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物語はいよいよ最深部へ。


是非お楽しみください。

 セシルがアレンに詰め寄る。


「ど……どういう事だ? 答えろ、アレン!」


 アレンの頬に伝う涙が顎に沿って流れ、落ちた。


「……セシルの前のカラドの時、僕はこの力を手に入れた。もう、何百年も前の話だ」

「その目的は?」


 シュウが尋ねた。セシルはいきなり自分の話が出てきてしまい少なからず驚いたのか、落ち着きがなくなってしまって目が泳いでいた。


 これでは駄目だ。


 アレンが何を言おうとしているのか、どこまで引き出せるか。アレンもセシルも取り乱している以上、シュウがやらねばならなさそうだった。


 アレンの目がシュウを捉えた。戸惑いの目だった。


「この……この世界は、人に優しくなかったから、だから人に優しい世界を作るために僕は力を手に入れようとした」

「人に優しくない、とは?」


 静かに冷静に問い返す。責めず、あくまで穏やかに。


 怯えた子供に手を差し伸べるかのように。


「元々この世界は、皆が同等量の魔力を持っていたんだ。自然も動物も、魔物も」

「自然も動物も? 魔物も普通に存在したという事ですか?」


 アレンが頷く。どこか弱々しい表情だった。


 人は、隠し通していた秘密を吐露すると弱くなるのだろうか。


「その中で、人間は弱かった。圧倒的に弱く、数で対抗していた状況だった」

「その人間に魔力はあったのですか?」


 本当の話なのかどうかは分からない。だが、まずは聞かないと話は進まない。シュウは、考えながら、言葉を選んでいく。


 セシルが少し落ち着いてきたのか、肩の力が抜けたのが見えた。


 アレンが答える。半ば呆然としているように見えた。


「殆どなかった。理不尽な魔力による暴力に対抗できるすべは、自然に宿る魔力を借りるしかなかった。だから、僕は考えて考えて、気付いたんだ。ああ、魔力の量は一定なんだと」

「一定……? どういう事です?」


 アレンの話している事は理解の範疇を超えていた。頭がこんがらがってくるが、整理している余裕はなさそうだった。


 アレンが読めない表情でシュウを見る。お前に理解出来るのか、そう問われている気がした。


「この世界にある魔力の全体量は決まっている。分母が増える事はない。あとは分配の問題だ。ある種の分母が減ると個々の魔力量が濃くなる。また別の種の分母が増えると、個々の魔力は薄れる」


 アレンは自身の手を見つめた。


「人間は増えた。増えて、魔力は薄れた。人間は自然の魔力を使って魔物の数を減らした。減るとどうなると思う?」


 シュウを見た。


「魔物の魔力が増える、ですか? だが、それだと不均衡になりませんか」


 それでは、自然の分母は減らないのに、魔力だけ消費される事にならないか。アレンの理論とは合わない。


 アレンが笑った。


「正解だ。不均衡になる。不均衡になると、世界に是正措置が取られる。――それがラースとカラドだ」

「是正措置、とは」


 世界のことわり。今アレンはその真相をシュウに伝えようとしていた。


「種の分母に基づく魔力の再分配だ」


 アレンがあっさりと伝えた。シュウは一所懸命話を整理しようとした。したが、ついていけない。何故ラースとカラドがそこで出てくる? 


「では、ラースとカラドとは何ですか?」

「そのままだ。至高の器と、大いなる魔力。全ての魔力は天に輝く黄月ラース青月カラドからもたらされる。世界の魔力が不均衡になると、是正措置の為に現れる。僕は、あいつらに出会ってそれに気付いた。だが、当時人間は増え過ぎていた。魔物は強かった。だから」


 アレンが言葉を区切った。シュウは待つ。待った。セシルは訳が分からないといった風にアレンとシュウを見比べていた。


 アレンはシュウを見ていた。自分は、この王の話についていけているのだろうか。及第点をもらえているから目線を逸らされないでいてもらえているのだろうか。


「ラースに満ちたカラドの力を使って、再分配の前に僕は力を得る事にした。一部の人間に魔力を集中させて、自然からは魔力を取り上げて、力を与えた人間に結界を張るすべを教えた」


 アレンのその話は矛盾しないか。現在、強い魔物の話など聞いた事がない。分配が均等にならないと理を戻そうとラースとカラドが現れるのであれば、もっとちょくちょく現れる筈。歴史書を散々読み漁ったシュウには分かったが、そんな事はここ百年以上起こっていない。


「魔物はどこに行ったのです? いなければ、その理論は成り立たないのでは」

「いるよ。結界の外に追い出した」


 アレンが薄っすらと、だが少し嬉しそうに微笑んだ。これはいよいよ及第点、という事だろうか。


「奴らには別の居場所を用意した」

「棲み分け、ですか」


 アレンが涙を拭いて、今度こそはっきりと笑った。


「お前いいな。そうだ、そういう事だよ。これが理解出来るんだな、この説明だけで理解出来るんだ。いいじゃないか」

「……どこまで理解しているかは正直分かりませんが」


 あくまでそうした場合と仮定すれば、の話だった。仮定でなくこの世界の本当の話だと言われても、正直素直には信じがたい。結界の外側のどこかに魔物だけの楽園があるなど、そう簡単に信じられるものではなかった。


 感情と理論。ここでは分けていく必要がありそうだった。


「義兄上はいい宰相を見つけたな。いいな、僕もあの時お前みたいのがいたらよかった。そうしたら、こんな事にはなってなかった」


 アレンの端正な顔には後悔の念が窺えた。


「こんな事、のご説明をいただけますか」


 アレンがシュウを見つめる。シュウも見つめ返した。この王の話が全て本当だとしたら、この人はこの世界の現在の姿を作った張本人だ。彼の人生をかけて世界を作り替える程の価値のある何かが、彼がいた時代にあったのだろうか。


 それ程までに、何に惹かれたのだろうか。


「僕は」


 一瞬、アレンの目がうつろになった。


「僕は、神になったつもりだった」


 シュウの喉は、カラカラになっていた。辛うじて口の中に残る唾を飲み込んだ。


「結界を作って、人間に生きやすい環境を整え、得た力を使って自分に赤眼の王として生まれ変わる業を負わせた。それでこの先もこの世界を見守ろうと思った」


 シュウの目の奥に何かを探してるのだろうか。目線は合っているようで合っていなかった。


「何度かはよかった。自分が本当に神になったような気がしていた。だけど、何度目かに赤眼の王となった時にセシルのカラドが現れた時、僕は……」


 再びアレンの瞳から涙が溢れ出した。


「僕はどうしようもなくお前に惹かれて、まだ会わぬラースを異世界に投げ捨てた」


 セシルは呆然としてアレンをただ見ていた。


「世界を隔たればもう想いなど消えると思った。元々ひとつになれば一度たりで終わる関係だけど、それがどうしても許せなかった」


 アレンが立ち上がり、呆然と佇むセシルに近づいた。


「カラドの力が溜まるには時間がかかる。またしばらくラースとカラドが現れないようにも、僕はお前の力を奪った。お前も一度は僕を受け入れた。なのに、最後の最後でラースを求めた」


 アレンがセシルの前に立った。


「だから、僕はお前を殺した」


 セシルが目を見張った。


「カラドでいる限りラースを追い求めるなら、カラドでなくなればいい。次からは僕の近くに生まれるよう縁も組んで、僕は次に賭けた」


 それはどれ程の想いだっただろうか。捨てようにも捨てられない、どこから来るとも分からない執着。それを今世では叶えられずとも来世で叶えようと願うその深さとは。


「でも、お前はいつもどこか他を見ていた。今もそうだ。お前の興味は人にはない」

「アレン……」


 シュウは道中に聞いたセシルの話を思い返していた。この男には誰かを深く愛するという気持ちは確かにないのかもしれない。ただ、イリヤという居場所を大切に想う気持ちはある。今までの事は、それ故の行動だった筈だ。となれば、何がそうなった原因となるのか。


 シュウは、ひとつの可能性に気が付いた。


 世界によって仕組まれたのに、完成しなかったえにし。ただ一度の器との逢瀬すらも阻止されてしまった故の喪失感。


 それが、セシルの魂に刻まれてしまったのではないか。


 何故なら、ラースとカラドは世界のことわりだからだ。不均等を是正する為の存在なのに、是正する事すら叶わず、更には半身と出会う事すら阻まれたのなら。与えられた役割を取り上げられ、恋い焦がれ、だが半身はこの世界にはおらず、絶望を抱えて新たな生を受ける。


「……酷な事をする……」


 つい口から突いて出た。アレンがピクリと反応し、シュウを向いた。


「なんだって」


 アレンがシュウを睨みつけた。赤い目は炎のような熱を帯び始めた。


「セシルがカラドでなくなった後も僕のものにならないと分かってから、僕がどんな想いで次のラースとカラドを待ちわびていたかお前に分かるか? この世にカラドが生まれて、段々と力を蓄え始めて僕が今のこの世にカラドがいると知った時の気持ちが!」


 アレンがシュウに向いた。


「ああ、終わる。ようやく終わる、ようやくこの想いを終わらせる事が出来る、そう思った僕の気持ちが分かるか!」


 アレンが瞳を輝かせてシュウに近づいてきた。美しい、希代の王。孤独な王。


「赤眼の呪いを消しても、僕に蓄えられた力はまだまだ残る。次の僕に確実に残さない為に、ラースの器が必要なんだよ」

「どういう……ことです」


 とうとう本音が出た。これだ。これが答えだ。花夏を欲する真の理由だ。


 アレンは嫣然と微笑んだ。


「彼女には、僕の呪いを解いて器が空になった後に今度は僕に残った力を吸い取ってもらうんだ。だから彼女を僕の妃にする。僕の力を吸い尽くすまで、逃がすつもりはない」


 心がひやりとした。やはり、そこにはなかった。唇が震えた。あんまりだった。一体何のために出会ったのか。


「彼女の……彼女の意思はどこにある!」


 アレンが意外そうな顔をした。


「世界の王とも言える僕の妃になるのに何の不満がある? ただの器が」


 シュウの目の前が真っ白になった。


 ただの、器。今、この王はそう言った。シュウが愛したあの凛としてシュウを魅了して止まない光り輝くあの花夏の魂を、ただの器だと。


「ふざけるな!」


 渾身の力を放った。アレンの首めがけて両手で魔法ちからを使う。


――こんな首、折れてしまえばいい!


 もうヤナの事もこの先の事も考えられなかった。


「お前はいらない! カナツにはいらない!」


 叫んで、更に力を入れた。なのに。



 なんでこの男は平然と笑っている?



 アレンは何でもないように笑いながら立っていた。一歩シュウに近寄った。


 横でセシルが身体を動かそうとしているが、動かないのか悲痛な表情でふたりを見ていた。


 シュウは更に魔力を込める。締まらない。ああ、何でだ。涙が出そうになった。


 アレンが更に一歩近づく。


「お前の力、なかなか面白いね」

「黙れ!」

「怖いなあ。ねえ、カルセウス殿」

「黙れ! 黙れったら!」


 アレンがシュウの額に手を触れ、楽しそうに、実に嬉しそうに笑った。


「僕も同じ事が出来るって言ったら、お前はどう思う?」


 アレンがそう言った瞬間、シュウの身体は見えない透明な力で床になぎ倒された。


次回は平日の2020/11/4更新予定です!

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