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相談と鈍感

【杉並浩人】


「──はい。あーんっ」

「なにふざけてるんですか」


 現在地はとある喫茶店。

 白髭を蓄えたマスターが一人で切り盛りしている個人店だ。


 落ち着くBGMが店内を流れており、心安らぐ空気が形成されている。


 そんな中、俺は明日香の姉──知奈美(ちなみ)さんを胡乱な目で見つめていた。


 この静謐な空気を気にも留めず、スプーンですくったオムライスを、俺の口元に運んできているからだ。


「え? 現役JDとイチャイチャしたくないの? 高校生なのに?」

「どんな偏見ですか」

「高校生って同年代よりも大学生に憧れるものだって聞いたよ。結局みんな甘えん坊なんだって」

「そんなソース聞いたことないですから……。てか、俺はこんな話がしたいんじゃないんです」


 俺は、すっかりズレてしまった話の軌道修正を図る。


 知奈美さんとご飯が食べたくて、喫茶店に来た訳じゃない。


 キチンと目的があって、俺は知奈美さんと面と向かって顔を合わせている。といっても、ただの相談なんだけど。


「──俺、間違ってましたか? 自分なりに色々よく考えて、知奈美さんにもアドバイスもらって、ちゃんと明日香と別れようって思ったんです。けど……結局、また俺の気持ちを明日香に押し付けちゃった気がしてて」


 付き合っているのか別れているのか分からない曖昧な関係になっていた。


 だから、明日香と話し合おうと思ったけれど、結果的にあまり話し合いにはならなかった。


「わたしが『合ってる』『間違ってる』って言ったらヒロくんは納得するの?」

「いや、すみません。今のは良くない聞き方でした」

「あ、責めてる訳じゃないけどね。まあでも、そうだなぁ、気持ちは押し付けるもんじゃないかな」

「押し付けるものですか?」

「うん。だって、明日香は最初、ヒロくんのことただのクラスメイトくらいにしか思ってなかったでしょ」

「そう、ですね。眼中になかったと思います」


 最初に好きになったのは間違いなく俺だった。


 明日香が好きなものをリサーチして、少ない小遣いで映画のチケットを買ったりなんかして。

 プライベートの交流を増やし、少しずつ、自分の気持ちを押し付けていって、明日香がそれを受け入れてくれた。


 俺が行動を起こさなければ、あのままクラスメイトで終わっていただろう。


「だから、ヒロくんが別れたいって気持ちを伝えて、それを明日香が曲がりなりにも納得してくれたなら変に気にしなくて良いと思う」


 一度目と違って、今回の明日香は了承してくれた。


 ここは大きな違いだと思う。


 俺がそっと視線を落とすと、知奈美さんは姿勢を下げて覗き込んでくる。


「まだ、なんか納得いってない?」

「あ、いや、そうじゃなくて。……虚無感って言うんですかね。俺から別れ切り出しといてアレですけど、なんかやるせなさがあって」


 胸にポッカリと穴が空いた空虚感。


 それがなぜか、今になって俺を襲ってきた。


 今後、明日香と一生関わらないことはないと思う。

 けれど、もう彼氏彼女ではない。その自覚がようやく芽生えてきたのだろうか。


「にゃるほど。そういうのは、他で埋めるしかないね」

「他、ですか」

「そ。……まったく世話が焼けるなぁ。ほら、わたしの胸に飛び込んでおいでっ」

「揶揄いすぎじゃないですかね、俺のこと」


 知奈美さんは太陽みたいに明るい笑顔を咲かせると、両手を左右に広げる。俺が本気で飛び込みに行ったらどうすんだか……。


 それにしても知奈美さんって──いや、なに考えてんだ俺。


「あ、今、明日香と違って胸ないな、とか思ったでしょ?」

「お、思ってませんよ。何言ってるんですか」

「ホントに?」

「まあ、いつもより身体のラインがハッキリする服着てるなとは思いましたけど」

「うっわ最低……女の敵……」

「そっちから吹っ掛けてきましたよね!?」


 知奈美さんは目をすがめると頬をヒクヒクと揺らす。


 頬杖をついて窓の外を眺め始めた。


「はぁ……。どうして胸だけ似なかったかなぁ。そこ以外は、割と明日香と一緒なんだけどね」

「そうですか? 知奈美さんと明日香はあんま共通点ない気がしますけど」


 まず大前提として性格が違う。


 知奈美さんは誰に対しても明るいが、明日香は打ち解けるまでに時間がかかる。

 姉妹だから、容姿こそ似通っている部分はあるものの、やはり別人だと感じさせられる。


「ヒロくんって、ホント鈍感だよね」

「え、鈍感ですか? 俺」


 割と敏感な方だと思っていたのだけど。


 俺は眉根を中央に寄せて、疑問符を頭上に浮かべる。


 当惑する俺に対して、知奈美さんはふわりと微笑むと。


「気持ちが落ち着いたらさ、新しくカノジョ作りなよ。誰にも見向きされなかったら、お姉さんがカノジョになってあげるから」


 そう言って、残りのオムライスを食べ始めた。

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