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後編 「交通安全地蔵の訴え」

 そんな乃紀ちゃんだけど、物の数秒で短い呻き声と共に起き上がったんだ。

「うう…ああ…?」

「良かった!大丈夫なんだね、乃紀ちゃん!」

 ホッと一安心といきたいけど、そうは問屋が卸してくれないんだよね。

 生憎だけど。

「お願い!僕の花を元通りにして!」

 だって、開口一番にこんな事を言い出すんだもの。

 何かの冗談と思うじゃない。

「どうしたの、乃紀ちゃん?いきなり僕っ子にイメチェンなんて…痛いっ!」

「お願い!僕の花を元通りにして!」

 乃紀ちゃんったら、凄い力で私の肩をガシッと掴むんだもの。

 驚いて首を振った時に、ツインテールのセットが乱れちゃったじゃない。

「ね…ねえ、千里ちゃん。花って、あれの事じゃないかな?」

 オズオズと様子を窺うような明花ちゃんの声に導かれて視線を動かすと、その先には小さな御地蔵さんが安置されていたの。

 幼い男の子を思わせる、可愛らしい御地蔵さん。

 だけど、そこに生けられていたはずの黄色い菊は、アスファルトの路面に散らばって朽ちかけていたの。

 猫だか酔っ払いだか悪ガキだかが、ひっくり返していったのかな。

「お願い!僕の花を元通りにして!」

「わ…分かったよ!何とかするから、この手を離して!」

 どうにか手を振り解いたんだけど、まだ肩がジンジンしちゃう。

 この分だと、しばらくは痣になっちゃいそうだなぁ…


 とは言え、グズグズしてもいられないよ。

 不思議系の僕っ子へイメチェンした乃紀ちゃんが御地蔵さんの台座に腰掛け、私達の挙動をジッと見つめているんだから。

 あの人間離れした眼差し、苦手だなぁ…

 でも、ここで回れ右して家に帰っちゃったら、乃紀ちゃんは一生このままな気がするし…

「だけどさ、明花ちゃん…あんな朽ちかけの菊を拾って生けても、お地蔵さんって喜ぶのかな?」

「あそこの花屋さんで、買うしかないのかもね。」

 少し引き返した所にある、町の小規模な生花店。

 農協で買うよりも割高だけど、友達の為なら仕方ないかな…


 私と明花ちゃんの2人が仏花を買いに訪れた花屋さんは、私達が生まれる前から営業していて、この辺の事情には詳しかったんだ。

「ああ…あの交通安全地蔵さんの事ね。」

 仏花を包んで貰う間に店員さんへ尋ねたら、詳しく教えてくれたよ。

 今から40年前の冬。

 私達が通う土居川小学校の男子生徒が、ダンプの脱輪事故に巻き込まれて亡くなったんだ。

 それも登校の真っ最中にだよ。

 御両親は物凄く悲しみ、その子の菩提を弔うためにお地蔵さんを作ったの。

 子供が亡くなる悲惨な交通事故が起きないようにと、「交通安全地蔵」と命名されたんだ。

「でも、あの事故から長い年月が経ってしまい…当時を知る人も少なくなってしまったの。私でさえ、貴女達に言われて漸く思い出せたのよ。そう言えば今日は、その子の月命日だったわね…」

 店員さんの話を聞き終えた私の胸には、何とももどかしい思いが湧き上がっていたの。

 私達が交通事故に遭わないように見守ってくれているのに、月命日も満足に祀って貰えないなんて、事故死した子が余りにも報われない。

 せめて私達だけでも、月命日のお参りをしてあげなくちゃ。

 それが御地蔵さんの為にも、そして乃紀ちゃんの為にもなるはずだよ。

「そういう事なら、これを持ってってあげて。」

 私と明花ちゃんの話を聞いた店員さんが差し出してくれたのは、お茶請けと思わしきお菓子だったの。

「貴女達、さっきの仏花でお小遣いを使っちゃったんでしょ?事故の話を知っていたのに今まで忘れていた私なりの、ささやかな罪滅ぼしよ。」

「おばさん、ありがとうございます!」

 こういう温かい交流が、個人店舗の良さだよね。

 仏花の白菊と御供えの御菓子を受け取った私達は、元来た道を駆け足で引き返したんだ。

 あの場に残った乃紀ちゃんが、気がかりで仕方なかったからね。


 だけど御地蔵さんの所まで戻った私達が目にしたのは、意外な光景だったの。

「ああ、千里ちゃんに明花ちゃん。速かったね。」

 さっきまでの人間離れした怪しい雰囲気から、ガラッと一変。

 御地蔵さんに手を合わせていた乃紀ちゃんは、私達が着いたのに気付くや、普段と変わらぬ快活な笑顔で応じたんだ。

「もう大丈夫だよ、2人とも。あの子と私のために一走りしてくれて、本当にありがとう。」

 どうやら乃紀ちゃんは、憑かれている間に御地蔵さんの経緯を知ったらしい。

 まるで友達みたいに、「あの子」って気安く呼ぶんだから。

 恐らく乃紀ちゃんは深呼吸で失神した時に、御地蔵さんとして祀られている男の子の霊に憑依されたんだろうな。

 そして、男の子の霊から全てを教わったんだ。

 何はともあれ、まずは一安心。

 乃紀ちゃんも交えた私達は、御地蔵さんに御菓子と白菊を御供えして、静かに合掌したの。

『いつも前を通っていたのに、知らん顔をしてごめんなさい…御地蔵さんが見守っていてくれるから、私達は安全に登校出来るんだね。』

 心の中で感謝の想いを告げ、、顔を上げてソッと目を開ける。

『えっ…?』

 そしたら、御地蔵さんの口元に刻まれた微笑の影が、さっきより深くなっている気がしたの。

 見間違いかも知れないけど、私は信じたい。

 同じ土居川小学校に通う私達と話せて、あの御地蔵さんも喜んだんだってね。


 後になって聞いた話だけど、あの交通安全地蔵尊の花を普段生けていたのは、事故死した子のお母さんなんだって。

 すっかり御婆さんになった今でも、我が子を祀った御地蔵さんを世話していたんだけど、病気で入院して手入れが出来なかったの。

 ところが私達の話が近所の大人達に伝わり、交通安全のボランティアさん達が御地蔵さんの御世話を手伝ってくれる事に決まったんだ。

 今じゃ地域の交通安全のシンボルとして親しまれているんだ。

 私達も線香や蝋燭を御供えしたり、通りがけに合掌したりしているよ。


 だけど、仏花って結構高いんだなぁ…

 3人で割り勘したとはいえ、お年玉の残りがスッカラカンになっちゃったよ。

 しばらくは無駄遣いを控えないとね…

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― 新着の感想 ―
[一言] 企画からです。 お地蔵さまの密かな訴え。 主人公たちのほのぼの感がいいですね。
[一言] ホラーということで少しドキドキしながら読ませて頂きましたが、優しいストーリーが心に沁みました。交通事故って予想だにしない形で大切な人を喪うわけで、大切な息子さんを亡くしたお母さんのことを思う…
[良い点] ホラーだけど優しくて素敵なお話でした! 小学生女子ならではのノリが何とも可愛らしいです(*´꒳`*) 私も悲しい交通事故が起こらないよう、道端のお地蔵様に手を合わせたいと思います!
2023/01/05 12:42 退会済み
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