合わなかったら言って? たくさん用意してあるから」

 個室に入ると、そこには板前服がちゃんと用意されていた。しかも、サイズは皆ピッタリだった。ここへきて仕事着は持ってこなくて良いと言った意味がようやくわかった。

 女子は着物が仕事着なので、サイズはあまり気にしなくて良いのだ。

「すごい、先代僕たちのサイズ、覚えてはるんですか?」

「だってSMLしかないじゃない」

 着替えを済ませると、そこからはお仕事モード突入だ。


 まず、店の設備仕様の説明から始まって、本日の献立、提供の仕方、Etc.Etc.

 従業員たちは、そのひとつひとつに真剣に耳を傾けている。

「それから、今日は総一郎にも料理担当してもらうからね」

 皆のことを頼もしく眺めていた僕に、先代がえらい話しを振ってきた。

「ええ?! 聞いてませんやん!」

「なーに言ってるの、研修は当主従業員関係なし。中大路もお運びするんだから」

 先代は相変わらず綸の事を旧姓で呼ばはるなあ……、いや、そうやなくて。

「けど僕、最近ほとんど包丁握ってないんです……」

 情けないけど、実際当主になってからは、他にやることがたんまりあって、なかなか料理にまで手が回らない。

「大丈夫です、僕らがきちんとフォローします」

「当主は心配せんといて下さい」

 すると、料理人たちがまた頼もしいことを言ってくれる。

「うう、ありがとう」

「持つべきものは良い従業員かな。けど、はい、これが総一郎の担当料理ね」

 感動する僕に、容赦なく先代が見せた料理は、僕が日頃から得意とする料理だった。

 他の奴らにもそんな感じで、得意料理を任せている。慣れない厨房で、しかも客の前で料理するのはきっと初めてだろう。そんな彼らが少しでも肩の力を抜いて調理出来るようにだろうか。

 特に、先代が退いてから、だし巻き卵の腕をぐんぐん上げた1人に、先代はニッコリ微笑んで肩を叩いている。

「僕のアドバイス、少しは役に立ったかな?」

「はい、今日は成果を見てもらいます」

 え? なにいまの?

 あれ?

「もしかして、先代、代を譲るときに従業員たちに何か声かけました?」

「うん」

「従業員全員、ひとりひとりにアドバイスしてくれたのよ」

 横から綸が教えてくれた。

「ええ?! なんで僕だけ知らんの?」

「あれ? 総一郎にもアドバイスしたよね」

「はい、って、いえそういう事やなくて。ええ? 従業員全員?」

「そうですよ当主。私たちみたいな当時入りたての仲居にも、ちゃんと」

「なんやそれ! 先代かっこよすぎやん」

「うん、僕だからね」

 ニッコリ言う先代。もう、かなわんなあ。


 それから順調に仕込みは進んで行き、そろそろオープンの時間だ。


カラン

 本日第1号のお客様が到着された。

「いらっしゃいませ、ようこそ、料亭『はるぶすと』へ」



 研修は大成功だった。

 はじめは客の前で料理すると言うので緊張していた3人も、鞍馬さんの気遣いと、朝倉さんの明るさと、なにより後ろでどっしり見守ってる先代のおかげで、すぐに気持ちもほぐれたみたいだ。

 常連さんも暖かい方ばかりやし。

 それにしても、見習う事の多い店やな、『はるぶすと』は。

 鞍馬さんの手際の良さは言うまでもなく。

 朝倉さんが料理に向き合うときの真摯さが、あんなに凄いとは思ってもみなかった。けれど、お客さんが見えられたり、声をかけられたりすると、一瞬でいつものフレンドリーな朝倉さんに変わる。これは客商売をしていくのに大事なことや。

 もし将来独り立ちして店を持つのなら、ああいう愛想の良さは大事だと思う。性格にもよるけれど、苦手だからと無愛想一筋では場を和やかに出来ないし、きっと料理も美味しく感じられないだろう。そこはちょっとでも努力するべきやな。

 カウンター席に料理をお出しするのが初めての仲居2人も、出し方のコツを教えてもらって頑張っていた。うんうん、君たちも、もうどんな店でも大丈夫やね。って、あれ? なんか皆を独り立ちさせる研修みたいやな。まあええか。


 最後のお客様が帰られて、1人ずつ割り当てられた後片付けと店の最終チェックを終えると、もう夕方に近かった。人様に食事をお出しする商売なので、自分たちの食事が後回しになるのは、当然と言えば当然のこと。

「お疲れ様でした。おかげさまでとても楽しい時間が持てました、ありがとうございました。それでは皆さんは、どうぞお着替えなさって下さい」

 鞍馬さんの言葉に、皆、ホッとした笑顔で各々の個室に入っていく。

 着替えを終えて個室から出てみると、カウンターに昼食? いや、そろそろ夕食? のプレートが用意されていた。

「はいはい、皆、今日はお疲れ様。これは『はるぶすと』従業員からの心ばかりのお礼です。って言ってもただのまかないなんだけどね」

 先代が可笑しそうにまかないと言うそれは、前に食べたことのある『はるぶすと』の洋風ランチ。いやそれの進化形かと思うような盛り付けと彩りの料理たち。

「いや、これ、まかないとは言えませんで」

「すごおーい」

「綺麗~」

 女子は目をキラキラさせて、男子は息をのむようにそれを見つめている。

「うーん、じゃあ楽しかったお礼って事で。さあさ、冷めないうちにどうぞ召し上がれ」

 先代に促されて各自席について、僕たちは、まるで宝石箱やあ~、と言うどこかで聞いたフレーズを思い出しながら、まかないをありがたく堪能したのだった。

 いやあ、それにしても美味しかったなあ。


 そのあと、ちょっと不思議なことがあったんやけど。

「食後は、珈琲、紅茶どちらがよろしいですか?」

 と、聞いてくれた鞍馬さんが、食後の飲み物を入れてくれた。

 それを一口飲んだあたりで、「?」「……」と、全員の手が止まる。

 なんか……。

 身体があったかくて、ふわふわしてる~。ああ、嬉しいなあ、楽しいなあ。

 思わずこぼれる笑顔に、疲れがぜーんぶ外へ抜けていくみたいやった。

 あとで他の奴らに聞いてみたんやけど、それぞれ感想は違っていたけど、疲れが手先足先から抜けていったような感じがした、と言うのは皆、同じだった。

 ……あれは何だったんだろう。


 そして。

 今日の御宿は昨日と違って、★市にあるリーズナブルなホテルだ。

 また朝倉さんの運転する車でホテルまで送ってもらったんやけど、リーズナブルという謳い文句にしては、綺麗で温かみのあるホテルだった。先代が予約してくれたのだけど、ほんま、こういうステキなところを探すのが上手やよな、あのお方は。


 こうして僕たちの、フェアリーワールド&研修の旅、は、つつがなく終わりを迎えたのだった。



 けど……。

 そのあと、店で他の者たちにも研修の話しをしたら。

 皆が皆、『はるぶすと』へ行きたいって、どういうことや? いや、そりゃ先代はおるし、先に行った者の話しを聞いたんだろうと言うのはわかるけど。

「わし、……あ、わたしも研修に行ってみたいです」

 なんと、料理長までが言い出したのには、なんでえー?! と、頭を抱えることになる。

 だって。

 先代に話ししたらきっと、受話器を通してもわかるくらい微笑まはるんや。機嫌損ねたときの先代の笑顔、見た事ないでしょう? それはそれは、背筋が凍るほど恐ろしく美しいんやから。


 さてはて、また新しい風が吹いてきそうですね。

 シュウが彼の損ねた機嫌を元に戻して、由利香が訳のわからない理由で推しまくって、夏樹が嬉しそうに目をキラキラさせて。

 冬里をなんとか説得して、〈料亭『はるぶすと』〉の日が定着するのも、時間の問題かもしれません。






エピローグ


 その人は、ランチの最後にいらっしゃった。

「鷹司さん! お久しぶりです!」

 すると、朝倉さんが嬉しそうに声をかける。

 鷹司? ええと、タカ・ツカサ? いや、京都の名家にも鷹司家はあるな。けど……、その人は茶色がかった美しい金髪の、どう見ても西洋人だった。

「先代、あの方どなたですか」

 こっそり聞いてみる。

「ん? うちの庭師だよ」

「庭師と言っても専属ではなく、時折うちの薔薇の状態を見に来て下さっています」

 先代の後から、鞍馬さんが丁寧に説明してくれる。

「今日はお招きありがとな。で? これが冬里がその昔当主をしていた料亭の料理か。……ふーん」

「太郎の忌憚のない意見を、とくとお聞かせ下さい」

 太郎って、あの風貌で。

 けど、後で聞いたところによると、この鷹司なる人物、普段はイギリスで仕事をしているのだけど、たまに日本に帰ってくると、一流とか知る人ぞ知るとか言われる日本料理屋にばかり連れて行かれるので、その評価は確からしい。

 その彼が帰り際に言ってくれたのだ。

「どの料理も美味かったぜ。これは1度、あんたんとこの料亭にも、行ってみる価値はあるな。その時はよろしくな」






今回は総一郎さんを中心としたお話でした。

それにしても、『はるぶすと』もどんどん忙しくなりますね。とはいえ、先のことは神さまにさえわかりません、たぶん(笑)

エピローグに出てこられた方は……、もしかして次回予告? なんてね。

まだ続きますので、どうぞごゆるりとお楽しみ下さい。



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