適任
今回は台詞少なめ回となっております。
ようやく、あのふたりが会います。
花夏は怒っていた。
アレンの言い分はあまりにも自分本位だった。この世界を居心地のいいものにしたのはアレンだ。なのに自分がもう嫌になったら今度は壊れてしまえとばかりに投げ捨てようとする。周りの人間はただそれに振り回されるだけ。あまりにも勝手だった。
そのアレンは、セシルとユエンの補助の元4日ぶりに立ち上がり湯あみをしている。別に花夏も鬼ではない。綺麗好きとしては、目の前にいるのが例え敵対する人間だろうが、綺麗にしていたいという要望を拒否はしたくなかった。シュウはそれが分かっていたのか、ただ苦笑いしていた。
従って今、花夏はこれまで3日間もの間座り続けたアレンの寝所にあるソファーに再び足を抱えて座り待機中だった。
ただ、と花夏は考え込む。花夏は異世界から来た人間ではあるが、だからといってアレンのようにこの世界などどうでもいいと割り切れる程この世界を知らないわけではない。すでに大切な人が沢山いた。ヤナやサルタス、ハルナにアスラン。勿論シュウも、とても大切な人だった。この世界は、花夏にとってはこの大切な人達と同義だった。であれば、この世界を魔物が跋扈するような危ない世界に変えてしまう訳にはいかなった。
これが条件その1だ。これは譲れなかった。となると、魔力の再分配は確実に避けなければならない。
するとどういう事になる? アレンからはもう魔力を吸い取る事は出来ない。アスランから魔力を吸い取る事も危険過ぎた。
次にアスランの問題がある。アスランは花夏を追いかけてきている。アレンが花夏を捕らえている限り、いずれこのふたりは衝突する。アレンはアスランの魔力を花夏に溜めた後でないとアスランには手を出せない。だが過去のカラドの魔力を未だ保持するアレンの方が、魔力を持て余しているアスランよりも使い方を熟知している分恐らく強い。アレンとアスランがぶつかったら、捕らえられるのはアスランの方だろう。
アスランは花夏を諦めない。アレンも言っていたという。そもそも何故アスランを排除しようとしていたのか、それはカラドはその力を失った後もラースを求め続けるからだ。以前はあんなに不安に思っていた、アスランの気持ちがどこからくるものなのかという疑問。そんな事に悩んでいた自分が如何に呑気だったか。
アスランはカラドとして生を受けた。ラースを求めるように作られた。ラースを取り上げるとどうなる? セシルのようになるのだ。心の中で何かが欠けた状態で転生を繰り返し、その想いは報われない。覚えてなくとも、魂に傷跡が残るのかもしれない。
アスランをそんな目に合わせていいのか。無理だ。それは出来なかった。その為には、一度でいいからアスランを受け入れてあげなければならない。だがそうするとアスランの命が危なくなる。
アスランを死なせない事。これが条件その2だった。
ふとひとつの可能性に気付く。アスランのカラドの魔力を吸い取りアレンの赤眼の呪いを解いた後、花夏がいなくなったらどうなるだろう? 次のラースとカラドを会わせなければ、この世界は人間に優しいままの世界となる。アレンにカラドの魔力は残ってしまうが、それこそ花夏の知った事ではない。であれば。
花夏が元の自分の世界に帰ってしまえばいいのだ。
だが、そこに花夏の意思はない。花夏はもう帰りたくはなかった。ずっとアスランといたかった。家族には勿論会いたい。でもそれ以上にアスランとずっとこの先もいたかった。
花夏の気持ちを優先すればいつかまた再分配が始まる。この世界の平和を優先すればアスランと花夏は離れ離れになり、もう二度と一緒にはいられない。
分からなかった。どうすれば正解なのか、花夏には分からなかった。
こんな時はただアスランに甘やかされたかった。大丈夫だ、守ってやるからとおでこにキスされ抱き締められたかった。いつもふんわりと優しく花夏を抱き締めるアスランの身体は暖かくて、温かい繭に包み込まれているかのような安心感を覚えた。それももしかしたら、花夏がラースだからかもしれない。花夏はアスランの対になるものとして生まれたのだから。
いつか花夏が死んで魂だけとなった時に、それでも花夏はカラドであったアスランを求めるのだろうか? それともそんな事すら忘れてただあるがままに生きていくのだろうか。記憶や想い。それを保ったまま転生する。アレンであればそれが可能なのだろうが、意図せずに保つのは無理なのかもしれなかった。セシルには記憶がない。そういう事なのだろうと思う。
そう、そして転生だ。それが現実に存在する事を、アレンとセシルがその身を持って証明してくれている。それにこの閉ざされた世界。くるくると繰り返される生と死。もしかしたら、魂の数すら一定数なのかもしれなかった。本来なら花夏もこちらの世界で繰り返し再生される生だった筈だ。それをアレンが花夏の世界に放り出した。
結局、この世界は全てエネルギーの分配をどう割り振るかだけなのだ。ファンタジーのような世界であっても、ルールはルール。それを捻じ曲げるような奇跡は、多分ない。ある材料の中でどう引き当てていくか。それがこの世界の本質のように思えた。
ある事が気になった。ふたり分のカラドの魔力があったら、何がどこまで出来る? 赤眼の解呪は如何ほどの魔力を消費するのだろうか。再分配を避ける為、色んなものに魔力を割り振ったらどうだろうか。
花夏はこの考えがとてもいいもののように思えてきた。そう、使い切ってしまえばいいのだ。次のラースとカラドが現れるまでまた数百年かかるとしたら、魔物対策を取る時間も十分にあるに違いない。であれば、皆が納得が出来、花夏もアスランと離れなくて済むような何か。アレンがこれ以上手出しをしてこないで済むような手。
誰かと話したかった。だが、誰と? 花夏はひとりひとり、適正を考える。
シュウは駄目だ。非常に冷静で頭も切れるが、シュウは花夏を傷つける事をよしとしない。花夏が気付かない間にいつの間にか全てが花夏に有利な方に物事を進めてしまう可能性があった。
アスランも駄目だ。アスランも結局は花夏を一番に考える。アスランが花夏と一緒にいられるなら、きっとアスランはどんなに残虐な方法であってもその選択をする。
アレン本人はどうだろう? やはり駄目だ。あの男は自分の都合のいいようにしか事を運ぼうとしないだろう。相手の気持ちや希望に寄り添う、そういった感情があの男には欠けている気がした。
あのユエンという男は? あの男はそもそもが信用出来なかった。思うにあの男の基準は面白いか否かだ。そこに善悪はなく、彼に助言させると結果として悪い方に転んだとしてもそれを笑い飛ばしておしまいにしてしまうような恐ろしさがあった。
セシルはどうだろう。彼にはカラドだった経験がある。魔術師としての経歴もあり、全体的に中立であろうという姿勢が見て取れる。だが、話を聞く限りだとかなり情に流されやすい傾向にある。相談相手としては悪くはないが、冷静そうに見えてそうでもなさそうだ。
もっと純粋に事実を事実としてだけ捉えられる目を持つ、相談相手の花夏の都合など関係なく判断が出来る人間はいないだろうか。そして、魔力に詳しく、今のこの状況も理解している人間が。
花夏は考える。今挙げたこのメンバーでは無理だ。皆、自分の都合や人の想いを優先する。もっと、もっと感情を抜きにして俯瞰した視点で物事を捉えられそうな人物がいないか。
「……あ」
いた。ひとりいる。直接会った事がないからすぐには候補に挙がってこなかったが、適任がいるではないか。セシルの師匠であり、同時にセシルの弟子。魔術の研究が大好きで、もっとずっと研究をしたいが為に多くの人の命を吸い取ってしまった男が。
今もまた研究に勤しんでいると昨日セシルが言っていた。
多分、一番適任だ。
シュウは一旦自分に割り当てられた部屋に戻っていた。昨日の服のまま、しかも床で寝てしまいへろへろだったのでアレンと同じく風呂に入って身支度をしに戻ったのだ。
シュウがいない今がチャンスだ。きっと、シュウは花夏があの魔術師と接するのは好まない、そんな気がした。
花夏が勢いよく立ち上がる。昨夜ひと晩寝た部屋に飛び込んだ。流石に縁者でないユエンに裸を見られるのは嫌だったからだろうか、それともこの男が遠慮でもしたのか、花夏が昨晩寝たベッドに腰かけていたのはただひとり。興味津々といった体で花夏を見返している。
「ユエン、お願いがあるの」
「何?」
ゆったりとユエンが立ち上がった。のんびりと花夏の方に歩いてくる。
「カナツが俺が話しかけるなんて、絶対楽しそうなやつじゃない?」
やはり思った通りこの男の基準はそこだった。ならば、うまく話せばこの男はシュウに黙ったままきっと彼に会わせてくれる。
「貴方にしか出来ない。シュウさんには黙ってて。今はとにかく時間がない」
「ふうん? いいよ、はっきり言って」
ユエンの口角が楽しそうに上がっている。片方だけ。
「イリヤ・シュタフさんに会いたい。今すぐ彼がいる場所に連れて行って欲しいの。誰にも言わず」
「イリヤに? 何でまた?」
「一緒にいけば分かる」
「成程。――シュウ様に内緒ってとこが気に入った。よし、じゃあ行こうか」
くすくすと楽しそうに笑いあっさりと花夏の提案に乗ってきたユエンは、花夏の肩を後ろから掴んで耳元で囁いた。
「急ぐよ」
「うん」
アレンの自室を出る。ユエンは左右をキョロキョロと見渡した。
「念の為シュウ様の部屋の近くは避けようか」
「そうして欲しい」
「じゃあこっちから」
ユエンは花夏の肩を抱いたまま、余裕に見えるよう、だが実はかなりの速度で通路を行く。
「階を変えようか。このお城って迷路みたいになってるけど、俺の頭にはもう入ってるから安心してカナツ」
そういえば言っていた。この男は一度聞いた事は忘れないと。物凄い特技だが、忘れたい事も忘れられないのはそれはそれで生き辛そうだ。
「まさかカナツが俺を頼ってくるとは思わなかったなあ」
楽しそうにそう言った。花夏は答えなかった。
ふたりは歩く。どんどん進む。階段を降り、曲がりくねり、通路を横に入り、一体自分が今どこにいるのかさっぱり分からないが、隣にいるユエンは余裕の表情だった。
「あそこだ。多分部屋にいるよ」
ひとつの扉の前に立った。ユエンがノックをして、やはり返事を待たずに開けた。意味がない。
「イリヤ、いるか?」
花夏を促し部屋の中に入ると後ろ手で扉を閉めた。
「鍵しとこう」
そういうと、誰の返事も待たずにカチャ、と鍵を閉めた。対シュウ対策だろう。
「君、ノックの意味知ってる?」
大量の本の山の奥から、ふわふわの蜂蜜色の髪の毛が見えた。
「知ってるけどまあいいかなって」
「本当ユエンってあれだよね」
呆れた笑い声が聞こえた。花夏は声のする方を見た。本の影からひょっこりと顔を覗かせたのは、大きな目をした美少年だった。
「ラースじゃないか。いらっしゃい。僕に相談かな?」
イリヤ・シュタフが花夏に笑いかけた。
次回は明日、または月曜日更新予定です。




