準備
アレンと花夏が協力します。
お楽しみくださいませ♪
アスランは森の中で休憩していた。流石に寝ずに走り続けるにも限度がある。花夏を奪い返す体力を温存する為には睡眠は必須だった。
少しだけ。ほんの僅かな間だけ寝よう。
そう考え僅かな間意識を手放した。アスランの意識ではほんの僅かな筈だった。なのに、ハッと目を開けると目の前は暗闇に包まれていた。自分の手すら見えない。
空を見上げると、木々の隙間から星空が見えた。アスランの脳裏にカコの森の記憶が甦る。花夏と初めて出会った奇跡の場所。上も下も全てが星の瞬きに包まれていた。
「カナツ」
そう、その花夏は今ダルタニアの赤眼の王に囚われている。花夏の光を感じた。あの方向に花夏がいる。
あそこに早く行かなければ。
アスランの中で花夏を求める気持ちが爆発するかのように溢れ出す。これはカラドとしてだからか、アスラン個人としての気持ちか。もう分からなかった。
ただ会いたい。会ってこの腕の中に入れて、はにかむ彼女を見て満たされたかった。あの瞳であの唇であの声で呼んでほしかった。自分の名を。
アスランは立ち上がった。立った瞬間身体がふらついた。もうしばらく水以外ろくなものを口に入れてなかった。鞄の中に残っていた乾燥肉を何度も何度も口の中で咀嚼して空腹を我慢して。
会いたかった。会いたい。何故ダルタニアの王は花夏を自分から奪うのか。花夏は今何を想っているのか。
その心は、今もアスランに向いているのか。
嫉妬、嫉妬だ。花夏を信じたい、でも信じきれない。花夏はいつも迷っていた。いつもアスランを受け入れていいのか迷っていた。ずっと何もかもから逃げてきたアスランだ。恵まれた容姿はあっても、花夏を想う心は誰にも負けないが、でも、頼りないと思われても仕方ないのは自分でも理解していた。
アスランは花夏がいないと一箇所に留まることすら出来ない。花夏には自分の存在が重いだろう事も分かっていた。でも、それでも好きで会いたくて抱きしめたくて、これを止める事など出来ないのだ。
花夏は全てだ。アスランの全てだった。
アスランはふらつきが治るのをしばしじっと待つ。段々と治ってきた。だが、これ以上無理すると今度は肝心な時に力が入らなくなる可能性があった。
明日は町に入り何か食べよう。そう決め、また歩き始めた。
「じゃあおやすみ。ユエン、任せたよ」
シュウがやや不安げな表情で王の自室に残る花夏とユエンを見た。昨日は床で寝てしまった為、流石に連日花夏の横で寝るのを花夏本人に止められてしまった。シュウは別に床でも構わないから花夏の傍にいたかったのだが、ユエンに顔色が悪いと指摘されてしまい渋々用意された自室に戻る事になった。
「大丈夫ですってば。この部屋からは出さないから」
ユエンがしっしっと手で追い払う。自国の宰相に対して随分な扱いではあるが、この程度ではシュウが怒らない事はユエンは理解していた。
「全く……」
「いつまで未練がましく立ってるんです、寝ないと明日も激務なんじゃないですか」
「分かったよ分かったよ。寝ます。花夏ちゃんおやすみ」
「シュウさん、おやすみなさい」
花夏がにこやかに挨拶をした。シュウの広い背中が扉の奥に消え、見えなくなった。
花夏は小さく息を吐いた。これでシュウは朝まで気付かない。
こんな別れで本当によかったのか、シュウがショックで自暴自棄にならないか心配ではあったが、シュウにはヤナがいる。一瞬忘れたとしても、すぐに引き戻してくれるユエンがここにはいる。シュウは大人だ。きっと、きっと大丈夫だろう。
そう思い込むしかなかった。
「じゃあ俺も退散した方がいいのかな?」
眠そうな顔で伸びをしているセシルが扉に向かうと、ベッドの上のアレンが止めた。
「セシルはその前にやる事がある」
「やる事?」
花夏もユエンもアレン同様セシルを見ると、全員の視線が一度に集まったせいかセシルが動揺した。
「な、何だ何だ皆して。というかお前らいつの間にそんな仲良くなったんだ?」
「別に仲良くはない。ただ利害が一致しただけの共闘関係だ」
アレンが冷たく言い放つ。花夏も異論はないので小さく頷いてみせた。
何か自分の把握していない事が起きている。セシルはそれを感じ取ったようだった。
「利害……? お前達、何を企んでる?」
アレンが肩を竦めた。
「別に企んじゃいない。全てを僕達の都合がいいように考えてくれたのはセシルの師匠だよ」
「え? イリヤが? どういう事だ? 俺にはさっぱり理解が出来ないんだが」
ユエンがセシルの背中を押してベッドの前の椅子まで連れてくる。
「まあまあ、こちらへどうぞ」
「ちょっと待て、今から俺は何をすればいいんだ?」
「セシル様はとりあえず座ってればいいんですよ。ですよね? 陛下」
「ああ、それでいい」
アレンが冷たい表情のまま答えた。
「いいから座れ」
「……分かった、ちゃんと座るから説明してくれ」
セシルが不承不承ながら座った。
アレンが花夏に一瞥をくれた。
「カナツ、来い。お前の中の魔力と僕の中の魔力を足さないと足りない。本当大分吸い取ったな」
「仕方ないでしょ、私だって加減なんか分からないんだから」
始めこそアレンは畏怖の対象でしかなかったが、実際腹を割って話してみたら何のことはない、ただの恋する男だった。
とにかくこの赤眼の王の頭にはセシルの事しかない。何故そこまでセシルがいいのか花夏にはさっぱり理解出来ないが、花夏がどうしてもシュウではなくアスランがいいのと同じ理由なのかもしれない。つまり、恋は盲目だという事だ。だが、手に入れられないからこそ、セシルの気持ちがアレンを向かないからこそここまで欲するのかもしれなかった。
花夏がベッドの枕元に腰かけた。流石王のベッド、ふかふかだった。あまりにもふかふか過ぎてずっと寝てたら腰が痛くなりそうだった。
アレンがふ、と笑う。
「後でこの場所を貸してやる。多分この国一番の上等なベッドだからな」
「ななななんて事言うのよ!」
ついペチンとアレンの腕を叩いてしまった。表現がストレート過ぎるにも程がある。
「く……ふふ」
アレンが肩を震わせ始めた。
「お前、この僕を叩くなんて度胸あるな……あははは!」
アレンは笑っていた。目尻から涙を流して笑っていた。花夏を指さす。
「何だその顔、真っ赤じゃないか! 本当初心だなお前! くくく」
「え、そんなに赤い?」
慌てて両頬を押さえる。アレンはまだ笑っていた。
そんなアレンを見て、セシルは驚愕の表情だった。
「アレン、お前もそんな風に笑う事あるんだなあ」
アレンが笑顔のままセシルを見た。
「僕だって楽しければ笑う事もあるさ。残念だよカナツ。君とならもしかしたら思っていたよりも楽しい人生を送れたかもしれない」
「私はお断りよ」
「だろうな」
ふうーと長い息を吐いて、アレンが笑いを引っ込めた。ようやく真面目な顔に戻り、セシルに向き直った。
「セシル、今からお前にかけた呪いを解く」
「呪い?」
「僕の近くに生まれ変わるよう縁を組んだあれだよ。お前を僕に縛り付けた呪いだ。出来る限り、カラドに関する縁も取り除く。まあこれは次回からしか効果がないから、今のお前にはあまり関係ないけど」
「カラドに関する縁? ちょっと待て、話が全然見えないんだが」
「要するにお前は自由になるって事だ。次回からは」
アレンが薄っすらと笑みを浮かべた。
「次回、ねえ」
セシルはあまり納得がいっていないようだったが、まあいい。まだこの後予定が詰まっているので早く済ませねばならなかった。
「アレン、私はどうすればいい?」
花夏がアレンに尋ねる。
「手を」
「分かった」
アレンが差し出した手を上から重ねた。見た目は中性的だが、しっかりと男の手をしていた。
アレンがふと思い出したように言った。
「あ、そうだセシル」
「なんだアレン」
「カルセウス殿には内密に。その為に先に出て行ってもらったのだから」
「……何故だ?」
セシルの表情が真剣なものとなる。シュウに話せないような事をこれから行なおうとしている事は瞬時に理解したのだろう。それを知らされていないのがシュウとセシルのふたりだけな事も。
「言ったら邪魔されるからね」
セシルの眉間に皺が寄る。
「お前ら、何をしようとしている? 言えないような事なんだな?」
面倒になってきた。花夏がアレンに言った。
「アレン、急ごう。この人眠らせちゃったら?」
アレンの顔がきょとんとしたものになった。次いで破顔する。
「本当面白いね、君。――でもそうだね、その方が良さそうだ」
「おい、ちょっと待てアレ……」
セシルが止める間もなく、そのままベッドに倒れ込んだ。ぐう、といびきが聞こえ始める。
アレンが花夏の手を少し引っ張った。
「さあ、始めようか」
花夏が深く頷いた。
「ええ」
アレンが長く息を吸った後呼吸を止め、目を閉じた。長い睫毛が頬に影を落としている。花夏がアレンを眺めながら待っていると、身体の中の何かがアレンの方に引っ張られる気がした。
これが魔力を吸われるという事だろうか。
身体ごと持っていかれそうだった。アレンが口の中で小さく何か喋っている。聞き取れなかったが、まるで誰かと対話をしているかのようだった。
アレンの目が薄っすらと開き、布団に突っ伏しているセシルを捉えた。セシルの身体がふわりと浮き上がる。
赤い光がアレンから発せられてセシルにまとわりつく。セシルからは青い光がうすぼんやりと発せられ、同じようにくるくるとセシルの周りをゆっくりと回り出した。赤と青の光が螺旋となりくるくるとセシルを包み込む。やがて赤の光と青の光は混じり合い、溶けて白い光となりセシルの身体の中に沈み込んでいった。
全ての光がセシルの身体の中に消えると、セシルの身体がゆっくりと降りてきて、ベッドの上に横たわった。
ぐう、と呑気ないびきが聞こえた。
「……終わり?」
アレンを振り返る。アレンは一気に疲れたような顔になっていた。
「終わり、だ。今カナツの中は空っぽにしてある。セシルを別の部屋に飛ばす。いくら寝ているとはいえ同じ部屋に他人がいるのは嫌だろう」
「またそういう事を言う……」
「ふふ、僕だって鬼じゃない。一度きりの逢瀬をできる限りいい思い出にさせてあげたいと思う程度の優しさはある」
そう言うと、セシルに向かって指をすっと振った。瞬間、セシルの姿が消えた。
「朝まで起きないだろう。さて、次はいい加減呼ぶか?」
「お風呂の準備も着替えも食べ物もばっちりですよ」
ユエンがにやりとして言った。
「後はまあいきなり攻撃されても困るんで、俺が陛下の前に立ちます」
「それは頼もしいな」
大して期待もしていなさそうな口調でアレンが返した。
「カナツ、心の準備はいいか?」
「う、うん、まあきっと大丈夫」
「ふふ。じゃあ呼ぶぞ」
アレンはそう言うと、空間に手をすっと伸ばした。
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