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第2話 ディビー

なんと、1話完結と銘打ったにもかかわらず、この2話は、1話と続き物になってしまいました~テヘペロ〈死語〉

こちらはこれだけ読むとなんのこっちゃー、ですので、どうか1話からお読みいただくことをおすすめします。

奈帆さんの相棒の、あの方が登場します。




 まったく、こんなことなら来なきゃ良かった。


 緊急入院と聞かされて、もう長くないかもと聞かされて、慌てて飛んできた結果が、これか。

 息せき切って入った病室では、じいさんが暢気にむいてもらったリンゴを大口開けて頬張るところだった。

「オオ~、ディビー~、愛しの孫よ、来てくれたのか」

「はあ?!」

 思わず拳を握りしめる。

 病室でなければ、締め上げているところだ。

「なんで起き上がってる」

「そりゃあ起き上がれるから」

「なんでリンゴなんか食べてる」

「そりゃあ食べられるから」

「この、クソジジイ!」


 つかみかからんばかりに歩み寄るディビーを押さえたのは、看護師でもあるいとこだった。

「ディビー、落ち着いて」

「これが落ち着かずにいられるか! 倒れたって聞いたから!」

 こめかみに青筋を立てるディビーを何とか病室の外へ連れ出し、いとこが言うには。

「ここに運ばれてきた時には、本当に危なかったのよ〈けれどそれは、モチモチパンを喉に詰まらせたから〉」

「そう、なのか?」

「ええ、そりゃあもう、けど必死の治療のおかげで〈医者が手を突っ込んでパンを無理矢理取りだして〉何とか一命を取り留めたのよ」

〈ちなみに、括弧の中はいとこの心の声だ。本当の事を言おうものなら、今度こそじいさんの命の保証ができないと思ったからだ〉


「わかった」

 身体から力が抜けたのを確認したいとこは、ホッとして手を離す。

「だったら、落ち着いて、顔を見せてあげて」

「わかった」

 不承不承ながら、もう一度病室に舞い戻り、「はなせ!」と言っても離れないじいさんからようやく逃れたのがつい先ほど。

 とうに面会時間など過ぎているが、一人部屋なので他に迷惑はかけていないらしい。


 奈帆には悪いことをしてしまった。

「こんな時間だけど、一応連絡は入れとくか」

 そう独りごちてメールを送ると、暗に反して奈帆からすぐに返事が返ってきた。

〈おじいさまご無事で良かった~、あ、でも心配しないで。なんと! 前に研修で行った、あの例の国際会議場に隣接するホテルが空いてたの! しかもレディースプランよ! へっへえ、凄いでしょ!〉

 奈帆らしく、可愛い絵文字が満載のメールにディビーは苦笑しつつも感心している。

 やっぱりあいつはあいつだな、自分の中できちんと折り合いをつけて、それどころか次の手まで繰り出してくるんだからな。

 奈帆は見かけと物腰から、人に追従するだけで自分がないように見えるが、実はけっこうたくましいのだ。人に流されず、自分で考えて納得してから動いていく。

 また、そうでなくては、ディビーが認めるわけがない。


「それにしても、あの会議場か」

 実はディビーも、もう一度あの美しい建築様式を見学したいとは思っていたのだ。

「うまいことやりやがったな」

 ニヤニヤと笑っていたディビーが、ふと思いついたように携帯を操作する。かのレディースプランがもう一部屋空いていないか、調べてみる。

 残念ながら、もうプランは満室だった。だが、レディースプランで使用する部屋の写真を見て、「これは、何とかなるかもしれないな」と、不適な笑みを繰り出すディビー。

「押しの強さじゃあ、負ける気がしない」

 そうしてディビーはホテルの番号を押し始めた。

 呼び出し音が鳴っている間に、唐突に気づく。

「待てよ、確か×市って」

「はい、××ホテル、フロントでございます」

 電話に出たフロントマンとの対決前に、ディビーはひらめいていた。



 そうだ、『はるぶすと』へ行こう。





 もう帰るの? 少しはゆっくりしていきなさいよ。

 皆にそう言われたが、じいさんがピンピン元気なら、もうここにいる意味はない。

「こっちは、《大事な!》友達との旅行をほっぽって来たんだ。彼女に謝罪するためにも、もう帰る」

 大事な! のところを特に強調して言うと、皆、じいさんすらあきらめてくれた。

「それはすまなかった。けど、たまには会いに来ておくれよねえ」

「ああ」

 それはまあディビーも反省すべき所なので、今度から年に何度かは会いに来てやろうと思っている。


 じいさんの情けない顔を思い浮かべて笑っていると、彼女が寝転がっているのと間を隔てた隣のベッドがもぞもぞと動き出す気配がした。

「おそよう。いつもならあたしをたたき起こす早起き奈帆さんは、どうしたんだい?」

 すると、夢だと思っているのか、「ディビー? なわけないかあ」と、寝ぼけ声がして。

「ディビーだぜ」

 しばしの沈黙のあと。

 がはっ

 そんな音がするみたいに、奈帆が布団を跳ね飛ばす。

「ええ?! ディビー! なんでえーーーー?」

「ホテルと交渉したんだよ。おひとりさまプランって言っても、部屋は豪華なツインルームだから、1人増えても大丈夫だろうって」

「ええ?! けど、ええ? ええ?」

 混乱しているのか、普段は聡明な奈帆からは珍しく疑問符しか飛び出さない。

「もちろん、あんたとあたしが親友で、寝込みを襲っても怒られないって言うのは、散々証明したさ」

 すると奈帆は、大きく息をついて言う。

「まあ、貴女の交渉術に勝てる強者はいないでしょうけどね」

 ようやく奈帆は思考を取り戻したようだ。

「で、あたしは昨日からご飯抜きでお腹がペコペコなんだ。なんか食べさせてくれるとありがたいんだけど」

 そんな言い方にあきれたような視線を向けていた奈帆だが、「仕方ないなあ」と、モーニングブッフェに行くべく、ようやく支度を開始したのだった。


「で? ディビーもあの建築をもう一度見たい口よね?」

「え、ああ、うん、まあそうだ」

 何十種類もの和食洋食が広がるブッフェ会場で、何度目かの出陣? を終えた2人は、ようやくスイーツに落ち着いていた。

 その合間に奈帆は、昨日にたどり着くまでのいきさつと、どう過ごしたかを洗いざらいディビーに話していた。

「じゃあ、もう『はるぶすと』には行ったんだ」

「ごめんなさい、紫水さんはディビーに会いたがってたのよ、とても。こんなことになるなら、明日のランチにすれば良かったわね」

「あたしだって、こんなことになるとは思ってなかったさ。だから奈帆のせいじゃないよ」

 けれど納得した。

 『はるぶすと』に行ったのなら、何を差し置いても真っ先に話そうとするはずなのに、なぜ最後になったのか。

 苦笑したディビーは、まったくあの鞍馬ってやつ。普段は朴念仁のトンチンカンのくせに、罪なことをしてくれるよ、と、ほんの少し苦々しい気持ちがあふれてくる。けれど、冬里の言う「シュウは、最強の天然人タラシだからね」の言葉を思い出して、仕方がないかと首を振る。

 このあとのことを、ディビーはまだ奈帆に話していなかったのだから。

「えっと、それでさあ、奈帆。お節介だと思ったんだけれど」

 重い気持ちで、ディビーは、今日のご予定ってやつを奈帆に話し始めた。


 意に反して、奈帆は平常心だ、いやむしろ楽しそうだ。

 ただそう見せかけているだけか? いやいやディビーに見せかけは通用しない。

 実は、今日の建築見学に、『はるぶすと』の従業員3人をご招待したのだ。昨日の今日でどんな顔をして会えば良いの? と嫌がるかと思った奈帆は、少し黙りこんだあと、「だったらすぐにコーディネート、考えなきゃ!」と、部屋に帰ってスーツケースを開きはじめる。

「なんていうか……、嬉しそうだな」

「え、何が? ……ねえ、この格好おかしくない? 似合ってる?」

 奈帆にしては珍しく、お衣装にこだわっている。いつもそこまでじゃないのに。

「あいつ、……鞍馬に何か言われたか?」

「え!」

 すると、奈帆は露骨にあたふたとし始める。ははーん、あたりか。

「ええっとね、昨日着てたドレス。よくお似合いだって言ってくれたの、でね、まさかまたドレスって訳にはいかないから、どうしようって。ねえ、どうしよう~」

 ディビーはふう~と大きくため息をつくしかなかったが、このままだと埓があかん! と、持てる気力を振り絞って対応する。

「似合ってる。ものすごく似合ってる! 大丈夫だ」

「ホント?! ああ良かったあ、じゃあこれで決まり」

 まったく、奈帆をここまで腑抜けにしやがって。

 どうやら厄年と天中殺と大殺界が、ディビーに移動したようだ。



「お待たせしました」

「悪い、待たせた」


「あ、奈帆さん、ディビーさん。いえいえ、俺たちも今来たところです」

 元気よく言う夏樹の横で、ニッコリ笑いながらこちらを見ている好敵手。

「ディビー、会いたかったよお」

 と、両手を広げてハグの真似事などしようとしてくる冬里に、今日は先制攻撃をしかけた。

 がばっ

 その手の中に飛び込んで、ギュウとハグをしてやる。

 目を見開く奈帆と、「うわっ」と驚きながらシドロモドロする夏樹と。その向こうでは珍しく鞍馬の目もいつもより開かれている。ざまあみろ。

 ただ、好敵手だけは一筋縄ではいかなかった。

「ふう~ん。どうしたの? 何か相談事?」

「ああ、皆から離れて話したい」

「りょーかい」

 すると冬里はディビーの肩を抱きつつ、皆から離れるようにスタスタと歩を進めていった。


「KISS? シュウが奈帆さんにKISSしたの?」

「ああ、けど……」

 言いよどむディビーの顔をのぞき込んで、「なーにかなー」と楽しそうに言う冬里。

「手の甲と、頬に、だそうだ」

「え? えーとそれって……、手の甲の方はシュウに理由を聞かなくちゃわからないけど、頬って……、あの時間に別れ際ってことは」

「ああ、おやすみのKISSだろう」

「ふうん」

 考えるように人差し指をクルクル回していた冬里が聞く。

「奈帆さんって、おやすみのKISSを知らないとか?」

「いいや、よーく知ってるよ。うちの実家に来た時は、帰りぎわに両親のハグKISS攻撃を受けまくるからね。また来てね、おやすみなさい、良い夢をってさ」

「ふうん」

 またクルクルと指を回して考えていた冬里だが、

「うーん、何も思い浮かばない。こと恋愛に関しては僕全然興味がないから、はっきり言ってよくわからない」

 と、すげなく斬って落とす。

「そうか」

 ガックリと肩を落とすディビー。

「でも、ディビーもわからないって事は、君も恋愛に疎いって事だよね。さすが僕の好敵手」

「ふざけるな、まあ合ってはいるが」

 ここへ来て恋愛体質から1番遠いところにいる2人は、万策尽きた感じだ。

 だが。

「ん?」

 いきなり冬里が天井を見上げる。

「なんだ?」

 ディビーもつられて上を見上げるが、そこには美しい文様の天井があるだけだ。

「んー、わかったよ。……どこに、じゃなくて、誰に、なんだって」

「は?」

「シュウだよ、シューウ。シュウにKISSされたって言うのが、彼女にとって、たとえおやすみのKISSだろうと、尊敬のKISSだろうと、それはそれは嬉しくて大切なことなんだよ。」

「どこに、ではなくて、誰に……」

 ディビーも唐突に気が付いた。


 KISSされたと聞いたとき、「なんだって! いつ、どうやって!」と息巻くディビーに、奈帆が慌てて説明してくれたのだが。

「違うのディビー、落ち着いて! えっとね、いつもディビーのご両親にしてもらうような、おやすみなさいのKISSよ、ここに」

 と、自分の頬を指さす。

「ああ、なんだそうか、……そうか」

「理解した?」

「ああ、理解した、けど……」

 ふざけたように言う奈帆に、次の疑問は投げかけられなかった。

 何で奈帆、そんなに恥ずかしそうでとろけるように嬉しそうな笑顔なんだ? たかが、おやすみのKISSだろう?

 ディビーには、そっちの方が理解不能だったのだ。


「相手が鞍馬だったからか」

「うん、そういうことになるね」

「じゃあ、手の甲の方は?」

「僕に聞かれてもわからないよ。真相はシュウの胸の内」

「だったら今すぐとっちめてやる!」

「まあまあ、今日は楽しい建築様式の見学会じゃない。だったらさあ、明日ランチしに来る時間はある?」

「え?」

「あ・し・た」

「ああ、明日は『はるぶすと』でランチするつもりだ」

「だったらさ、ちょっと帰るのが遅くなるけど、ランチの終わり頃に来なよ。そのあとはシュウの事、煮て食おうと焼いて食おうと、どうぞご自由に」

「お前なあ」

 冬里の言い草に、あきれながらもなんだか可笑しくなって、ディビーは笑い出す。

「まったく、相変わらずおかしなな奴だ」

「恐縮です」


 皆から少し離れたところで、顔を突き合わせて何やら話している2人。

 奈帆と夏樹は、ハラハラしながらそれを見やっている。

「大丈夫かしら」

「そうっすね。けど、冬里とディビーさんが本気でやり合ったら、どっちが勝つんすかね」

 何を心配しているのかな。

 ひとりシュウは落ち着いた様子で眺めていたが、やがてディビーが笑い出したところで、決着がついたのだと判断する。

 また肩を組んで、笑い合いながらこちらへやってくる2人を、奈帆と夏樹が本当に嬉しそうな笑顔で出迎えた。


 そのあと建築様式の見学コースへ意気揚々と向かったものの、のめり込んでしまった奈帆とディビーにほったらかしにされた『はるぶすと』の従業員3人は、仕方なくホテルのラウンジで時を過ごすことになったとさ。


「じゃあ、明日、待ってるね」

「お待ちしてます!」

 静かに微笑むもう1人。

「本当にごめんなさい。お誘いしておきながら……」

「大丈夫ですよ。明日はお待ちしております」

「はい!」



 翌日。

 ガラガラと荷物を引きずって、2人が『はるぶすと』に到着したのは約束通りランチの終了間近だった。


カラン……

 すずやかなドアベルを鳴らしてディビーが先に入っていくと、カウンターの中からシュウが声をかけた。

「いらっしゃいませ、ようこそ『はるぶすと』へ」

 すると、ソファ席を片付けていた夏樹が飛んでくる。

「いらっしゃいませ! えっと、お荷物はこちらへ置いておいた方が良いっすね」

 と、2人から荷物を預かると、暖炉の前に軽々と持って行く。

「ああ、ありがとう」

「ありがとう」


「どうぞ」

 通されたのは、一昨日と違ってカウンターど真ん中の席。ディビーは当然そこへ座る。奈帆はちょっと可笑しそうにしつつ隣へ落ち着いた。

 2人が席に着く間に、夏樹が玄関ドアに「CLOSE」の札をかけに行っていた。

「ゆっくりしてもらおうと思ってね」

 いつの間にかカウンターの中にいた冬里が、いたずらっぽく言う。

「お気遣い、痛み入る」

「もう、なにそれ」

 ディビーのセリフに奈帆が可笑しそうに笑う。

 久しぶりのランチは、どちらも味わいたかったので、洋風と和風のランチをひとつずつ頼み、2人でシェアした。

「ああ~幸せ~」

「悔しいけど、相変わらず美味しいランチだった。ごちそうさま」

「ありがとうございます! そう言えば、おふたりはレディスプランで泊まったんすよね」

 本日の和風ランチを担当した夏樹が、嬉しそうに言ったあと、改めて聞いている。

「ああ、あたしがレディスプランで悪いか?」

「へ? まさかあ。で、えーと、もし良ければ昨日のディナーってどんなだったのかなあ、って聞きたくって」

「そっちか」

「そっちっすよ」

 なんと夏樹らしく、あのホテルのディナーが気になっているらしい。すると奈帆がなぜか大いに張り切り出す。

「それなら任せて! あのね、SNSにアップしようと思って、ものすごく力入れて写真撮ったの。動画もちょっぴり」

「うわあ! ほんとっすか? だったら見たいっす!」

 そして夏樹は「えっと、今日はすみません」と、後のこと〈食後のスイーツです〉を2人に任せて、嬉しそうに奈帆をソファ席に案内している。


「打ち合わせしてあったのか?」

 本当に、まるで謀ったようなシチュエーションに驚いて、ディビーが冬里に聞いている。

「まさか。どうやって奈帆さんを引き離そうかな~とは考えてたけど、料理の写真があるなんて初耳だもん」

 ふふん、と笑う冬里に、怪しいもんだと思いつつ、ディビーはカウンター越しにシュウに声をかける。

「鞍馬」

「はい」

「お前、奈帆をホテルに送っていったとき、あいつにKISSしたんだってな」

「? はい、お疲れのようでしたので、良い夢が見られますように、と」

 不思議そうに言うシュウにディビーは思う、やはりそうか。

「そっちは良いんだ。問題は、こっち」

 と、自分の手の甲を差し出す。

「ああ」

 シュウはそれで理解したようで、ひとつ頷くと、説明を始めだした。

「さきおとといの、奈帆さん曰く、とんでもなくついてない1日はご存じですか?」

「知ってる」

「でしたら話が早い。店に来られた理由を聞かれて、奈帆さんはあの1日を次から次へとお話しになったのですが、ただ起こったことを順に並べて行かれるだけで、恨み言を述べられるわけでもなく、人のせいにするわけでもなく、ましてやご自分の過去の所業だなどと言われるわけでもない」

「うん、なんとなくわかる」

「淡々と事実を受け止めて、まあ、お祓いに行こうかと思ったとは仰っていましたが、それも検索しているうちにアホらしくなって、とは、ご自身の言葉ですが。それで検索を、好きな建築へと切り替えたら国際会議場が見つかったと言うことです」

 そこまで言っていったん話を切るシュウに頷いてみせる。

「人のせいにしない潔さ。それが」

「それが?」

「ご婦人に対しての褒め言葉ではないかもしれませんが、とても格好良かった」

「は?」

「AMAZING! もしくは砕けた言い方ですと、It`s so cool! でしょうか」

 ああ、悔しいけど、こいつは奈帆の本質をよく見極めてやがる。

 それが尊敬に値したんだろう。

「cool よりも、like とかlove  の方があいつは嬉しいんだろうけど」

「それは……」

「わかってるって、あんたも冬里と同じで、恋愛に興味はないんだよな」

「はい」

 まったく、面倒な奴に惚れたもんだ。こうなったらこんな朴念仁よりずっと凄い奴を見つけて、奈帆にはうんと幸せになってもらう! と、ディビーは堅く心に誓う。

 けれど。

 いくらディビーが頑張っても、奈帆の気持ちを決めるのは奈帆自身だ。まあ、気長に待つとしよう。

 そして珍しく苦笑しつつ付け加えるシュウ。

「私は朴念仁ですので、ご婦人を賞賛する言葉があまり思い浮かびませんでしたので、それなら、と、行動で示させていただきました」

 はあ? まったくどいつもこいつも、人の心を読みやがる。

 けれど、これであのKISS事件? の真相は解明された。

 そんなおおげさなもんか?

 なんだか可笑しくなって、ディビーはふふ、と小さく笑うと椅子から立ち上がる。

「さて、ご自慢のスイーツを頂こうかな」

 振り向いてソファ席を見ると、夏樹と奈帆が頭を突き合わせて、真顔になったり笑顔になったりしながら携帯の画面を眺めている。

 まるで子犬が2匹でじゃれ合っているようだ。

 ディビーはあきれつつ笑いつつ、ゆっくりとソファ席へと移動していくのだった。



 帰りの電車の中で、面白おかしく夏樹とのやり取りを再現してくれる奈帆。

「楽しかった~。ねえ、思ったんだけど、建築を見て回る旅って言うのも面白そうね」

「ああ」

 頷くディビーだが、他の所はともかく、国際会議場に来るときはきっと言われるんだろうな。


「そうだ、『はるぶすと』へも行きましょうよ、ね?」

 ってな。





 『はるぶすと』は本日も通常通り営業しております。

 皆様のお越しをお待ちしております。





ここに登場する奈帆さんは、『はるぶすと』の記念すべき第1作の中で、京都旅行のときに清水寺で鞍馬くんに助けてもらった女性です。

ディビーと2人で始めて登場したのが、12作目の「しゅうの休日」というお話です。

もしご興味がおありでしたら、そちらも読んでみて下さいね。

まだお話は続きますので、どうぞごゆるりと気長にお待ちくださいませ。



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