4 チーター殺戮ショー
あっという間に一週間が経ち――私はそれなりの緊張感に包まれながら、生放送開始の時を待っているところだった。
その僅かな時間を有効活用して、この一週間で起こったいくつかの事柄を話そうと思う。
まず、なんと言っても一番嬉しいのは、チーターが明らかに減ったことだ。
リキュさんがよくプレイしているバトロワもそうだし、彼の配信に集まってくる様々なFPSプレイヤーたちも、
『ここ最近マジでチーターを見ない』
と、口を揃えて語っていた。
トラウトさんが作ったサイトでは、初日に千人以上のチーターが名を連ね、それ以降は私たちの噂が広まったのか減少傾向にあったけれど、生放送で処刑する対象がいなくなってしまうのでは? と不安になるくらいにはヤツらは激減していた。
もう一つ、嬉しいことがあった。
それは私のことを"チセたん"という愛称で呼び、多数のファンアートが生まれていることだ。
そのほとんどが、あのとき着ていた赤いホルターネックセーター姿で描かれていて、チーターを殺す存在としての象徴化は成功しているようだった。
ちなみに、私が着ていたセーターは、一週間前の放送直後には特定されていた。まあ、あれは特徴的な衣装だから、致し方ない感じだけれど、壁にかけていた時計までもが間を置かずして特定されたのには私も驚かされた。
ネット民、恐るべしである。
ただ、私の個人情報や住所までは特定されてないようで、仕事場で何か言われたり、自宅に凸されたりということはなかった。
チャンネルの管理やネット関係のことは、全部トラウトさんがやってくれているから、そこから漏れる心配もないと思う。
しかしトラウトさんに絶大な信頼を置いている私も、安心してばかりはいられなかった。先日の放送が、小規模なネット記事のみならず、お昼のニュース番組でも大々的に取り上げられたからだ。
男性アナウンサーを挟んで、右にゲストとして招かれたネット犯罪の専門家、左にコメンテーターという並びの中、厳しいコメントをすることで有名なお笑い芸人さんが言った。
「そのチーターって奴が不正行為してるからってさ、そいつのパソコンに無理やりウイルス感染させるってのも、やっぱり犯罪なんですよね?」
私もこれと同じことを、トラウトさんに手伝って欲しいと頼まれた最初のときに確認していた。
そのときの返答はこうだった。
『はい、もちろん犯罪ですよ。ですが、相手も規約違反をしている犯罪者ですし、それに何より、この方法なら確実にチーターを殺すことができますよ?』
当初、私は戸惑った。
チーターを犯罪者だと断ずるのは同意だけれど、だからこそ同じ犯罪者には成り下がりたくなかった。
だけど、結局は手伝うことに決めた。それは前述の通りだ。
毒をもってでもチーターを絶滅させたい思いはあったし、非現実的な世界に巻き込まれたような高揚感もあった。それに、実際に不正アクセスをするのは自分ではないという、甘えた気持ちもあった。
何より、リキュさんにあんな思いを二度とさせたくないという、強い気持ちも。
なのに、慣れ親しんだニュース番組で、自分の映像を目の当たりにした途端、私はその場に崩れてしまいそうなほどの恐怖に襲われた。
自分としか思えない顎のライン。自分のものとしか思えない声。
警察も捜査を開始したという言葉。指名手配犯のような扱い。
トラウトさんに――ネットの世界で神の如き力を持つ、特別極まる存在に選ばれたからといっても、私は所詮、小心者の一般人でしかない。それを思い知らされた瞬間だった。
私はそのことを、正直にトラウトさんに伝えた。
怖くなってしまった、と。
『では、生放送なんてなかったことにしちゃいますか? あなたが望むのであれば全然それもありです。チャンネルもサイトも削除して、先日の動画だって、世界中のPCに保存されたものまで探し出して、全て抹消しちゃいましょう。
『オフラインのPCや外付けのメモリに保存されたものは、ネットに繋がった瞬間検知して削除するプログラムを張り巡らせておきますし、そうすればアラ不思議!あなたは僕と出会う前の状態に、すっかり元通りですよ♪』
突然のワガママにもかかわらず、トラウトさんは文句一つ言わず、理解を示してくれた。その強大な力で、しっかり後始末まですると言い切って。
その文章を見た私は、それこそアラ不思議だった。
一般人なりに持っていたプライドを刺激されたのか――やめてもいいと気遣われたことが逆に後押しとなって、意地でも生放送を成功させてやると覚悟を固めたのだった。
そんな生放送が、もう間もなく始まろうとしている。
『チーター殺戮ショー:会場』とシンプルなタイトルが付いた配信ページは、すでに60万人が待機中という見たことのない数字を叩き出していた。
チャットの流れも凄まじく、日本語とそれ以外の言語が入り交じり、それぞれが好き勝手な発言をしては、スタンプを貼りまくるカオス状態だったけれど、総じて楽しそうではあった。
まあ、それでいいのだ。
ショーは見る人が楽しくなければ意味がない。
これがリアルイベントなら、これだけの人数が騒いで無事故とはいかないだろうけれど、ネットならそういう心配もいらない。
好きなだけ騒いで、末永く語り継いでくれればと思う。
『準備はよいですか?』
長い黒髪に隠れた無線のイヤホンから、少年のような合成音声が言った。
「大丈夫です」
カメラを通して緊張は伝わっていたと思うが、私はマイクに向かってそう返事をした。
相手はもちろんトラウトさんだ。私が胸中を打ち明けたあの日を境に、私たちの会話は文字から音声へとシフトしていた。
『はい。それでは時間通りに始めましょう』
私は大きく頷き返す。
これ以降は姿勢を正し、顔の位置を変えないように気をつけなければならない。
この放送でも、カメラに映すのは鼻から下だけと決めていた。
トラウトさんに送信している(というか勝手に受信されている)映像には、今やお馴染みとなったセーターを着た私が、バッチリ色っぽく映っていた。
最後に口の運動を、う、い、う、い、と繰り返して――九時ジャスト。
私の一世一代の放送が始まる。
「みなさん、こんばんは。チセです。これほどたくさんの人に集まっていただき、大変喜ばしく思います。本日はよろしくお願いしますね」
配信ページに映った私が、媚びるように手を振るのが見える。ほぼ同時に、英語に訳された字幕も表示されていた。
視聴者は現在進行形で数を増し、コメントは30秒に一回しか打てないよう制限がかかっているにもかかわらず、もはや読めたものではなかった。
「さて、突然ですが、ここで残念なお知らせと嬉しいお知らせがあります。相当な数の駆除に成功したチーターですが、悲しいことに、チートを使っている輩は今もなお存在しています。それが残念なお知らせです。
「そして、嬉しいお知らせです。なので予定通り、これよりチーター殺戮ショーを開催したいと思います」
口元にわかりやすい笑みを浮かべた私は、顔は動かさず視線だけを左に向けた。
左右にある二つのモニターのうち、右のほうではこの生放送の配信ページが表示されていて、私からも様子が確認できるようになっている。
そして左のほうには、トラウトさんがリアルタイムで作成した台本や、処刑対象の個人情報が細かく書かれていた。
私は確認した文章を、エンタメとしてみんなに楽しんでもらえるよう、ハキハキと明るい声で言う。
「では、さっそく一人目にいってみましょう。本日、最初に処刑される、栄えあるチーター。それはこの方、中国のファ・ハオシー君です!」
するとコメント欄には、『やはり中国か』といった、納得の反応が窺えた。
チーターと言えば中国――それはオンラインゲームの不正行為に苦しめられた者にとって、周知の事実だった。
ただ、言うまでもないけれど、中国にだって誠実にゲームをプレイしている人は当然いる。しかも彼らのレベルは決して低くなく、FPSの世界大会でも好成績を残している。
そういう人たちの足を引っ張っているという意味でも、チーターは許せない存在なのだが――ともあれ。
『操作をお願いします』
トラウトさんの声に従って、私はキーボードとマウスをいかにも操作していますという動きをする。すると一秒かからず、放送のレイアウトが変わった。
画面いっぱいに映っていた私が左下に小さく追いやられ、その上にはやけにこだわったデザインの『チーター殺戮ショー』の文字。右下の横に長いスペースには、英語の字幕が流れる予定だ。
そして、代わりに右上に大きく映ったのは、中国の配信サイトだった。
百万を超えた視聴者の前に、ハオシー君がリアルタイムでプレイしているFPSのゲーム画面と銃撃の音、さらには彼が自分で配信に載せていた、彼の声と映像が晒される。
今回の生放送――私が一風変わったと宣言した理由がこれだった。
ショーと銘打っているのに、ゲーム内のキャラをただバンするのでは味気なく、盛り上がりに欠ける。それでは語り継がれるような伝説にはなり得ない。
ゆえに私たちは、視聴者が一番求めるものを見せようと決めていた。
それはチーター本人が苦しむ姿であり、それにうってつけなのが、チートを使用している配信者だった。
「でも、不正なプレイをわざわざ配信で見せるお馬鹿さんなんているんですか?」
数日前の私の質問に対し、そういう配信者は意外にも多いです、とトラウトさんは答えた。
そして、このショーと同じ時間に都合よく配信してくれる人はいるでしょうか、という疑問にも、『まあ、たぶん大丈夫でしょう』と軽く言っていた。
何やら自信ありげだったから詳しく訊かなかったけれど、おそらくそういう配信者はあえてバンせず、この日のために泳がせておいたのかもしれない。
なんであれ結果は、呑気にチート配信を続けているこの人が教えてくれていた。
私は左の手のひらを肩の位置まで上げた。それで視聴者からは、彼の配信画面を指しているように見える。そうしつつ、私は彼の人生を勝手に語り出した。
「彼、ハオシー君、三十一歳は、元々はシステムエンジニアであり、ゲームのプログラミングをしていました。ですが、彼は仕事にあぶれしまい、恋人にも振られ、行きついた先がチートの販売業者だったのです。
「なのでこの配信も、彼なりの宣伝活動ということみたいですね。まあ、視聴者がたったの四人では、宣伝効果はないに等しいでしょうけれど」
最後のほうは、ハッキリと蔑みの感情を込めて言った。そのほうが視聴者ウケがいいだろうという判断と、私の実際の気持ちの両方だった。
「ハオシー君の悲しいところは二つです。一つは、チート業者という誤った道を選んでしまったこと。もう一つは、私の存在を教えてくれる善良な友人がいなかったこと。
「ですが、そんな悲しい日々も、今日でようやく終わりを迎えます。彼は私の存在を思い知り、次こそはきっと、正しい道を歩んでくれることでしょう。
「では、さようなら」
私はサッパリ風味にそう言って、視聴者に見せつけるように中指をエンターキーに持っていき――
しかしギリギリのところで寸止めして、ニヤリと笑った。
「――と、その前に。ただPCをクラッシュさせるだけではつまらないので、少しばかりハオシー君にイタズラをしてみようと思います。私特製のちょっと変わったウイルスを送り込み、彼がどんな反応をするのか見てみましょう。
「はい、ウイルス注入」
メイド喫茶のサービスみたいに言って、私はターンっとエンターキーを叩いた。
ここからがこのショーの見せ場だ。チーターが苦しむ姿を盛り上げるべく、私の実況パートが――台本なしのアドリブ劇場が始まる。
「さあ、彼のPCには一体どんなウイルスが遊びに行ったのでしょうか?
「――おやおや? みなさんにも聞こえますでしょうか? この、赤ん坊がピアノのおもちゃを叩くような音が。そしてゲーム画面をご覧ください。こちらはまるで回転マシーンから降りたばかりのように視点が定まっていません。
「どうやらハオシー君のPCは、キーボードを押すたびにピアノの音が鳴るウイルスと、視点と移動の操作が真逆になるウイルスに感染してしまったようです。
「このあまりにも突然の事態に、彼も驚くことしかできません。大きく口を開けてはいますが、そこからは何の言葉も発せられません。
「っと、ああ! 撃たれています! 戦場をふらふらとさまよう哀れなキャラが、どこかのプレイヤーから撃たれています!
「さあ、ハオシー君! いつものようにプロ並みのエイムで反撃を――ああ、やられてしまいました。奇怪な音色を奏でながら、敵の位置すらわからず、あっけなくやられてしまいました。
「どうやら自慢のエイムボットも、画面に映っていない敵までは攻撃できなかったようです。百万もの視聴者が見ていたというのに、ハオシー君は宣伝の絶好の機会を逃してしまいました。最後のチャンスだったのに、これは残念ですね」
もちろん私は、まるで残念じゃなさそうに言った。
そして、一人目の締めに入る。
「さてさて、残酷な話ではありますが、これから約30秒後に、彼のPCは使い物にならなくなってしまいます。彼は何が起きたのか一切わからないまま、茫然自失に陥ってしまうことでしょう」
ただし、これだけでは終わらせてやらない。
私はわざとらしく驚きの声を発する。
「――と、おや? みなさん、ご覧ください。現在ハオシー君が見ているモニターには、なんとこの放送が映し出されているではありませんか。
「これはもしや、呆然とする彼にみなさんから説明をしてあげる、神が与えたチャンスではないでしょうか? それとも彼の新たな門出を祝う、急設のネット祝賀会でしょうか?
「まあ、何を書き込み、彼にどんな言葉を送るのか、そこはみなさんの判断に任せるとしましょう。私は右上のカウントダウンがゼロになるまで、しばし口を休めておきますね」
そうしてハオシー君の前に並んだのは、もちろん彼を気遣う優しい言葉ではなく――容赦ない罵倒や皮肉、直接的な暴言の数々だった。
それは数字がゼロになり、映像が砂嵐に変わる演出が入ったあとも続々と流れていった。
……ああ、なんて悪趣味な放送なのだろう!
何もできない個人を、匿名の大勢が冗談半分で痛めつけていく。しかもその相手は、これまで苦汁を飲まされ続けてきたチーターだ。だから罪悪感は微塵もなく、むしろ正義感をもって彼らは石を投げつけることができるのだ。
極上のエンターテインメント――それをこれだけの人数に与えているという充実感が、私をゾクゾクさせた。太ももから頭にかけて、快感に近いものが突き上がるのを感じていた。
『二人目もすぐに行けます』
無機質なトラウトさんの声。
それで私は役割を思い出し、左側のモニターに目を遣る。
表示されていた新たな情報。それをこの熱狂が冷めてしまわないよう急いで頭に入れ、私は口を開いた。
「みなさん、お楽しみいただけているようで何よりです。もちろん、ショーはこれで終わりではありません! さっそく次の処刑に移りましょう。
「エントリーナンバー二番。アメリカ、ニューヨーク州在住の、デューク・ブライアン君、十一歳です!」
さっきと同じようにキーボードを操作する振りをして――生放送にブライアン君の配信が埋め込まれた。
するとその直後、ヒャー! やら、ウェー! といった、たがが外れてしまったかのような甲高い声が響いた。
敵をチートで撃ち倒すたびに発せられる、ブライアン君の声だった。
「おっと」
私は慌てた素振りでマウスを動かし――奇声の音量が、かすかに聞こえるレベルに調整される。
「みなさん、失礼いたしました。動物園かジャングルにでも迷い込んでしまったのかと、勘違いさせてしまうところでしたね」
笑みを浮かべながら私は言った。
この耳障りな声をあえて聞かせたのも、トラウトさんの戦略の一つだった。
チーターであるブライアン君への嫌悪感をさらに高め、それから処刑し、一気にスカッとさせるのだ。
「では、お猿さんも静かになったところで、彼の家庭環境について少しばかりお話いたしましょう」
私はまた勝手に、他人の人生を語り出す。
「彼、ブライアン君は、両親がともに有名な製薬会社に勤めるという、とても裕福な家に生まれました。しかも彼は、結婚十年目にしてようやく授かった、待望の子供だったのです。
「結果、ブライアン君はとことん甘やかされて育ちました。
「彼がゲームがしたいと言えば、ハイエンドのPCが与えられ、配信をしてみたいと望めば、五百ドルのカメラとマイクをプレゼントされ、ゲームに勝てないと腹を立てれば、高性能なチートをインストールしてもらえる。そんな環境で彼は育ってしまったのです」
トラウトさんから渡された原稿を、私は悲劇のようにナレーションした。
その間もブライアン君は狂気的な叫びを上げつつ、敵を撃ち殺し続けている。
「よそ様の教育方針に他人が口を挟むのは、本来なら野暮というものです。しかしチーターになってしまったとなれば、話は別です。私はチーターを殺すセーターとして、彼を見過ごすわけにはいきません。
「ここは潔く一度死んでもらい、それでもまだチートで無双したいというのなら、私の目の届かない異世界にでも転生して、そちらで好きに暴れるといいでしょう。
「ではでは、彼がより良い人生を歩みだせることを願って――ウイルス、注入」
私はエンターキーを勢いよく鳴らし、そして実況を開始する。
「さあ、不正の力で、ただいま連続28キルという驚異的な記録を叩き出しているブライアン君。おっと、そんな彼の足下にグレネードが飛んできました! しかし彼は避けません。なぜなら無限の体力を持っているからですが――
「が、見てください! キャラは無傷ですがブライアン君は頭を掻きむしるようにヘッドフォンをはたき落としました。
「そして出ました! これが本場のWhat the fuck!! です!
「これはPCとゲームの音量が突然MAXになるという、恐ろしいウイルスの効果です。実際に耳元で何かが爆発した――そんな衝撃を彼は受けたことでしょう。
「あっと、そんなこと言ってる間に、今度はモニターを見つめて絶叫しています!そして、ああ……ついに泣き出してしまいました。愛するママに助けを求め、ドアに頭をぶつけ、部屋から出ていってしまいました」
ブライアン君が見ていたモニターには、大人でも泣いておかしくないほどのグロテスクな画像が映っていた。それは放送にもしっかり載っていたけれど、今はもうモザイク処理されたあとだった。
余談だが、私的にはチーターが行う死体撃ちのほうがグロいと思った。
「まだ、遠くから泣き声が聞こえます。これには私も、良心の呵責を感じるというものです。ですがまあ、あの年でチートから卒業できたと考えれば、妥当な授業料だったと言えるでしょう。
「さてさて。いつまでもグロ画像を出力させたままというのは、このPCにとっても酷なことです。持ち主に看取られない寂しいお別れとなってしまいますが、もうチートで他者を苦しめることもありません。息を引き取り、安らかに眠ってもらうとしましょう」
神父様のように神妙に言って、私はマウスをクリックする。
「ポチっと」
途端、生放送全体が砂嵐になって――さらに数秒経つと、両手を合わせている私の映像に戻った。
その両手をゆっくりほどき、私は口を開く。
「ここでみなさまに、突然グロ画像を見せてしまったお詫びと、そうなった理由を説明いたします。
「彼、ブライアン君の家は、前述の通りとても裕福です。ですので、高額なPCを一台破損させただけでは、懲りずに新品を買い与えることが予想されました。
「なので、彼がまたチーターの道を歩んでしまわないよう、トラウマを植え付けるのが重要だと判断し、その結果のグロ画像でした。
「ですが、みなさまにもトラウマを植え付けかねなかったこと、ここにお詫び申し上げます。誠にすみませんでした」
厳かな空気に続き、謝罪会見みたいな雰囲気になったこの放送。
しかし、コメント欄には大人しく清聴しようという様子はまるでなく、ある種、学級崩壊にも似た、収まるところを知らないボルテージがまだまだ渦巻いていた。
今のところは出来過ぎなくらい、いい調子である。
放送事故だって、この狂瀾のさなかでは盛り上がるネタでしかないのだ。
だがそこでトラウトさんから、
『五分、休憩を挟みましょう』
との指示が。
私は別に疲れていなかった。これより長い時間ぶっ続けで喋る練習も、トラウトさんと一緒にやっていた。ということは、休憩はただの口実で、次のターゲットを探す時間が欲しいのかもしれない。
「さて、怒涛の勢いで二人を処刑したこのショーですが、ここで一旦、五分の休憩を入れたいと思います。まだまだショーは終わらないので、みなさんお楽しみに」
せっかくの熱気が冷めてしまわないかと、もったいなく思いつつ、私はカメラに向かって手を振った。
放送が、勝手に拝借したファンアートのスライドショーに切り替わる。
『音声も載らないようにしたので、通話で大丈夫です』
「了解です。――それで、どうしたんですか? まさかもう、チーター絶滅しちゃいました?」
休憩だというので私は軽口を叩いてみた。
だが、トラウトさんのほうは無駄口一つ言わず、
『いいえ。次の目星はすでについていて、すぐにでも処刑可能な状態にあります。ただ、今度のターゲットに関しては、事前にあなたに許可を取ったほうがいいかと思いまして。情報を送ったので、確認と判断をお願いします』
許可? と首を傾げつつ、私は左のモニターを注視して――――絶句した。
『どうしますか? ちなみに彼以外にもターゲットはいますので、ショーは続けられますよ』
声が頭をすり抜けていく。
どうしますか、と言われても、私はそれどころではなかった。
リキュールボルト――彼の隠された本性が、もしそれが真実なら、およそ許せるものではない数々の悪事が、私の前に、啓示のように掲示されていた。
その多大な情報を、私は一つ一つ、じっくり目を通していく。
もしやこれは、トラウトさんお得意のジョークではないのか? そんな可能性にすがりたかった。
けれど、それにしてはあまりにも手が込んでいるし、ここで私を騙す理由も思い当たらない。
だけど信じられなかった。彼がチートを使っていただなんて信じられない。
いや、信じたくないのだ。私が二年間応援し続けたリキュさんは、決してこんなことをする人ではない。そのはずなんだ。
『どうしますか?』
再度放たれた無機質な問いかけが、不思議と気遣われたように聞こえる。
どうもこうもなかった。私は私である以前に、チーターを殺すセーターなのだ。
リキュさんが本当にチーターだと言うのなら、私の許可はどうであれ、チセならこう言わねばならない。
「殺りますよ」
そして私はイヤな予感を感じつつ、投げやりに自分の本心も告げた。
「ただ、どうなっても知りませんが」
* * *
チーターは全員死ね!