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イリヤと花夏が相談します。


お楽しみくださいませ!

「成程、君……カナツ? の疑問は理解したよ」


 床に敷いてあるラグの上に胡座をかいてお茶をずず、と飲むと、イリヤはそう答えた。


「そして相談をこの僕に持ちかけたのも正しい判断だと思うよ。あとの人間は皆私利私欲ばかりだからね。力が強大過ぎるとどうしても人間目が眩む」


 イリヤの向かいに座った花夏はホッとした。やはり花夏の選択は正しかったのだ。


「ただ、私にも条件があります。魔力の再分配をすぐには行わせない事と、カラドを殺させない事。これは譲れません」


 ユエンは窓際の壁に立ったままもたれかかり腕を組んでふたりの様子を静かに見ている。じっと聞いて覚えているのかもしれなかった。


「その上でほぼふたり分のカラドの力を使い切る案が欲しい、そういう事だね」

「はい」

「君自身はどうしたいの?」


 イリヤが興味津々といった表情で尋ねてきた。ラースの望み。そんなものなかなか聞く機会はない。研究者にとっては、それだけでも垂涎ものなのかもしれなかった。


 花夏は考え込む。希望を言うのは簡単だ。だが、どうやって、という問題はそのまま残る。だが言わなければ伝わらない。であれば黙る必要はなかった。


「私は、出来ればずっとアスランと生きていきたいです。でも、それはこちらの世界じゃないと多分無理です」


 アスランを花夏の世界に連れて行ったらどうなるのか。その可能性も考えないではなかったが、きっとアスランは無理だ。花夏の世界のがんじがらめのルールにアスランを縛り付けてしまうのは酷に思えた。花夏だって花夏の世界が恋しい事は勿論恋しいが、こちらの世界には異世界から来た花夏すら受け入れる寛容さがある。


 イリヤが唸る。


「うーん。アレン陛下の持つカラドの力が余計だよねえ。まあとりあえずアレン陛下の赤眼の転生を止める。どんな複雑な魔法をかけたのか分からないけど、多分カラドひとり分も要らないよあれ。だからあんなに魔力で満ち溢れてる。そこに更に次のカラドの力を追加しちゃったでしょう。やり過ぎなんだよ、陛下」

「やり過ぎ、ですか」


 イリヤが髪の毛をふわふわとさせて頷いた。


「だって魔物の世界も作っちゃってるんだろう? それってどこにあるんだろう? 今度陛下に」

「イリヤさん、脱線してます」


 イリヤが屈託なく笑って頭を掻いた。


「あ、悪い悪い、つい。まあその辺は今後の課題として、今残ってる魔力の分配だね。僕が思うに、どうも流れを捻じ曲げると結構魔力を使うみたいだね」

「流れ……?」


 花夏は首を傾げた。聞くだけだとアレンは全てを捻じ曲げまくっているようにしか思えないが。


 イリヤがふいにくうを見つめる。


「何と言えばいいかな。こうあるべきだった物の方向を捻じ曲げる感じかな。例えばアレン陛下が自身の転生の道筋を捻じ曲げ永遠に続くよう、こう」


 イリヤが一本の指を伸ばしたあと、親指と人差し指をくっつけて輪を作った。


「輪にした。ただ時間軸は戻れないから、どちらかというとこう」


 今度は飲んでいたお茶に人差し指を突っ込んでくるくると混ぜ始めた。


「螺旋」


 花夏が呟く。イリヤが微笑んだ。天使のような微笑みだが、中身は老人である。


「そう、線だったものを螺旋状に捻じ曲げた。例えばこれを1とすると、僕の予想だと3程度でカラドふたり分になる」

「3人分の運命を捻じ曲げるという事ですか?」

「人じゃなくても効果は一緒だと思うけどね。それでも魔力はそこそこ余ると思うけど、再分配が行なえる程はもう残らないと思う」


 成程。という事は、アレンで1。あとふたり分を何とかすれば、次の再分配の時期までに人間の人数を減らす政策か魔物の総数を増やす方法を編み出せば何とかなるのではないだろうか。


 少し方針が見えてきた。


「それでね、カナツ」


 少し言いにくそうにイリヤが続けた。


「僕は他の人間程私利私欲ばかりの人間じゃないけど、あの馬鹿弟子の魂に刻まれた傷だけは取り除いてあげたいんだ」


 花夏はイリヤの大きな瞳が花夏を懇願するように見ているのに気が付いた。


「ラースに出会えずに終わってしまった事による喪失感。あいつはもうずっとそれを抱えて生きている。このままいけば、また次も同じ事を繰り返すだけだ。そして、アレンはセシルの魂を自分の周りに縁付けるように組んだ。つまり、セシルもまた捻じ曲げられたひとりだ。これを元に戻した上、喪失感を今世で取り除いてやりたい」


 話がおかしな方向に進んでいる気がした。今のラースは花夏だ。今世で取り除くという事は。


「君をセシルとくっつければいいんじゃないかと思うんだよね」

「無理です!」


 花夏が床を両手で叩いた。イリヤのお茶が倒れて零れた。何て事を言うのだ、この人は。いくら俯瞰的に見れてるとしても、そんなただ空いた場所に当てはめるような事を求められるのは勘弁して欲しかった。


「あーあ」


 小さく呟くとユエンが片付けに来た。カップを片付けると、雑巾で絨毯を叩き出した。


「私だってアスランと居たいです!」

「ははは、だよねえ。それにあとひとり分足りない」


 あくまで提案のひとつだったらしい。花夏は息をふう、と吐いた。


 イリヤが黙り込んだ。じっと何かを考えているようだった。「いや、でも」などと時々呟いている。何かの可能性を見つけたのか。花夏は待った。待つ以外、もうどうしようもなかった。


 アスランがここに辿り着くまでにもう時間がなかった。アスランを罪人にも囚われの身にする訳にもいかなかった。ずっとずっとカラドの呪縛にかかった状態で逃げ続けてきたのだ。もういい加減解放してあげたかった。


 それが出来るのは花夏だけだ。


 そして、今この場で一番冷静に全ての可能性について考える事が出来るのはイリヤだけだった。


「カナツ」


 大きな瞳には憐憫の色が浮かんでいた。


「僕、考え付いたんだけどね」

「はい」


 非常に言いにくそうだった。


「多分カラドが一番大変じゃないかと思うんだよね。でもまあ待てばいい訳だし……いやでも」


 またひとりの世界に入り込んでしまった。ぶつぶつ言っている。


「イリヤさん、ちょっと」

「あ、ごめんごめん。これだと全部解決なんだよ。ただねえ」

「全部解決出来る案があるんですか!?」


 それはすごい。花夏は素直に感心した。


 イリヤが上目遣いで尋ねた。


「君達、どれ位なら待てる?」







 ユエンがイリヤと花夏をアレンの自室に連れて行くと、シュウとセシルがばっと立ち上がって3人の方を向いた。


「どこに行ってたんだ!」


 シュウが怒鳴る。今にも泣き出しそうな顔をしていた。心配させてしまっていたらしい。だが、それでもシュウの問いに正直に答える訳にはいかなかった。


 ユエンがヘラヘラと笑う。悪役を買って出てくれたのか、はたまたただ面白そうと思っただけか。


「いや、カナツが暇そうにしてるし、まだイリヤには会ってなかったし俺も今日はまだイリヤに会ってなかったから挨拶がてら」

「ひと言残して行けばよかったじゃないか」

「いなかったじゃないですか」


 ユエンにあっさりと言い返され、シュウが黙った。なかなかこのシュウをここまで見事に黙らせる事が出来る人はいないだろう。サルタスは忠実だがこのユエンという男はあくまでシュウをやり込めようとする。その違いかもしれなかった。


「僕も一度ラースに会って見たかったんだ。尋ねてくれて良かったよ。引っ張って来た時はセシルの後ろに居たし、光にしか見えなかったからね」


 イリヤがそう言って穏やかにセシルに微笑みかけると、セシルの表情も優しいものに変わった。セシルは基本は優しい人なのだろう、彼の悪口は誰ひとりからも聞かなかった。


「ならまあ良かった」

「うん。それにお前がなかなかここから離れようとしないと聞いたから、連れ出しに来たんだ」


 イリヤが笑うと、セシルの口の端が引きつった。


「あ、いや、その」

「いい加減執務の時間らしいぞ? 陛下はまだ休息が必要だし、お前も仮にも王族なんだからいい加減陛下に協力しないと駄目だろう」


 イリヤが溜息混じりに言うと、観念したらしい。急に反転し、シュウの背中をがしっと捕まえた。


 今度はシュウが引きつった顔になった。どうやら皆執務は嫌らしい。


「カルセウス殿、さあ行くぞ!」

「いつまで他国の宰相を労働させるんですか!」

「俺がいいと言うまでだ!」

「…….ぐっ」


 言葉に詰まってしまったシュウがズルズルと半ば引きずられるように連れられて行く。


 ドナドナの子牛の様な瞳で花夏を捉えた。


「カナツちゃん! また後で!」

「はい、頑張って下さい」


 花夏が笑顔で手を振った。シュウの目がにこやかなものになり、扉の奥に消えていった。


 良かった、気付かれなかった。


 花夏は内心ほっとした。


 次はいつ会えるだろうか。その時、シュウは同じ笑顔を花夏に向けてくれるだろうか。


 花夏を大切に思ってくれるシュウからすれば、裏切り行為だ。もしかしたらもう許してはもらえないかもしれなかった。


 それでも。


 それでもアスランとの未来を取ったから。


 花夏がベッドで半身を起こして黙ってこちらを見ているアレンを振り返った。花夏の横には攻撃魔法が効かないユエン。


「アレンさん、私の話を聞いてくれますか?」


 これまでとは違う花夏の態度にも、この赤眼の王は動じなかった。相変わらずの挑む様な目つきで花夏を見返した。


「……何だ? 建設的な話か?」


 花夏は深く頷いた。


「いい話だと思います。特に貴方にとっては」


 アレンの片眉が上がった。


 花夏がベッドの前の椅子に腰掛ける。すかさずユエンが花夏の真横に陣取った。


 ふ、とアレンが笑った。


「いいだろう、聞いてやる。話せ」


 孤独な王は、花夏の話を聞く気になったようだった。

次回は月曜日更新予定です。


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