ラース
いよいよ花夏の正体が明らかに!
是非お楽しみくださいませ♪
3点リーダ等微修正しました(2020/11/2)
シュウは忙しい日々を送っていた。
「シュウ様、少し休憩されたら如何ですか」
宰相付き事務官のソーマがシュウに声をかけた。濃い茶色の髪を後ろにぎゅっと結んでいるが、普段よりも大分きつく引っ張っているので、元々無愛想な顔つきが吊り上がって余計とっつきにくい雰囲気を醸し出しているようだ。今日はあまり周りの人間が近寄ってこなかった。
「そういうソーマだって、もう限界そうじゃないか」
髪を強く結んでるのは気合を入れる為だろう、シュウはそう思ったようだ。そうでもなければ乗りこなせない程の量の仕事を抱えているのは確かではあった。
「私は空いている事務官に仕事を振ってますから、進捗確認のみです。楽なものですよ」
ソーマはそう言って少し心配そうにシュウを見た。もうこっそり結界を張る必要がなくなってしまったので、シュウの許可を得て事務官室で手が空いている者の手を借りてどんどん手配を進めている。ダルタニアからまさかの国王訪問が決定事項として連絡が来た時は流石に驚いたが、これこそソーマ達だけでやる必要のない事だ。ソーマがやるのは取りまとめ、それに尽きる。それでも次から次へと案件が降ってくるので忙しくはあったが、それは宰相のシュウの業務量に比べれば大した事はなかった。
今一番困難を極めているのは、自国の地方院との交渉であった。元々王府とは仲が悪い上に、多少後ろ暗い事もあったりなかったりの領主たちに強制的に備蓄倉庫を開放せよと言ったところで素直に言う事を聞くようなやつらではない。国境近辺だけでなく全ての領地に負担させろだの、うちは貧乏だから免除しろだの、では税額を上げるから承認しろだの、もう皆自己都合ばかりだ。
それをひとつずつ嘆願書や半分脅迫状紛いのものを丁寧に読んでは地図に何やら書き込んでいる。目の下にはクマが出来ているが、ソーマが強制的に毎日帰宅させているのでとりあえず髭は剃られている。聞けば、毎日あの国土調査隊隊長の金髪の笑わない男が甲斐甲斐しく食事の用意から何からやってあげているらしく、前回の対魔の儀の時のように痩せたりなどはしていない。本人も、今回それをやると持たない事は理解しているのだろう。
「あとちょっとで終わるから」
そう言って、今度は地図に色を塗っている。一体何をしているのか、とソーマが覗き込んだ。シュウが、一見人のよさそうな柔和な顔つきで笑った。
「ふふ、これね、勢力分布図」
「……楽しそうに何やってるかと思えば」
「王府に協力的な領地、反抗的な領地、日和見的な領地をね、納税額が多い領地と少ない領地と知名度も入れ込んで色分けしてみたんだ」
ソーマが首を傾げた。
「納税額で比較されたんですか?」
シュウが頷く。
「納税額が多いのに反抗的な領地は、多分だけど比較的きちんと納めてる筈だからね。納税額が少ないのに反抗的な領地だけ赤にしてみた。あとは親戚関係とかも考慮したけど。ほら、見て」
シュウがそう言ってほぼ色分けが終わったラーマナの地図をピラピラとソーマに見せた。
「……まあ見事に国境付近が赤いですね」
ソーマが呆れ顔になった。シュウは楽しそうだ。
「まあどう考えても怪しいよね、これ」
「他国との取引を帳簿に載せてないと思うんだよね、僕。で、これ」
執務机の上に積まれた書類の中からガサゴソと1枚の地図を取り出してソーマに見せた。リュシカとの国境に接した領地の地図になっている。こちらにもびっしりとメモ書きがされていた。
「豪商の影響が強い地域と、領主との癒着度を記入してある物なんだけど」
「何でそんなの持ってるんですか」
ソーマが更に呆れ顔になった。すると、ソーマの横からヨシュアが声をかけてきた。
「ソーマさん、あれですよあれ、前の偽宝石事件のやつ」
「……偽宝石事件? ああ、あれか」
宰相自ら捕り物をしてしまったあの件だ。あれが一体これにどう関係しているのか。
ヨシュアが目をキラキラさせて聞きもしないのに教えてくれた。
「捕まえた犯人に、宰相が恩赦を出したんですよ」
「自分で捕まえといて恩赦出すって、シュウ様一体何やってんですか」
この男は、本当にやる事が滅茶苦茶だ。後で聞いて実は意味があるものだったのだと分かる事も多いのだが、さも自分で紐解け、考えろと言わんばかりの態度で腹が立つこともしょっちゅうある。
シュウも楽しそうだ。
「いやあ、それほどでも」
「褒めてませんから」
ソーマが冷たく返答する。勿論そんな事にめげるようなシュウではない。
「いやね、話を聞いてみたらなかなか情に厚い奴だったから、こりゃ使えるかなと思って交渉してみたらすっかり懐かれちゃって」
「いや本当何やってるんですか、宰相自ら犯人と交渉とか馬鹿じゃないですか? 周囲にばれたらどうするんですか」
にべもないソーマの言葉に、ヨシュアが助け船を出す。
「ソーマさん、一応宰相ですから、馬鹿は可哀そうですよ」
「一応って何。酷いなあ」
そういって当の本人が笑っている。ソーマは大きな溜息をついた。色々と言いたい事はまだまだあったが、話を進めようと思った。どうせ何を言ったところでこの男は反省なんぞしない事はこの半年程度の付き合いでもよく理解していた。
「それで、交渉された結果どうなったんですか?」
「いやそれがね、やってる事はまあ犯罪なんだけど、聞けば犯罪を犯さざるを得ない可哀そうな境遇の男で、また本人も可哀そうな境遇の人間を拾って来ては面倒をみているらしくて」
「犯罪者増やしてるじゃないですか」
つい口を挟んでしまった。
「まあ、ちょっと聞いてってば。彼らの騙す相手は基本金持ちというか貴族相手で、それを飯が食えないやつらに分け与えたりしているようでね。今回宰相自らが後ろ盾になるってことで、犯罪からは手を洗って代わりに雇う事にしたんだよ。各地に仲間がいて、それがまたいい情報を持ってきてくれるんだ。まあ、潜入する際に儲けた利益は目をつむることにしてるんだけど」
「全然手を洗ってないじゃないですか」
というか、完全なる間者である。いつの間にそんな組織を作ったのだ。
ソーマの恨めしい視線を感じたシュウが、苦笑いした。
「まあ、そう怒らずに。人間、持ちつ持たれつだし、元部下にばっかり頼むわけにもいかないし、どうしても貴族だけの組織だと細かいところまではなかなかね」
人手が欲しかったのは確かだろう。ある程度将来起こりうる犯罪を未然に防いだと思えばいいのかもしれない。どうせ、何を言ってもこの男はやめない。
「分かりました。それで、その者たちによって集められた情報がそれなわけですね?それとこの分布図と、どういう関わりがあるんですか?」
「うん、この分布図の赤いところにある豪商と取引しようと思って」
またこの男は訳の分からない事を始めようとしているらしい。
「一体何の取引をされるおつもりですか?」
シュウの目が怪しく光った、ように見えた。
「軽減税率の適用の代わりに、癒着した領主との関係の改善化及び証拠の提出、かな」
税額を抑えられれば、商売による収入が増える。取り分を増やしてやるから癒着している領主を売れ、ということだ。
「また、性格の悪い事を……」
心の声がぽろっと口から飛び出てしまった。しまった、と思いシュウを見たが、相変わらずにこにこしている。
「性格の良し悪しで政治は出来ないでしょうが。使えるものは使う、不要なものは切り捨てる、それ位やらないとただ腐っていくだけだよ」
諭すように言うシュウが、胡散臭い笑顔でソーマとヨシュアを見比べ始めた。シーラは目線を合わさぬよう静かにそろばんをはじいている。彼女が一番正解なのかもしれなかった。
「この件、ソーマとヨシュアに後をお願いしようかな?」
にこにこ。シュウのその言葉にヨシュアは「やった!」等と言っていたが、交渉するのであればヨシュアではまだ心もとない。
ソーマは、深い深い溜息をついた。
ここのところ連日、サルタスはシュウの家に寝泊まりしていた。あまりにも話さなければならない案件が多すぎたので、シュウの家で夜にまとめて話す事にした結果、男ふたり暮らしのような何とも言えない状態となっていた。
食後にいつもは酒でも飲みながら話しているのだが、何故か今日はサルタスは酒を出さない。どうしたんだろうと訝しんだシュウが尋ねてきた。
「何かあったか?」
「相変わらず察しのいい事で」
サルタスが薄らと笑い、帯の中から封筒をひとつ取り出しシュウに渡した。
「ユエンからです。とんでもない事になっているようでして」
そう言って、シュウの向かいに座った。今日の発光石は、黄色味を帯びた白の光を放っている。この花夏を思い起こす色の中、この手紙を読ませるのは哀れではあったが仕方ない。サルタスは、シュウが手紙を繰り返し読むのをひたすら静かに待った。
読み終わったシュウが、手紙をサルタスに返した。表情は不貞腐れている。
「まあそのイリヤとかいう魔術師のくだりはいいんだけどね、まさかそういう事とはね」
今回の手紙には、望んでいたもの以上の成果が記されていた。こればかりはユエン個人の対応に感謝するしかない。だが、シュウにとっては複雑な内容に違いなかった。
「まあ簡単に言いますと、異世界にいた黄月を探し出した際に結界に穴をあけてしまった。落ちてきたのが黄月、という事なのでカナツが黄月、という事でしょうね」
「まあねえ、不思議な器してたもんなあ」
シュウは椅子にもたれかかって腕組みをしている。
「カナツの持つオーラ、『至高の器』の黄月という意味では、正にそのままでしたね」
「僕たちも何か関係あるんじゃないかって思ったくらいだからね。まさかそのままとは思わなかったけど」
手紙には、ユエンがイリヤの面倒を見ることの交換条件として、ラーマナに落とした物についての情報をもらうことが出来たとあった。しかもあの王宮魔術師で王族の男からの直接の情報提供。
信憑性はかなり高く、あの魔術師がいかにイリヤを大切に思っているかが窺える。なんせ国の機密事項である。
「数百年に1度、この世界には黄月と青月の化身が現れ、この世界の理の歪みを正常化するという言い伝えがあると。ここで言う理の歪みとは一体何でしょうかね?」
残念ながら、そこまではダルタニアも分かっていないらしい。ただ、国王アレンに探すよう命じられた際、王宮図書館で数少ない文献を漁って得た知識らしい。
言い伝えには続きがあった。サルタスが読み上げる。
「黄月は必ず女性、青月は男性の姿をとる。如何なる時も青月は黄月を追い求め見つける。ふたつが重なる時、黄月に青月の魔力が満ち、さすれば世界は正常化する」
サルタスはシュウをチラリと見た。相当機嫌が悪そうだ。こんなに機嫌の悪さを顔に出すのは、この男にしてはかなり珍しい。まあ内容が内容なだけに、腹立たしいのだろう。同情はする。
サルタスが尋ねた。話を最後までしてしまった方がよさそうだ。早く酒の1杯でも飲ませてあげたかった。
「ここにある青月とは」
「……まあ、アスランのことじゃないかね、多分」
花夏がひとりになった途端現れた男。あっという間に花夏の虜となり、全身全霊で花夏を愛している男。あれから何度か手紙のやり取りを行なったが、そこには只々《ただただ》花夏への愛が記されていた。
「相当強いみたいだし」
あからさまに不貞腐れている。こうなるとまるで子供のようだった。サルタスが小さく息を吐く。可哀想ではあったが、仕方ない。
「ふたつが重なる時は」
サルタスが言った瞬間、シュウが頭を抱えてジタバタし始めた。
「ああああ! もうそれって完全そういう意味でしょう? カナツちゃん貞操の危機じゃないか!」
「まあ、もう大人ですから」
「冷静に言うなよなあ」
シュウの髪の毛がぐしゃぐしゃになっている。これも女官たちが見たら可愛いなどと思ったりするのだろうか。サルタスはふとそんな事を思った。
「男の嫉妬は醜いですよ」
「本当意地悪だよね、サルタス。あー、こんな事なら我慢せずにしとけばよかった……」
「シュウ様、相手の意思というものがありますから」
半分涙目で、いや、あの時もう少し押したらいけた筈、などとぶつくさ言っている。サルタスは無言でワインが入ったグラスを持ってくると、シュウに差し出した。自分の分も手に持っている。
「深酒し過ぎないようお願いしますね」
愚痴は聞きますから。そう慰めると、30過ぎ男の嫉妬話に耳を傾けてる事にしたのだった。
次回は久々にイチャイチャします。
明日(2020/10//20)更新予定!お楽しみに!




