親子の再会
本日も投稿してます!
花夏たちのいる場所が抱える問題点や、ヤナのお父さんのはっちゃけっぷりを紹介できたらなと思います。
※微修正しました(2020/9/1)
※☆とりました《2020/9/2)
※行間等微修正しました(2020/10/13)
※3点リーダ等の微修正を行いました(2020/10/19)
季節はすでに冬に入り夜中などはかなり冷え込むが、この王都シエラルドは昼は比較的暖かい。国境にそびえ立つラーマナ山脈から吹く風が、毎朝暖かい空気を運んでくれる。
暖かい日差しを受け、だがシュウは目線を石畳の地面に向けてとぼとぼと歩く。
万策尽きた。いや、正確には策は一つだけ残されている。だがしかし、それはラーマナ王国の利益とはならない策だ。シュウひとりの判断では、もうどうしようもない。
それにしても、ずいぶんと暖かいと思ったら、日が真上に近づいてきている。まさか、徹夜とはなってしまったが、昼前まで城に居たのか。
右手で頬を撫でると、髭がザラザラとする。大分伸びてしまった。きっと、クマも酷いに違いない。こんな顔をヤナにでも見られたら、嫌われてしまうかもしれない……。
さらにがっくりと肩を落として、シュウの自宅がある通りの角を曲がる。
この辺りは、シュウのような王宮で働く貴族たちの別邸が立ち並ぶ地区だ。本邸は地方や郊外にある場合が殆どだ。王宮で働くための便利な仮住まいといったところか。シュウの場合は、王都より遥か西に位置する小さな領地の出で、跡目は兄が継いでいるため、もうほぼ立寄ることはなくなってしまった。
妻のセリーナを迎えた際あまりいい顔をされなかったのが大きな原因だが、妻亡き後、流石に娘のヤナのことは心配になるのか、時折頼りが届く。
悪い人ではないだが……。
頑固そうな兄の顔を思い浮かべる。
なので、言ってみればここがシュウの本邸である。本来仮住まい用のため、自分の寝室、客間が2部屋、炊事場、風呂場、食事ができるテーブルと椅子が置ける程度の居間しかない。家族が一緒にいれば、窮屈に感じるに違いない。だが今のシュウには一緒に過ごす家族も近くにいないため、広く感じられて仕方がない。
「ヤナに会いたいなあ~~……」
泣きそうな顔でぼやく。こんな姿を、彼の数名いる部下が見たら目が飛び出るくらいに驚くに違いない、とシュウは思う。こういう姿を見られたら最後、今まで保っていた威厳は跡形もなく崩れ落ちるだろうと信じているので、常日頃部下の前ではかなり虚勢を張って過ごしている。つもりだ。
彼の一番の側近のサルタスがそんなシュウの本音をもしも聞いたら、腹を抱えて涙を流しながら笑うに違いないが。
世の中、知らない方が幸せな事もあるに違いない。
「早く寝よう……ふああああ~」
家のドアの前まで来たところで、大きな欠伸がでて、大きく伸びをする。体がバキバキと音を立てる。ずっと同じ体制で調べものだ、凝り固まったに違いない。
腰ひもにぶら下げた鍵の輪の中から、自宅の鍵を探し出して回そうとしたところで、鍵が開いていることに気が付いた。
(……誰か、いる?)
そっと耳をドアに当てると、中から話声がする。女性と、これは……!
シュウは、勢いよくドアを開け、中に飛び込んだ。
ハルナの希望通りというか予想通りというか、一行は無事お昼前に目的地に到着することができた。森を抜け、町を取り囲む石積みの城壁にあるアーチ形の城門をくぐる時は、流石に花夏も興奮した。
「おおおお~!」
くぐった先から始まる石畳の道。道に沿って、石や土塀なのだろうか、茶色い壁をしたシンプルな家が立ち並ぶ。ところどころに、樽に植えられた花や、何かのお店なのだろう、看板やのぼりらしきものもあり、正に中世ヨーロッパ! といった雰囲気だ。町の中心にそびえ立つのは、山の上から何度も見たあのお城だ。近くから見ると、とてつもなく大きい。
(てことは、ここは城塞都市なんだ! おとぎの国みたい!)
花夏が読んだことがあるファンタジー系の話にも城塞都市は時折出てきたので、そういう単語はすらすら出てくる。
石畳を少し行くと、市場なのか、開けた広場に出た。日本でも時折見かけるマルシェのような雰囲気で、人もそれなりに多い。
ハルナたちが着ているのは、コットンなのか、チクチクはしないがサラサラでもない材質の布で作られたシンプルなふくらはぎ丈のワンピースに、日本の着物の帯よりも少し細い帯をくるくるっと腰に巻き付けて左側に余りを垂らすスタイルのものだが、色は至ってシンプルだ。素材本来の色なのだろう、ベージュより少し茶色いものだ。
町の女性たちはもう少し華やかな色合いのワンピースを着ている。全体的にピンク系が多いか。帯も、ポイントに刺繍が入っていたりとお洒落だ。染物屋とかあるのかな? と花夏は思う。
市場に買いにくるのは女性がメインなのか、あまり男性はいないが、みな大体同じような服装だ。女性とは違い、お尻を隠す程度の長さの上着にズボン。腰には女性と同じように帯を巻いているが、女性とは反対の右側に帯の余りを垂らしている。足元は、皮のブーツを履き、中にズボンの裾を入れている人が多い。
男性も、あまり短髪の人はいないようだ。大体、肩くらいまでか、後ろにひとつに結んで少し出る程度の人が多い。
皆、髪の色は金髪に近い色か、ハルナやヤナぐらいの薄めの茶色で、時折濃い茶色の人もいるが、花夏のような黒い髪の者はぱっと見いない。
そのためか、市場にいる人たちの視線が、心なしか自分に向いているような……
「カナツ、目的地はまだもう少し先だ。今いる市場を左に進んで平民が多く住んでいる地区を抜けると、城の近くまで出る。城の周りにある貴族たちが住む地区が目的地だ。ふたりともあと少しだ、よく頑張ったね」
花夏は頷いた。
慣れない森の道は思っていたよりもハードで、足はパンパンだ。今後はもう少し鍛えておかないと、毎回町に出てくる度にこれだとハルナにも迷惑がかかるな、と花夏は思う。
そして、前に聞いた記憶がある単語をサラッと言われたことにふと気が付いた。【貴族】ってなんだったっけ……。前に国に居る人たちについて教えてもらった時に聞いた単語だ。確か、王様の下で働く人たちとヤナが言っていたような。てかそもそもヤナのお父さんってばなんでお城に仕事しに行ってるんだろう?
単語の意味が分かれば分かる。こそっとヤナに聞いてみた。
「ヤナ、【貴族】ってどういう意味?」
「えーっとね、偉いおうちの人かな? 王様の次に偉い人たち」
(え、それってもしかして、【貴族】って貴族とかそういう意味? え? てことは貴族の人たちが住むエリアにヤナのお父さん住んでるってこと? ヤナのお父さん……何者!? まさか、貴族? それでもってそしたらヤナってもしかして貴族のお嬢様!?)
ヤナには悪いが、ヤナには全くと言っていいほど『お嬢様』と呼べるようなイメージがないのだが、ここにきて少し緊張してきた。生まれてこの方、貴族なんて代物にお目にかかったことはない。あ、でもヤナが貴族のお嬢様だったらもう会ってるか。
「ヤナも、貴族?」
恐る恐る尋ねると、
「一応ねー」
と、能天気な返事が返ってきた。
(ヤナちゃん、なんでそういうことを先に言ってくれなかったのよ!? まさか、貴族のお嬢様が山に住んでワイルドな生活してるなんて思わないじゃない~!)
「カナツ、あとで説明するけど、色々と事情があるんだよ」
先を歩いていたハルナがそう声をかけた。これ以上花夏が混乱するのを止めてくれたのだろう。花夏は大人しく後をついて行った。ハルナがそう言うならきっとそうなのだろう。ちょっと興奮してしまったが、ヤナはヤナだし。
ハルナの後を追ってしばらく行くと、人がまばらになってきた。周りの建物は、きれいに積み上げられた石でできている家。高さも2階か3階ほどある家が殆どのようだ。ここに着く前に通った、平民(これもヤナに聞いてみたので多分理解は合っていると思う)が住むエリアは、もう少し、なんというか、言い方は悪いが薄汚れていたというかボロいというか、花夏が想像するザ・庶民!て感じの家が所狭しと建ち並んでいた。
ということは、ここが貴族の住むエリアか。
家を一軒一軒感心しながら見ていたら、ふと、あることに気が付いた。あれ、皆さんのお宅、窓枠にガラスっぽい物が挟まってるんですけど……。日本でよくある窓ガラスとは違い、まっ平らではなく微妙に波打っているため中まで見ることができない。が。
(ガラス普通にあるじゃん! なんで貴族のお嬢様が住んでる家の窓が吹きさらしなのよー!)
色々ツッコミどころは満載だが、立ち止まって【ガラス】という言葉から聞く時間的余裕は今はなさそうだ。
「ほらカナツ、いくよ!」
スタスタと先へ進むハルナに呼ばれ、花夏は駆け足で後を追う。
「ほら、ここだ」
灰色の加工された石で出来た一件の家の前で立ち止まる。飾りもなにもない。
大きな木製のドアに、補強の為だろうか、金属が縁を飾っており、よく見ると綺麗な模様が刻まれている。
さすが貴族の家のドア、芸が細かい……!
ドンドン! とドアをノックするが、応えはない。ハルナは少し待った後、おもむろに自身の服に付けられたポケットの中から、紐で括られた金属の鍵を取り出し、ドアにある鍵穴に差した。
(普通に鍵……あるじゃないすか……)
山の家のかんぬきしか付いていない玄関のドアが、花夏の脳裏に浮かぶ。
これは、あの家の今後の課題だと思う。
仮にもヤナの父親が貴族なのであれば、もしそれが高価なものだって、鍵のひとつも付けられるものではないだろうか。聞いてみる価値はありそうだ。
(……てゆーかガラス窓……)
話すことは色々とありそうだ。ヤナのヘルプがないと難しいかもしれないが、ヤナの安全と健康のためにも、是非相談すべき案件だろう。
密かに心に決め、促されて家の中に入る。
中に入ると、広めの広間があった。自分の家の18畳リビングよりも大分広い。倍はありそうだ。少し埃の匂いがする。しばらく換気をしていないのかもしれない。部屋の右側、えんじ色の絨毯の上には、シンプルなテーブルと椅子があり、その上には使用済みであろうマグカップが置いてある。左側には、皮張りのソファーに、海外のお宅拝見でありそうな、シンプルだけどお洒落な暖炉。暖炉の上に、火の灯っていないガラス張りの蝋燭立てが置いてある。
(うーん、雰囲気あるなあ〜)
右手にはキッチンだろうか、目の端に大量のお皿が積まれているのが見えた……気がする。気のせいだと思いたい。キッチンから目をそらし、広間の右奥を見ると、奥の部屋に洗面台がチラリと見えた。
(まさか、お風呂……!?)
夢にまで見たお風呂に、もしかしたら入れるかもしれない!
主人不在の家に入っていきなりあちこち覗くのも憚られるので今は見ないでおくが、……後でこっそり確認しよう。そう硬く心に誓う。
花夏は意識をあえて他の場所に移した。期待しすぎて違ったら悲しいし。
広間からは2階に続く金属製の黒い螺旋階段がある。なんというのだろう、踊り場? 2階の壁に沿ってぐるりと廊下があり、右にふた部屋、左にひと部屋分のドアが確認できる。廊下は、1階から柱で支えられている。
山小屋との、このギャップ。
日本で言えば、十分豪邸の範囲に入るだろう。改めて、荷物を降ろして暖炉前のソファーで足をパタパタしているヤナを見る。
そしてヤナのこのギャップ……
花夏が呆れていると、背後からハルナが花夏に声をかけた。
「カナツ」
「へ!? は、はい!」
我ながら変な声を出してしまった。ハルナが苦笑いする。
「とりあえず家主がどこにいるのか城に確認しに行ってくるから、カナツはヤナとここに居てくれるかい?」
後で町を見る時間はあげるからと言う。ありがたいことです。
「えー! おばあちゃん一人でいくのー? ヤナもお父さんに会いたいのにー!」
唇を可愛らしく尖らせてソファーの背から顔を出したヤナ。そりゃまあ会いたいだろう、もうずっと会ってないんだから。しかし可愛い。
「みんなで行けない?」
花夏が提案すると、
「それいい! ヤナも行きたいー!」
とキャッキャとヤナが挙手してはしゃいだその瞬間。
外へと繋がるドアがバン!!と開いて、男が中に駆け込んできた。
花夏はビク!! として思わず体を縮こめたが、ふと横を見るとヤナが手を振っていて、ハルナを見ると腰に手を当てて、挨拶なのか、片手をヒラヒラとさせている。
飛び込んできたのは、20代後半から30代前半くらいの男。
ボサボサの真っ直ぐな白っぽい金髪を後ろにひとつに括り、髪より少し濃い色の無精髭が顔を覆っている。意思の強そうな太めの眉毛の下には、少し垂れ目の水色の瞳に、日に焼けた鼻、しっかりとした顎。身体はガッチリとしていて、かなり筋肉質そうだ。頑固そうだが、顔は割といい。味があるというか。
(ハリウッド映画のアクションものに出てそうかも?)
なんて思ってしまった。
男は、血走った目でキョロキョロと部屋を見渡した。
目線は、花夏を通り過ぎてその後ろのヤナで固定される。
「ヤ……」
充血した目から、涙がボロボロボロボロこぼれ落ちる。
「ヤナーーーー!!」
「ヤッホーお父さん元気?」
この温度差。
「お父さん、ヤナに会ったら元気になったよ! おお!僕の天使!!」
「お父さんそれ好きだよね」
ヤナのツッコミも物ともせず、泣きながらヤナに突進してヤナを抱き上げた。
「会いたかったよー!!」
と言ってヤナをギューっと抱きしめてグリグリする。
「お父さん、髭痛い! それになんか臭い!また徹夜したんでしょ!」
「え! 僕臭い!? うわっヤナ嫌わないで! すぐお風呂に入るから!」
見ている者が圧倒される勢いでヤナに会えた感動を全身で表現するヤナの父親、シュウに若干、いや大分ドン引きしている花夏だったが、『お風呂』という単語は聞き逃さなかったのだった。
シュウさん、いかがでしたでしょうか?
読めるような読めないような人で、個人的にとても気に入ってます。
次回は、この世界をもうちょっと詳しく掘り下げていきたいと思います。ヤナちゃんがお父さんと離れて暮らしている別の理由も書ける・・・といいです。