消えた飴
とあるハレの日。様々な屋台が立ち並ぶ中、急な雨が降り注いだ。
天気予報では確か一日晴れ出会ったはずだ。
少年は傘もささずに神社の境内を歩いていた。
「何か雨宿りできるところはないかな」
既にずぶ濡れではあったが、せめて風邪をひかないように雨よけを探す。
すると境内の奥の方に、少年と同様ずぶ濡れの子供が立っていた。
咄嗟に仲間だと思った少年は、その子供へと近づいた。
「大丈夫か? 今日雨降るとは思わなかったよな」
声をかけられて一瞬びくんとなった子供だが、少年のその優しい声音に直ぐ笑顔を見せた。
「そうなんだ。ずぶ濡れになっちゃった」
「困るよな、急な雨ってさ」
「そうだね」
少年と子供は雨宿りできる場所を探しながら話をした。そうする内に2人は仲が良くなって言った。
「なぁ、もうお互いずぶ濡れなんだし、せめて夜店にでも寄っていかないか? 俺が何か奢ってやるよ」
「いいの? やった!」
「何が食べたい?」
「んー……。僕、綿飴を食べたことがないんだ」
少年は驚いた。
綿飴といえば、皆がよく知るハレの日に食べるお菓子だ。それを食べたことがないというのは、少年からすればありえない事であった。
「よし、じゃあ綿飴を買いに行こう。あれはうまいぞ。そういえば、お前の名前はなんだ?」
「僕の名前は雨。君の名前は?」
「雨って言うのか。雨の日に雨と会うなんて凄い偶然だな。俺の名前は――」
お互いに自己紹介を済ませながら夜店を探す。
雨がどんどんと強くなっていく中、夜店は次々と畳まれていった。
少年の中で焦りが見えだした頃、ようやく綿飴屋さんが見えた。
「よかった。まだやっているみたいだぞ」
「よかったね」
少年は早速店のおじさんに声をかける。
「おう、いらっしゃい……ってお前ら、傘はどうしたんだ。ずぶ濡れじゃねえか」
「傘を忘れちゃったんだ。けどもう手遅れだからせめてお菓子でも買おうかと思ったんだ」
「なるほど、それでうちに来ってぇのか。それは嬉しいじゃねぇの。よし来た、普通は1つ300円なんだが、ここは負けてやる。2つで300円だ」
少年は着物の襟に手を伸ばし、濡れずに抱いていたがま口財布を取り出した。
きっかり300円を手渡した少年は、ビニール袋に包まれた2つの綿飴をしっかりと受け取った。
「またこいよ」
「またくるよ」
少年と子供はまたずぶ濡れになりながら、今度は綿飴を食べるために雨よけを探した。
「ありがとう」
「いや、こうして会ったのも何かの縁だ。たらふく食えよ」
少年はウキウキとしていた。綿飴は美味しい。少年が初めて綿飴を口にした時の感動を、この子供に与えてあげるのが嬉しくて堪らないのだ。
口一杯に砂糖の甘みが拡がって、溶けていく。口の周りに引っ付く私も、ペロリと下を伸ばして舐めとる。
これが出来るのは綿飴だけなのだから。
雨よけは、以外にもあっさりと見つかった。しかしその間にも雨は勢いをましていた。
遂には数メートル先も分からなくなるくらいに、轟轟と雨が降りしきった。
「よし、アソコで食べよう」
少年は子供の手を引き、勢いよく屋根の中に入った。
この雨の中だ。少し走るだけでも息切れが凄かった。
少年は、引っ張っていた子供が気になり、息を切らしながら振り返った。
そこには闇が拡がっていた。
違った。
それは雨の口だった。
少年の身長を優に超える程の大きさに広がった、雨の口だった。
あぐ。
ボリボリ。
後には、落ちて溶けてしまった綿飴の棒だけが残った。