王の休息
シュウさん、貧乏くじを引きます。
お楽しみくださいませ♪
国王アレンの体調不良。
その知らせは瞬く間にダルタニア王国の王宮中を駆け巡った。
その強力な魔力ゆえに今まで一度たりと風邪すら引いた事がなかったアレンである。当然、謁見の際その場に居合わせたシュウといつの間にか王の間にいた花夏が疑われた。
セシルが代理として玉座に座りきちんと説明を行なう迄は。
セシルは他の官にそのまま伝えた。アレンは予定通りシュウに残るラースの気配を辿った。その気配を辿り、遠方にいた花夏をここまで引っ張ってきたのだと。
ただ付け加えただけだ。遠方から引っ張ってきた為魔力の消費が半端なかったのだ、と。
たったひとりの人間が自身の魔力を使って人を探し連れてくる事がそもそも規格外の話である。多少どう盛ったところでばれるような種類のものではなかった。
「で、俺はいつまでここに座ってればいいんだ?」
「まあそう言わずに。私だってカナツといたいのを我慢してるんですから」
元々この国の政治はアレンひとりで回されていたと言っても過言ではない。その為、宰相などは案件は持ってきても判断が出来ない。初日からぐしゃぐしゃになりそうだった判断に、最初にシュウに泣きついてきたのはまさかの宰相本人だった。
結果、多少の助力は覚悟していたもののまさかここまでどっぷりと政治に関わる事になるとは思っていなかったシュウは、セシルの横に連日張り付いている。
不本意ながら期間限定とはいえ玉座に座る事になってしまったセシルの表情も暗かった。元々王位継承権などに興味がなかったセシルである。まあ可哀想といえば可哀想ではあった。だが、他に適任がいない。嫌でも我慢してもらうしかなかった。
あまりの人手のなさにユエンを花夏の日中の面倒係に任命し、すっかり爺むさくなったイリヤはセシルのやる気を出させる為に玉座の横に付けた。ダルタニアの官達のやる気のない事といったら半端なかった。
やはり、権力はひとりに集中させすぎてはならない。他国ながら、シュウはこの国の将来を憂いた。
「セシルは堪え性がないからな」
そのイリヤはというと、玉座の横にテーブルと椅子を勝手に用意して呑気にお茶を啜っている。
「シュタフ殿、病み上がりなのは承知しておりますが、もう少し協力してもらえませんかね?」
シュウはつい愚痴を溢してしまった。
若い頃はただの無鉄砲、年を取ったらただのマイペース。本当のイリヤはそんな人間だったようだ。
はあ、と美味しそうにお茶をまたひと口飲み、満足げな表情だ。
「まあいい機会だから鍛えてやってくれ」
さらっとそんな事を言った。
セシルは不貞腐れて玉座にもたれかかった。
「俺はもう嫌だ」
シュウも応じる。
「私だって何で他国の国政に関わらないといけないんですか。グルニア様にばれたら叱られますよ本当。カナツといさせて下さいよ。折角会えたというのに本当生殺しなんですが」
「あ、ユエンが国土調査隊? だかに報告したって言ってたよ」
イリヤの言葉にシュウが固まった。何か今聞き捨てならない事を喋ってはいなかっただろうか。
イリヤがずず、とまたお茶を啜った。
「今、何と仰いましたか?」
可愛らしい顔は、以前とは違い本来の年相応の落ち着きを見せていた。なんでもないような顔をしているが、少し口の端が上がっていた。
「ユエンが報告した」
シュウは絶句した。あいつは一体何をやっているんだ。シュウは愕然とし、そして思い出した。
あいつはシュウよりも面白いものが好きなのだ。
シュウは頭を抱えた。まさか身内にやられるとは。
「あいつ……」
呆然としたまま呟くと、イリヤが実に楽しそうに笑った。
「ユエンをそう育てたのは君だろう?」
はあ、とシュウは溜息をついた。その通りだった。疑って、それすらも楽しめるよう、つまらない毎日を楽しく感じられるよう育てた。
「仕方ないですね。自分のせいだ」
本当に仕方なく笑った。もう報告が行ってしまったのなら仕方ない。後はサルタスの判断次第という事になる。
まあ、サルタスならそこまで酷い事はしないだろう。多分。
シュウは気合いを入れ直してセシルを見た。
「さあ、これを片付けましょう。私に早くカナツと会う時間を作ってください」
まだ再会して初日にさっと説明をしたきりろくに会話もしていない。アレンの自室で膝を抱えてじっとアレンを睨みつけて数日。殆ど寝てはいない。あの綺麗好きの彼女が風呂も入らず、ひとりの王をただ睨みつけていた。
もうそろそろ限界がくる。花夏が倒れてしまう前に、一度休ませてあげたかった。
シュウの言葉をどう受け取ったのか、セシルにも少しやる気が戻ったらしい。若干やつれた顔にほんのり笑顔を浮かばせ言った。
「そうだな、今日は早く終わらせよう」
相変わらず空気を読まないイリヤが言った。
「あ、ちなみに言っておくと、セシルは多少追い込んでも体力あるから全然大丈夫だよ」
ごふっとセシルが吹いた。
「イリヤ……そういう余計な情報は与えないでほしいんだが」
「事実だろう? ラースを連れてくる時に血反吐を吐いて笑いながら何度も異世界に赴くお前を見て、ああこいつは変態だなあと思ったもんなあ」
セシルが咳払いをした。
「とにかく、今日は最低限片付けて終わる。分かったな」
「はい、セシル様」
隣でシュウが微笑んだ。
花夏は参っていた。
豪奢なダルタニア国王アレンの自室。部屋の中には部屋が何部屋も連なり、花夏の住んでいた日本の家などミニチュアのように思える広さ。広々としたベッドからは薄い布が幾重にも重ねられてベッドの上に薄い影を作り出している。
その部屋の片隅のソファーの上に花夏は陣取っていた。力が入らないのか、うつらうつらとしているアレンをじっと静かにその目で捉えていた。アレンから感じ取れる赤い力。それを自分にひたすら引き寄せるだけの作業。始めこそ勝手が分からず戸惑ったが、連続して吸い続けている内に理解した。
この赤眼の男の力は吸い取り易い。
シュウが始めにさっと説明していったところによると、昔現れたラースから吸い取ったふたつの月の力を今でも保持しているらしい。であれば納得だった。元々花夏の力のようなものだ。だから馴染むのだろう。
一度この力の流れを把握してからは、少し寝れたりも出来た。花夏が魔力を吸い取っている限り、アレンはあまり動けない。何度も何度も繰り返し転生した結果ゆえか、この王はまるで魔力の塊のようだった。つまり、魔力を抜き取られると動けなくなる程魔力に頼って生きているという事だった。
風呂に入れないのはきつかったが、食事は用意される。とにかくあの時シュウの声が聞こえて咄嗟に突き放してしまったアスランが花夏を追ってここに辿り着く前に、この現状を何とか打破しなければならなかった。それまでは、出来ればゆっくり考えをこね繰り返して熟考を重ねながら過ごしたかった。
なのに、何故シュウはこの男をここに寄こしたのだろうか。
「カナツ、もう少し食べたら? そんな暗い顔してたら折角隊長……じゃねえや宰相が会うのを楽しみにしてるのにがっかりするよ」
ヘラヘラと軽そうな笑顔でやたらと話しかけてくるこの男。名前をユエンというようだが、正直どうでもよかった。
「黙ってって言ったでしょ」
「そうだっけ?」
ニコニコ。胡散臭い笑顔を振りまいている。この世界に来てから半年以上が経ったが、ここまで軽い男は初めて会った。元々大して大人の男性の知り合いはいなかった花夏ではあるが、人間が誠実かそうでないか位の判別がある程度つく位は人と接してきたつもりだ。
お茶目ではあるがきちんと筋は通すシュウや、真面目だがヤナへの思い入れはとてつもないサルタス。そして、孤独を抱えながらようやく花夏に会えて素直に愛情を示してくれるアスラン。
皆、誠実だった。
それが、この男には見られない。シュウの部下だというから悪い人間ではないのかもしれないが、花夏には誠実のせの字も見えなくて全く信用が出来なかった。
「顔色悪いよ。寝たら? 俺に寄っかかると……宰相が怒るなあ。ははは」
茶色のサラサラな髪を実に楽しそうに揺らしている。何がそんなに楽しいのか、花夏には理解出来なかった。
「俺の事性格悪いって思ってる?」
「……悪いでしょ?」
「当たり! いいねえ素直で」
花夏がぼそりと返答すると、ユエンがまた楽しそうに笑った。ちょっと怖い、この人。花夏はソファーの隣に当たり前のように座るユエンをどうやって排除しようか考え始めた。
セリーナの剣は置いてきてしまった。得物となるような物は今近くにはなかった。王の自室なのでそういった物は基本持ち込み禁止なのかもしれなかった。直接攻撃は、残念ながらハルナから習わなかった。習う時間があればよかった。悔やんでみたがもう仕方がない。
「カナツみたいに素直そうな子は俺は苦手だろうなあ。あ、俺にはアリーっていう婚約者がいるんだけど、カナツみたいに素直じゃ全然ないんだけどさ、もう堪らなくいい女なんだよ。ああ会いたいなあ」
今度はのろけ始めた。
「貴方の婚約者さんも大変だろうね」
素直な感想を述べてみた。すると、ユエンの顔がぱあっと明るいものになった。やっぱりこの人、おかしい。
「そうなんだよ! こういつも眉間に皺寄せて俺を馬鹿にするような事を言うんだよね。いいよね」
「貴方頭おかしいんじゃない」
「あ、今のちょっとアリーに似てるかも! くおー会いたいなあ」
駄目だ。この男には何を言っても無駄そうだった。
シュウが早く交代してくれれば助かるのに、何故か他国の政治を回すのに駆り出されてしまってちっとも顔も見せない。話したい事、相談したい事もいっぱいあるのに、上手く回らないものだ。
ぶすっと黙っている花夏を見て、ユエンが小声で言った。アレンに聞こえないようにだろうか。
「もうすぐ来るよ。あの人は裏切らないから、いい子に待ってな」
花夏が怪訝な顔をしてユエンを見た。この数日で初めてこの男の誠実そうな顔を見た、と思った。
「俺はただの君の暇つぶしだよ。君に会いたがっているあの人は、きちっと間に合うように調整してくるから」
花夏の大きな瞳が自分を見つめるのを何と思ったのか、ユエンが面白そうに笑いかけた。
「俺にむかついて凹むどころじゃなかっただろ?」
花夏は、この目の前の男の真意がどこにあるのか分からなくなってしまった。
次回は明日、ないしは月曜日更新します!




