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第四十話「補佐」

「ホロさんの気遣いを無碍にはできません」


 スクイは下の階から上階への階段を探し、登っていた。

 一番上の階を目指す都合、下に落ちたのは遠回りであるが、大勢の組織の人間を救えたと思えばまた悪いとも思わない。


 スクイは階段を探しながら手当たり次第にパニックになる集団を血祭りにあげていた。


「これほどの人数とパニック、焼ける匂い。戦場を思い出しますね」


 あそこはいい場所だったと少し郷愁に耽っていると、窓の外で外に出た人間が映る。

 木が切り倒されていた。思ったよりは遅かったくらいである。スクイの用意した木は直径3mにもなる巨木であったが、魔法もあるこの世界では簡単に刈り取られてしまうと考えていた。


「では最後の準備ですね」


 スクイは建物の外に一瞬飛び、ナイフと紐で戻る。確認するに、この建物の幻覚は解けていた。

 その後ホロに見せられなかった準備物を解放する。


 近くの建物の最上階で大きな檻が次々に開く。

 階下で急いで火から逃げようとする組織の人間は、しばらく走ると空から高速で向かう飛行物に胸を貫かれて絶命した。

 建物の中の人間もそれを見て上空を確認する。


 そこには数十という鳥、ヒュゼークルが群れをなしていた。


 スクイがサンサーペントと同時にカーマと相手した鳥の魔物、その攻撃は空からの落下による嘴の貫通である。

 逃走者を足止めする程度には使えるとスクイは再び出向き捕まえていた。


「全滅させてなくて正解でしたね」


 もちろん、魔物の無許可での捕獲、並びに街での解放は被害によっては死罪クラスの犯罪である。

 それを気にするスクイではなかったが、そもそもここは人の寄り付かない廃墟街。組織の人間と戦ううちは一般人が被害を被ることはなかった。


 確認のみ行いスクイは階段を見つけると、また走った。


 ホロの助けに戻る考えがよぎらなかったわけではない。相手は幹部3人。明らかにホロでは、どころはスクイが行っても手こずる相手のはずだ。


 しかしスクイは無視してさらに上の階に向かう。ホロの意図はわかっていた。スクイの情報を与えないために1人残ったのだ。


「なら、すぐ終わらせて戻るのが正しい」


 すぐに救って見せましょう。そう考えスクイは階段を駆け上がり、最上階にたどり着く。


 最上階には組織の人間はいなかった。しかし火も、マロフィ草も見えはしない。

 この階には爆弾も種も設置していなかったのだ。当然であるが、しかし誰もいないというのは違和感があった。


 ボスと補佐には出会わなかったが、逃走したのか?

 スクイは考えながら廊下を歩く。


 間取りが不明なためとりあえずで扉を開こうか、そう考えていると、目の前に1人の男が現れた。

 部屋にいたのだろうこの火事のパニックで悠長に室内で過ごしていたのだ。


 若い。スクイと同じくらいだろう。

 真っ白の服に目も覚めるような金髪。自信に満ちた表情。

 見ればわかる。補佐だ。


 組織のNo.2である。


「やあ、君が首謀者かな?」


 その男はまるで社交界で出会ったように、ひどく優雅にスクイに声をかけた。


「思っていたより見目がいいじゃないか。いや失敬、テロリストなんてみんな野蛮なものだと思っていてね」


 余裕。彼から感じられるのはそれだ。

 階下でテロが起き、組織が荒れ、建物も怪しい中最上階で逃げもしない。

 挙句その首謀者と出会ってもまるで気に留めた様子もなく普段通り会話する。


 能力が高いまま育った故に危機感がないタイプ。

 バカにされがちだが、実際こういったタイプは恐るべきだ。

 

 何せボスの子供として厳しい訓練と激しい競争、命の危機を何度も乗り越えたはずの立場なのだ。

 その中で危機感がないということが示す能力の高さは、一般の基準ではない。


「血みどろなのと安っぽいローブは受け付けないがね。まあテロリストは血が好きだったりするのかな?」


「いえ、血は嫌いですね。血は生の象徴なので」


 補佐の言葉は決して皮肉ではない。ただ丁寧に質問している。

 それに対してスクイは穏やかに返す。彼もまた状況で態度が変わりはしない。


 そのスクイの声色に補佐は驚いたように眉を釣り上げる。


「いいね。僕はエクシト。君は?」


「スクイと呼ばれています」


 丁寧に丁寧を、それはスクイの無意識の対応であったが、時間をかけるわけにもいかない。

 スクイはまだ距離のあるエクシトに向かい、歩み寄る。


「ああ、急ぐようだけどダメなんだ」


 しかし、スクイが攻撃に転じようとする距離に来たところで、スクイの足が止まる。


「この階は高価な魔道具が用意されていてね。対話を終えるまでは攻撃できない」


 エクシトは笑顔で言う。

 確かに、攻撃しようとする距離に近づくとそれ以上動けなくなった。

 精神でない。行動を縛る魔術。スクイは少し考えたが、気が済むまで問答をするほうが早いと考えた。


「君は何を目的でここを襲ったんだい?見るからに暗殺者という風貌ではないけれど」


「理由は1つ。救いです」


 キョトンとするエクシトに、スクイは説明した。

 死の救い、平等、そして悪人こそ最も救われるべき存在であると。

 極めて明快と言わんばかりに語った。


「うーん、こりゃ本物かあ」


 エクシトは困ったように笑う。


「しかしそんな単独の思いつきで世界最高の戦闘集団が半壊とは、面目丸潰れどころじゃないね」


 まあ、ボスと僕がいればどうにでもなるんだけどと言う。


「あとは所詮寄せ集めだからなあ。強いとは言え限界があるし、粗暴なだけの奴も多いんだ。ほら」


 外を見ると、慌てふためく組織の人間がヒュゲークルに対応できずボロボロになっている。


「あの程度の魔物も碌に対応できない。普段ならともかく少し慌てるとこれだ。たまったもんじゃないね」


 だからこそこの組織は強い。

 エクシトは確信したように言った。


「なぜなら強い奴が上にいるから。弱い奴がいくら死んでもそれが無意味なくらい強い2人がこの階にいるのさ。あとの数の寄せ集めなんて力があればまた集められる。そうだろ?」


「まあそうでしょうね」


 だから殺しにきたのだ。頭を潰すことはもちろん、組織の心臓を潰す必要がある。つまり組織が組織でいられる1番の理由である強さ、それを無くさなければ組織を潰したことにはならない。


「まあ幹部は殺されると困るけどね。フォーコはともかくセルベロは痛いなあ。あの人強かったし。どうやって倒したの?」


「何も。私の心情に触れたら死の素晴らしさに気づいてくださったようで」


 そのまま自殺なさいました。

 そう言うとエクシトはおかしそうに笑った。


「彼の魔法のトリガーは彼に従うことだったはずだけど。それを踏まえて倒す手段があったなんてね」


「ああ、だから引き抜きに来たんですね」


 確証までしたつもりはなかったが、セルベロにつくことを話した時点で、ある程度彼の術中だったらしい。

 こういった危機もあるのかとスクイは学ぶ。


「まあそうでなくても君は欲しい人材だったろうけどね。頭のおかしさを除けば強いだろうし」


「人材に不足しているようには見えませんが」


 実際人数で言えばかなりのものである。1000ほどと言う人数は各地にいるとは言えなかなか集まらない。

 それも犯罪組織でその人数を維持するのは困難である。


「ボスのお子さんも多いのでしょう?」


「まあ、そうだけどダメだよ。大切なのは人数じゃなくて個の強さ。ボスもそこらが僕と合わなくてね。僕の兄弟も僕以外はどうしようもない雑魚ばかりだ」


 ため息をつくエクシト。どうやら彼は他の兄弟も知っているらしい。スクイはなんとなしに聞くことにした。


「フリップという兄弟を知っていますが」


「ああ!フリップ!懐かしいね。今は働いているんだったかな?」


 エクシトは思い出したように笑った。


「うん、まあ暗殺ならそれなりだったけどね。ダメだったよ。能力も性格も中途半端でね。結果逃げ出すようになってしまった。あれで僕の次に優秀というんだから、むしろ魔法で言えば彼の連れて逃げた妹たちの方が価値が高い」


 エクシトは悪意がない。そう、彼は無意識に人を下に見ている。

 しかし悪気はない。ただ純粋に下の人間だと思っているのだ。

 自分よりも能力の低いフリップも全くバカにした様子はなく、ただ残念そうに話した。


「ダメだね弱いってのは本当に。その点君はそうでもないらしい」


 二番煎じになるのが気に食わないけどさ、そうエクシトは笑う。


「君もこの組織に来ればいい。組織の半数を殺した君の実力はきっと高く評価されるよ!多分すぐに幹部、その長なんてのも狙えるんじゃないかな?実質大組織のNo.3だ。悪くはないだろう?」


「残念ながら、あまり強さにこだわりはないので」


 私は死に殉じるだけですよ。そう言うとエクシトはつまらなそうな顔でスクイを見る。


「それとエクシトさん。勘違いしてはいけません」


 スクイが初めて自分から話す言葉を、エクシトは聞く。


「あなたは自分が上の人間だと思っているようですが、全ては死の元に平等なのです」


 今、その素晴らしさをお教えしましょう。


 スクイの言葉に、エクシトは飽きたように伸びをしながら、構える。


 同時に、スクイの身体の拘束が解けた。


「じゃあ、始めましょうか」


 そうエクシトが言うと同時に、あたりが真っ白に塗りつぶされる。

 周りが見えないのだ。しかしスクイは怯まず歩を進めた。

 それと同時にスクイの胸に穴が開く。

 最近はこう言う初見殺しばかりだと思うスクイに、エクシトが話しかける。


「光魔法。光の目潰しと光速の射撃。勝てるわけがない魔法だよね」


 エクシトは倒れ込むスクイにつまらなそうに説明した。


「油断とは笑わないよ。だってわかっててもどうしようもないからね。目閉じても目は潰れるし、光速を避けれないし。戦いなんてこんなもんってことだね」


 確かに最強である。スクイが戦った中で明らかに最も強い。

 光の魔法、存在しないわけがないがこれほどとは思わなかった。また勉強になってしまった。


 スクイはそう思い、しかし。


 なんと弱い相手だろうと思い、倒れ込む体を足を出して留まった。


「え?」


 そう、エクシトはスクイの不死を知らない。幹部同士で死を伝達しているのはわかっていたが、詳細まで把握できていないようだとスクイは分かっていた。


 ホロとの場で誰か1人でも上階に伝達に行けば違ったのだろうが、それより早くホロがスクイを戦線離脱させてくれた。


 そして、なんの情報も取られる前にここにたどり着いたのだ。


「なん」


 その言葉を吐き終わる前に、スクイの投げナイフがエクシトの顔に刺さる。


「いた」


 その状況を把握する前に、スクイは距離を詰める。


「ま」


 その思考がまとまる前に、スクイはエクシトの心臓をナイフで貫いた。


「なんと、凡庸な感性」


 殺したはずの相手が動いた。そんな状況に今までの人間は当たり前のように対応してきた。

 想定外の攻撃を受けてもすぐに次の手を用意してきた。


 しかしエクシトはそうではなかった。胸を撃ち抜いても倒れないスクイに、自分の顔に刺さるナイフに、近づくスクイに、何も対応できなかった。


 最強の魔法、そのなんと弱々しいことかとスクイは思う。


「失敗してこなかったから想定外に対応できないなど笑い話でもないですが」


 プロではない。単なる強い魔法を持った一般人だ。

 それでは実戦では何も使えない。


「だから強さなど意味がないのです。残念ながら、あなたでは何も守れませんよ」


 ボスも、自分も。

 でも、そんな人にも死は平等です。

 そう優しくエクシトの死体に囁くと、スクイは奥に進んだ。



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