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第4話 九条


 近頃は、遠い異国同士でも、こうやって顔つき合わせて話する事が出来るのですな。

 便利なものです。


「あ! 九条さん、おひさしぶりっす!」

「久しぶりじゃないよ、昨日だっけ? も話したよ」

「一昨日でございます」

「ほとんど同じじゃない」


 画面の向こうにいらっしゃるのは、冬里さまと朝倉さま。

 わたくしは娘の家のリビングに、何とか言う、あ、そうそう、タブレットを設置してもらいまして、テレビ電話とやらでお話しさせていただいております。

 もちろん時差がありますので、お店の営業に支障ないように、時間も考えてございます。


「でーも、もういいでしょ。そろそろ月に1回とかにしてくれない? 九条じいもこんなに頻繁じゃ、夜中に身体がきついでしょ」

「良いじゃないっすか、九条さんは冬里の事が心配なんっすよ」

「夏樹~」

「うわっ、すんません!」

 なにやらニッコリ微笑まれた冬里さまに、朝倉さまが画面から消えてしまいました。

 代わりに鞍馬さまがやってこられます。

「冬里。……九条さん、こんばんは。ですがやはり冬里の言うように、もう少し日にちの間隔は開けられた方が」

 鞍馬さまにまでたしなめられてしまいました。

「お、珍しくシュウが怒らない。ほら、このくそ真面目なシュウが言うんだからさ、ちょっとは考えてよ」


 わたくしはこちらでの生活を充分エンジョイしております。ですが、彼の人がお元気にされておられるかがどうしても心配で、しょっちゅう、冬里さま、冬里さま、と言っておるものですから、娘もさすがにうるさくなったようで、こういう便利なものがある、と、教えてくれました。

 何度も何度も説明してもらい、ようやく機械に疎いわたくしも1人で通話が出来るようになってからは、それは嬉しくて、こうして日を置かずに連絡するものですから、さすがの温厚な冬里さまも、先ほどのようにたしなめてこられます。


「……承知しました。それでは、次回は一週間後、その次はまた一週間後……」

「ええー? 週一? 月一でいいってば」

「そういうわけには参りません」

 ここだけはどうしても譲れませんので、テレビ電話は週に1度と言うことに落ち着きました。


 そんな決まり事にしょんぼりと肩を落とすわたくしを見かねてか、冬里さまがある提案をして下さいました。

「あ、そのかわりに、ホームページのアドレス、教えておいてあげるよ」

「ホームページ……」

「ホームページって言葉、知らない?」

「いえいえ、存じておりますよ。ですが、あったのですね『はるぶすと』にもホームページが」

「うん、けどあんまり知られたくないから、ほぼ検索できないようになってるし、常連さんにしかアドレス教えてないし。まあ、興味があったら見てみて」

「はい」

「じゃあ、じいの携帯にアドレス送っておくね」

「ありがとうございます」


 そういうわけで、ここのところわたくしは、冬里さまとお話しする代わりに毎日ホームページを覗いております。

 ですが。

 とても素敵で店の雰囲気がよく伝わるページなのですが、あまり頻繁に更新はされないようですな。お店のあれこれは、新着情報とやらでつつがなくわかります。日曜日には鞍馬さまが美しい文書で簡単なコラムを書かれています。

 ですが。

 あ、2度目ですね。

 お店の写真が一度も更新されておりません。そして最初の写真も、なぜかお庭のお花がメインで、店の内装やお料理や、それに! これが1番引っかかりましたが、シェフたちの写真がございません。

 これはいけません。

 何とかせねば。

 そういえば、わたくし、まだ一度も冬里さまのお店へお伺いしたことがございませんでした。

 ならば。


 そうですな、『はるぶすと』へ参りましょう。





「九条さんが来るの?」

「はい、なんか店のホームページを見て」

「へえ、うちのページ、さすがはシギが作ってるだけあって、素敵ですもんね」

 今日は休日、そして椿は急ぎのお仕事、なので。

 いつものごとく実家のソファでゴロゴロしていた由利香に、夏樹がお茶を運んできたところでそんな話になる。

「それが、違うんすよ」

「え? 何が?」

「写真が気に食わないんだって」

 そこへ自分のマグカップを手に、珍しくふくれっ面の冬里が言う。

「写真?」

「そ」

 訳を聞きたかったのだが、なぜか冬里はソファへは来ずに、カウンターに腰掛けてキッチンの方を向いてしまう。

「写真がどうしたの?」

「ホームページに、冬里はじめとして、俺たちの写真が載ってなかったのが、九条さんにはどうやら不服らしくって」

「へえ? でも、店のホームページにシェフの写真なんて載せる? ちょっと待って……んーと、あ、けっこう載せてるところもあるわね」

 由利香が検索してみると、シェフの腕が売りのような店では顔写真が載っていたりする。

「別にどんな奴が作ろうが、いいじゃない。ほとんど常連さんしか見ないんだから、みんな僕たちのこと知ってるし」

「まあ、それだけではないみたいだけれどね」

 すると、カップを手に、シュウもなぜかカウンターの椅子に座って言う。

「店の内装とか、料理とか、そう言う写真が少ないし。それに写真に関してはほぼ更新もされていないしね」

「……ええっと、ちょっと待って、見てみるから」

 と、今度は店のサイトを覗いている。

「……、……、そうねえ、変わってないのかなあ」

「わかんないんすか」

「うん、わかんなーい」

「ほら、写真なんてそんなもんだよ、まったく九条ってば変なんだから」

 また冬里が珍しくそっぽを向いたまま怒ったように言っている。


 依子との関係でもわかるが、冬里はお世話されるのが好きではない。

 九条に対しては、今まではそれほどでもなかったが、かのテレビ電話事件で判明したように、当主と秘書という枠組みが外れたことにより、以前にもまして過干渉&過保護になったことに閉口しているようだ。

「でも、よくよく見るとうちのホームページ、なんだかレストランの『はるぶすと』じゃなくて、『はるぶすと』のお庭がメインのページみたい」

 つぶやく由利香に、シュウが苦笑いで答える。

「それは、あのときに写真をお願いしたのが、鷹司さんだったからでしょう。造園をなさっているので、お庭や花に焦点をあてるのは致し方がないかと」

「ああ、そういうこと……。でも、よく気がついたわねえ、九条さん」

「だって九条は写真が趣味だもん」

「え? そうなの? 知らなかった~。腕前はいかほど?」

「知らない」

 まだむくれている冬里に変わって、またシュウが答える。

「コンテストで優勝されるほどの腕前だそうですよ」

「「すごい!」」

 由利香と夏樹の二重奏に、冬里が「若い頃はね」と付け加えるのを忘れない。


 何はともあれ、写真家? 九条がやってくるのは来週だ。



「ほほう、こちらがかの有名なカウンター席ですか、……なるほど」

「有名じゃないよ」

「ほほう、そしてこちらが由緒正しき暖炉前のソファ席」

「どこが」

 子どものように楽しそうに店の中を見てまわる九条。

 それにいちいち反応している冬里。

「これは、思った通り、いや、それ以上に素敵なお店ですな。いやあ、腕が鳴ります」

「そんなに勢い込まなくてもいいって、ごくありきたりのページになれば良いんだから」

「いえいえ、そういうわけには参りません」

「もう」


 平日の、かなり朝早い時間に到着した九条は、挨拶もそこそこに店を見て回る。ランチ前に大体の構想を練っておきたい、との理由からだ。

 最初案内役を買って出た夏樹は、「うまく丸め込まれそうだから」と冬里からすげなく断られ、今は2人を羨ましそうに眺めている。

 大体の案内が終わったところでカウンターまで帰ってきた九条に、シュウがお茶を勧めている。

「お疲れ様でした、紅茶を入れましたのでどうぞおかけ下さい」

「これはこれは、ありがとうございます」

 一口飲んだ九条が、ほっと息をついて言う。

「良い写真が撮れそうです。ですが残念です、この九条、皆様の良いお写真も撮る自信が大いにございますのに」

「九条」

 冬里は早速釘を刺している。

 実は九条は、シュウと夏樹の2人にも、写真を撮らせてもらうべく交渉していたのだが、シュウには「申し訳ありませんが」と、即断られ、夏樹には「へ? 俺? いえいえ2人を差し置いてとんでもない!」と、手をぶんぶん振りつつ断られていた。

「これは店からの正式な依頼、つまり僕が九条を雇っているんだってこと。仕事なんだから、雇用先からの条件は守ってもらわなくちゃ困る。僕たちの写真は載せない、以上」

 冬里にしてはかなり簡潔な言い方だ。

 だが、今の説明で、九条の態度が一変した。

「かしこまりました。仕事とあらばこの九条、誠心誠意努めて参ります。いや、嬉しいですな、また冬里さまとご一緒できるなど」

「はいはい、だったらせいぜい良い写真を撮ってよね」

「はい、それはもう」

 ここへ来て2人の関係が、また当主と秘書に戻った模様。ようやく過干渉と過保護とわがままから解放された冬里の機嫌も直ったようだった。



 ランチが始まる少し前に、九条が秘書然とした服装〈どんな服装?〉に着替えて店へ降りてきて、いらっしゃるお客様を丁寧にお迎えする。

「あら? また新しい方?」

 と、不思議そうに聞く常連のマダムに、「本日限定のドアマンでございます」などと言ってマダムを可笑しがらせていた。

 そのあとシュウに目配せを送り、彼が微笑んでわからぬように頷いたのを確認すると、おもむろに、実はホームページの写真を撮影しに来たのだと伝える。

「決してどなたかわかるようなへまは致しませんので、よろしければ、遠くからお食事されている風景を撮らせていただきたいのですが……」

 常連さんの中にも色んな方がいらっしゃいます。九条がシュウに目配せしたのは、この方が写真撮影等に寛大な方かどうかの確認だったらしい。

「そう、ホームベジのお写真を。良いですわよ、ただし、誰かわからなくても綺麗に写して下さいね」

「ありがとうございます。大丈夫です、もともとお綺麗な方は何をせずともお綺麗に写りますから。とはいえ、腕によりをかけて、輝くばかりに美しく撮らせていただきます」

「あら、お上手ね」

 笑顔で答える常連マダムに、

「ありがとうございます」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます!」

 と、従業員の3人もきちんと礼は忘れない。

 そのあと。

「そう言えばうちのホームページ、見た事ありますか?」

「あら、朝倉さんたら失礼ね、私でもそれくらいは出来ますよ」

「うわっ、すみません、そう言う意味じゃなくってですね、うちのページ、ほとんど写真が変わってないんすよ。で、そういうの、面白くなーい! って思いませんか?」

「そうねえ……」

「……」

「……」

 夏樹がカウンター越しに何くれとなく話しかけはじめると。

 快くOKはして下さったが、そこはそれ、やはり写真を撮られると思って心持ち緊張気味だったお客様が、自然に笑顔になっていく。

〈ほほう、さすがはフレンドリーの朝倉さまですな。かのマダム、写真の事はすっかり忘れていらっしゃいます。これは、良い写真が撮れそうです〉

 気配を消した九条が、ソファ席にしつらえられた飾り棚から、元々そこにあったかのように置かれていたカメラを手に取る。いつのまにかほんの少し音量が上げられたBGMに、シャッターの音は難なく溶けていくのだった。




「今日は楽しゅうございました。おかげさまで良い写真がたくさん撮れました」

 ホクホク顔の九条の横で。

「何この数、あんまり連写はしないでって言っといたのに」

 パソコンに移した写真データのチェックをしようとした冬里の、またご機嫌がことのほか斜めになる。

「申し訳ありません、皆様が本当に素敵で楽しそうでしたので」

「そ・れ・に。何これ、僕たちの顔はっきり写ってるし」

「いや、それは、あとでいくらでも修正やぼかしやらは出来ますので」

「だったら、写真のチェックじゃなくて、ホームベジの方のチェックを、念入りに、することにするよ。この数見ただけでうんざりなんだもん」

 珍しく、誰かのように大きなため息をついた冬里は、やめたとばかりにソファへ移動してどっかりと座り込んだ。

 その後に嬉々としてパソコンの作業椅子に座ったのは夏樹。

「うわっ本当に凄い数っすね。へえーふーん、……ああ、これなんて冬里すっごく格好いいっすよお」

「どれですかな。……ああ! よくおわかりで! この九条、渾身の一枚でございます。冬里さまの格好良さが全面に押し出されておりますでしょう?」

「はい!」

「朝倉さまのもございますよ。……、あ、これです」

「え? うっわ、だ、誰っすかこれ」

「朝倉さまですよ」

 その写真は料理中の夏樹のもの。仕事中によく見受ける真剣そのものの顔だ。どちらかというと怖いくらいの表情で、フレンドリーさはかけらも感じられない。

「怖っ、……俺、料理するときっていつもこんな顔してるんすか?」

 すると、ちょっと興味を引かれたのか、いきなり冬里が横から顔を出す。

「どれどれ、ああ、いつもの顔だ~。いざ、尋常に勝負勝負って感じでね」

「うえ、今度からもっとこう、口元緩めとこう」

 それじゃあ、もっと怖いよ? と冬里は思ったが、実はこの表情、若い女性客の間では、「朝倉さん、カッコイイ……」と、恋い焦がれるファンが大勢いる事も確か。

 生写真、裏で取引しようかな? なんて冗談。


 九条が「これはどうです」「これは?」と見せてくる、若い女性が釘付けになりそうな自分の写真は「もういいっす」と、次々すっ飛ばしていた夏樹が、あるところで手を止めて声を上げる。

「あ、これ!」

 それは、シュウの写真だ。

 こちらも、いつもの微笑み顔ではなく、考え込むように握った手の人差し指を口元に当てている。その構図と光の陰陽が、まるで美術界の巨匠と言われるような人が描く絵画のようだ。

「かっこいい」

「これは、どちらかというと、九条さんの写真の腕が良いんだね」

 すると、シュウが来てマウスを操作し、写真をどんどん送ってしまう。

「ああ~」

 残念そうな夏樹。というのも早送りする写真の中に、シュウのかっこよさそうな写真が幾枚もあったからだ。

 不意にシュウの手が止まる。

「これは、……素敵ですね」

 それはソファ席で雑誌を手にするマダムが写っている一枚だ。ただそれだけなのだが、テーブルに置かれたスイーツとティカップの美しい模様にピントが寄りがちだ。その上、柔らかい逆光のせいで人物の特定は出来ない。けれどそれがこの写真をかえって幻想的に見せていた。

「ふうん、いいじゃない。……じゃあ一枚はこれに決まり」

 冬里がいとも簡単に決めてしまい、挙げ句の果てに、

「シュウはセンスいいし、こういうの得意そうだから、シュウが全部決めてよ」

 などと、いつものごとくが始まったので、久しぶりにシュウが大きなため息をついたのは、まあお決まりのこととして。




 ホームページはその後、どうなったかって?

 それはもう、センスのいいシュウが選んだ素敵な写真と〈もちろん九条の写真の腕があってのこと〉、こちらもセンスのいいシギのおかげで、誰もが満足する出来になったそうな。


 ただ、また新しい風が吹いてくる予感がします。

「このような形で、また冬里さまと仕事が出来るなど思いも寄りませんでした。出来れば今後もご一緒したいほどですな」

「何言ってるの、九条、今自分がどこに住んでるか、わかってる?」

「はい、ですが、以前から、家内と今後のことについては、色々話ししていたのでございます」

 そして、今回の件があって、こんな年寄りにも出来るアルバイトがあるとわかり、ましてやそれが冬里と出来る仕事なら、と、日本に帰国する方へ心が傾いたのは仕方がないだろう。

「ここには住めないよ?」

「はい、実は……」


 さすがは元秘書。

 なんと、×市にそびえるあの高層ビル。

 太陽月光流の道場があるあのビルの低層階に、高齢者向けの価格が抑えられたお洒落な住まいがあるのを、九条は前々から知っていたようです。

 九条じいの再就職、果たして叶いますでしょうか。




 色んな事がありますが、『はるぶすと』は本日も通常通り営業しております。






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