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供給過多

アレン対花夏編


お楽しみください♪

 シュウと花夏が奥の部屋から出てくると、ウトウトしていたユエンがふっと目を覚ましてふたりを見た。相変わらず気配には敏感な男である。


 セシルはユエンの横で気持ちよさそうに船を漕いでいた。連日の不慣れな執務の後の見張りだ、流石に疲れが溜まっていたのだろう。いくら相手が倒れているとはいえ、随分堂々と寝てしまってはいるが。


「もう宜しいんですか?」


 ユエンがにやりとして聞いてきた。何がだ? ふたりの時間が、だ。シュウは少し前を歩く花夏にばれないようにユエンを叱るように軽く睨みつけたが、勿論この男に効果などある筈もなく、ユエンはただ楽しそうに口の端を歪ませていた。相変わらず小気味いい程性格が捻じ曲がっている。


 まあ、シュウも人の事は言えなかったが。


 しかし元部下に色恋沙汰をこうも間近で観察されてしまうと、恥ずかしいを通り越して気持ちが悪い。まるで知らない間に私生活を覗かれているような気になってくる。


 シュウはふと気付く。だがまあ、シーラなどに行なった調査はほぼこれに近いものがある。そう考えると、シーラのシュウを見るあの不快げな視線もまあ気持ちは分からなくはなかった。こういう事なのだ。だがだからと言って今後も改める気はさらさらなかったが。


「アレン陛下のご様子は如何だ?」


 ユエンがアレンを振り返り覗く。


「時折目を開ける時には水を飲ませれば飲みますが、それ以外はもう全然。そろそろ起こしてあげないと今度は本当に起きれなくなっちゃうと思いますよ」


 シュウと花夏は顔を見合わせた。どうも花夏の吸い取る力は思ったよりも強かったらしい。


 ユエンが続ける。


「今は俺がいますから、一回吸うの止めても大丈夫なんじゃないですか?」


 ユエンの前では魔法攻撃は効かない。範囲は非常に狭いが、この場ではユエンの魔法(ちから)は絶大な効果があるだろう。それに確かに衰弱するのはまずい。仮にも相手はこの大陸一の強国の現国王だ、万が一死にでもしたら、きっとシュウ達は二度とこの城の外へは出られまい。


「カナツちゃん、そういう事出来るの?」


 相手の魔力を吸ったり吸わなかったりなど、そんな簡単に制御出来るものなのだろうか。しかも花夏は異世界の人間だ。今までは無意識に吸収していただけで、実際に意図的な魔力の取り扱いはここ数日の話である。


 花夏がやや不安そうにシュウを振り返って見上げてきたが、それでも小さく頷いた。


「多分、出来ると思います」


 心強い。こればかりはシュウにはどうする事も出来ないので、花夏に頑張ってもらう他なかった。


「セシル様起こすんでちょっと待っててください」


 ユエンがそう言うと、遠慮なく隣でこっくりこっくり揺れているセシルの大きな肩を両手で掴み、一気に揺さ振った。セシルの身体が左右にぐらんぐらんと大きく揺れる。遠慮も何もあったものではなかった。


「セシル様! 起きてください! いつまで呑気に寝てるんですか!」


 シュウがひと言注意を入れる。


「ユエン、一応王族の方だし」

「一応ってなんですか。シュウ様も大概ですね」

「失礼な事言わないでくれ」


 セシルがようやく目を覚まし、大きく伸びをした。花夏はまだセシルとはろくに会話をしていない。怖いのか警戒しているのか、一歩シュウの方に下がってきた。このまま後ろから抱き締めたいなと思ったが、ここはそんな事をする場ではない。ぐっと欲望を抑え込んだ。


 花夏の細い肩をそっと支える。まあ、これぐらいなら。


「カナツちゃん、セシル様は怖くないから大丈夫だよ」

「まあどちらかというと無害に近い方ですもんね」

「ユエン、口の利き方」

「はいはい」


 ユエンがセシルに向いた。


「セシル様、シュウ様とカナツが起きてきましたので、ここで一回アレン様を起こしたいと思います。セシル様はアレン様についていていただけますか?」


 セシルが寝ぼけまなこでユエンの先にいるシュウと花夏を振り返った。無精髭が生えている。髭が生えやすい体質なのだろう。そういえばシュウも髭を剃っていない事に気が付き、さっと顎を触ってみる。やや生えてきている。今のこの髭の状態だと、寝ている花夏にキスをしたら流石にばれるだろう。昨夜髭が生える前にしておいて正解だったな、と目の前に立つ花夏の頭をちらりと見て思った。


「お前ら、類は友を呼ぶって知ってるか?」


 寝起き一発目の言葉がそれだった。どうも先程からのシュウとユエンのやり取りをしっかりと聞いていたらしい。


「これは友ではありません、元部下です」

「元部下を新上司に内緒で勝手に他国にやったのは誰です?」

「僕」

「本当勝手ですよね、シュウ様って」

「お前もだろ」


 やいのやいの言い合うふたりを欠伸を噛みしめながら眺めていたセシルが言った。


「どっちも一緒だろう。お前達も勝手、アレンも勝手、それに俺だって勝手ばかりだ。巻き込まれたカナツの気持ちも少しは考えろ。ほら、お前らがそんなんだから呆れて見てるぞ」

「え」


 急に話を振られた花夏が戸惑うような声を出した。慌てて手を振る。


「別に呆れてなんかないですよ! そりゃどっちもどっちだなとは思いましたけど」

「思ったんだ」


 シュウの眉尻が情けなく下がった。ここにはサルタスもソーマもいない。冷静にシュウの暴走を軌道修正してくれる人間がいないとついこうなってしまう。シュウは改めてサルタスとソーマの存在を有難いと思った。シュウが恰好つける事が出来るのはあのふたりの努力あっての事なのだから。


「俺も目が覚めた。じゃあアレンを起こすか。カナツ、頼む」


 この大きな男には警戒心というものがないのだろうか。大して関わってもいない花夏にあっさりと大事な事を依頼している。それともこれも元々彼が持つ探求心の強さからくるものだろうか。


 花夏が大きく頷き、アレンの近くにゆっくりと歩み寄った。シュウの手の中から、温かい花夏の肩がいなくなった。


「いきますよ」


 花夏が集中する。両手を身体の前に伸ばし、押し返す様な仕草をし始めた。一体彼女には何が見えているのか。気になり、シュウも集中する。


 見えた。赤い筋。それを花夏が手のひらで受け止め、くるりと逆流させている。その先端が、アレンに届いた。


「アレン!」


 セシルが寝ているアレンの顔を覗き込んだ。今にも泣き出しそうな声だった。


 その声色に、シュウは少し驚いてしまった。


 何だ、セシルはちゃんとアレンの事を心配してたのだ。シュウはそれが分かると何故だかほっとしてしまった。セシルの昔語りからは、アレンを想う気持ちが一切窺えなかったから。セシルはアレンの愛情を疎ましく思っているのではないのだろうか、そう思っていたから。


 でもちゃんとアレンにも想ってくれる人がいるじゃないか。


 どこまでも孤独な赤眼の王。その隣に寄り添えるのはやはりセシルしかいないのではないだろうか。この、どこまでも寛容な男でないと、燃えるような激しい感情を内に秘める王は扱いきれないのではないか。そう思っていただけに、安堵した。


 アレンの赤い目がぱっちりと開き、覗き込むセシルの目を捉えた。


「セシル……」


 声が掠れている。ユエンが無言で水差しからグラスに水を注ぎ、セシルにさっと渡した。セシルがベッドに膝を乗せ、アレンを起こす。


「ほら、飲め」


 アレンの乾いた唇にグラスを当て、ゆっくりと傾けた。アレンが実に美味しそうに飲んでいく。ただ水を飲むだけで周りはその雰囲気に呑まれてしまった。


 セシルに身体を支えられたまま、アレンの赤い目が花夏を捉えた。ふう、と息を吐いて話しかける。


「全く。全力で取り過ぎだ」


 花夏の表情が凍り付いた。


「誰のせいですか。貴方が、貴方のやりたいように私を使おうと、アスランを殺そうとしたからでしょう」


 アレンがふっと笑う。馬鹿にした笑いだった。


「お前、自分がどうなろうとしたのか分かってるのか?」


 花夏の表情は固いままだ。


「私がどうなろうとしたって、どういう事ですか」

「僕の中に前のセシル、カラドの力があるのは知っているだろう? そのお喋りがペラペラと喋っているのは聞こえていた」


 アレンがちらりとベッドの前に水差しを持ったまま立っているユエンに目をやった。お喋りと言われたユエンは、いたずらがばれた時のように笑って肩を竦めた。反省の色は一切ない。この王の前にして崩れないその態度。流石だった。


「それが、何ですか」


 魔力が吸収されなくなり段々と力が(みなぎ)ってきたのだろう、アレンが座ったまま姿勢を正した。


「このまま続けたら、カラドひとり分相当の魔力を吸ってしまうところだったんだ。するとどうなる? お前にはまだお前のカラドが残っている。僕に一回力を使ったとしても、もう1回分力が余ってしまうだろう」


 シュウはアレンの言わんとしている事を理解した。ひとつの器には本来ひとつの魔力しか要らない。それがふたつ吸収されてしまったらどうなる。


 アレンがシュウをちらっと見た。恐らくシュウが問題点に気付いた事に、アレンも気が付いたのだろう。


「前例がないからどうなってしまうのかはあくまで予測だが、まあろくな事にはならないだろう」


 回りくどいアレンの言い方に戸惑っているのか、花夏は黙ったままだ。それを見て、シュウが口を挟んだ。


「再分配が始まる、という事ですね」

「そう、その通り。流石宰相殿だ」


 アレンが微笑んだ。全く温かみのない微笑みだった。次いで花夏を見る。笑顔は消えていた。


「だから、もう僕の魔力を吸うのはやめろ。取り返しがつかなくなるぞ」

「だって、貴方は私と結婚して魔力を吸わせるつもりだったんじゃないんですか……!?」


 花夏は混乱しているのだ。まだ若い、未熟な彼女には理解が出来ないのだろう。アレンの思考の流れが。あまりにも身勝手なその言い分が。


「そうだよ」

「だって、そうしたらおかしいじゃないですか!」

「ふふふ、君は随分純粋なんだね。その純粋さで君の後ろに立つその男を惑わせたのか」


 アレンが顎でくい、とシュウを差した。全員が一斉にシュウを見る。居心地の悪い事この上なかった。急ぎ視線をアレンに戻すべくシュウは話を戻す。確かに惑わされてはいるが、それについて堂々と開き直るつもりも弁明する気もシュウにはなかった。それこそ放っておいてくれ、というものである。


「今はまだ再分配は困る。自分がこの世からいなくなるまで、ゆっくりと吸い取ってほしい。その後の事は貴方の知った事ではない、という事ですか」

「まあ、ラースが先に死ぬかもしれないし、再分配は起こらないかもしれないよ? ただまあ、そうだね。神である事を止めた後は、もう僕の知った事じゃない」


 つまり、このままアレンの筋書き通りに事が進んでしまうと、いずれ近い内にこの世界はまた昔のように魔物が跋扈(ばっこ)する世界に逆戻りするのだ。


「ヤナ……」


 花夏が呟いた。


 シュウは頭を抱えたくなった。そう、そうなのだ。花夏はヤナをとても可愛がっている。自分の事より、ヤナの未来を優先する程度には。


 シュウとて自分の可愛い娘だ、勿論守ってやりたい。だが、そのせいで目の前の愛する女性が選択肢を(せば)めるのは看過出来る事ではなかった。


 花夏がアレンに一歩近づいた。


「貴方はこの世界で一番偉い人かもしれないけど、私はこの世界の人間じゃない」


 そして、きっぱりと言い切った。


「私には、貴方の命令に従う義務はない」



次回は明日、もしくは明後日更新予定です。

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