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かんざしの意味

以前シュウさんが仕掛けたいたずらがバレます。

激甘回、是非お楽しみください!


日々更新チャレンジ達成!(2020/10/2)

 アスランの魔法で乾かしたアスランの髪は、少し焦げてしまった。花夏が焦げた部分を切ってあげたが、後頭部の髪が少し不揃いになってしまった。


「下手くそでごめん」

「見えないからいいよ、別に」


 こともなげに言うが、歩くと頭の後ろの髪の毛が一部ぴょこぴょこ動いて、まるで寝癖みたいだ。申し訳ない事をしたと思う。


 あの後、支度を済ませた花夏とアスランは、洗濯屋に持ち込む洗濯物を袋に詰めてから宿屋を出た。


 カウンターに座っていた店主が、アスランを見てふん、という顔をした。明らかに態度がおかしい。アスランに理由を聞いてみたが、「さあ?」という答えが返ってきただけだった。


 ギルド近くの洗濯屋に洗濯物を預け、引き換えのふだを受け取り、ようやくの散策タイムだ。洗濯屋に尋ねると、王城に向かって行った先の中央市場に屋台村があるらしい。先程からぐうぐうとお腹を鳴らしているアスランに、早く何か食べさせてあげたかった。あまりにも可哀想で。


「カナツ、手貸して」


 そう言うと、花夏の返事を待たずまた当たり前のように手を握った。


「他の人にぶつかると、何あるか分かんないから」


 アスランがそう言う。ああ、そういう事か、と今更ながら納得した。花夏と触れていれば、周りの人には影響が及ばない。人が多いところでは確かにその方がいいだろう。道ゆく人の魔力がいきなり暴走しても困るだけだ。

 

 先程いきなり手を握られてかなり焦ってしまった花夏は、アスランの行動にはちゃんとした理由がある事に思い至らなかった自分が、少し恥ずかしかった。


 花夏の頭には、では何故人が少ない宿屋でも手を握られ続けていたか、という考えは浮かばない。


 街に入った時とは違い、今は軽装だ。先程買ってきたというアスランの服は、落ち着いた色合いの上に締められた帯の色が髪の色と合っていて、とても映えて素敵だ。花夏は水色のワンピースに、シュウに付けてと言われた水色の一粒石のかんざしで髪をまとめている。


 道ゆく人の視線が集まっている気がするが、花夏の黒髪はもうここでは目立たない筈だから、これはアスランが注目されているのだろう。それ程に、人目を惹く容姿とスタイルの良さを持っている。だが、アスランはそんな周りの視線は全く意に介さず、ただひたすら真っ直ぐ進んでいる。もしかしたら、食べ物の事しかもう頭にないのかもしれなかった。


(今後の課題は食費だな)


 切実な問題だ。今回魔物退治のお陰で当面の費用は工面出来たが、それもいずれは尽きる。少しでも割の良い依頼を受けていかなければ、南への移動速度は落ちてしまうだろう。


 花夏は、横を歩くアスランの顔を見上げる。シャープなあごのラインが見える。喉仏に続く曲線が、美しい。


――この人も、いつまで一緒にいてくれるか分からない。


 とりあえず3ヶ月位、というのが当初の予定だったが、多分それ以上一緒に過ごしても花夏の体に問題は起こらないだろう。だが、アスランには探している『気配』があると言っていた。森で聞いた時は、今どこにいるのか分からない、と言っていたが、またいつ分かるかもしれない。その時、その方角が北やダルタニア方面だった場合、花夏はもう一緒に行く事はできないのだ。


(あとで、ちゃんと追手の事も話さなくちゃ)


 本当はカコの森からカコの街へと戻る道すがら話そうと思っていたが、思ったよりもアスランの足が速く、追いつくので精一杯で、話をするどころではなかった。でも、こういう事は早い方がいい。アスランの事を信用しない訳ではないが、相手は大陸一の強国ダルタニアだ。一緒に行かない、という選択肢は勿論アスランにはある。後になればなる程、アスランも断りにくくなるだろう事を考えると、早急に話しておくべき内容だった。


「アスラン、後で話があるの」


 アスランが花夏を見る。


「何? 突然」

「大事な話。あの、追って来てる人とかの事」


 アスランが首を傾げる。表情は、読めない。


「だって、分からないんだろ?」


 そうだった、そういう風にしか伝えてなかった。でも、ここで話を終わらせてはならない。それはアスランに対し卑怯な行為だ。


「なんでかは分からない。でも、誰かは分かってる」

「どういう事だ?」

「後で、人がいないところでちゃんと話したい。まだ、アスランに他にも話してない事があるの」

「他にって、どんな事だよ」


 アスランの声が段々と苛ついたものになっていく。まずい、どんどんアスランの機嫌が悪くなっていく。やはり、もっと早い段階で話しておくべきだった。


「ごめん、なかなか言い出せなかった」


 アスランが往来のど真ん中でいきなり止まった。花夏を見下ろしている顔が、少し怖い。でも、少し悲しそうにも見えるのは何故だろう。


「お前にとって、俺は何だよ」

「何だよって……とっても頼りにしてる。でも」

「でも何だよ」


 ああ、やはり怒っている。当然だ、もっと早く伝えなかった花夏に非がある。


「言っても信じてくれなかったらどうしようとか、折角会えたのにもう別れるのは嫌だとか思ったら、なかなか言えなかったの! ごめんなさい!」

「え」


 アスランがきょとんとして見ている。周りを行く人が、「アツいねー!」等とヤジを飛ばしてくる。


「ごめん、何の話?」


 そう尋ねるアスランの表情が和らいだ。また眉毛がへの字になっている。


「アスランこそ、何の話してるの?」

「カナツは何の話だってば」


 どうも、話が噛み合っていないようだ。


「いや、だから、追手と、私がどこから来たかの話をちゃんとしようかと思って」

「え? いや、だって、他にも話してない事があるっていうから、俺てっきりそのかんざしの件だと」

「かんざし? これがどうしたの?」

「え? どうしたのって……」


 何故ここでこのかんざしの話になるのか、花夏にはさっぱり分からない。アスランが「ちょっと」と言って花夏の肩を抱いて道の端へと移動する。何かの店舗の壁際に連れて来られ、両肩をガッと掴まれた。


「カナツ」


 目が真剣だ。そして近い。


「はい」

「そのかんざしは、どうした物だ?」

「これも話そうと思ってたんだけど、前にラーマナでお世話になっていたシュウさんて人からもらって」

「前も言ってたな。誰だそのシュウってのは」


 あまり楽しそうではない顔をしている。まあ、知らない人の話をされても面白くないのかもしれない。


「えーと、ラーマナ王国の宰相してる人」

「宰相ぉ? どんな爺さんだよ」

「あ、まだ全然若いよ」

「若いっていくつだよ、そいつ」


 質問が止まらない。通り過ぎる人たちが、生ぬるい目をしている気がするのは気のせいだろうか。


「えーと、32かな」

「おっさんじゃねえか」

「結構恰好いいよ。すごいモテるみたいだし」

「おっさんだよ」


 おっさんにこだわっている。


「それで、そのおっさんがなんでお前にそれくれたんだ」

「シュウさんね。シュウさんに子供がいてね、私その子としばらく暮らしてたから、お礼にって」

「お礼に? ほんとかよ」

「だって初めて会った日にくれたし」

「初めて会ったその日に? ヤバいなそのおっさん」

「シュウさんだってば。滅茶苦茶いい人だよ」

「おっさんはおっさんだよ」


 そこは譲らないらしい。まあ、会ったことがないとあの雰囲気は分からないかもしれない。


「それでお前、その意味知ってんのか?」

「意味? うん。虫除けだって言われた」

「虫除け……」

「うん。この石にそんな効果あるんだなってちょっと不思議だったけど」


 ガク、と項垂うなだれたアスランは、花夏の肩に頭を乗せた。肩が温かい。何か、落ち込む事でもあったのだろうか。


「アスラン? 大丈夫?」

「俺は虫か……」

「なんでアスランが虫なのよ」


 やはり話が噛み合わない。アスランが起き上がった。相変わらず肩は掴まれたままだ。


「いいかカナツ」

「はい」

「そのかんざしは、本来は婚約用のかんざしだ。一粒石ってのはそういう意味がある」

「は? 婚約なんてしてないよ」


 何かの間違いではないか。いや、でも、店の奥から恭しく出てきた記憶がある。もし本来の意味がそういうものならば、表に飾られてない理由もわかる。でも、間違いなく婚約なんてしていない。


「簡単に言うとな、俺のもんだ手を出すなって意味だよ」

「え?」

「しかもそんな高そうなやつ。ちょっとやそっとの覚悟で手を出したらただじゃおかないぞってことだよ」

「ええ?」

「知らなかったのか……」


 アスランが深い深いため息をついた。花夏は混乱していた。


「まあでも、虫除けって言うくらいだから、本当そういう意味で渡したんだろうな」

「そういう意味」

「男よけだよ」

「あー」


 納得がいった。


「そういえば、手紙にも書いてあった! 変な男に引っかかるな、かんざし差してって。あれ、文章繋がってたのか!」


 ぎょうが分かれていたから、関係ないと思っていた。そういう意味だったのだ。ようやく腑に落ちた。


「お前なあ……」


 アスランがまたため息をついた。


「じゃあ、そいつとは何にもないんだな?」

「とりあえず、婚約なんてしてないです」


 それは確かだ。


「なんかされたか?」

「……」

「おい」


 された。そこそこされた。でも、その内容をアスランにペラペラ話せる程花夏はそういった事に免疫がない。


「何された」


 アスランが、苛々として花夏の顔を覗き込んでくる。相手が大分年上だから、心配してくれてるんだろうか。さて、どう言うべきであろうか。


「あのー、私があまりにも無防備だからって、分からせる為に、あの、キスを少々」


 あれが少々だったかはともかく、アスランに詳細を言う義理はない。というか、恥ずかしすぎて言いたくない。サルタスに話した時も、もう死ぬほど恥ずかしかった。あんな経験はもう二度と味わいたくない。


「何だよそれ」


 アスランの顔が滅茶苦茶怖い。美形が怒ると、物凄い迫力がある。後ろでふよん、と跳ねる髪がちょっと間抜けだが。


「えーと、だからその後ちゃんと蹴り飛ばして、頬を差し出されたのでグーで殴りました」

「お前が?」

「うん」

「蹴って、グーで」

「うん」

「宰相を?」

「はい」


 アスランが、花夏の頭をポン、と撫でた。


「偉いぞ、よくやった」


 真顔で褒められた。とりあえず、誤解は解けたようだ。これまでずっと穏やかだったアスランが怒ったようだったので驚いたが、ひと安心だ。


「カナツ、俺はそいつと違って無理やりお前に何かしたりしないから安心しろ」


 薄らと花夏に微笑みかけると、「飯食うか」とまた花夏の手を握り直して歩き始めた。


「アスラン、あの、話は」

「後ででいいよ。宿に戻ったら聞く」


 そう言うと、また手を握り直し、ついでに指を絡ませた上で花夏を引っ張り、市場へと向かった。



――この人の事が、よく分からない。



 後で怒った理由も聞いてみようか。アスランが知ったらまたがっくりとしそうな事を考えた花夏だった。







「あー食った食った」

「すごい食欲だよね本当」


 屋台村というだけあって、大小様々な屋台が所狭しと並んでいた。テレビで見るアジアの屋台村のようだった。

 春祭り前日ということもあるのか、人、人、人だった。シエラルドとは違い、色んな髪の色の人がいる。肌の色も、シエラルドの人たちのように白い肌の人ばかりではなく、比較的浅黒い肌の人もチラホラ見かけた。アスランは南の出身と言っていたが浅黒いというわけではないが、よく日に焼けているように見える。もしかしたら、この色が地色なのかもしれない。


 そんな人混みの中、花夏の手を引っ張りながらあれこれと買っては食べ、花夏にもひと口食べさせを繰り返していたアスランは、結局量にして実に夕飯3食分くらいの食べ物をペロリと食べていた。花夏はもう相当苦しいのだが、アスランはまだまだ余裕そうだ。成程、と思う。これでようやく満足なのであれば、花夏が作る量では足りないのは当たり前だった。今後の参考にしたい。


「春祭りって豊作を願う祭りなんだな」

「舞を見てみたいけど、混みそうだよね」


 沢山作物が育ちますようにという願いを込めて、神に祈りを捧げる為に神官たちが舞を披露し、その後はひたすら飲めや食えやのお祭り騒ぎが3日間もの間続くらしい。


「明日の昼間開始だって言ってたから、一応行ってみるか?」

「そうだね。折角だし」


 お互いニコ、と笑い合う。手を繋ぎっぱなしな事さえ意識しなければ、普通に楽しい見物だ。アスランと人混みの中に行く時には常にこれになるだろうから、花夏も早く平常心をマスターしたいと思った。アスランはというと、普通に冷静だ。距離感が近すぎるのは時々心臓が飛び出しそうになるが、アスランはそういう人なのだと思えばこれもその内慣れるだろう。と、思いたい。


「そろそろ洗濯物出来てるかな?戻る?」


 花夏が提案する。昨日の今日で、流石に少し疲れてきたのもある。でも折角楽しんでいるアスランに疲れたというのも気が引けてしまい、悪いが洗濯物を理由にさせてもらう。


「そうだな、まだ明日もあるし今日は帰ろうか」


 繋いだ手とは反対の手で花夏の頬を触った。


「顔色あんまり良くないぞ。無理させた? ごめんな」


 可愛いとしか言いようのない心配顔で言われると、何だかこちらが悪い事をしてしまった気になってしまう。


「大丈夫」

「無理すんなよ。辛かったら言え」


 何とも過保護な事を言って、行きと違って少しゆっくり歩き始めた。行きはやはりお腹が空いていたのだろう。


 護衛とご飯。本当に釣り合っているのだろうか? 宿屋への帰り道をのんびりと歩きながら考えてみる。アスランがいる事でまだ不慣れな旅のあれこれが任せられるので花夏としては本当にありがたいが、所詮付け焼き刃の花夏の料理の腕で果たしてアスランがどこまで満足するのか、微妙だと思う。それで思い出した。


「あ、調味料!」


 忘れていた。


「明日でいいよ。午前中に買おう」

「忘れそうだなあ」

「大丈夫、覚えておくから」


 頭をポンポンされた。どうもこのポンポンされることは慣れない。正直、こそばゆい。


 あまりアスランの優しさに慣れてしまうと、またいなくなった時の寂しさが辛そうだ。シエラルドの皆から離れた悲しさは、今でも深く花夏の心に刻まれている。同じ深さの傷を付けたくなければ、これ以上深入りはしたくない。


 したくないけど。


 もう少しこの人の事を知りたい、と思うこの気持ちは何だろう。優しくて無邪気で可愛くて、でも他の人にはちょっと素っ気なかったり、花夏の事を心配して怒ったり。今もこうして横にいて守ってくれている。しかも大分花夏に甘い。本当に花夏のあの程度のご飯の腕にこの人の時間を使うだけの価値があるのだろうかと考えると、微妙だ。でももう少し一緒にいたい。ひとりは嫌だ。であれば、やはりもう少し料理の腕を磨くしかない。


 今度、サルタスに簡単野営絶品料理のレシピを教えてもらおうかな。


 そんな事を考えた。







 宿屋に着いた。


 店主はこちらに一瞥をくれただけで、挨拶もしない。本当に何もなかったのだろうか。


「カナツ、疲れた?大丈夫か?」


 アスランはそう言うと、繋いでいた手を離し、その手で花夏の頭を引き寄せ自身の頬をくっつける。チラリと店主を見るのは忘れない。店主が苛々とした表情でこちらを見たのを確認すると、「部屋で休もう」と花夏を促した。


 背後から、ドタドタと足踏みでもしているような音がして、アスランはつい笑ってしまった。


「ア、アスラン、どうしたの?」


 急に笑いだしたアスランを見て、花夏がぎょっとしている。ぷくく、とアスランが楽しそうに笑っている。


「ちょっとやり過ぎたかも」

「何を?」

「なんでもないよ、ほら鍵開けるから」


 どうも怪しいが、話してくれるつもりはなさそうだ。


 アスランが部屋の鍵を開け、花夏を先に入れてくれた。自分は後から部屋に入ると、鍵を内側からきちんと閉める。


「アスラン、先に歯を磨くから、その後話の続きするね」

「あ、俺もしよう」


 この世界にもちゃんと歯ブラシというものは存在している。何の種類かは分からないが、木の枝の先をほぐしてブラシにした物があり、それで隙間を磨く。それから、歯磨き用の柔らかい繊維のようなものを指に巻き、キュッキュと磨く。普通に綺麗になるので始めは驚いたものだ。

 貴族の間では、さらにミントのような葉をガムみたいな素材のものに練りこんで、それを噛んで口臭対策をしたりしている。どうも何かの植物から採れる物みたいだが、よく分からなかった。キシリトールガムみたいな感覚だろうか。サルタスが、まあやってもやらなくても、と言って一応教えてくれた。


 漕いだ水を桶に入れ、洗面台で手で桶の水を掬ってうがいをして、完了。歯は気をつけないと、こちらではどうも虫歯になってしまったら抜くしかないようである。貴族の人達は、医療系魔術師に治してもらったりということもあるようだが、今の花夏にそのつてはない。気をつけるに越した事はなかった。


 ベッドに腰掛けて、アスランが終わるのを待つ。この部屋に椅子はないので、ここで話すしかないだろう。


「お待たせ」


 アスランが部屋に戻ってきた。花夏のすぐ横に座ると、花夏の後ろに手をついて花夏の頭にまた頬をくっつけてスリスリしている。犬の仕草にしか思えない。


「あの、アスラン、もう部屋だし」

「俺が安心するから触らせてよ。ダメ?」


 今までろくに人に触る事が出来なかったアスランだ、確かに安心するのかもしれない。


「……まあ、じゃあ分かった」

「ありがと」


 アスランがきちんとお礼を言う。こういう所は丁寧だ。


「もうこのかんざし取れよ。ていうか取るよ。今必要ないだろ」


 そう言うと、花夏側ではない手を伸ばしてスッとかんざしを取ってしまった。腕の中に顔がすっぽりと収まる形になってしまい、心臓が飛び跳ねた。近い。


「はい」

「……うん」


 そっと花夏に手渡してくれた。このかんざしには何か思うところがあるようだが、取り扱いが雑になることもない。やはりいい人だ。


「じゃあ、話始めていい?」

「ああ」


 そして、花夏は始めから順を追って話し始めた。花夏がこの世界とは違う世界から来た事。真っ暗な闇が花夏を探してこの世界に連れて来た事。シエラルドの山の麓に落ちてきて、ハルナとヤナに助けられた事。始めは言葉が分からなかったが、ヤナの魔法のおかげでどんどん理解出来るようになった事。


 アスランは、口を挟むことなく静かに聞いている。


 当時は国土調査隊隊長だったシュウが、結界のゆがみを調査していた事、それがどうも花夏と関係があるのではないかと察し、花夏に剣の修行をさせた事。冬の間に国王に結界の張り直しをしてもらったこと。逃げる為に必要な力を蓄えさせ、ダルタニアから追手が来て、サルタスと一緒にリュシカ手前の国境まで来た事。


 そしてアスランと会ったところまで、きちんと話した。


「ダルタニア……」


 アスランが呟く。


「うん。まだサルタスさんといる時にシュウさんから手紙が来て、王宮魔術師だって言ってたって。ラーマナの王妃様の従兄弟なんだって言ってたみたい。大陸中の結界の調査をして、ラーマナが最後で、その後ダルタニアに戻ったらしいけど、その先の事はまだ分かってないみたい」

「王宮魔術師か……。なんだろうな」


 アスランが聞くが、花夏もさっぱり分からない。


「シュウさんが言うには、私をただこっちに連れてきておしまいな筈がないから、捕まったら何をされるか分からない、だから逃げろって」

「それはそうだろうな、異世界で花夏を探してそれを連れてくるなんて、普通考えられない力技だからな」


 アスランが同意する。


「異世界から来たって言っても信じてもらえないかもって思ってた」

「それで心配してたのか?信じるよ。だって」

「だって?」

「カナツの魔力の器を見たら分かる。こっちでカナツみたいな人に会った事がない」


 成程、そういう見方もある訳か。


「だから安心しろ」


 そう言って微笑むアスランを見て、花夏はこれだけは言っておかねば、と思っていた事を口にした。勇気を振り絞る。本当は嫌だけど、でも言わなくては誠実とは言えないから。


「だから、そんなとんでもない人たちが私を探してるから、この先一緒にいるとアスランにも危険が及ぶかもしれない。私のせいでアスランが傷つくのは嫌だよ。だから、もし離れるなら早めの方が」

「離れない」


 即答だった。嬉しい。嬉しいけど、でも。


「アスラン、でも、アスランには探しているものがあるんでしょ? それが例えばダルタニア方面にあるんだったら、私は行けないし」

「あ、それはもういいんだ」


 花夏の耳元であっさりとそんな事を言うが、いい訳がないだろう。あの大食いのアスランが、食べるのも我慢して向かうくらいのものなのだ。花夏がそれを邪魔していい訳がない。


「ダメだよ、アスラン一所懸命ずっと探してたんでしょ?」

「だからもういいんだってば」

「よくないよ!」

「いいんだよ、もう見つかってるから」

「え?」


 いつの間に見つかったんだろう。そんな事、言ってなかった筈だ。


 花夏がアスランを見る。緑色の目が、花夏を優しく見下ろしている。慈しむような、そんな表情。何故、そんな顔を花夏に見せるのか。


「今、目の前にいる」


 聞き心地のいい少し低い声が言う。口元が微笑んでいる。


「え? どこに」


 部屋を見渡す。人ではなく、物だったんだろうか? そんな花夏を見て、アスランがクスッと笑った。


「だから、カナツだってば」

「……え?」


 今、何と言ったか。


 理解出来ずに固まってアスランをただ見ている花夏の手を、アスランが上からそっと握った。また、花夏の頭に頬をつける。


「カナツが、俺の探していたものなんだ」

「どういう……事?」

「つまりさ」


 花夏をすぐ目の前で覗き込む。もう10センチもない。睫毛長いな、そんな関係ない事を思ってしまった。


「俺はカナツと離れるつもりはない。カナツが自分の世界に帰りたいって思わなくなる位、カナツに好かれる努力をする」


 花夏のおでこに、アスランの薄い唇がそっと触れた。柔らかかった。


 すぐに離れると、また10センチの距離で花夏を覗き込んだ。大切な者を見る目で。


「好きだよ」


 ポカンとしている花夏に、極上の笑顔で言った。


アスランくんあっさり告白!いかがでしたでしょうか。

次回はアスランくん目線回、花夏目線とはまた違ったアスランくんをお楽しみに!


次回は明日更新予定です(2020/10/3)

3点リーダ等微修正しました(2020/10/29)

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