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隣の世界

今回はダルタニアオンリー回です。

音のない世界をお楽しみくださいませ!


「イリヤ、沢山寝れたか?」


 朝の執務室。先日イリヤが掃除をしたので、まあそれなりに片付いている。部屋の中心には、水を張った金の水桶がある。座って作業出来るよう、ラグが敷いてあった。初めて挑戦した時に立って作業を行なったところ、こちらに戻ってきた瞬間ふたりとも倒れて床に頭をぶつけてしまった経験から、以降このような仕様になっている。そのラグの中心部に、水桶が恭しく置かれていた。師匠のセシルは、胡坐をかいた足の上に水晶玉を大事そうに乗せて、水桶の前で待機している。


「師匠、気が早いですよ」


 まだ登城してきたばかりだ。せめてお茶の1杯くらいは飲みたい。呆れてセシルを見ると、表情が眩しい程輝いている。もう見れないかと思っていた異世界をまた覗ける事になったのだ、本当に楽しみで仕方ないのだろう。顎にはまた薄っすらと髭が生えている。


「だってさ、楽しみだろうが」


 まるで子供みたいだ。イリヤも研究は好きだが、正直セシルには敵わないと思っている。無理を押してまでやりたいとは思わない。前回の異世界探索で、痛い程セシルとの差を感じた。この男は、文字通り血を吐きながら倒れているイリヤを尻目に作業を進めた。何が彼をそこまで駆り立てるのか、イリヤには理解出来なかった。恐らく、セシルにとって研究とは全てなのだ。イリヤにとっては仕事の範疇を超えなくても。


「水晶玉ひとつだと、あまり長い事は居れないですね。そういえば、陛下からいただいた魔力を詰めた物って何だったんですか?」


 小さな袋に入ったままセシルに渡してしまった為、結局今日まで中身は見ないままだ。座り込んでいる師匠の手の中を見ると、袋のまま握りしめている。


「これな……陛下の髪の毛の束だったよ」

「ああ、道理で」


 ここからでも、あの恐ろしい王の気配を感じる事が出来た。本人から切り離した物だと考えれば納得の魔力だ。


「随分と奮発してくれましたね。宮内府の連中、よく許しましたね」


 アレンの髪は、いつも宮内府の担当官により綺麗に整えられている。全てを完璧に着こなすアレンの服も、アレンに傾倒している担当官がそれはもう全身全霊で完璧に準備し整えていると聞く。まあ、あの見目麗しい王を着飾れるのだ、夢中にもなるだろうが、イリヤにはいまいち理解のできない感覚だ。


 セシルの横にしゃがんで、袋を貸してもらう。中身を見ると、そこそこ長いながさの指1本くらいの太さの束が、きれいな紐で結わえられていた。本当に大奮発だ。


「……何というか、女性が好きな相手に渡すようなそんな意図を感じなくもないのですが」

「……やめてくれ」


 途端、セシルの表情が暗くなった。結局、水晶玉を受け取った日にセシルとアレンの間に何があったのか、イリヤは聞かずじまいだった。人の色恋沙汰など興味はなかったし、とにかく師匠が嫌がっている。基本、イリヤは面倒な事は嫌いだった。


「でもこれだけ魔力を感じるので、間違って使ってしまわないようにしないといけませんね」

「そうなんだよな。今回はそこの加減が難しそうだな」


 水晶玉に込められている魔力と髪に宿った魔力は同じ人物のものだ。気を付けないと、簡単に混じってしまいそうだった。恐らく、別々の人間が持っていた方がいい。


「髪は僕が持ちましょうか?」

「となると、俺が先頭か」


 異世界までの道筋は細い。感覚としては、人ひとり分が辛うじて通れる狭い穴の中を無理やり進むような感じで、並んでは進めない。意識体といえど、体を持った感覚はそうは消せないので、先に行く者、次に続く者を決めなければいけなかった。


「よし、行こうか?」


 セシルがわくわくしている。この師匠は、全くもう。笑いたくなった。


「とにかくお茶を飲ませてください。その後行きましょう」

「なるべく早く飲め」

「……努力します」


 早く飲むお茶などただの作業になってしまう気がしたが、仕方ない。恐らく早くの内から準備してイリヤが来るのを待っていたのだろう。セシルならひとりでも行けなくはない。だが、イリヤがいるともっと長く居れる。セシルの魔力量は流石は王族、という量だが、イリヤも王宮魔術師となれた位だ、その辺りの貴族よりもかなり多い魔力量を持っている。


 あの赤眼の王に至っては、恐らくなんの問題もなく行けるのだろうが。何故本人が行かないのか疑問に感じた事がありセシルに尋ねた事があったが、彼の立場的に危険な目に合うかもしれない所にひとりで行くなど許されないのだろう、という答えだった。イリヤには他に理由があるような気もしたが、それ以上尋ねるのはやめた。考えても詮無い事だ。おかげでイリヤ達は異世界に触れる機会が与えられたのだから、感謝してもしきれない。それで良しとした。


 考え込みながらもお茶を淹れ、ふうふうしながらなるべく急いで飲む。熱い。本当にこれでは作業だ。セシルの視線が、早くしろと急かしてくる。一息に飲み干した。喉が熱い。


「僕だって異世界は気になりますけど、どうして師匠はそんなに見たいんです?」


 何にそんなに惹かれるのか。イリヤは単純に見たことのない物が溢れる世界が楽しいのだが、セシルも同じなのだろうか。


 セシルが上を見ながら考え出した。まさか、考えた事がなかったのだろうか。空のカップをテーブルの上に置き、セシルの対面に胡坐をかいて座った。


「何でだろう? ただ、ああ、ここかって思ったんだよ」

「どういう事です?」


 言っている意味がよく分からなかった。眉をしかめているイリヤに、セシルが不思議そうに言った。青い瞳はあくまで子供みたいに純粋だ。もしかしたら、アレンはこの人のこういう所に惹かれたのだろうか。ふと、思った。


「分からん。ただ、ああ、ここに居たんだと思った。だからもっと見たい」

「何がです?」


 んー、と、また考えている。呑気そうな顔だ。首をひねる。


「分からん」

「分からん、て師匠」

「ま、いいよ俺の事は。行こう行こう」


 どうでもよさそうに言う。もうこれ以上聞いても何も出て来なそうだった。イリヤは諦め、水桶の中に意識を切り替えた。



 水面は、静かだ。金色の桶の水の中に入り込むイメージで集中する。


 段々と、周りから意識が遮断されていく。近くに、セシルの気配を感じた。途端、水面にザァッと道が開く。セシルの瞳のような青い気配が、道の奥へと入っていくのが分かった。セシルが扉を開いたのだ。


 イリヤは更に深く集中した。あれについて行かなければ、この場に取り残されてしまう。嫌だ。


 手を伸ばすかのように、開いた道の中を追った。届きそうで届かない先に師がいて、先へ先へと進んでいる。まるで、何かに恋い焦がれるかのように。


 辺りが一面の暗闇になる。暗闇の中に、夜空の星のような小さな光が動いていく。ああ、綺麗だ。


 ずっと、漂っていたい。そんな事を思わせる、圧巻の景色だった。


 イリヤの先を、セシルの青い気配が行く。暗闇の中にある、一筋の灯り。前より細くなっている。セシルはそれを辿っていく。体が重い。思うように進まない。追いつけ、追いつけ。


 必死に追う。


 耳には何も入ってこない。今見ているこの光景は果たしてどこで見ているものなのか。何を介して見ているものなのか。


 ただ、前に、前にへと進む。


 セシルの気配がスピードを上げていく。引き離されそうだ。イリヤひとりではここには居れない。待って、待って、行かないでくれ。


 意識の中で、手をセシルの方に伸ばす。光が後ろに流れていく。


 どれだけそうしていただろうか。不安、恐怖、この場への畏怖。前はこんなに時間がかかっただろうか。恐怖に呑まれそうになる。


 セシルに追いつかない。置いていかないで。怖い。怖い。


 すると、セシルがスピードを落とした。イリヤを振り向く気配がした。やっと、追いついた。安堵が広がる。



 いつの間にか、目の前には大きな壁が立ち塞がっていた。前に空けた痕はどこにもない。


 セシルがイリヤに手を差し伸べた、気がした。その手を掴む。


 何とも言えない色彩を放つ圧倒的な力を持つ、世界を分かつその壁にふたりが触れた。


 集中する。空間を裂くように。穴を空けるように。力任せに、押す。掻き開くように、空間を抉る。


 抉って抉って、渾身の力を込めて、縦に割り裂いた。



 空気が動いた。


 世界が開いた。前の探索の時に見た、見たことのない物だらけの景色が見えた。あまり余裕はないだろう。しばし辺りを見渡す。


 セシルと繋がった手が、ひとつの方向に引っ張られた。


 あった。金属の四角い箱の乗り物。ガラス窓が締まっている。


 反対の手に握りしめていた、アレンの力の塊を隣の世界の中に腕ごと入れる。重い。自分の手が周りの重力を纏い、黒く見える。


 窓ガラスに触れた。アレンの力のせいか、ガラスが溶けていく。その隙間に、アレンの髪を捻じ込んだ。


 髪から手を離す。手を引こうとした。四角い箱を引っ張る。壁の裂け目から引っ張り出そうとするが、重い。更に引っ張ると、四角い箱が、壁の隙間を通り抜けた。すると途端、壁が物凄い勢いで閉じていき始めた。音など聞こえないのに、イリヤに音の嵐が近付く。まだ、壁に手が触れている。まずい。箱ともまだ繋がっている。動かない、どうしよう。



――ああ、呑まれる。



 セシルがイリヤを抱えた、気がした。後ろに引っ張られる。壁が完全に閉じた。壁が遠のいていく。四角い箱が自分にくっついて引っ張られているのが見えた。星空のような光が、どんどんと背後に流れてゆく。


 引っ張られている。セシルがイリヤを捕まえている。


 

 光が、幾千の筋となった。イリヤは、意識が遠のいていくのが分かった。







「……ヤ! イリヤ!」


 師匠の声がする。耳鳴りがする。あの光が、消えてしまった。


 瞼の先に、別の明かりを感じた。


「起きろ! イリヤ!」


 頬を叩かれる。痛い。……痛い?


「ガハッ!」


 息が戻る。視界が戻る。泣きそうな顔をしたセシルの髭面が視界いっぱいに広がっている。近いんじゃないだろうか。苦しい。心臓の音がバクバク言っている。どうしたんだろう。


「師匠……」

「ああ、戻ったか……!」


 セシルがほっとしたような顔をした。どうもセシルに抱きかかえられていたようだ。水桶が横に転がって、ラグが水浸しなっていた。


「冷たい、です」


 膝のあたりが冷たい。どうやら、イリヤが倒れた際に水をこぼしてしまったようだ。呼吸が落ち着いてきた。体を起こそうとすると、セシルが支えてくれた。クラクラする。


「僕、どうしたんです?」


 目を擦りながら尋ねた。途中から覚えていなかった。


 余程安堵したのか、セシルがだらしなく床にへたり込んだ。


「イリヤ、お前は今日はなんだか重そうだった」

「確かに、前の時より体、というか意識が重くて、師匠にも追いつけなかったです」


 あれはセシルが早かったのではなく、イリヤが遅かったのだ。セシルが、しょぼんとしている。


「多分、お前に持たせたアレンの髪のせいだ。……すまなかった」

「陛下の髪が原因ですか?」


 左手に持っていた筈のアレンの髪が入った袋は、もうそこにはなかった。セシルが頷く。


「恐らく、髪の毛にお前の力が持っていかれたんだろう」


 ようやく理解した。重い重いと感じていたのは、イリヤの本来の力が出せていなかったからなのだ。


「髪の毛で持ってっちゃうって、どんなんですか」


 どんな化け物だ。そう思った。思って、前もこれに似たような思考をした事を思い出した。


 あの、異世界への道を切り拓いた者。どんな者が、あの空間を裂いてあの壁まで辿り着けたというのだろうかと思った。


 赤い眼が思考をぎる。


 あり得ない。あの道筋はもっともっと古いものだったと思う。


「とりあえず、引っ張ってきた物はちゃんと落とせたんですよね?」


 あの、金属の四角い乗り物だ。かなり重かった。セシルが頷く。


「前回落とした辺りと大体同じ所で切り離した」

「安心しました。とりあえずは成功ですかね?陛下にお伝えしないとですね」


 至急アレンに報告に行かねばなるまい。検知は早ければ早い程効果があるだろう。


 イリヤが立ち上がろうとする。足に力が入らず、思わずふらつく。


「無理するな」


 セシルが軽々と支えた。いわゆるお姫様抱っこをされ、先程までセシルがいた濡れていない方のラグに移動させられた。上からセシルの黒いマントをかけられ、その辺りに落ちていたクッションを枕代わりに充てがわれた。あまりの雑さ加減につい笑ってしまったが、まあバリバリの王族だ、こんなものだろう。


「寝てろ」


 そう言って、マントも着ないまま執務室から出ようとしている。


「師匠、どちらへ?」


 扉の前で振り返った。青い瞳が、珍しく怒りを含んでいた。


「弱った弟子を向かわせる程馬鹿な師匠じゃないよ。報告と、苦情を言ってくる」


 誰に、とは聞かずとも分かった。が、しかし。


「師匠……髭」


 セシルが間抜けな顔をした。そして顎を触る。本当に、この人は。


「いや、いい」

「いや、それで謁見とか無理ですし」


 マントの下は、ただの緩い白いシャツに、帯も締めないで黒いズボン。無理だろう。衛兵が止めるレベルだ。しかも、無精髭。頭はボサボサだ。


「いいんだよ」


 セシルは譲らない。珍しく強情だ。青い瞳が輝いていて、何だか眩しい。


「俺だって怒る時はある。何でもかんでもいつもいつもアレンの言う事を聞いてたまるか」


 ゆっくり休んどけ。ゆっくりはあまり休めなそうな場所に弟子を寝かせておいて、イリヤの師匠はそう言って部屋を出て行った。パタン、と扉が音を立てて閉まった。


 それを見届けて、イリヤは目を閉じた。身体がきつかった。ぐらんぐらんする。


 でも、純粋に嬉しかった。


 日頃温厚で全く怒ったりしないあの師匠が、自分のためにあんなに怒ってくれている事に。しかも、楯突くのはあのアレンに対してだ。


 こんな自分でもちょっとは大切に思われてたんだな、そう思うと、少し自分がまともな人間になれた気がした。


 その幸福感に包まれたまま、イリヤは目を閉じた。







「カーン様、流石にそのお姿では」

「うるさい」


 衛兵が止めるが、一蹴して扉を叩いた。


「アレン! 入るぞ!」

「カーン様!」


 無理矢理押し入った。セシルはアレンの従兄弟だ。元々、やろうと思えばひと通り何でもまかり通ってしまう立場だった。今までやらなかっただけの話だ。


 扉を開けると、アレンが玉座に座ってセシルを見ていた。何もかも見透かすような笑みを浮かべるアレンに、セシルは体の奥底から怒りを覚えた。背後で衛兵がどう対応したらいいものかと右往左往しているが、知ったものか。


「お前、分かっててやっただろう」

「何の事だ?」


 衛兵がまだ室内にいる為、アレンは国王としての振る舞いをしていた。考えてみれば当然の事なのだが、今この瞬間はその事実すら腹が立って仕方なかった。アレンが玉座から立ち上がってセシルに近づいてきた。衛兵に声をかける。


「問題ない、扉を閉めてくれ。この男と話がしたい」

「は! 畏まりました!」


 アレンに逆らう事など考えない衛兵が、すぐさま扉を閉め始めた。パタン、と音がして王の間にはセシルとアレンのふたりだけになった。


「で? 僕が何をやったって?」


 周りに人がいなくなった途端、表情が艶めかしくなる。セシルを楽しい玩具とでも思っているのか、振り回して引っ掻き回して楽しむのだ。いつも、いつも。


「お前がよこした髪の毛だ!」

「髪の毛が何? どうしたの?」


 怪しくも微笑む。また、あの挑むような瞳をしてすぐ近くで見上げてくる。今までずっと、これに振り回されていた。だが。


――負けてたまるか。


 無言で睨み続けた。アレンが、日頃見る事のないセシルのその勢いに少し怯んだように見えた。先程まで余裕を見せていた端正な顔から、笑みが消えた。


「……水晶玉の方を持たせればよかったんだ」

「やはり分かってたんじゃないか」


 低い声でセシルが言うと、アレンが目を逸らした。


「あれは、セシルにあげたつもりだった」

「どういう事だ」


 セシルが詰め寄る。アレンの顔が泣きそうなものになり、その事実に内心衝撃を受けた。だが、顔には出さない。出してはならない。出してしまったが最後、うやむやにされてしまうのが分かっていた。無言でアレンの言葉の続きを待った。


「僕の一部分でだけでも、お前を手に入れたかった」


 意味が、分からなかった。アレンの赤い瞳が潤んでいる。言うつもりがなかったのだろうか。恥辱からか頬が赤らんでいる。だが、その姿はようやく人間味を帯びたものになったように、セシルの目には映った。


「あれは、いずれ回収するものだ。僕が回収するものだ。だから、回収したら僕の物だ。僕の手元に、お前を感じられる物を作ろうと、そう思ったんだ」


 つまり。あえて手に持った者の魔力を吸い取るように想いを込めたという事だ。結果、それがイリヤの魔力を吸い取り、彼の命を危険に晒す事になってしまった訳だが。


「なんという回りくどい事を……」


 セシルは呆れ返った。途端、我慢ならなかったのか、アレンが声を張り上げた。片方の瞳から、涙が一筋伝い落ちた。


「だって! お前は僕を避けるじゃないか! いつも僕を嫌がるじゃないか! 逆らえないから従っているだけだ! そんな風にしてお前に何かしてもらっても、ただ空しいだけだ!」

「アレン、声が大きいぞ」


 外に聞こえてしまう。アレンの泣く声など、外部に晒してはならない。


「そうやって、いつもはぐらかす! この間だって、僕がどれだけ……!」


 アレンが背中を向けた。きれいなうなじが震えているのが見えた。泣いているのだ。セシルへの想いを抑える事が出来ず、この偉大なダルタニアの最強の国王が涙を流している。


「……アレン、どう頑張っても無理だ。お前のその想いは、在ってはならない物だ。分かっているだろう?」


 アレンの好意自体は嬉しい。子供の頃からの付き合いだ、親愛の情は勿論ある。だが、セシルはその想いには応えられない。アレンは国王で、セシルは従兄弟で本来ならばアレンを支える身だ。遠縁に子供はいても、直系には今はアレンとセシルしかいない。そのいずれも妻帯しておらず、後継ぎがいない。国として、今のこの状況は非常にまずかった。もしもアレンの好意を受け入れてしまったら、アレンはもう止まらないだろう。


 さすれば、きっと、国が傾く。


 セシルに背を向けたまま、アレンがぽつりととんでもない事を言った。


「……妻は、いずれ迎える。相手はもう決まっている」

「もう、決まってる?おい、俺は聞いてないぞ」

「……誰にも言ってない」

「どういう事だ?」


 アレンは涙声だ。セシルは、何だかこの従兄弟が憐れに思えてきたが、でもそれでも受け入れてはいけない事だと分かっていた。非情だろうが何だろうが、貫かねばならない。一時の感情で流されてはならない事を、知っていたから。


「もう、自由になりたい。こんな想いは、今の僕で最後にしたいんだ」

「……アレン?」


 言っている意味が、理解出来なかった。泣いている肩に手をかけようとして……やめた。


「『あれ』は、ラーマナに落ちた」


 唐突に、そう告げた。ゆっくりとセシルを振り返る。もう、涙は出ていなかった。いつもの、国王の顔つきに戻っていた。


「嘘つきは、姉上の夫だ。私の義兄上あにうえだよ」

「ラーマナ……」


 アレンは頷いた。


「ここより北はラーマナだけだ。私の気配を、真北に感じる。今頃騒いでいるかもな」

「いかが……致しましょう」


 自然とセシルも言葉遣いが戻る。まさかよりによってラーマナとは、と驚愕で考えがまとまらないが、アレンが言うなら絶対だ。間違いはない。


 アレンが言った。何も感情が読み取れない、淡々とした口調だった。


「何、別に戦争したい訳じゃない。私はただ『あれ』が欲しいだけだからな。私が直に赴き、『あれ』の気配を知っている人間を探そうと思う。セシルはその手配を頼む」

「……畏まりました」


 セシルが礼をした。脳裏に、あの若き宰相の姿が浮かぶ。あの、読めない男。あれと対峙せなばならないのだ。


「お任せを」


 フィオーレには会わす顔がない。そもそもはセシルがきちんと『あれ』を連れて来れなかったのが全ての原因だ。


 だが、もう過去には戻れない。そして、フィオーレはもう他国の人間だ。


 腹を括るしかなかった。


如何でしたでしょうか?

次回は明日!出来たら明日の更新予定です(2020/10/13)

3点リーダ等微修正しました(2020/11/2)

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