決別
ちょっぴり甘えるシュウさんが出てきます。
お楽しみくださいませ♪
転送石が白く光った。花夏は石を手に取った。
手紙は、週末にヤナとサルタスからもらったものが最後だった。
ヤナの手紙には、今週ダルタニアの国王がラーマナ来る。その歓迎の時に着るドレスの事について書かれていた。ダルタニアの国王に花束を渡す役目を任されたから頑張らないと、という何とも健気な内容で、もうしばらく会っていないヤナに会いたくなって仕方がなくなってしまった。同時に思った。またヤナをぎゅっと出来る日は、果たして来るのだろうかと。
サルタスからの手紙には、今シュウがとても忙しく過ごしている事が書かれており、後はダルタニアからの訪問は花夏の痕跡を探しに来るのが目的だろうがボロは出さないようにします、といった内容になっていた。先日花夏たちが訪れたリュシカは、国王が高齢の為弱っていて結界も弱まっているので今後なるべく近寄らないように、とも書いてあった。
「カナツ、手紙読まないのか?」
風呂上りのアスランが、タオルで髪の毛をゴシゴシ拭きながら花夏の方に歩いてきた。
ここヴァセルは、大陸の中心にあるダルタニアから丁度真西に位置する国である。7月に入り、夏本番といったところだろうか。日本と違い湿気がないため朝晩は涼しいが、日中の気温はかなり高い。だから、アスランが着ているのは涼し気な黒のタンクトップである。しっかりと引き締まった胸筋と固そうな肩から二の腕にかけてのラインが目に入り、花夏はドキドキしてしまい視線を逸らした。ここまで露出が多いと、流石に目のやり場に困る。
ランバールに到着した後はそこで1泊し、その後は海沿いを南下していっている。大国と言われるだけあってかなり国土は広く、この国を出るにはまだまだ日数がかかりそうだった。
ベッドの端に腰掛け、花夏はまた転送石を見つめた。綺麗に白く光っている。もうダルタニアの表敬訪問は終わった筈だ。恐らく、今回の手紙にはその時の事が書かれている。
読まなければいけないのは分かっていた。だが、どんどん追い詰められてきているように思えてしまった。どんどん狭まっていく包囲網。まだ居場所もばれていないだろうに、そんな気がして仕方がなく、思わず手紙を読むのを躊躇してしまった。もしかしたら、少し弱気になっているのかもしれなかった。これではいけない。
花夏はゆっくりと息を吐くと、「カナツ・カワムラ」と唱えた。瞬時に手紙が転送されてくる。封筒が1通。
封筒の表を見ると、シュウの右上がりの癖のある字で『カナツへ』と書いてあった。
忙しい筈のシュウからの手紙。どうしたのだろうか、と少し不安を覚えた。やはり何かあったのか。
根拠のない焦燥感を覚えつつ、封を開ける。中からは手紙が1枚。今回はシュウからの便りだけだった。
花夏は読み始めた。
『カナツちゃんへ
ごめん、失敗した。
花束を渡した時、
ダルタニア王に気配を気取られた。
ヤナは壁を作っていたのに。
向こうの魔力に引っ張られて魔力が
暴走したようで、大騒ぎになったよ。
あの王はカナツちゃんの気配を
知っている人間から
気配を追う事が出来るようだった。
あの王にヤナが狙われてしまって、
だから僕は
言い訳はやめます。
僕は君ではなくヤナを選んだ。
だから僕は今からダルタニアと共に
君を捕まえに行く。
以前の僕はもういなくなったと思って
ほしい。
でも、逃げてほしい。出来たら
逃げ切ってほしい。
僕は君を捕まえたくはないよ。
もし僕を見かけたら、全力で逃げてね。
僕からの手紙はこれで最後にします。
君のこと、あんなに好きだったのになあ。
なかなかうまくいかないもんだね、残念。
シュウ・カルセウスより』
「シュウさん……」
花夏が呆然として呟いた。
「どうした?」
アスランが心配顔で花夏の隣に座り、花夏の手から手紙をそっと取って読みだした。何度か読み返しているのか、長い事読んでいる。
花夏がアスランを見ると、アスランは花夏に手紙を返した。そして、ふう、と息を吐くとそのまま後ろに倒れ込んだ。ベッドがボヨン、と揺れる。
「このおっさん、未練がましいな」
「おっさん」
アスランが不貞腐れた顔をして花夏を見ている。
「だって、言い訳しないとか言って結局言い訳して、ここにきても更にカナツの事好きだとか何とか言って、自分は娘を選んだ癖にカナツには嫌われたくないのが見え見えだろ」
「アスランってば」
あまりの言いように、それまで悲しみでいっぱいだった花夏もつい笑ってしまった。アスランが優しく笑うのが見えた。
「まあ敵に回すと厄介そうだけど、俺としてはライバルがひとり減ったから万々歳ってやつだよ」
「……ありがとう、アスラン」
花夏を悲しませないように、あえておどけたような事を言ってきてるのが分かった。そんなアスランの気遣いが、堪らなく切なくなってしまった。寝転がるアスランの脇に花夏も同じように寝転がり、よじよじと這ってアスランの腕に頭を乗せてみた。アスランを見上げる。
緑色の瞳が、眩しそうに花夏を見ていた。花夏の好きなアスランの表情だった。花夏の事が好きで堪らない、そんな顔。
「アスラン、大好き」
自然に口から出てきた言葉。それを聞いた瞬間、アスランが花夏にぐわっと覆いかぶさってきた。アスランの片方の膝が、花夏の足の間に入ってくる。肘をついて花夏が潰されないようにスペースを作ってくれているが、胸から下が密着している。
流石にこれは、まずいのでは。少し接触し過ぎだ。花夏は焦りまくった。アスランのおでこが花夏のおでこに触れ、赤銅色の髪が花夏の頬をくすぐる。これは、やばすぎる。このままでは、流されてしまいそうだった。
「……堪んねえ」
アスランが色気たっぷりに呟いた。
「あ、あのアスラン、ほら、その」
何とかどいてもらわないと、これは本当にまずそうだ。アスランの理性は一体どこへ行ってしまったのか。アスランがまたあの眩しそうな目をしながら言った。
「大丈夫、手は出さない。それは絶対守る。だから」
「……だから?」
「もうちょっとだけ触らせて」
「もうちょっとって……あ、こら!」
アスランの手が花夏の胸の横まで伸びてきた。花夏の身体がカッと熱くなった。
「こらー!」
しばらくの後。
ベッドの上には羞恥が限界を超え顔を枕につっぷして動かない花夏と、自分の手を幸せそうに頬に当ててほくほくしているアスランの姿があった。
ラーマナ王国王の間。
玉座に座る国王グルニアは不機嫌を丸出しにして、階段の下に立つシュウを半ば睨みつけるかのように見つめていた。
「本当にいいのか?」
「いいもなにも、他に道はありませんでしょう」
シュウが苦笑いする。ここ半年ちょっとで着慣れてきていた上等な服は、今日は着ていない。国土調査隊時代に愛用していた地味なマントの中には動きやすい服。靴も長年履き慣れたブーツを履いている。シュウの足元には鞄が置いてあった。
「ひと通りの事は事務官のソーマに引き継いであります。ソーマで解決が難しそうな案件がありましたら、国土調査隊隊長のサルタスをお使い下さい。私の片腕ですが、私より仕事は正確です」
「カルセウス、そういう事を言っている訳ではないのは分かるだろう?」
グルニアが立ち上がり、シュウの前まで降りてきた。
「……サルタスに判断出来ない事は、私が手紙にて指示しますので」
「カルセウス、ちゃんと答えろ」
グルニアがシュウの目の前に立った。怒っているのに憐れむような目をしている。
「アレンの目的は分からん。お前の娘をアレンから遠ざける意図がお前にあるのも分かる。お前が国の事も考えてるのも分かる。だが、お前の気持ちはそれでいいのかと聞いている」
シュウはグルニアに向かって静かに微笑んでみせた。
「陛下」
「何だ」
「私は強欲なのです」
「……どこがだ?」
グルニアが眉をひそめる。その心遣いにシュウの胸がぐ、と詰まったが、このまま笑顔でいくことにした。誤魔化すのはシュウの十八番だ。ただでさえ職務を放棄して行ってしまうのだ。せめて。
「娘は触らせません。彼らが探している者も逃したい。その間にダルタニアの目的を探りたい。全部を手に入れたいのです。どうです? 強欲でしょう」
グルニアが疑わしそうな目で見てきたが、これは嘘ではない。
「……必ず戻ってこい。お前の場所はここにある」
諦めたようにグルニアが言った。シュウはにこりとする。
「勿論です。こんな楽しい場所を私が手放す筈がないでしょう?」
グルニアが苦笑した。ようやく行かせてくれる気になったらしい。こんなにも惜しまれる自分の身が誇らしかった。有り難かった。この気持ちがあるから、きっとまた戻ってこれる。ヤナたちが待つこの場所へ。
「それでは陛下。行って参ります」
シュウが一礼する。グルニアが鼻息を吹いた。もっと言いたい事があるのは分かったが、いつまでもこうしてはいられない。あのでかい黒髪の魔術師が王の間の外で待っている。
「報告は怠るなよ」
「当然です」
「カルセウス」
「はい」
グルニアがシュウの肩に手を置いた。
「お前に全部引っ被ってもらってしまった。申し訳ない」
この王は。
今度こそ、本当の笑みが出た。
「引っ被った記憶はありませんよ。ご心配なく。ああ、ただひとつお願いが」
「何だ?」
グルニアが少し構える。ふ、と笑ってしまった。
「背中を押してください」
かつて花夏に押した時のように、今度はシュウも誰かから背中を押してもらいたくなった。荷物を持ち、くるりとグルニアに背中を向ける。振り返り、笑いを我慢しながら言った。
「お願いしますよ陛下」
「全く……お前は時々子供みたいになるな」
グルニアも笑う。両手でシュウの肩を掴んだ。
「ほら、いってこい!」
グルニアが力強くシュウを押した。その力強さにシュウは破顔した。
「行って参ります」
そのまま振り返らず、王の間の出口を目指した。
必ず帰ろう。
そう思えた。
静かに外へと続く扉に手を伸ばす。これを出たら、もう後戻りは出来なかった。
だが、シュウは進む事を選んだ。
理由のひとつは、この身に残滓のように残る花夏の光。
シュウには見えなくとも、あの赤眼の王にはそれが見えている。ならば。
せめてそれを感じたいと思うのは罪だろうか。
次回は(なるべく)明日(2020/10/27)更新予定です。引き続き宜しくお願いします!




