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ふたつの月

ふたりの久々の再会とは。


お楽しみくださいませ♪

 アスランは暗闇が支配する森の中を進んでいた。木々の隙間から差すふたつの月の明かりで行く先は十分照らされている。


 もうあと少しでダルタニアに入る。焦る気持ちだけがアスランより先へと進んで行く。あの気持ちに追いつけば、いずれ花夏に会える。そう信じて進むしかなかった。


 すると。


 暗闇の中に突如現れたのは、森の暗闇よりも更に深い闇。アスランの足が一瞬止まる。


 闇の奥に、ずっと求めていたものが見えた。


「カナツ……!」


 光があった。アスランがずっとずっと追い求めていたあの淡い金色の光が小さく、だが強く闇の奥に見えた。


 闇がアスランを吸い込もうとする。


 吸うスピードよりも早く、アスランは闇の中に飛び込んだ。闇の中は流れるような光の線。花夏に続いている唯一の道だった。

 

 流れに身を任せて、両手を伸ばす。



 光を両手で抱き締めた。







 冷えた外気と共に、ユエンの目の前にいきなり男が現れた。ベッドの前に立っていた花夏をきつく抱き締めている。


 アレンが花夏を呼び寄せた時も同じようにいきなり空間から現れたという事だったが、ユエンがこれを実際に見るのは初めてである。本当に人がひとり闇の中からポンと現れて、ユエンは少なからず感動していた。


 やはり、この王は凄い。


「カナツ、カナツ、ああやっと会えた……!」


 恋に狂った男の、女を強く求める声が聞こえた。細いがかなり背が高い。花夏は抱きすくめられてしまい顔が男の胸に埋もれていた。


 ユエンはじっくりと観察する。これが、現在の青月の化身、カラドだった。だが青月(カラド)の名の印象とは違い、髪は見事な赤銅色をしている。顔は花夏の頭に埋もれてしまっており確認できないが、頬の線は引き締まっているのは確認が出来た。


 男は全体的に薄汚れている。よく見るとあちこち枯葉のカスがくっついていた。森の中を突っ切ってきたのかもしれない。頭にも葉が乗っかっていた。


 花夏がジタバタしている。ユエンは思わず笑ってしまった。


「君、アスランだっけ? カナツが息出来なくて苦しそうだよ」

「え? あ! ごめんカナツ」

「ぶはっ」


 花夏がようやくアスランの力いっぱいの抱擁から解放され息をした。鼻の頭が赤くなっている。押し潰されたのだろう。肩で息をしていた。


「はは、よかったね」


 ユエンがアスランに話しかけると、ようやくアスランがユエンの方を見た。


 幼さがまだ残るが、恐ろしく整った顔をした男だった。緑の瞳が男のユエンですら吸い込まれそうな程に輝いている。すっとした鼻筋、軽く開いた唇は薄くまるで精工な人形のようだった。


 アレンと並ばせたら、どちらが勝つだろうか。


 ふとそんな事を思いついた。だがどちらかというとこのアスランという男の方が男の顔をしている。アレンは中性的だ。完全に女性の顔をしている花夏と3人並べたら、整った顔の品評会でも開けそうだった。月の魔力というものは人間に美しさを与えるのかもしれなかった。


「あんたは?」


 まるで警戒する野生動物だ。ピリピリと神経を尖らせているのが分かる。


 ユエンは安心させるように笑った。どんなに性格が捻じ曲がってようが、見せようと思えば人好きのする笑顔くらいは作れるのだ。


「俺は傍観者だ。敵でも味方でもない。ただ進行を手伝うだけの黒子。だからそう警戒しなくていい」


 それでも怪しむようにユエンを見ている。花夏に巻き付けた腕は取る気はないらしく、花夏とぴったりくっついている。余程好きなのだろう。


「今この場に君を傷つけようとする人間はいないよ。ね? 陛下」


 段々気安くなってくるユエンの態度に若干引き気味のアレンであったが、それでも素直に頷いた。


「カナツと話をした。カナツと結婚する気はもうないから安心してくれ」


 アスランがアレンに初めて気付いたかのようにアレンを見た。本当に花夏しか目に入っていなかったようだ。恋は盲目といえど、程度がある。アスランのそれは度が過ぎているようにユエンには思えた。アスランが目を細めてアレンを見つめる。アレンの赤眼を見て瞬時にこの人物が誰なのかを理解したのだろう。少し構えるような体勢を取った。勿論腕の中の花夏は離さない。


 ここまで好かれてしまうと花夏も大変だろうな、とユエンは少しだけ同情を覚えた。ユエンだったらごめんだった。つかず離れず位の距離感でないと窮屈で仕方がない。


 だが、このふたりはふたつの月の化身だ。これ位の吸引力がないとそもそも機能しない仕組みなのかもしれなかった。


「アスラン、本当に大丈夫だから。ね? 急に呼んでびっくりした?」


 花夏がアスランの腕の中でアスランを見上げる。アスランが花夏のおでこに軽くキスをした。王の面前で何やってるんだか。ユエンは呆れた。


「大丈夫。会いたかったから、飛び込んだ」

「アスラン、顔色悪い。やっぱりちゃんとご飯食べてないでしょ?」

「だって早く会いたかったし」


 今度はじゃれ合い始めた。だがこの流れは悪くないのでユエンも乗る事にした。


「お風呂も沸かしてあるし、着替えもあるよ。軽食だけど食べ物も用意してあるから、まずはゆっくりしてよ。俺と陛下はお邪魔だろうから、今日はひと晩ここを使っていいって。ね? 陛下」


 アレンはもう諦めたのか、小さくひとつ息を吐くと頷いた。


「イリヤのところに居るようにする」


 アレンが花夏にだけ分かるように言った。準備が完了したらそこに来いという指示だった。


「まあじゃあごゆっくり。さ、陛下掴まってください」


 ユエンがさっと腕を差し出す。まだ体力が回復していない上に、先程セシルに強力な魔法(ちから)を使用したばかりでフラフラだ。アレンが片眉を上げたが、何も言わなかった。


 アレンを支えながら王の自室の外へと向かう。背中にふたりの月の視線を感じたが、振り返るのはやめた。


「あ、鍵忘れずに」


 それだけ言い捨てて扉を開け、パタンと閉じた。アレンがユエンを横目で見る。


「何です?」

「……いや。変人だな、お前は。カルセウス殿が怖くはないか?」


 ユエンは笑った。


「何を今更。そのように俺を育てたのはあの人ですから、文句があったらあの人は自分を責めなくちゃならないでしょう」


 シュウから見たらユエンの行動は明らかな裏切り行為だろう。だが、これ以外道がなさそうなのもきっと分かる筈だ。あの男なら。


「頭のいい人です。分かってくれます」


 取り戻せなくなってからなら。


 その言葉は発さず、ユエンはイリヤの待つ執務室へとアレンの歩調に合わせてゆっくりと向かった。







「とりあえず、お風呂入ったら? 泥だらけだよアスラン」

「まあもうずっと風呂入ってなかったからな。じゃあ入る」

「隣の部屋にあるから、こっち」


 身体に回された腕を片方取って、引っ張る。花夏の綺麗好きをよく分かっているアスランだ、抵抗する事もなく素直についてきた。


 何だか罠に引き寄せているようで若干罪悪感がないでもないが、だがこれまで頑なだったアスランをその気にさせるには花夏はもう待っているだけでは駄目なのは流石に理解していた。


 ばれない様に勇気を振り絞る。


「私も入ろうかな」

「そう? じゃあ花夏先でいいよ」

「一緒に」


 アスランの足がぴたりと止まった。花夏がアスランを見上げると、目を見開いている。驚かせてしまったか。


「……どうしたの」


 どうしたのはないだろう。人が折角勇気を出したのに。こういう場合は何と返すのが正解だろうか。


 考えても分からない。だから、思っていた事をそのまま口にした。


「駄目? アスランと離れて寂しかったから」


 アスランの顔が近付いてきた。花夏の口にそっとキスをする。


「……駄目じゃない」


 また顔が近付いてきた。花夏は力を抜いてアスランを受け入れる。アスランの吐息。下唇を食む優しい力加減。絡む舌すら優しくて、ずっとこれが恋しかったんだと気が付いた。


 何度も何度も口づけを交わす。離れたくなくて、でも苦しくて息をしてまた交わして。


「あ、でもそうしたら先に何か腹に入れる」


 アスランが急に現実的な意見を述べた。この流れでそう来るか。少し意外に思ったのだが、アスランの真意は別のところにあったのがすぐに分かった。


「食っとけば体力持つだろうし。カナツだってその方がいいもんな?」


 緑色の瞳を輝かせて花夏にもう一度キスをした。


「よし。食べる」


 アスランが気合いを入れて言った。アスランはキラキラしてて眩しかった。いや、ギラギラか。


「ま、まあじゃあ食べようか。どっちにしろこっちの部屋だから」


 アスランの腕を引っ張って隣の部屋に行くと、昨日花夏が睡眠をとったベッドの脇のテーブルに山盛りになった軽食が用意されていた。アスランは相当食べるから、とユエンに言ったところ、かなりの量を用意してくれた。この国の指揮系統は一体どうなってるんだと疑わずにいられなかったが、どうもアレンの面倒を見る係の人間と仲良くなったらしく融通を利かせてもらっていたらしい。


「いただきます」


 パクリとアスランが大きな口でパンに総菜を挟んだ物を食べ始めた。あっという間になくなる。花夏が隣でアスランを見ている内に、山積みになっていた食事はどんどん少なくなり、とうとう全てアスランの腹の中に納まってしまった。


「相変わらずよく食べるね」


 花夏が感心する。これだけ食べても腹は出ない。筋肉がしっかりとついているからだろうか、膨らみすらしないのは流石というか。


「ごちそうさま。――さて」


 アスランが花夏を振り返った。緑色の目は、肉食獣の目をしていた。花夏の心臓が飛び跳ねる。覚悟はしている。したつもりだったが、いざとなるとどうしても一歩引きたくなってしまう。


「風呂、入ろうか」


 にっこりと笑うと、花夏を横抱きに抱えて立ち上がる。


「わ」


 何だか照れくさい。あれだけ会いたかったのに顔を見るのが恥ずかしくて仕方がない。


「カナツ、俺を見て」

「う、うん」


 上目遣いになってしまったが、アスランを見た。時折花夏に見せていた、あの花夏を欲しがる表情を浮かべていた。何度も何度もこれを見ては誤魔化した。本当は分かってはいたけど、分からないふりをしていた。


 随分と待たせてしまった。アスランはずっと待って、耐えてくれていた。殆ど何も食べず、花夏に再び出会う為に走り続けて。


 何と声をかけてあげればいいだろうか。花夏は考えた。アスランが喜ぶ言葉をかけてあげたかった。


「アスラン」

「ん?」


 花夏を見下ろすアスランのその表情は、只々(ただただ)優しいものだった。


「待たせてごめん。大好きだよ」

「ありがと。俺も大好き」


 アスランが花夏の唇を奪う。


 そしてふたりは、ゆっくりと風呂場へと消えていったのだった。


次回は明日、または明後日投稿予定です!

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