救い ☆
ダルタニアへと向かう道中、シュウとセシルは実に様々な話をした。
セシルは、ユエンが少しだけ手紙で触れていたイリヤとの過去の出来事についても詳しく話してくれた。ユエンに話すまではずっとずっと自分の心の内に留めておいていたようだが、ユエンに話した事で少し抑えていた気持ちが解放されたのだろうか、「ひとりに言ったのであればふたりに言ってももう同じだ」と淡々としていた。
アレンから寄せられる想いにどう対応したらいいのか戸惑ってしまっている事。なのにラースである花夏を娶るという矛盾にどうしても納得が出来ない自分がいる事。国王としては早く妻帯して世継ぎを産まなければならないのは分かる。だが、何故ラースでなければならないのか。なのにアレンは何故未だにセシルを離そうとしないのか。アレンの事が分からなかった。
何を求めてどこに向かっているのか、聞いても答えは返ってこない。
セシルはずっと悩んでいた。アレンの気持ちを受け入れる事は出来ない。国を思えばこそ、絶対にあってはならない事だった。
だがそれ以上に、セシルは自分の気持ちがどこにあるのかが分からなかった。
アレンから逃げたいのか、それとも受け入れたかったのか。誰を好きなのか、誰も好きではないのか。
もうフィオーレの事は割り切った。もう残っている想いはない。謁見した時にその事に気付き、同時に悟った。セシルは、アレンが抱える燃えるような想いが自分の中にはない事に。元々そんなものなどどこにもなかった事を。
イリヤと研究をしているのがただ楽しく嫌な事から逃げている、身体が大きいだけの子供だったのだと。
それだけの男だと、セシルは言った。
シュウも話した。セリーナに起こった事故の方。その後に暴走したヤナの力、その時に見た神々しいまでの光。その後に起きた花夏との出会い。結界を張り直す為にした事、そしてシュウが背中を押した、花夏との別れまで全て。
ふたりとも、互いに洗いざらい話した。隠している事はもうない、そう言える程に。
何故お互いここまで話してしまったのか分からない。だが、お互いの立場、悲しみ、孤独。そこに共通する部分が多かったからかもしれない。ひとりの立場ある人間として常に背筋を伸ばして立っていなければならなかった、その重圧から逃れられないふたりだからこそ。
ダルタニアに到着する頃には、昔から知っている友のように思えるようになった。
国家間としては敵対せざるを得ない場面もあろう。だが、最後の最後、人対人でもし対峙してしまった時は、お互い誠実でありたい。
そう思える出会いとなった。それだけでも救われた。
ダルタニア王国王都ルドス。
気候はラーマナより遥かに暖かく、道行く人々は半袖か袖のない服を着用している。全体的にラーマナの民よりも肌の色が濃い人が多い。髪の色も様々な色を持つ人々が入り混じり行き交っていた。
よく整備された車道を、セシルとシュウを乗せた馬が進んでいく。
シュウが疑問を口にする。
「結局、私は客人の扱いなのですか? それとも人質でしょうか?」
道中はかなり自由で、本気で逃げようと思えば余裕で逃げられる自由さがあった。勿論、残してきた者の事を考えると逃げる選択肢など元々ないのではあるが。ただ、一旦城の中に入ってしまったら、全てが終わるまでは出られないのではないか。そう危惧していた。
出来れば花夏とは長く接触したくなかった。ただのひと目見る事が出来たら、もうそれでいい。でないと、一緒にいればいる程気持ちを抑えられなくなってしまうのが今からでも容易に想像出来てしまった。
それは、どれ程の生き地獄か。
何もかも捨てて花夏を連れ去りたい気持ちはあったが、花夏の気持ちは恐らく自分には向いていない。花夏にとってシュウは、いつまで経っても保護者の域から出ないだろう。
そう自分で設定してしまったのだから仕方ない。そう仕向けたのは、自分だ。悲しい事に。
セシルが答えた。
「アレンが何と言うかだが、俺は貴方を客人として迎え入れるつもりだ。勿論、ラースとカラドも」
シュウと花夏はともかく、アスランはどうだろうか。アレンの目的が分からない以上、簡単に呼び寄せたくはない存在だった。
「陛下の目的にも寄るでしょうがね」
「それはこれから問い詰める。だが何もかも隠したまま事を進めては、今回ばかりは流石に周りも納得しないだろう。なんせアレンの婚姻に関わる事だからな。国家の一大事だ」
それは確かにそうだろう。花夏がどういった人物なのか、それすら分かっていない段階での婚礼など、いくら強大な力を持つ王だとしても周りが許すか。
それに国民感情というものもある。どこの馬の骨とも分からない娘をポンと連れてきてさあ結婚だといくら王が言ったとしても、そうすんなりいくものだろうか。
それとも、花夏をラースとして公表するのか。
アレンが一体どうするつもりなのか、もう少しはっきりとさせておかねば周りも動けまい。やはり大事なのはアレンの思惑だ。理由が分からない。
シュウが更に聞く。
「陛下は、割と何でもおひとりで決定されてしまう感じなのですか? グルニア様ですと、宰相である私と確認を取りながら事を進めるのですが」
セシルの顔が苦々しいものとなった。それだけで返答内容が分かってしまった。
「宰相はあくまでアレンへの報告とアレンの決定内容の実行、それだけだ。宰相含め周りの意見など、アレンは聞きやしない。しかも、アレンが一番先を見据えているからたちが悪い。いつもアレンの決断は、後になってああ、こういう事だったんだと周りが納得してしまう。だから、もう誰も意見など言わん」
「……成程」
それは随分と恐ろしい。万が一アレンが急にいなくなってしまった場合、その途端政府機能が瓦解してしまう危険性がある。独裁と言っても過言ではない体制となっている、という事だ。
「アレン陛下以前はどうされていたのですか?」
アレンが国王となってからはまだ6年。以前の王の時代の官が残っているのであれば、反発もありそうなものだが。
「当時は穏やかな王だったからな。今のラーマナと同じような体制を取っていた」
「その頃の官達は今は? ここまで独裁的ですと、抵抗もあろうかと」
セシルが肩をすくめた。
「承伏させてしまった。ねじ伏せたとも言うな」
「つまり、もう逆らう者はいないと」
セシルが頷いた。
「ラーマナではあまり馴染みのない現象かもしれんが、赤眼の王というものはダルタニアでは完全なる王の意味を持つんだ。だからそもそも誰も逆らわん」
「完全なる王、とは?」
セシルは鼻で笑った。馬鹿馬鹿しい話だと分かっているのだろう。
「何もかも知っている。何もかも出来る。失敗などしない。そういう王だと」
「それは随分と……」
赤眼の王の存在は他国においても有名ではあるが、そこまで崇められている存在なのか。そのような妄信的な事がまかり通る、それがこの大陸一の大国の正体なのか。
驚きを隠せないシュウを見て、セシルが苦笑いした。
「だからあいつは人の意見など聞かない」
そんな王を説得、若しくはせめて意図だけでも聞き出さなければならない。かなり難しそうだったが、やるしかなかった。
シュウは、目の前に迫る大陸一の王国の王城を見上げた。シュウの心情によるものか、大きく迫ってくるように思えた。
城門が近づいてきた。
シュウは考える。さてどうすべきか。この男に全てを任せるわけにもいくまい。
もうラーマナについては憂いはなくなった。後は花夏の事だけだ。だがこれが一番難しい。花夏はどうしたい? シュウはどうしたい? 花夏がどうあればシュウは納得出来るだろうか?
きちんと花夏と話をしたかった。でもそれはきっと叶わない。
前を眺めていると、城へと続く堀の前によく見知った顔があるのに気が付いた。
「ユエン?」
あの軽そうな雰囲気。捻くれた口元。その横に立つ小さな影は、あれは。
横を行くセシルの表情がパッと明るくなった。青い瞳が子供のように輝く。
それを見て、シュウは何だか嬉しくなってしまった。
この人は、愛には恵まれなかったかもしれない。だが、ちゃんと知っている。
人を大切だと想う事を。
「イリヤ!」
セシルが馬を降りて、シュウにさっと手綱を手渡し走って行ってしまった。シュウは手元に残された手綱を見、次いで大急ぎで走って行くセシルの後ろ姿を見て、つい笑みを漏らした。
その大きな背中は、子供みたいにキラキラしていて羨ましい程眩しかった。
イリヤに走り寄ったセシルがイリヤを抱え上げ、グルグルと回り出した。それをユエンが呆れたように一歩下がりながら笑って眺めた後、その場で佇むシュウに向かって仕方ないな、という風に笑いかけて駆け足で向かって来た。
「何ぼーっと見てるんですか」
見上げる顔は日に焼けている。元気そうだった。
「元気そうじゃないか」
「お陰様で」
ようやく降ろされたイリヤがセシルに怒っている姿が見えた。あのセシルの嬉しそうな顔といったら。
シュウが微笑ましくふたりを見ていると、セシルがイリヤを抱き締めた。フワフワのイリヤの頭に顔を埋めて動かなくなった。まるでイリヤが襲われているように傍からは見える。
しばらくして、イリヤの手がセシルの黒髪の頭をポンポンと叩いた。
ああ、泣いているのだ。
道中にセシルの話を聞いた今なら分かる。イリヤがどれだけ罪を犯そうが、あそこにしかセシルの居場所はなかった。それがなくなってしまいそうになって、あの人はどれだけ不安を覚えただろうか。
不安なんてものじゃなかったかもしれない。それは、恐怖。この世に唯ひとり取り残されるような恐怖だ。
だからなりふりなんて構っていられなかった。持っている情報は全て使って、イリヤを繋ぎ止めようとした。
国さえも売るつもりで。
ならば、今のこの再会はセシルにとって救いか。
「隊長……じゃないや、宰相、やけに嬉しそうじゃないですか」
横で同じように2人を微笑みながら眺めているユエンが話しかけてきた。シュウが握るセシルの馬の手綱を手に取った。
「ユエン」
「何ですか?」
相変わらずの軽い口調。それが懐かしかった。
シュウも馬を降りて、ユエンの隣に立った。
「ありがとう。よくやった」
ユエンがシュウを見上げた。口の端がまた生意気そうに上に曲がっている。
「どういたしまして、宰相」
ラーマナ王国のふたりは、しばしそのままその場に佇みセシルとイリヤの様子を眺めていた。
次回は明日(2020/10/30)投稿予定!頑張りますー




