ヤナの力 1 ☆
今日も日々更新達成です!
ようやく、ヤナちゃんの魔法が判明します!
ヤナの父ちゃんのシュウさんメインです。お楽しみください!
※行間など修正しました(2020/10/13)
※3点リーダ等の微修正を行いました(2020/10/19)
シュウの義理の母が愛娘と共に連れてきた少女。いや、少女と大人の女性の中間地点にいる、といったところだろうか。
この辺りでは見かけない、真っ直ぐな見事な黒髪が美しい。陶器のようにきめ細やかな肌、大きくて切れ長な瞳はやや茶色だ。スラっとした身体は見るものに清々しさというか、軽やかな印象を与える。顔つきはこの辺りではやはり見かけない作りで明らかに異国の血が入っているが、十分美しい範疇に入るだろう。この容姿だとシエラルドでは目立ちそうだが、他国民の流入が多い大国ダルタニアなどにいけばそこまで目立つこともないとは思う。
ハルナが花夏との出会いと、これまでに分かったことを一から説明してくれている間、シュウはずっと花夏を観察していた。
なんとも風変りな子だ、と思う。
魔力を持つ人間が他者を見ても、その人物が魔力を持っているかどうかはすぐには判別つかないのが普通だ。じっくりと観察し、波長を感じ、読み取ることでその人物にどれほどの魔力が備わっているかが分かる。
稀に、生まれつき特殊な血統を持つ人物などの場合波長を探る以前に強力なオーラが見えることもあるが、と同時に多大な魔力の圧力も感じる。これは、国土調査隊に割り振られる【何でも屋】の任務の際学んだことだ。通常の貴族は、余程の機会に恵まれぬ限りこのことは知るまい。
この子からは、圧と感じられるほどの魔力は感じない。ほんのりと感じられる魔力はあるが、彼女の印象と同じ穏やかな波長のもので、他者に威圧感を与えるような類のものではない。
が、しかし。
であれば、これは一体どういうことなのだろうか?
自身の魔力を使ってよく目を凝らしてみると、彼女の周りには乳白色のような、金色のような、輝くオーラが視える。
(容量と、中身が釣り合っていない?)
話を聞いた当初はすぐに信じられることはできなかったが、ハルナの言葉通り本当に花夏が異世界からやってきたのであれば、その可能性はある。今まで魔法と無縁の地にいたのであれば、こちらに来てから影響を受け始めたため魔力量が少ない……なので蓄積中、ということだ。
(本当なんともいえないね、こりゃ)
現時点ではここまでしか分からないかもなぁ。
そろそろ花夏のお茶が空になりそうなのを見計らって、花夏のためにお風呂の準備をしに席を立つ。
「すぐにお風呂に入れるから、ちょっと待っててね」
どうやらすごくお風呂に入りたそうなので、少し急いでやろうか、と思う。ささっと浴槽を洗い、桶に溜めていた水で流す。レンガサイズの石を排水口の上に置き蓋にし、外に出るのも面倒なので、魔法を使って外にある井戸水のポンプを漕ぐ。直接みないと失敗することもあるが、勝手知ったる我が家だ、問題ない。
(問題は、見えない分激しく漕ぎ過ぎちゃうことがあることなんだけどね)
今回は問題なく漕げたようで、すぐに水が流れてきた。キッチンで使う時は、キッチンにある切り替え弁を左右に切り替えればいい仕組みになっている。任務の際他国で見かけた仕組みを真似してみたのだが、悪くない。
勢いが弱くなるとまた漕ぐを繰り返しているうちに、水はあっという間に溜まった。先ほど使ったものと同じ発火石をぽちゃんと入れる。これは風呂用に魔力の出力量が調整されているものなので、熱湯になることはないので安心だ。
(さて……と)
それまで緩んでいたシュウの表情が、一瞬だが真剣なものとなる。恐らく、ハルナの話はここからが本番だろう。恐らく、どう切り出すべきが、迷っているのに違いない。
「カナツちゃん、もうすぐ入れるから、お湯になるまでもうちょっと待ってね」
そう言って先ほどまでの席に今一度座る。
「はい、ありがとうございます」
花夏は嬉しそうに顔を紅潮させている。余程風呂が好きなんだな、とシュウはくすりと笑った。
おもむろに切り出す。
「お母さん、それで、僕に話したいことって何でしょう」
ハルナはふっと笑う。
「本当あんたは昔から鋭いね」
「職業柄、致し方なく」
「だろうね」
息を一つ吐く。
「――ヤナのことだ」
「……あれから何か変化が?」
前の春に会ったのが最後だ。
「カナツが来てからはない」
シュウが眉をひそめる。
「それは、どういう……」
目の端には、訳がわからないだろうに邪魔にならぬよう精一杯大人しくしてくれている花夏がちらりと映る。
ハルナは、花夏に話を聞かせるつもりなんだろう。であれば、回りくどく話しをする必要はない。探り合いはやめだ。
「お母さん、はっきりと仰って下さい」
「まず、カナツに事情を説明してあげてもいいかい?」
シュウははっとした。そうか。母は、ヤナの父親である自分に承諾を得てからでないと、一緒に住む花夏にすら話すつもりがなかったのだ。
(――なんとまあ、律儀なことだ)
毎度、ハルナの深慮には感服せざるを得ない。彼女の歩んできた道がそうさせるのだろうか。
「……問題ありません」
どうぞ、と手で促す。ありがとう、と頷いて、ハルナは花夏に顔を向けた。
「カナツ、ヤナの魔法について話していなかったことがある」
ハルナは、花夏がきちんと理解できるまで、丁寧に説明してくれた。シュウも、時折補足説明をしてくれた。
ヤナは、元々この家に父であるシュウと、母親でハルナの娘のセリーナと3人で仲睦まじく暮らしていた。
始めに疑問を持ったのは、父親のシュウだった。
大人の口真似をするのは、子供にはよくあることだ。だが、まだ1歳を過ぎたばかりだというのに、ヤナの言葉を覚えるスピードは異常なほど早かった。たまに、まだ小さいのにきちんとおしゃべりができる子はいるはいる。ただ、ヤナのそれは、今まで見知っていた例のどれにも当てはまらなかった。話す言葉は、まるで書いてある文字を読むかのようだった。
また、よく人の感情を読む子だった。セリーナが怒ると、何故怒っているのかを言い当てる。セリーナが楽しんでいると、楽しんでいる理由を告げる。
生まれてからずっと一緒の時間を過ごしてきたセリーナから見たら、少し鋭い子ではあっても、同じ時間を過ごしているのだ。話題は共通のものばかり。気付かないのも致し方ない。
ヤナが生まれてしばらくして国土調査隊の隊長に昇格したシュウは、以前よりも度々家を空けるようになった。隊員でいた頃よりも、遥かに『話してはいけない』機密事項を抱えるようになった。国家の行方に関わるようなことも多々あるからだ。
忙しくても頑張ってなるべく家に帰り、愛する家族と過ごすように心がけていた。日ごろは家にいる時は意図的に任務についての事は頭から追いやるようにしていた。
だから、その時は油断していたのだ。パチパチと静かに爆ぜる暖炉の焔をゆったりとなだめていた。膝には、ウトウトとするヤナ。
その焔を眺めていて、前回の任務で魔物に襲われたことを思い返してしまったのだ。
ダルタニア方面からの帰路、深い森の中でのことだった。今まで何度も通った道だったが、これまで一度たりともこの森では魔物に出くわしたことがなかったので、シュウと部下のサルタス、リーはあまり気を張ることなく雑談をしながら歩みを進めていた。ダルタニアでの任務が無事に片付いたという安堵もあった。
そろそろ野営しようか、と、旅人たちには比較的知られている森の中の野営地点に着き、焚火を設置し荷をほどいていると、突然リーが叫び声を上げた。
「うわあ!! た、隊長、魔物です!」
シュウとサルタスが急ぎ武器を手に持ち向かうと、武器を手に持っていなかったリーが腹から血を流して倒れていた。
「リー!! しっかりしろ! 大丈夫か!? 魔物はどこだ!?」
シュウがしゃがんで慌てて部下を抱き抱える。リーが、咳き込んで口から血を吐いた。内臓がやられている!
急いで服の前を開き傷口を確認して……シュウは、そっと服を閉じた。血が喉に詰まらぬよう、少し横向きにさせる。
「リー、悪いが少し耐えてくれ」
リーが、涙目で微かに頷く。息が荒い。急がねばなるまい。
シュウは、闇の中の気配を探る。サルタスも、同様に周辺を魔力で探る。
……いた! 木陰から、こちらの様子を伺っている闇の気配がある。
「――お前は、許さない」
見えない大きな手で、魔物を掴む。そのまま、その心の手で魔物を火の光の元へと引きずり出す。怒りの為だろう、思っていたよりも魔力を放出してしまったのか、魔物を引きずり出すと同時に魔物の周りの木々をもなぎ倒した。
『手』を少し持ち上げると、シュウによって動きを縛られた、熊のような、だが明らかにクマではない爪と蝙蝠のような羽を持つ魔物が空中に浮かんだ。
シュウの魔法は、日頃は浮遊術と簡単に呼んでいるが、正確には見えない魔法の手を操ることだ。この魔法の力を持つが故に、シュウは隊長まで昇り詰めることができた。利用方法によっては、汎用性が非常に高い魔法なのだ。
「サルタス! いまだ!」
「はい!!」
サルタスが、自身の武器である槍に魔法で焔を纏わせ、渾身の一撃を魔物に喰らわせた。
魔物の弱点は、身体のいずこかの箇所にある魔石。魔物の心臓そのもののその石を砕くと、一瞬で塵となって消える。
動けない的を狙うのは容易い。そして、この魔物の魔石は、分かりやすく魔物の額の真ん中に位置していた。
サルタスの攻撃で、魔物が塵となり風に流され……消えた。
「よくやったサルタス! リーの元へ急ごう!」
「はい!」
急いで、焚き火の前で横になるリーの元へ向かう。
「リー、しっかりしろ!」
「た、隊長……サルタス……不覚を取りました……」
かなり息が荒い。横でサルタスが男泣きに泣いている。心配させてどうする! と叱ろうとしたが、シュウ自身の目からも涙が溢れていることに気づき、――やめた。
「……楽しかったです。大変だったけど……、な、仲間がいて、……ありがとうございました」
すでに死期を悟っている者の言葉だった。
「……何か、言い残すことはあるか?」
非情かもしれない。だが、困難な任務を共に乗り越えた仲間であると同時に、シュウはリーの上司だ。残される家族に、最期の言葉は伝えねばならない。
「母に……後悔はないと伝えてください……」
「わかった。他にあるか……?」
「隊長にお願いが……ここで、私を焼いて行ってください……。優しかった両親に……この姿は見られたくありません……」
指にはめていた指輪を震える手で抜き取り、
「これを、母へ……」
シュウへ手渡したところで、手から力が抜けた。
「おい! リー!」
力が抜けたリーがゆっくりと目を閉じる。その目尻から涙が一筋流れ、荒かった呼吸が、止まった。リーの血が流れている口の端には、何ともいえない優しげな笑みが浮かんでいた。
その夜、リーの遺言通り、優しくマントに包まれたリーは煙となって空へと昇った。
……暖炉の爆ぜる焔が、あの時の送り火を思い出させた。後悔の念がシュウに押し寄せる。
すると、膝の上で寝ているヤナが、スヤスヤと寝たまま喋り始めた。
「『僕が油断してたからリーが死んだ……すまないリー……連れて帰りたかった……リー……』」
シュウの心臓が飛び上がる。
――何故、ヤナが。
「『なぜヤナが……僕の……を……知ってる……』……ぐー」
ゆっくりと、深く長く息を吐き。
「これが、ヤナの魔法か……!」
小さく囁いた。
これで、今までのヤナの異常なまでの言葉を覚えるスピードの速さに納得がいった。ヤナは、人の心を読んでいたのだ。
その後、セリーナにも状況を説明し二人であれこれと試してみたところ、心の中に絵を思い浮かべてもヤナには分からなかったが、難しそうな本を持ってきてヤナに見せないで心の中で朗読をすると、言葉の意味は分からないなりに心の声そのままを復唱できた。つまりヤナは心を読んでいるのではなく、人の心の中の言葉を文字通り『聞いている』のだ。
――なんという力だ。
そのような魔法は、聞いたことがない。いや、ここに実際存在するのだ、過去に例があるかもしれない。文献を漁ってみる価値はあるだろう。
セリーナは、呑気に「ヤナはすごいのねえ~」とニコニコしているが、これは実はとてつもなく恐ろしい力でもある。セリーナのように裏表のない人間であればあまり気にすることはないのかもしれないが、これが裏表のある人物、特に機密事項を知っているような人間に知られてしまったら。
うまく利用されるか、最悪…他国に利用される前に消される可能性がある。
自分の娘をそんな危険な目に合わせるわけにはいかない。幸い、今のところヤナがスラスラと心の声を聞くことができるのはセリーナのみで、これはお互いの絆の強さが影響していると思われる。残念(?)ながら、シュウが本を朗読しても、ヤナには聞こえなかった。離れている時間が長いからだろうか、仕事のせいだとは分かっていても……ちょっと悔しい。
前回シュウの心の声を聞いたのは、おそらくシュウも一切警戒をせず、ヤナも寝ていてストッパーがかかっていない状況だったためだろうと推測される。
また、強い心の声であれば聞こえる時もあるようで、花を愛でるヤナを見て(なんて可愛いんだ!)と心の中で叫んだところ、くるりと振り向いて「ヤナかわいい? ふふ」と喜んでくれた。やはり可愛い。
今のままであれば、いずれヤナもそれが口から発せられた言葉なのか心から漏れ出た言葉なのかを理解できる日が来るだろう。それまで、自分たち両親がしっかりと護ってあげればなんとかなるのではないか。
今度城にある図書室で文献を漁ってみようと考えつつ、それでもこの時点ではシュウはまだなんとかなるだろうなどと気軽に考えていた。
―――あの日が来るまでは。
過去の回想、次回も続きます。呑気そうなヤナちゃんの意外な過去、お楽しみに!
明日(2020/8/29)も更新予定です。