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愛慕

ダルタニア回となります。


日々更新チャレンジ中!(2020/10/7)

 師匠のセシルが、持っていた本を床に落とした。あまり小まめに掃除していない執務室という名の実験室に埃が舞う。


 セシルは、驚愕の表情をしてイリヤを見ていた。


 がっしりとした体躯に顔の下半分を覆う黒髭は傍から見ると武人にしか見えないが、着用している黒いマントが彼の事を魔術師であると告げている。後ろに流した固そうな黒髪はボサボサで洗練さからはかけ離れているが、従兄弟に超絶美形のダルタニア国王を持つだけあって、やはり整った容姿をしている。遊び慣れた雰囲気の為どうも真面目に見えないが、研究に対してはとても一途である。血を吐いてでも遂行する、研究馬鹿だ。


「イリヤ、今なんて言った?」


 青い瞳が、信じられないものを見るように怯えを浮かばせつつ、イリヤを見つめている。


「いや、ですから、明日水晶玉とアレン様の魔力を封じた別の何かを用意するから、師匠が取りに来るようにって仰ってましたよ」

「俺限定?」

「はい」


 事実なのでそのまま答えると、セシルがはあー、と大きなため息をついて、先程落とした本を億劫そうに拾った。本の表紙をポンポンと叩いている。埃が付いたらしい。


 イリヤはアレンの雰囲気が怖いので直接対峙するのは苦手だが、畏怖の感情を持ちつつも同時に尊敬の念も持ち、勿論嫌いではない。だが、前から気になってはいたのだが、この壮年の師匠とアレンの間にはイリヤが知らない何かがあるのだろうか。どうもイリヤとは違う何かがあるような気がしてならない。あまり人の心の動きに機敏でないイリヤですら、そう思える。


「師匠、なんでそんなにアレン様を避けるんですか? 従兄弟じゃないですか」

「……だから、苦手なんだよ」

「素晴らしい方じゃないですか。聡明で、先見の明があって、非道な事もなく。最高の王様だと思いますけど」

「まあ、王としてはね、そうじゃないか」


 どうも歯切れが悪い。今日はもう夕方まで特にすることもなくなったので、イリヤはセシルのその歯切れの悪さの原因を探ろうと思った。掘り下げていくのは仕事柄得意である。


「何かあったんですか?」

「今日のイリヤはしつこいな」

「だって今日もうする事ないじゃないですか。夕方にご飯行く約束してるんですけど、それまでは暇だし」


 セシルが驚いた。


「え? お前誰かと食事の約束してるのか?珍しい……」

「ええ、さっき知り合った男が面白そうなんで。て、僕の事はいいんですよ」

「ちっ」


 誤魔化そうとしていたらしい。余程言いにくい事なのだろうか。だが、イリヤは逃がさない。マントの中で腕を組んで壁にもたれかかった。長期戦の構えだ。空はまだまだ明るい。時間はたっぷりとあった。


 セシルが珍しく言いよどんでいる。水桶の横にあった椅子に腰かける。


「……言うなよ」

「誰に言うんですか。僕友達いないし」

「寂しい事いうなよ」

「だから僕の事はいいんですって」


 なかなかしぶとい。じっと待った。見つめると、段々とセシルの目が泳いできた。あとひと押しらしい。


「師匠?」

「あーもう! 分かったよ、言うよ! 絶対黙ってろよ!」

「大丈夫ですって」


 セシルがこんなに取り乱すなんて非常に珍しい。普段は飄々としていて何事にも動じない男だ、これは余程面白い秘密があるに違いない。イリヤはセシルには悪いのだがとてもわくわくしていた。


 セシルが、非常に言いにくそうにぽつり、と語り始めた。


「その……あいつの目がな、どうも俺を見る時だけ違って」

「アレン様の目、ですか? どういう事です?」


 今までそんな事感じた事がなかった。もしかしたら、ふたりきりの時しか見せない態度があるのだろうか。


「なんというか……いいか、本当に言うなよ!」

「わかってますってばしつこいな」

「お前師匠に向かってその口の利き方はなくないか?」

「ほら、誤魔化さないでくださいってば」


 セシルが頭を手でくしゃっとした。不貞腐れ顔だ。ようやく観念したらしい。


「……なんというか、俺の事を好きなのかな、と」

「……は?」


 一瞬何を言っているか理解が出来なかった。アレンがセシルを好き、とは、まあ従兄弟なのだから親愛の情は勿論あるだろうが。


 セシルは床を見つめている。


「うまく言えないんだけどな、感じるんだよ、ああ、こいつ多分俺の事好きなんだなって」

「そりゃまあ従兄弟ですからねぇ」

「そういうんじゃなくてさ、いわゆる男女の好き、みたいなやつだよ」

「両方男じゃないですか」

「身も蓋もない言い方するなよ」


 まあ、男同士でもそういう感情が生まれる事もあるのだろう。イリヤは男にも女にもそういう感情を持ったことがないのでさっぱり理解できないが。


「俺とフィオーレの関係は知ってるか?」

「先日ラーマナでお会いした方ですよね。アレン様の姉上でいらっしゃるとか」

「そう。フィオーレと俺は、実は婚約者同士だった」


 それは初耳だ。


「まあ子供の頃からの決められた婚約だったけどな、結構仲良かったし、俺は当然フィオーレと結婚するものだと思ってたんだが、アレンが成人して王になった途端、婚約を解消された」

「それはびっくりですね」


 素直な感想を述べたところ、セシルが呆れた顔をしてきた。


「びっくり……まあ、びっくりもしたけどさ。それよりショックだったよ。アレンが王位を継いだらすぐに結婚する予定だったし。当時は何が起こってるか分からなかったよ。あれよあれよという間にフィオーレはラーマナに嫁がされて、それでさよならだった」

「まあ、他国との婚姻は地域の安定にも繋がりますしね」


 イリヤが冷静な意見を述べる。アレンの事だ、親戚同士、何の利益も生み出さない婚姻よりも国の利益を優先したのだろうと思う。


「俺もそう聞かされたから、腹は立ったけど納得するしかなかったよ」


 まあ、そうであろう。他国に嫁いだ王族を取り戻す事など、余程の事がないかぎり出来まい。


「だけどさ、フィオーレには会いにいくなだとか、別の人間と婚約するならアレンの許可を取れとか、あれこれ制限を設けられて、実は今回フィオーレとは久々の再会だった訳だ」


 婚約を解消されて以来の再会だったという事だ。アレンが王位を継いだのが6年前。短いようで長い期間だ。セシルが現在確か33歳なので、27歳の時の話ということになる。結婚するにはやや遅いが、フィオーレの年齢が確かアレンの3歳年上だったことを考えると、当時21歳。結婚適齢期である。セシルがフィオーレが大人になるまで待っていた、という事なのだろう。


「会うなと言われていたのを、勝手に会ったからな。俺の説が正しければ、アレンは怒っている」


 そういえば、とイリヤも思い出した。自分も、アレンがやきもちを妬いているのではないか、と感じていなかっただろうか。


「……やきもち、ですかねぇ」

「だから、会いたくないんだよ」


 成程、納得がいった。


「だから師匠は結婚してないんですね」

「まあ、相手もいないし、その辺の女じゃアレンが納得しないだろうし、そう考えたらもう結婚なんて面倒になってな。街に降りて自由に遊んでるくらいが俺には丁度いいんだろうよ」


 まだ不貞腐れ顔をしているセシル。王族の割には随分とフラフラとしているなと思ったら、そういう裏の理由があった訳だ。


 もう1点気になった事を尋ねてみた。


「フィオーレ様の事はもう諦めたんですか?」

「……お前なあ」


 そういう事を師匠に聞くか?とぶつくさ言っているが、物事は突き詰めて考えろと教えてくれたのはセシルである。


「好きだったんですよね?」

「まあな。年も離れてたし、可愛い妹みたいな感覚ではあったけど、他の男のところに嫁いだ時に分かったよ。ちゃんと好きだったんだなって。て、何言わせてるんだ」

「まあまあ。今はどうなんです?」

「まあまあって。まあ、正直会うまで分からなかったけど、会ったら普通だった。フィオーレもすっかり母親の顔になっていて幸せそうだったし、安心したかな」

「答えになってないですよ」


 イリヤが問い詰める。でも、セシルは取り合ってくれなかった。


「イリヤ、お前も一度ちゃんと誰かを好きになってみろ」

「なんで僕の話になるんですか」


 またセシルが話を逸らした、と思ってしまった。だが、セシルは、子供を見守るような優しい目をしてイリヤを見ていた。


「そうしたら分かる。一度好きになった相手の事は、時間が経てば度合いは変われど、ずっと好きだよ。それが恋愛から親愛や友情に変わっても、好きという気持ちは変わらない」


 そういうものなのであろうか。イリヤは疑問を口にした。


「でも、よく別れたら喧嘩したり憎み合ったりとかありますよね?」

「それは付き合っている時に相手の事がよく見えてなかったんだろうな。理想を押し付けて、違ったから憎む。……イリヤ」

「はい」


 珍しくセシルがしんみりとしている。少し突き詰め過ぎたのかもしれない。


「相手の、そのままを見てやれ。お前の考えや理想じゃなく、あるがままを」

「師匠……」


 セシルが寂し気に微笑んだ。


「そうしたら、自分が隣にいなくても、相手の幸せを願う事が出来ると俺は思うよ」


 それが、セシルの出した答えなようだった。







「ユエン、お待たせ」

「お! どうも!」


 先程出会ったばかりのラーマナから来た変わり者は、約束通り出会った場所で待っていた。空はすっかり赤くなり、まるでアレンの瞳のようで綺麗だ。先程のセシルの話は正直眉唾物だったが、この綺麗な空の色を見ていると本当だと思えてくるから不思議だ。


イリヤは黒のマントを脱いできている。それでも中も黒の上下であるが。黒は、少し大人っぽく見えるので好きだった。


「ユエンって酒はいけるの?」


 ユエンと並ぶと、イリヤの目線はユエンの肩ぐらいにきた。背の高いセシルと並ぶと頭の天辺が肩の高さにくるので、男性としては普通の身長といったところか。それにしても羨ましい。


「酒は大好きだよ。飲みすぎてよく遅刻する。イリヤは?」

「遅刻は駄目だろ。僕は、まあ嗜む程度かな」


 この王宮に勤めている以上は未成年である筈がないのは言わずとも理解してくれていて、イリヤが気にしている外見の幼さについても特に触れてこない。何だかんだいって、気遣い含めやはり外国に派遣される程だ、色々と優秀なのだろう。


「チーズが美味しい店があるんだ、行った事あるかな」

「お、チーズ! いいねぇ! いやー他の国の奴ら、頭固いのか真面目なのか、宿舎に戻っても復習しちゃったりして飲みに行くとか全然ないんだよな。おかげでひとりで行けるような飲み屋しか行けてない」

「じゃあよかった。城を出て少し行ったところだよ」


 チーズチーズ、と横で嬉しそうに笑っている。素直なのかひねくれてるのかよく分からない人間だ。イリヤはついクス、と笑ってしまった。ユエンがそれに気付いた。


「なんだ、イリヤ笑えるんじゃないか。すごいムスッとしてるから笑わない人かと思ってたよ」

「ムスッとしてた? まあ、普段あんまり楽しい事ないし」

「楽しい事ねぇ。まあ俺も最近は似たようなもんか」


 そう言ってユエンが楽しそうに笑った。笑うと子供っぽい。


 城門を潜った。堀の上の橋を進む。


「ユエンは、いくつなの?」

「なに急に。21歳だよ。年相応だろ? イリヤは?」

「22歳。もうすぐ23歳になる。まあ見えないだろうけど」


 自虐的に言うと、ユエンがきょとんとしている。何か変な事を言っただろうか。


「まあ背は低いし顔も幼くは見えるけど、あんた十分大人に見えるよ」

「……そう?初めて言われたよ」


 イリヤがぼそっとそう答えると、ユエンが顔を覗き込んできた。


「目を見りゃ分かる。俺の尊敬する人の受け売りだけどさ」

「目? どういう事?」

「目が泳いでないから。落ち着いていて逃げてない。意思がしっかりしている。子供は見つめられると少なからず目が泳ぐ。イリヤの目は、定まってる。逃げない。だから、自分というものをしっかりと持っている大人だ」


 目が泳がない? 不思議な事を言う奴だ。


「これ、割と本当だぞ」

「ふうん。じゃあ今度試してみようかな」

「まあ、いつになってもダメな奴はダメだけどな」

「そりゃそうだ」


 軽口をたたきながら橋を渡り切った。こっち、とイリヤが指を差す。


 イリヤは、自分がすごく不思議だった。何故、日頃誰ともうまくいかない自分が今日初めて会ったこの外国人とはこんなに馴染むことが出来ているのか。


 だが、先程のユエンの言葉で分かった気がした。ユエンは、イリヤを対等に見ている。周りの官は皆イリヤを下に見る。女官でさえも、かわいい、と言って子供扱いしている。セシルはイリヤの師匠だからまだいい。アレンに至っては国王だ。だから問題ない。だが、他の人間はイリヤより優れている訳でもないのに、ただその外見から判断して見下す。だからイリヤも反発する。そういう事だったのだ、と、イリヤはようやく、自分の不満がどこから来ているのか理解したのだった。



 対等に扱われて、初めて気付いた。



「あそこだよ」


 イリヤが指した店は、間口の広い、洒落た店だった。


「絶対ひとりで入れないやつだね」

「いや、僕いつもひとりだよ」

「マジ? やっぱすげえなイリヤ」


 どんどん口調が砕けていく。中はまだ人がまばらだ。風がよく通る、外の景色がよく見える席に座った。夜ももう寒い事はなくなってきた。もう夏はすぐそこだ。


 食前酒をふたつ頼み、乾杯した。早速ユエンが話し出す。


「そういや授業に戻ったらとんでもない事になっててさ」

「とんでもない? 何かやったの?」

「俺じゃないよ。他の国の奴らがさ、記憶比べをやってた訳だよ。ダルタニアの歴代王の名前を順に黒板に書いていくんだけどさ、もう滅茶苦茶で、つい笑っちゃって」


 とても楽しそうに笑っている。ひねくれが一周捻じれていっそ清々しい。


「そしたらあいつら怒って俺に並び替えろっていうから、黒板に矢印引いたり抜けてるの足したりしてやったら教科書と見比べた後黙っちゃって、その後の雰囲気がもう重いのなんの」

「顔笑ってるよ」

「はは、これは失礼」


 久々に笑ったなあ、などと言っている。まあ、こんな感じでは相当浮くのは想像出来る。しかしラーマナも随分ととんでもない人物を選んだものだ。例え実際に優秀だとしても。


「さ、頼もうぜ。今日は飲んで食って喋らせてくれ!あ、イリヤもちゃんと喋ってよ」

「はいはい。オススメはね……」


 イリヤにとってここ数年味わった事のない、楽しい時間が始まったのだった。







 ドンドン、と王の間へと続く扉を叩く。気が重い。


「陛下、セシルです」


 そう言うと、扉を開けた。扉の外の衛兵たちが扉を閉める。王の間の奥の玉座には、こちらを凝視するダルタニア国王アレンの姿が確認できた。なかなか足がそれ以上進まない。


「何をしてる、早く来い」


 ばれないように小さく息を吐いて、進んだ。黒いマントがふわりと揺れる。その様を、アレンはじっと見ていた。遠目からも怒っているのが分かったが、近づかなければ必要な物は受け取れない。行くしかなかった。


「陛下、ご無沙汰しております」

「陛下はやめろ」


 アレンは、吐いて捨てるように言った。怒りを帯びた顔が美しかった。


「……では、アレン」

「なんですぐ会いに来なかったんだ」


 子供のような言い方をする。他の人間が見たら、アレン本人だと信じないだろう。それ位、日頃のアレンと自分にだけ見せるアレンの態度はかけ離れている。この事実は、セシルしか知らない。いや、正確にはもうひとり、フィオーレも知っているが、もうここにはいない。アレンに退けられた。


「ご存知でしょう、ずっと調査していた事は」

「顔を見せるくらいは出来ただろう」


 アレンが立ち上がってセシルに向かって歩いてきた。セシルの前まで来て、止まる。手がセシルの顎に伸びた。そっと顎を触る。


「……ちゃんと剃ってきたんだな。昨日お前の弟子が言ってたぞ、髭だらけで出てこれないって。剃れるじゃないか」


 セシルの背は高い。アレンの背丈は平均程度なので、セシルの肩に目線が来るくらいだ。顎から頬をなぞりながら、怒りに満ちた赤い瞳でセシルを見上げた。相変わらず、飲み込まれそうな赤だ。


「今朝までは髭だらけでとても見れたものではありませんでしたよ」


 そう言って、そっとアレンの手を外した。すると、アレンがセシルのマントの襟を引っ張り、自分の顔にセシルの顔を近付けさせた。耳元で囁く。


「会ったんだってな」


 やはり、それが怒りの原因らしい。しみひとつない陶器のような肌。長い睫毛。中性的な顔立ちをしているが、声はしっかりと男だ。会う度、違和感を感じる。


「王都まで行ったのです。挨拶せずに帰るのは不自然でしょう」

「僕には会いに来ないのにあいつには会いに行くのか?」


 憎々し気に言い捨てる。


「アレン、姉上ですよ。あいつとは流石にいかがなものかと」

「お前が僕をないがしろにするからだろう!」


 怒りに任せて襟を離した。怒りのあまりだろう、肩で息をしている。


「アレン。声が大きい」


 日頃冷静なアレンが怒鳴って、しかも『僕』などと言っているのが聞こえたら大事おおごとだ。アレンには大陸一の強国の国王という役割がある。役割とは、演じる事だ。演じきれねば、いつか崩れるものだ。細心の注意を払って演じなければならない。


「ふん、ようやく口調が戻ったな」


 言うと、玉座に向かい、横の机に用意していた水晶玉と、小さな袋に入った何かを持った。セシルを振り返る。


「探索は楽しいか?」


 意外な事を聞いてくる。セシルの好奇心の強さをよく知るアレンだからこその言葉であろうが、楽しいかとは。


「任務であれば。楽しいも何も」

「嘘つくなよ。好きなくせに」


 鼻で笑う。


「……楽しいですよ。知らない世界が広がるのは純粋に楽しいです」


 嘘をついてもどうせばれる。素直に白状した。


 アレンが水晶玉と袋を持ってセシルの目の前に立った。またセシルを見上げている。


「これが欲しいだろ?」

「……そうですね」


 それがなければ、異世界の壁は超えられない。任務以上に、またあの世界を覗いてみたい。純粋な探求心から、力が欲しかった。


 アレンが挑むような眼をしてくる。怒ったように笑っている。


「条件がある」

「条件、とは」


 アレンの顔が近付いてくる。


「口づけを」


 セシルが目を見張った。流石に、それは。


「嫌なら渡さない」

「アレン……いくらなんでもそれは」

「要らないならいいよ」


 アレンが薄く笑う。セシルが逆らえなどしない事を理解して言っているのだ。むなしいのが分かってて、我儘を言っている。それ程に、セシルに対するアレンの愛慕は強かった。


「どうする?」


 セシルは、深い息をついた。アレンの赤い瞳を見る。覚悟を決めた。


――どうせ、逃げられやしない。アレンが欲しいと思ったら、手に入れるのだ。何もかも。


 セシルの顔がアレンに近づく。唇がそっと触れた。は、とアレンが息を吐く。


「そんなんじゃ駄目だよ、あげられない」


 上目遣いでセシルを見る。


「僕を怒らせたんだ、こんなんじゃ許さない」


 セシルを見つめるアレンの瞳には怒りと欲望が浮かんでいる。セシルは、無言のままアレンの首に右手を伸ばした。アレンの赤い瞳に吸い込まれそうになりながら、アレンの顔に近付いていった。

 

 アレンが目を閉じた。口が少し開いている。セシルがその形のいい下唇を軽く噛んだ。柔らかい。舌を中に入れ、アレンの舌に絡める。アレンの舌が嬉しそうに動いて、セシルの唾液を吸い取って、飲み込む。


 アレンの口元が笑っているのが、動きで分かった。


 セシルが目を薄らと開ける。アレンと目が合った。その、挑むような目。


 アレンの舌がまた中に入ってきた。まだ離したくない。そう言われているようだった。



――こんなにも、求められている。



 背徳と、後悔と、恍惚とが混ぜ合わさった感覚がセシルを襲う。



 もう、何をどうすればいいのか、何が正しくて何が間違っているのか、分からなくなった。



ようやくアレンさんがちゃんと出て来ました!

次回は花夏、シュウさんも登場です。

明日(2020/10/8)更新予定、お楽しみに!


3点リーダ等微修正しました(2020/10/29)

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