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喪失

シュウさんの心からの言葉を是非ご堪能くださいませ!

 ふたりの男が見つめ合う。


 お互い何を考えているのか、どこまでの情報が取り出せるのかの腹の探り合いだ。


「カルセウス殿、正直に答えていただきたい。今ラースはカラドといるんだな?」


 まさか気付いていないとは思ってもいなかった。アレンとヤナの共鳴の際、星空の先に淡い金色の光の横に寄りそうように青い光が見えた。あれでもうてっきり分かっているものだと勘違いしていた。


 どうやら、これはシュウの失言だったようだ。だが、言ってしまったものはもう取り返しがつかない。


「……恐らく、としか言えませんが」

「そうか。実はカラドも探せと言われている」

「カラドを探す、その目的は」


 セシルが厩戸の方に歩き始め、シュウを追い越していった。シュウも再び後に続く。


「ユエン経由で言い伝えを知らせた筈だが。――カラドの魔力をラースの器に満たすと、この世界が正常化させる力を得る事が出来る。アレンが欲しいのはその力のようだ」

「世界の正常化とは、何ですか?」


 この世界の何が間違っているのか、流石にシュウには分からない。そんな観点で自分が存在するこの世界について考えた事などこれまでなかった。


「分からん。アレンは知ってるようだが、言わない」

「あの王は、何故それをご存知なのですか」

「分からん。何も、分からない。聞いても答えない」


 これでは何も話が進まない。シュウは小さく息を吐いたが、セシルに聞こえてしまったようだ。申し訳なさそうな表情をしながらシュウが追い付くのを待った。


「あいつは、いつもひとりで決める。俺の事だってそうだった。気が付いた時にはもう全部終わっている」


 フィオーレとの婚約破棄の件だろうか。シュウはこの魔術師の事を少し哀れに思った。あの強大な魔力を持つ王に、ずっとずっと振り回されてきたのだろう。何の選択肢すら与えられず、ずっと。


「そして俺は、あいつの命令には逆らえない」


 厩戸に到着した。ふたりを遠くから確認して、馬番が馬を連れてきていた。見事な白馬と黒馬だった。すでにくつわもはめられ、鞍も設置されていた。


「ありがとう」


 馬番に軽く礼をすると、シュウを振り返る。馬番が持つ白馬の手綱を引っ張ってシュウに渡した。


「貴方はこちらの白馬に。私はこちらに乗る。両方とも大人しい雌馬だ」

「かしこまりました」


 異論はない。シュウはあぶみに足をかけ、一気に馬に乗った。シュウの馬よりも幾分か細い。


「宜しく頼むよ」


 そう言うと馬の首をポンポン、と軽く叩いた。


「では行こうか、カルセウス殿。続きは門を潜ってからにしよう」


 そう言うとセシルもひらりと黒馬に跨った。大きな男が乗ると、馬が小さく見えた。ゆっくりと門に向かう。


 シュウは思わず後ろを振り返った。見慣れた街並み。そびえ立つ王城。奥にはラーマナ山脈が確認できた。歪んだ結界がキラキラと太陽の光を反射して煌めく。


 我慢できずに、馬上で花夏の小さな肩を抱き締めた。あの時は、まだこの腕の中からいなくなるなど先の話だと思っていた。シュウを、失う恐怖から救ってくれた花夏。なのに、シュウは花夏から更に奪わなければならない。


 何か方法がないか。シュウはもういい。花夏を手に入れられないのはもう分かっている。ならばせめて花夏がアスランを失わなくて済むような、そんな妙案がないか。


 シュウは前を向いた。少し馬足を早めてセシルに並ぶ。


 とにかく情報が何もかも足りなかった。この魔術師も、思ったよりも情報を持っていない。であれば。


「セシル様、つかぬ事をお伺いしますが」

「何だ」

「貴方はアレン陛下の命令には逆らえないと仰った。貴方のその口調からは、諦めのようなものが感じられます。……何故ですか?」


 この男はシュウの味方となり得るのか、それともあくまで敵対せざるを得ないのか。イリヤ・シュタフとの関係もありそう簡単にシュウを裏切るような真似はする事はないだろうが、かといってでは自国の王の命令に逆らうのかというとそういう訳ではないようだ。


 この男を見ていると、その身体にがんじがらめに鎖が巻き付いている、そんな錯覚を覚えた。


「俺はそこそこの譲歩を引き出した筈だったんだが、まだ足りないか?」


 ラーマナの結界を破ったのがダルタニアの仕業だとばれた以上、これは他国からの干渉となる。本来であれば抗議すべきところを、姉弟の関係であったからこそ表敬訪問という形で謝罪も受けた。その際、きちっと手土産も渡されていた。


 更に、歓迎の宴もあの花束贈呈の騒ぎの後開催はされたものの欠席者が続出するという結果になってしまい、歓迎する側からしたら大失敗に終わってしまった。それもこれも、あのアレンが勝手をしたせいだ。


 最後に、ラーマナの宰相を自国に連れて行くという暴挙。ダルタニアに対するラーマナの官達の不信感及び不快感は頂点に達した。


 アレンは自国の立場の方が圧倒的に強い事を知っているので強気だったが、明らかに非はダルタニアにある。セシルはアレンを説得し、資金援助、この先数年の輸出品のダルタニアでの関税減税、及びリュシカが荒れる可能性がある為の穀物の提供、更には難民がラーマナに多数流れてきた場合のダルタニアでの受入も約束を取り付けた。


 国対国としては、かなりラーマナに利益がある内容となった。結果、多少官達の憤りは収まったのだが。


「ただ単に私の興味が湧いただけです」


 先程セシルがシュウに言った事をそっくりそのまま返した。セシルは、先程シュウがずっとひた隠しにしていたヤナの魔法ちからについてきちんと話した事を思い出したのだろう。頭をがりがりと掻き、シュウを見、空を見、またシュウを見た。


 シュウは大人しく待った。時間はまだまだある。ダルタニアまではまだ何日もかかるのだから。


 セシルが諦めたようだ。渋々、といった感じで話し始めた。


「俺が、アレンに逆らえないのはな」

「はい」

「逆らうと、どんどん締めつけがきつくなるからだ」

「と、言うと?」


 シュウは容赦しない。この理由を知るのと知らないままとするのでは、今後に大きな差が出てくると直感が告げていた。


 セシルが言いにくそうにしているが、ひたすら無言で待つ。また周りをきょろきょろしている。思ったよりも落ち着きのない男だ。


「あいつは……アレンは、俺の事が好きなんだ」

「というと、締めつけは嫉妬からですか」


 フィオーレとの婚約破棄。追い出すような他国への縁組。セシルに独身を貫かせている独占欲。そして今セシルが言った締めつけ。


 アレンの好きは、恋愛としての好きなのだろう。


 叶わないと分かっていてもつい手を伸ばしてしまう。シュウにも身に覚えがあるからすぐに理解出来た。今も未練がましくひと目でも会いたいと思っている。


 セシルは意外そうな顔で聞いてきた。


「随分とあっさり納得するんだな」

「相手は違えど、その気持ちは私も同じですから」

「カルセウス殿……」


 シュウがにっこりと笑った。いつもの胡散臭いと評判の笑顔だ。悲しいことに。


「何の為に結界を黙って張り直したと思ってるんですか?」

「ラースを捕まえさせない為、だろう?」

「そうですね。娘が懐いていました。その為も少しはありますね」


 セシルは興味津々、といった風にシュウを見てくる。謎かけも好きなのかもしれなかった。元々好奇心旺盛な人間なのだろう。


「私があの人を好きだったからです」


 この男は、もしかしたら色恋には少々鈍いのかもしれない。横で首を捻っていた。


「ただ単に娘が懐いているだけだったら、私は余裕で切り捨てましたよ。私は元々そういう人間です。何故どこの誰とも分からない女性の為に国の一大事な筈の結界をこっそり張り直ししないといけないんですか? そちらが彼女を探しているのだったら、喜んで差し上げた。その方が、国としてはメリットがある。取引材料としては十分価値がありましたからね」


 シュウはひと息静かに吐いた。


 ああ、嫌な性格だ。我ながら嫌になる。残酷で冷酷で、結局何だかんだいって自分が大事なだけだ。


「私はあの人に会った日、この心に巣くっていた恐怖から解放されました」


 シュウは胸を手のひらで押さえた。今でも夢に見る。空間の中心に咲いた、赤い花を。


「恐怖、とは」


 おずおずとセシルが尋ねてきた。この男には果たして理解出来るだろうか。全てを諦めたようなこの男に。


「私は妻を事故で亡くしました。人の輪の中心に横たわった妻を見た瞬間、私は恐怖に心を奪われたのです」

「カルセウス殿……」

「それを、図らずもあの人が再現しました。そして今度は生きていた」


 セシルは理解しているのかしていないのか、微妙な表情だ。まあ、分かる訳があるまい。あれはシュウの恐怖だ。そしてシュウにだけの救いだ。口の端で笑った。


「当たり前です、死ぬような事は何もしていない。勝手に悪い想像をしたのは私の記憶があったからこそです。あの人はそんな事は意図していない。ただ、私が勝手に救われただけです」


 ああ、会いたい。自分がダルタニアに行ったところで、花夏を追い詰めるだけなのに、分かっているのにそれでも会いたいと思う。苦しくて仕方ない。


「だが、あの瞬間あの人に心を奪われてしまった」


 セシルは黙って聞いている。男の恋話など、聞いても楽しくないのかもしれない。しかもかなりひねくれている。


「だから、ありとあらゆる手を使ってこっそりと結界を張り直して、なりたい等と思った事もない宰相にもなって、あの人が生きていけるように準備を整えて、逃がして」


 なのに。


 ついきつい眼つきになってしまった。


「貴方達がそれを台無しにしてしまった。娘かあの人かどちらかを取るなら、私は娘を取ると決めていましたからね。貴方達がヤナを追い詰めた。だから今私はここにいます」

「カルセウス殿、その、申し訳なかった。変な事を聞いてしまった」


 セシルが謝罪してくるが、今更遅い。何もかもが遅かった。せいぜい嫌味いっぱいで笑ってやる。


「自分が愛し逃がした人を捕らえるこの愚かさがお分かりになりますか」

「もう、いい。済まなかった!」


 セシルが声をあげる。悲しい声色だった。何という狡さだろうと思う。ただ責められたくないだけだ。ただもう聞きたくないだけではないか。


「済まないと心から思うのなら、あの人を私に返して欲しい。まだカラドとも出会わず、私の腕の中にいたあの時まで戻していただきたい!」

「それは……」

「出来ないでしょう? ならば謝罪されるな。私は貴方の謝罪など受け入れません。貴方達は私のこの恨みも全て背負った上で先へと進まれなければならない」


 この男に欠けているのは覚悟だ。罪を背負う覚悟が足りない。アレンに奪われ流され、そのままここに流れ着いた。哀れではあるが、そんな事シュウの知った事ではなかった。


「最後にひとつ教えていただきたい」

「……知っている事であれば応えよう」


 セシルの声は、弱弱しかった。


「私達は今ダルタニアに向かっていると思いますが、どうやってラースとカラドを捕らえるのですか」


 先程のセシルの口ぶりだと、アレンはもう移動するのは難しそうだ。であれば、ダルタニアでアレンがシュウを使い花夏達の気配を追ったとしても、もしこの男が探しに行くのであれば、そこに何らかの逃げ道はないか。


 そんなシュウの思惑を理解したのだろうか。セシルが悲しそうに首を横に振った。


「ダルタニアに着いたら、アレンが貴方に残るラースの気配を追い、道を開く事になっている」

「道を開く、とは?」

「ラースを異世界から引っ張ったように、直接引っ張ってくる。もう、そうなったら逃げられない」


 セシルは今にも泣きそうな瞳をしていた。


次回は出来たら明日(2020/10/29)更新予定です!

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