アスラン ☆
ようやくイケメンが登場です!
これから花夏とどう関わっていくのか、わくわくしながら進めています。
※こちらも思っていることを()に入れ込みました(2020/8/25)
※誤字1文字修正しました(2020/8/27)
※☆とりました(2020/9/2)
※行間、空白その他微修正しました(2020/10/13)
※3点リーダ等の微修正を行いました(2020/10/19)
静かな闇が支配する深い森の中に、少しひらけた空間がある。
そこで、男がひとり焚火をしていた。
薄汚れたマントを頭から被り、切り株に座って爆ぜる炎を眺めている。
少し暑くなり、頭からマントをどかすと、中からサラッと流れたのは、真っ直ぐな赤銅色の髪。胸の前で軽くひとつに結ばれている。長さは腰までは届かない程度か。
伸びた前髪が、幼さを少し残す端正な顔にかかった。
瞳は綺麗な緑色。
笑えばその可愛さに女性が黄色い声を上げそうな目をしているが、彼はもうこのところしばらく笑った記憶がない。
日に焼けた肌によく似合う、形のよいやや薄い唇は、意志の強さを表すかのようにしっかりと結ばれている。
ひとりで生きるようになって、もうどれぐらいだろうか。
必要最低限の他人との関わり合いはあるが、友人や家族と呼ばれる者はもういない。
みな、彼から離れていった。
今いるこの場所から遥かに離れた、大陸の南にある小国タザールで、今も健やかに過ごしているだろう。彼の不在、それが故に。
人と深く関わってもお互い不幸になるだけだ。国を離れた時に、悟った。
彼の名は、アスラン。
彷徨うことを義務付けられた男。
時折彼を襲う焦燥感はどこから来るのか、彼にも分からない。
今はギルドで受けた依頼を済ませた帰りだ。明日には森を抜け、今いる国ザザンの比較的大きな町シェ・ラルのギルドに報告に行けるだろう。
その後はどこに向かうのか、今はまだ分からない。
アスランは、薄く輝く黄色い月【ラース】とその横に小さく輝く青い月【カラド】を見上げた。
黄月は至高の器、青月は大いなる魔力と言われている。魔力が器を追いかけるが、永遠に重なり合うことはない、と。
「永遠に追い求める……か」
小さく呟く声は、低く聞く者に心地よさを感じさせる。
ふと、月の見える方向に興味を覚えた。
(何か……ある?)
感じた感覚は、これまで覚えた事のないものだった。
それは、冷え切った心に落ちた一滴の温かい滴のような。
だが水滴が落ちて波紋を残しやがて消えるように、その感覚もなくなっていった。
「……北か。いいかもな」
気になった方角は、北。まだ北の国は訪れたことがない。
どうせこのあと何処かへ行く予定もない。北に旅する間に、気になった感覚がそのうちまた訪れるかもしれない。
不意に、空き地の周りの木々が風もないのにザワザワと音を立てる。
アスランは特に気にすることもなく、焚き火の前でマントを深く被りなおし横になった。
その口には、アスラン本人も気づかぬ内にわずかな笑みが浮かんでいた。
この家の朝は早い。
まあ蝋燭が勿体無いから夜早めに寝てしまうからなのだが、まだ日の出前から起き出すなんて、少し前の花夏の生活では考えられない。
吐いた息が白い。
「よし!」
と気合を入れて、バケツを手に取り小川に向かった。
この家に来て、ひと月が経つ。
あっという間のひと月だった。
初日の夜に、空にふたつの月を見つけたときは絶望が心を満たした。同時に納得した。
あの黒い手に、花夏は異世界に連れて来られたのだ。
あれがいいものなのか悪いものなのかは分からないが、でも少なくとも怪我を負わせられることはなかった。
そして、引っ張られる前に聞いた、不思議な声。
何を言っていたかは分からないが、あの意味がいつか分かったら、花夏のいた世界に戻れる日が来るかもしれない。
少なくとも、こちらへ来られたのだ。であれば、何故帰ることが出来ないと言えよう。
(大丈夫、私運いいし! 今年の初詣で引いたおみくじ、大吉だったし!)
と自分を慰め、小川の水をバケツにすくった。
『うひゃー冷たいー!』
背後にそびえる山の頂上の雪は、ひと月前よりも増えている気がする。この世界にどういう季節があるかはまだ分からないが、少なくとも冬はありそうだ。
そのうちこの優しい、花夏の新しい家族が住む家までも冬が降りてくるのだろうか?
あの出来事以来、極力家族のことは思い出さないようにしている。でないと、涙が滲んできてしまう。
怒りん坊だけど花夏の一番の理解者のお母さん。今もきっと怒りながら花夏を探してそう。
ぽーっとしていてほんとにこの人ちゃんと仕事出来てるんだろうかなんてハラハラしてしまう能天気なお父さん。ちゃんと仕事に行けてるんだろうか。
花夏の3つ上の、雪江姉ちゃん。花夏とちがっておっとりとしていていつもニコニコしてる、優しいお姉ちゃん。今頃、泣いているんだろうか……
家族に見放されるなんて想像したこともない。
きっと、みんなずっと花夏のことを諦めないだろう。
だったら、花夏も諦めずに今自分ができることを精一杯やることだ。
滲んだ涙を袖で拭い、『今やることは水を運ぶこと!』と声に出して、前を向いて足を踏み出した。
この後は、ヤナのレッスンが待っている。この世界の言葉を、一所懸命教えてくれる。だから私もそれに応えないといけない。私は、諦めない。
「まだ見つからないのか」
豪奢な玉座の上から、静かな声が発せられた。
「は……! 申し訳ございません、こちらに連れてきたのは確かなのですが……」
平伏するのは、黒いサテンのようなマントをきた男だ。この国、大陸の中心にある大国、ダルタニアに仕える王宮魔術師、イリヤ・シュタフである。
とにかく研究が大好き、好きなだけ研究をする為に王宮に入ったようなもので、まさかこんなに重大な役目を任されるとは考えてもみなかった。
玉座のある方からは、怒りのオーラがひしひしと伝わってくる。見なくても、分かる。
(ううう……怖いんだよなあ、陛下。だから僕にはこんな大役無理だって言ったのに師匠ってば……!)
脳裏に浮かぶのは、無精髭を生やした黒髪の、やたらと酒場でモテるイリヤからしたら強面の壮年の師匠の顔。イリヤ以上に、研究バカだ。
ただ一人の弟子を人身御供に差し出し、今頃きっと嬉々として『落とした』物を探しているに違いない。
(本来国王との謁見は、一番偉い人間が担当すべきなんじゃないですか、師匠!)
「……面をあげよ」
(あ、少し怒りがおさまった?)
イリヤは内心ほっとして、ゆっくりと顔を上げた。
ふわふわとカールした蜂蜜色の髪から覗く優しげな顔は、一部の女性から「庇護欲を唆る」と舌舐めずりをされるベビーフェイスだ。
大きな目が、挙動不審に動いている。
(……やばい、なんか言ったほうがいい?)
恐る恐る視線を国王、アレン・ラゾフ・ダルタニアに向ける。
玉座の肘掛に肩肘をつき、顎を乗せこちらを観察している国王の顔が目に入った。
その端正な顔に、男ながらつい見惚れる。
日頃剣の鍛錬を怠らないからか、健康的な肌色。スラリと伸びた手足は、しかししっかりと筋肉がついている。漆黒の艶めいた髪は、肩上でサラサラと揺れている。
切れ長の瞳は、王である象徴、赤眼だ。
神の寵愛を受けたと噂される爽やかな顔は、見る者全てを魅了するのではないか。まだ年若く20代半ばではあるが、歴代の赤眼の王がそうであったように、若さを感じさせない芯の通った統治を行なっている。
第3王子であった彼だが、生まれて目を開けた瞬間、彼の継承権は第一位に上がった。
必ずしも、どんな時でも赤眼の王が存在するわけではない。時には、どんなに子が多かろうが赤眼の子が生まれない時もあった。
その際は、仮王として、第一継承者が次の赤眼の子が生まれて成人するまで務めたという。
仮王の役目は現状維持。
赤眼の王は、国家繁栄を導くという。
先代王は、黒い目をした優しげな王だった。
いつ王位継承権を後に生まれる赤眼の兄弟に奪われるのか、不安定な立場のまま育ち、そして王となった。
周りに敵を作らないその性格は、彼なりの処世術だったのだろう。師匠がある時ポツリと呟いていた。
自身の子供に赤眼が現れたとき、彼は果たして安堵したのだろうか、それとも嫉妬を覚えただろうか。
先代王は、アレンが18歳で成人の儀を行なったすぐ後、王位を譲った。今は王都から離れた離宮で、穏やかに余生を過ごされているという。
(いやー……美しい……)
思わず見入ってしまったイリヤだったが、アレンが眉をしかめたところで失態を犯したことに気付いた。
(そうだ、アレン様って自分の顔嫌いなんだった! やべ、まじまじ見ちゃったよ僕!)
噂によれば、アレンが目指しているのはムキムキの筋肉、立派な髭を蓄え、野太い声を持つ荒々しい漢……らしい。
(いや、今の方が絶対忠誠心上がってると思うんだけど……)
「して、お前をここに寄越しておいて、肝心のお前の師匠は何をしている?」
「は、師のセシルは引き続き例の物の居所を探しております!」
これは事実なのですぐに返答できる。変人だけど、やることはちゃんとやるんです、うちの師匠。
「こちらにきていることは確かなのだな?」
「はい、例の物を連れてくる際、私も微力ながら師匠の手伝いをさせて頂きましたので、それに関しては間違いございません」
まあ、正確に言うと引っ張りすぎて勢い余ってどっかに飛んで行ってしまったんだけど、勿論そんなことは言えない。首が確実に吹っ飛ぶ。
「……あれは、この世界に必要な物なのだ。保護する前に壊れてしまっては取り返しがつかないことになる。引き続き全力をあげて探索するよう、お前の師匠に伝えてほしい」
若干イライラは伝わってきたが、これで解放されそうなので元気よく
「申し伝えます!」
と返答すると、アレン様が微妙な表情をして僕を見ている。
(また何か間違えたか……?)
アレン様はそれ以上言葉を発さず、手のひらで行け、と指示されたので、僕は勢いよく
「失礼します!」
と精一杯の敬礼をしてすたこらと王の間を後にした。
(ヒィーこえー!! アレン様も、さっさとどこかの令嬢を王妃にお迎えしたら怖さも減るとおもうのになー!)
幼い頃からの伯爵令嬢との婚約を戴冠時に破棄し、その後はそういった話を片っ端から断っているという。
(好きな人でもいるのかな?)
ちょろっと脳裏に浮かんだ考えは、あまりにも不敬なので頭をブンブン振ってかき消した。
王の間前に控える見張りが、『こいつどうしたんだ』という顔をして見ていたのを、イリヤは知らない。