1 その人物との出会い
人生は何が起こるかわからない。なんて言うと大袈裟にも聞こえるし、何を当然のことを、と鼻で笑う人もいるかもしれない。
けれど実際、ほんの少しのきっかけで、それまでの生活が一変することはある。
私にとってそのきっかけは、とあるゲーム配信者に出会ったことだった。
彼に出会う前の私は、テレビゲームというものを徹底的に避けて生きてきた。
小さい頃に味わったあの思いを――兄に無理やり格闘ゲームの練習台にされて、ボコボコにやられるあの惨めな思いを、もう二度と経験したくなかったからだ。
つまりゲームに罪はないのだけれど、以来、私は自分でコントローラーを握るのはもちろん、他人のプレイを見ることすら拒否してきた。
そんな私が、今ではほとんど毎日、他人のゲームプレイを眺めている。
出会いはYoutubeだった。
なぜかオススメに出てきた、あまり再生数が多いとは言えない動画。
普段ならスルーしたであろうそれを、私は特に理由もなくクリックした。と言うと嘘つきになってしまうので、真実を話すと、サムネイルに映っていたイケメンに釣られてクリックしたのだ。
私はゲーム画面を半ば無視して、バラエティ番組のワイプのように小さく映っている男性ばかりを注視していた。
だからその時は、これがFPSと呼ばれる、銃で撃ち合うゲームということすら知らなかった。
正直、私は驚いた。男性にしては長めの明るい金の髪。キリっとした目元。綺麗な顎のライン。笑った時に浮かぶ、あどけない二つのえくぼ。
こんな、アイドルにも引けを取らない爽やかイケメンが、ゲームなんかするのかと。
ひどい偏見でしかないけれど、ゲームをするのは兄のようなオタクだけで、イケメンなんているはずがない! と思い込んでいたのだ。
その考えを改めながら、私は動画の概要欄を見た。そこには『普段はこっちで配信してます』という言葉とともに、URLが掲載されていた。
この人のことをもっと知りたい。私は迷わずクリックした。
すると、途端に動画が流れ始めた。
サイトを開いていきなり広告? と呆れかけたけれど、違った。ちょうど彼が、生放送の最中だったのだ。
そこはYoutubeよりも少しアングラな雰囲気の、Twitchなる配信サイトだった。そして目に付いた952の数字が、現在の視聴者数なのだと初見でも理解できた。
しかし私は、理解はできても納得がいかなかった。
これほどのイケメンなのに、視聴者が千人もいってないなんて。時間帯だって夜九時のゴールデンタイムなのに。
じゃあ腕前のほうがそうでもないのだろうか? そう思ったけれど、これも違うらしかった。
当時の私には判断が難しかったけれど、コメント欄にはたびたび、
『ウマ!』
『今のマジ?』
『あそこで撃ち勝つのはさすが』
と称賛の声が上がっていた。
プレイ中のゲームだって、人気シリーズの最新作らしい。
じゃあなんで?
半ば躍起になって、私は原因らしきものを探した。
配信ページをスクロールすると、プロフィールやら自己紹介文が書かれていた。
二十歳を過ぎたばかりの、自分と同年代という情報を頭に入れつつ――そこには配信を始めた日付もあって、それによれば配信活動を開始してからまだ三か月しか経っていなかった。
なるほど。彼はまだまだ新人で、人気が出るのはこれからなのだ。
そう考えれば、この視聴者数にも納得がいった。と同時に、私も応援しなければという使命感のようなものが湧いた。あの動画がたまたまオススメされていたことにも運命を感じていた。
私は瞬く間にアカウント登録を済ませて、それからもう一度、彼の自己紹介文を見た。
『気軽にフォロー、コメントしていってね!』
それが配信者の常套句だというのはわかる。けれど、これまでネットでコメントをした経験がなかった私にとって、この一言は大きな勇気を与えてくれた。
震える指で慎重に文字を入力して、誤字がないか何度も確認して、私は息を止めながらエンターキーを押した。
『初見です。お邪魔します』
彼は次の試合のマッチングを待っている最中で、コメントとお喋りをしていた。だからすぐに私の文章にも気づいた。
「お! 初見さんこんばんはー。良かったら今後も遊びに来てくれると嬉しいな」
彼はカメラに向かって軽く手を振りながら、アイドル顔負けの可愛らしいえくぼを披露して――その眩しい笑顔に、私はなす術もなく撃ち抜かれて。
Liqueur_volt――リキュさんの配信が、その日から私の新しい居場所となった。
* * *
それからの二年間で、私のゲームに対する距離は激変した。
飲み会などの付き合いがない日はすぐに帰宅してリキュさんの配信を開いたし、彼と同じゲームをするためだけに二十万近いパソコンを買ったりもした。
そして現在も、食後のほどよい満腹感とともにリキュさんの戦いを眺めている。
本日プレイしているのは、いまや説明不要と言ってもいいほど人気の、バトルロイヤル形式のFPSだった。
近頃の彼はこのゲームに熱を上げていて、元々の才能もあってか、腕前もプロと遜色ないレベルに到達していた。
そんなリキュさんの操るキャラが、狭いトンネルの中を敢然と進んでいく。
すると突如、薄暗い画面のなかで火花がきらめき、銃声が鳴った。バトロワゲーによくある謎のコンテナの、その脇を抜けた直後だった。警察の検問のように待ち伏せをしていた敵がいたのだ。
これがもし私だったら、間違いなく殺されていた。
何の抵抗もできないまま、待ち伏せなんて卑怯だと台をパンしていただろう。
けれど今回の相手はリキュさんだった。彼は真横から撃たれた瞬間、異様な反射神経と神がかったマウスさばきによって一瞬で照準を合わせ、「うわあ!」と叫びながらも即座に反撃し、敵を返り討ちにしてしまった。
「びっくりしたー! もう!」
一拍遅れてリキュさんが言う。
FPSに染まった人間は驚いてもまず銃を撃つ。その話は本当らしい。
『こえー!』
『やば』
『ビクッてなったわw』
『あれ勝つかー』
『俺が敵だったら泣いてる』
コメントもリキュさんのファインプレーに大いに沸いていた。
私も『エイムすごすぎる!』と打ち込んだ。実際にFPSをやってみて難しさを知ったからこそ、今のは本当に凄いと思えた。
エイムとは敵に照準を合わせる動作のことで、パソコンの場合はこれをマウスでやるのだけど、これが何よりも難しい。
微細な操作が求められ、ウインドウを最大化しようとして間違って閉じてしまう――といったことをしょっちゅうやる私では、動く敵に狙いを定めるのなんて至難のわざだった。
さてさて、待ち伏せのピンチを力で乗り切ったリキュさんはというと、あれからも軽快にキルを重ねていた。
そして気づけば敵は残り二人になり、接敵を避けたいこの状況でもリキュさんは果敢に攻め、一人目をほぼ被弾なしで撃ち倒し、漁夫の利を狙って出てきたラスト一人もギリギリで撃退して、見事、優勝を飾った。
合計12キルの快勝。その結果、ランクポイントも大きく上昇し、リキュさんはついに全世界で297位という高みまで来ていた。
コメント欄にはグッドゲームを意味する『GG』のスタンプが並び、勝利を祝福する投げ銭が送られていく。
私も『ナイスファイト』の一言とともに、電子のお金をプレゼントした。
まるで自分が無双したかのような、痛快な気分を味わわせてもらえたお礼だ。
いいプレイをすればお金がもらえる。この文化を、金銭目的でゲームをしていると毛嫌いする人もいるけれど、私はいい文化だと思っている。
一部の裕福な人を除けば、こういった支援があるからこそ配信者は活動ができるのだし、モチベーションにも繋がるはずだから。
「それじゃ、さっきのは結構いい試合だったし、ちょっと早いけどアレやっちゃおうかなー」
投げ銭へのお礼を終えたリキュさんが、不意に意味深なことを言うだけ言って、ワイプから姿を消した。けれどこの二年で2500人にまで増えた視聴者に、困惑した様子はなかった。むしろ待ってましたという期待感で溢れていた。
ガチャガチャと物音を立てながら、リキュさんが配信部屋に戻ってくる。その手には飲み物が入った瓶と、氷入りの小さなグラスがあった。
瓶のラベルをカメラに近づけながら、リキュさんが言う。
「今日は桃にしたぜ! みんな準備はいいかな? んじゃ、かんぱーい!」
その音頭に合わせて、コメント欄が『乾杯!』の文字が入ったスタンプで埋め尽くされる。私も急いで持ってきたお酒の缶を開けて、モニターに向かって掲げた。
これは彼の名前――リキュールボルトにちなんだ、この配信特有のイベントだ。
ただし彼は、その名前の割りにアルコールに弱いと宣言していて、だからこれはレアイベントなのだった。
「ぷぁー。独り身にはこれがご馳走だよねー」
幸せそうなリキュさんを眺めながら、私も甘酸っぱいミカンのリキュールを口に含む。
画面越しだけど、大勢の人と同じ時間を共有できる。その感覚が楽しくて生配信にハマった私にとって、このリキュールタイムは至福のひと時だ。
ただでさえおいしいお酒が、さらにおいしく飲める。こんな空間を作ってくれたリキュさんには感謝しかないし、大袈裟かもしれないけれど、あの日、彼に出会えたことが奇跡のように思うのだった。
……だが、そんな和やかなムードは、長くは続かなかった。
「あー、んじゃ、そろそろ次行くかー」
早くも頬が赤らんできていたリキュさんが、気楽な調子で始めた次の試合。
序盤からレベルの高い装備を完璧に揃え、重要な移動手段である車両も確保し、こりゃ連勝あるか? とコメントが色めき立った直後だった。
車に乗ってかなりのスピードを出していたリキュさんが、一秒かからず全HPを削ぎ取られ、死んだ。
『あっ……』
『んー?』
『これは……』
『あやC』
『今のはさすがに……』
途端に、配信が不穏な空気に包まれる。
「まあ、まだわからないから。単に上手い人かもしれないしさ」
リキュさんは笑っていた。けれど、これまでの経験から確信めいたものがあったのだろう。
すぐに真顔になって、自分を倒した相手の観戦を始めた。
2500人も一緒にそれを見守る。
相手はリキュさんから奪った車で道路を爆走していた。
しかし唐突に車から降りて、かと思うと何もない山の尾根を注視し始めた。
自分の足を止めて、敵の足音に注意する。確かにそれは、バトロワで勝つために必要な行為である。
だが、そのキャラが見つめる尾根は遥か遠く、足音なんて絶対に聞こえない距離だった。
にもかかわらず、彼は銃口を向け続けた。
それこそ、敵が顔を出してくるのがわかっていると言わんばかりに
そしてまさに、照準のド真ん中に人間の頭が現れ――同時に銃口が火を噴いた。
それはサブマシンガンという種類の、近中距離に特化した武器だった。連射したときのブレが激しく、遠距離射撃には向かない銃なのだ。
なのに観戦画面はまったくブレることなく、発射された弾は全弾、寸分違わず敵の頭へ吸い込まれていった。当然、相手は即死した。
「確定だなー」
リキュさんが言った。明らかなチートだった。
『はーしょうもな』
『やっぱCかよ』
『高性能だな』
『きっも』
『ウォールハックもかぁ?』
コメント欄も呆れと怒りで埋まっていく。
リキュさんの配信を見始めてからの二年で、私は不本意ながら、FPSのチートにも詳しくなっていた。
ヤツ、と軽蔑を込めて言ってしまうけれど、ヤツが使っていたのはエイムボットという、照準が自動で敵を追い続けるチートだ。
ターゲットの全体を狙うものから、高確率で頭に当ててくるものなどその性能に差はあれど、人間を超えた悪魔の力に違いはなく、標的にされれば最後、吐き気をもよおす間もなく瞬殺されてしまう。
また、コメントにあったウォールハックとは、壁や遮蔽物を透過して相手の位置が見えるようになるチートのことで、今のヤツはおそらくこれも使っていた。
遮蔽物をどう上手く使い、どこから顔を出すか。その読み合いもFPSの醍醐味なのに、ウォールハック使いはそれを嘲笑いながら襲ってくるのだ。
こんなチーター相手に撃ち勝つのは、プロでも困難を極める。
本当に迷惑でしかない奴らだから、ゴキブリを忌み嫌って『G』と呼ぶように、奴らのことを『C』と呼ぶ人も多い。
もちろんこれは明確な規約違反であり、チートの使用を発見し次第、運営はそのアカウントをバン――停止することができる。
リキュさんもすでにヤツの不正を運営に通報していた。
しかし最近のオンラインゲームは、ゲームを無料で配布してまず遊んでもらい、そのあとでゲーム内のアイテムに課金してもらって利益を回収する、という手法が増えている。
それをいいことに、ヤツらは何度バンされようと無料でアカウントを作り直し、新たなチーターとして蘇る――そんなイタチごっこが延々とくり返されていた。
ゲームがプログラムで動く以上、外部ツールの使用は完璧には防げないらしく、運営の措置で一時的にチーターの数を減らすことはできても、現状、再出現までは防げないのだった。
だから今回の件は、ヤツが一刻も早くバンされることを祈りつつ、運が悪かったと割り切るしかない。
さもなければ、ゲームのほうを辞めてしまうしかなかった。
そんな不幸な目に遭ったばかりのリキュさんはというと、笑顔を取り戻してこう言った。
「ま、あいつが試合をやってるうちに別のマッチに行っちゃおう」
……だけどこれは、地獄の始まりに過ぎなかったのだ。
新しい試合の開始から一分と経たずして、またもやリキュさんが瞬殺された。
その直後、コメントの誰かが指摘した。
『こいつ、さっきのと同じヤツじゃね?』
リキュさんの眉間にしわが寄る。言われてみれば、この敵の名前――ローマ字をランダムに入力したような発音できない名前だけれど――確かにこんな並びだった気がする。
ゲーム配信者には、スナイピング、ゴースティングというものが、しばしば襲いかかる。
意味を大まかに説明すると、スナイピングとは、配信を見ながら同じタイミングでマッチングを開始して、同じ試合に参加できるように狙うこと。
ゴースティングとは、試合中に配信を覗き見て、その人がマップのどこにいるかをリアルタイムに把握することだ。
これをされると、配信者は圧倒的に不利になる。
特にバトロワでは、位置バレ=死に繋がるため、シャレにならない。
それがチーターともなれば、ピクリとも笑えない。
「……んー」
思案げな声を出したリキュさんは、再度、通報して、すぐに次の試合に移った。
そしてまた、マッチ開始直後に同じ相手に倒された。
しかもそいつは、地面に横たわったリキュさんのキャラに向かって、あろうことか銃を乱射し始めた。
人を煽るためだけの暴力的で最低な行為――死体撃ちだ。
『うっわ……』
『きもすぎ!!!』
『コイツほんとに人間か?』
『クズにもほどがあるだろ……』
全身を逆撫でされたような不快感。
私がやられたわけじゃないのに、この看過できない屈辱感は何なのか?
こんな悪意を平気でぶつけてくるコイツの目的は、いったい何なのか?
そもそもこの、心があるとも思えない相手に、目的なんてあるのだろうか?
わからなかった。わかりたくもなかった。
「……とりあえず、サーバーを変えてみようか」
それでもリキュさんは冷静で、顔は険しいままだったけれど――害意から逃れるための手段を取った。
だけどこれも当然と言うべきか、ヤツはリキュさんの配信を見ているのだから、どこのサーバーに移動したかも把握していて、だから次の試合も待ち合わせしたかのように現れ、恥も外聞もなく同じ行為をしてきた。
『サーバー変えるとこからマッチするまで画面隠すしかないんじゃない?』
コメントでそんな提案があった。スナイピング対策として有名な方法だった。
しかしリキュさんは、
「チート使ってるクソみたいな奴のために、そこまでするのもなあ……」
と渋い表情を見せたのち、何度か頷いたかと思うと、
「わかった。もう常にチーターが来るもんだと思っていろんな戦法、試してやる」
この、理不尽に訪れた苦境を、新しい遊びのように変換してみせた。
……その結果は、しかし芳しくなかった。
確かに数回はチーターを撃退する場面もあった。それがリキュさんの凄いところで、そのたびにコメントは大盛り上がりを見せた。
中には、
『死体撃ちやり返そう!』
という過激派もいたけれど、それに対してリキュさんは、
「やらないやらない。クソ野郎と同じことやったら俺もクソ野郎になっちゃうし」
と、非常にクールでカッコいい答えを返した。
だが、奴の気の狂い方は常軌を逸していた。
チーターがスナイピングとゴースティングしてくるという最悪の粘着は、なんと五時間にも及んだのだ。
逆を言えば、リキュさんは勝ち目のほとんどない相手に五時間も挑み続けたわけで、それは賞賛に値する勇気だったけれど、そのぶん疲労もひどそうだった。
そうして、夜の七時から始まった配信は、深夜二時過ぎに終わりを告げた。
チーターに粘着されていることがSNSで広まったのか、視聴者は4000人にまで増えた一方、リキュさんのランクは452位まで降下した。
リキュさんはカメラに視線を向けることもなく、
「こんな放送に付き合ってくれてありがとう。……お疲れさま」
深いため息のような声で呟いて、配信は閉じられた。
『本当にお疲れ様』
『リキュさんはよくやったよ……』
『嫌なことは寝てさっさと忘れよう』
『ゆっくり休んで』
『チーターがいなくなるといいね』
配信が終わってもコメントを送ることは可能で、そこには労いの言葉が並んだ。
しかしその中で一つだけ、目を疑うようなコメントがあるのに私は気づいてしまった。
『対戦ありでしたw』
そのコメントを打ったアカウント名は、もはや見間違えようがない。この五時間ずっと憎むべき対象として見ていた、チーターと同じ名前だった。
瞬間、私の中で何かが弾けた。
配信中にチーターが現れると、コメント欄は一気に攻撃的になる。死ねという言葉が平気で飛び出すし、逆にチーターが倒されれば、それまでの鬱憤を晴らすように、なじる言葉が飛び交う。
私はこれまで、そういう攻撃的なコメントを控えていた。思うことはあっても、思うだけに留め、絶対に言わないようにしようと心に決めていた。
だけど今回のは我慢ならなかった。
リキュさんが可哀想だという気持ちは、もちろんある。ゲームだからといって、偽りの力なんかに誰かの努力が踏みにじられてはならないし、個人をターゲットにして長時間いたぶり続けるなんて嗜虐だって、決して許せることではない。
けれど何より、私が傷ついていた。見たくないものを見せられた。楽しい時間を奪われた。怒りたくなんてなかったのに、甚だしい怒りに感情が支配されていた。
だから私は、心からの願いを込めて打った。
『チーターは一人残らず死んで欲しい』
コメント欄はチーターの煽りに対する怒りで溢れていて、私のコメントもすぐに溶け込み、流れて見えなくなった。
深く椅子にもたれかかる。
暴言を吐いて発散した結果か、ただ単に時間に慰められただけか、次第に感情が落ち着いていく。
若干の後悔。けれどそれは自分の決め事を破ってしまったことに対してであり、
チーターに対する思いは変わらなかった。
まあいいや。私も寝よう。
誰かが言っていたように、嫌なことは寝てさっさと忘れよう。
そう思ってブラウザを閉じようとして――エイムがずれた。×の左にある縮小をクリックしてしまい、ウインドウが小さくなった。
私は若干むっとなりつつ、なんとなく最大化に戻して、それからまた×を押そうとしたところで、ふと気づく。
コメント欄とはまた別の、個人同士で会話ができる場――ウィスパーに、新しいメッセージがある。
いったい何だろう?
あまり考えないままメッセージを開くと、知らないアカウントからこんな文章が届いていた。
『初めまして! チーターを憎むあなたの強い思い、しかと見届けました。そこで僕から一つ提案があるのですが、どうでしょう? とりあえず聞くだけ聞いてみてはいただけませんか?』
……スパム? にしては、しっかりと私に向けられたメッセージのようだった。
あるいは、チーターに暴言を吐いた全員に送信されたものなのかもしれなかったけれど、私はその言葉に従い、聞くだけ聞いてみることにした。
不快な文章や怪しいURLが返って来れば、ブロックすればいいのだし。
『提案とは?』
返信はすぐにあって――
私はその信じがたい内容に、とても強く惹きつけられた。
『はい。実は僕、オンラインゲーム界に存在する全てのチーターを殺し尽くす予定なのですが、その手伝いをしてみる気はありませんか?』
全五話の予定です。
* * *
チーターは全員Jump Kingクリアするまで寝られない体になれ!
チート使わずにな!