ひとり
いよいよサルタスさんともお別れです。
まだまだひよっこな主人公にシュウさんが…な回となっております。お楽しみくださいませ!
日々更新チャレンジ中です(2020/9/25)!
3点リーダ等微修正しました(2020/10/29)
王都シエラルド出発から5日目の午後。
ラーマナ王国の南西に隣接するリュシカ王国との国境の町に辿り着いた。国家間の交易が盛んで栄えているというサルタスの言葉通り、道幅は広く人通りも多い。
実は昨日宿泊した村でももう雪は殆ど確認されなかったが、せめて国境までは、というサルタスの優しさに甘えて今日ここまで連れてきてもらった。感謝しかない。
「リュシカの首都はカコといいます。もしかしたらシエラルドよりも栄えているかもしれませんね。私はまだ行った事がないのですが、人に紛れるという意味ではいい場所だと思います。まずはそこを目指すのがいいでしょう」
そう言って、サルタスがギルドで購入したリュシカの地図を渡してくれた。ご丁寧に、赤で線まで引いてある。
「この町からは街道が続いていますので、迷う事はないでしょう。徒歩だと10日はかかりますので、乗合馬車を利用された方が無難でしょうね」
そう言って、乗合馬車の乗り場も教えてくれた。明日朝、乗り場で見送ってくれるとのことだ。続いて、そうそう、と手を叩く。
「この町まで来たことを、そろそろシュウ様にお知らせしないといけませんね」
「ああ、手紙ですね」
この世界では、手紙は町の郵便屋から出し先の郵便屋までを魔法で飛ばし、受け取った側の郵便屋が各々の家まで配達する、という仕組みになっているらしい。郵便屋たちの間で利用されているのは転移石という魔法石で、それぞれの石に予め出し先の町の位置情報が刻まれているものを使い転送する。大きな町の転移石はひと通り揃えているが、あまりやりとりのない町への手紙は転移石がないため、最寄りの大きな町の郵便屋に集められてからそれぞれ転送されていく。それを初めて聞いた時は、日本の宅配便の集荷センターのようだと思ったものだ。
旅人たちのような住所不定の者宛の手紙については個人の転移石があり、購入すると高いためあまり多くは普及していないが、記載された番号へと直接送ることができるので、ある程度裕福な者はこの石を所持している人も多い。
今回、ギリギリのタイミングで最後の買い出しの時にサルタスがヤナと花夏にそれぞれ個人用の転移石を用意していた為、ふたりの間での手紙のやりとりは一度郵便屋に手紙を持ち込めば済む。便利な仕組みである。万が一ヤナの番号を忘れてしまっても、先日サルタスと決めた通りシエラルドの郵便屋まで送ってヤナ宛にしておけば問題ないだろう。
「紙とペンは、ギルドでも郵便屋でも購入できます。宿屋に置いてある場合もありますね」
こちらの紙は紙質はそこまでよくないが、分厚く頑丈だ。ペンはインクを使うのかと思いきや、ここにも魔法石が使われていて、ペン先で押すとインクが出るという優れものだ。どうも今までこの世界で過ごしてきて感じたのは、この世界は花夏の世界からすると大分ファンタジーの世界ではあるものの、どちらかというと漫画や小説で見るような魔法で溢れかえっている世界というよりは、物に蓄えられたエネルギーを魔法として使用している世界、そういういう風に見える。人間はちょっと超能力のような魔法が使える人がいたりいなかったり。殆ど使えない人が大半のようだから、やはりエネルギーを自身に蓄えられるか否かがこの世界で魔法が存在できるか否かの差なのかもしれない。
郵便屋の看板は、鳥のマークだ。しばらく大通りを進むと、あった。
広々としたカウンターの奥に、数名作業をしている人がいる。花夏はその内のひとりに声をかけた。
「すみません、手紙を書きたいので紙とペンをいただけますか」
「はいはい。何通書く?」
「2通分ください」
サルタスが横から入ってきた。「ヤナに送らないと、心配されていると思いますので」とのことだ。この気遣い。うらやましいことだ。
郵便屋のカウンター手前には椅子とテーブルが用意されている。そこで書いていいよ、ということらしい。サルタスに促され座ったはいいが、何を書けばいいのかが思いつかない。日頃手紙など書く習慣がなかったので、困った。
とりあえず、元気な事を伝えよう。
そう思い、字を思い出しながら書き始めた。いまいち字のバランスが分からないので、自分の書く字がはたしてきれいなのかかわいいのか歪なのかも分からない。これも慣れなのだろうか。
『シュウさん、ヤナ、元気にしていますか?
私は元気です。国境の町に来ました。
私は、明日リュシカの国に行きます。
サルタスさんとはここでお別れです。
頼りになるサルタスさんがいなくなるので
不安ですが、頑張ります。
サルタスさんといえば、一緒にいると
夫婦と間違われてばかりです。
奥さんと呼ばれて照れくさかったです。
他人と旅するのは珍しいのでしょうか?
サルタスさんはもうすぐ帰るので
待っていてくださいね。
次の町に行ったら、また手紙を書きます。
それまでお元気で カナツ』
「よし!」
書き終わって封筒に入れようとすると、サルタスがちら、と手紙を覗き込んできた。
「おかしなこと書いてないですよ」
そう言って見せると、サルタスがはあ、と小さくため息をついた。
「なんですか」
「……いや、まあいいです」
「なんか変なとこありますか?」
「……まあ……いいです。折角初めて書いた手紙ですからね」
「サルタスさんも書きましたか?」
「はい。でも見せないですよ」
そう言って、サッと封筒にしまってしまった。自分ばかりずるいと思ったが、しまう前にちらりと見たら結構びっしりと文字が書いてあった。気になるが、仕方ない。
「では出しましょう。番号は覚えてますか?」
「はい」
石を渡されてからというもの、移動中に語呂合わせで必死で覚えた番号だ。そう簡単には忘れないと思う。多分。
「はい、ふたつで200ルカね」
「お願いします」
「はいはい」
中の職員が受け取ると、カウンターの中に置いてある30センチくらいのボール型の石の上に手紙を置き、職員が石に手を触れ、番号を読み上げた。一瞬で手紙が石の上から消える。
「わー」
思わず感動して声を上げると、サルタスがまたはあ、とため息をついた。さっきから何だろう。
「なんですか」
「いえ、なんでも」
「なんでもない風じゃないですよね」
花夏が詰め寄る。サルタスが、諦めたように言った。
「……手紙ですが」
「はい」
話しながら、花夏の背中を軽く抱いて外に出る。往来に出てから手を放し、続きを話し始めた。
「私の事しか書いてないじゃないですか」
「そうですか?」
「あれでは、シュウ様が拗ねます」
「拗ねるって、そんな事しないですよ流石に。大人ですよ」
「いや、します」
サルタスはきっぱりと言い切った。目が真剣だった。
「私が向こうに戻った時、確実に嫌味を言われます」
「嫌味、ですか」
シュウの普段の花夏へ対する態度は、多少強引なところはあるが基本大人な態度である。相手に何を言われても躱せるだけの分別のある大人の男、というイメージだが、違うのだろうか。
「面倒くさいのです」
元上司、現宰相に対して随分な言い草であるが、サルタスがそう言うならそうなのかもしれない。眉間にシワが寄っている。サルタスにしては珍しい。
「なので、今後なるべく男性の話は書かない方が無難です。下手すると、仕事を放ったらかして飛んできかねません」
「なんか私の中のシュウさんのイメージと違うんですけど」
「好かれたいと思う人にダメなところを始めから見せないですよ。特にあの人は」
「好か……あの、本当なんですかね?」
「どういうことですか?」
サルタスはいまいち花夏が何を言っているのか分からなかったらしい。眉間にシワを寄せたまま、首を傾げている。
「だって、シュウさんは大人の男性じゃないですか。私みたいな子供相手に、本気なのかなって」
それはまあ色々と手は出されたが、離れてしまえば案外すぐ忘れてしまうのではないか。そう思っている。そこまで自分に未練を持つとは思えなかった。
往来をゆっくりと歩く。横でサルタスが顎に手を当てて考え込んでいる。思えば、この人も不思議な人だな、とその涼しげな横顔を見ながら思う。
一言で言えば、読めない。何を考えているか、全く分からない。基本は真面目な出来る男だが、時折捻くれた面も見せる。まあ変な人だ。
「カナツ」
「はい!」
変人だと思った事を読まれただろうか。
「シュウ様は、セリーナ様亡き後は本当に誰にも興味を示さなかったのです」
花夏がサルタスを見る。ふざけてはいないように見えた。相変わらずクソ真面目な顔をして花夏を見返している。
「シュウ様の好みと言ってしまえばそれまでなのでしょうが、それでも」
サルタスがいったん区切る。言いにくそうだ。花夏は待った。
「ああなると、恐らくですがしばらくは諦めません」
まるで死刑宣告を言い渡すかのような顔で言われた。半分は哀れまれているような気がする。何故だろう。
「あ、あの」
「かなりしつこいので、もし今後他の方とお付き合いされる事がありましたら、シュウ様にハッキリと速やかに伝えてください。そうすれば、プライドが高いので何でもないフリをします」
見事なシュウの取説である。流石長年付き合っているだけはある。
「わ、分かりました」
「よろしくお願いします」
今後男性のことは手紙に書くのはやめよう。そう心に決めた花夏だった。まあ、そもそも書く機会があるとは思えないが。
そんな花夏をちら、と見るサルタス。もうひとつ言いたい事があったが、これは言っても当分は直らないだろう、と言うのをやめた。あとは本人が気付くしかない。
後は花夏の運を祈るばかりだ。
サルタスは、また小さく溜息をついた。
「そろそろ出発しますよー乗ってくださーい」
乗合馬車の御者が周りの者に声をかけた。
翌朝は快晴。風が暖かい。乗合馬車には4人乗っているが、半分程度空いている。
花夏は、サルタスを見上げた。サルタスは花夏を見下ろし、優しく微笑んでいる。この人のこういう表情も、大分見慣れてきた。
見慣れてきたところで、サヨナラだ。
「サルタスさん、ありがとうございました」
「お気をつけて」
朝日がチカチカして、サルタスの顔がよく見えない。
サルタスが困った顔をして笑った。
「シュウ様の物よりは綺麗です」
そう言って、ポケットからハンカチを出して渡してくれた。どうやら、泣いていたらしい。
「ダメだなあ……すみません」
泣き笑いする花夏の頭をぽん、と撫でて、サルタスが言った。
「いつか必ずお会いしましょう」
そうだ。戦うのは花夏だけではない。花夏には味方がいっぱいいる。
「……はい! いってきます!」
ぺこり、とお辞儀をして、花夏は馬車に向かって走っていった。
「じゃあ出発ねー」
御者が言う。花夏は慌てて中に入って座った。馬車とは言っても、幌がついているだけの荷台に椅子代わりの板が張られているだけのものだ。
振り返ると、サルタスが朝日を全面に浴びながら大きく手を振っている。花夏も、大きく手を振り返した。ガタガタ揺れて、捕まらないと倒れそうだ。段々とサルタスが小さくなって見えなくなる。
隣にいた恰幅のいい年配の女性が、花夏の背中をぽんぽん、としてくれた。
「元気だしな。いい事あるさ」
「はい……そうですね」
サルタスにもらったハンカチで涙を拭きながら、サルタスが完全に見えなくなるまでずっと見ていた。
もう泣かないと言っておいてこれではダメだな。
もう一度ハンカチで涙をぎゅ、と固く拭くと、花夏は前に向き直り進む方向を見た。
これから先は、ひとりだ。ひとりでやるしかない。
その事が、心に重くのしかかってきてきたが、花夏はあえて分からないフリをした。もう、そうするしかなかった。
「お父さん、カナツとサルタスから手紙きてたよ!」
ヤナが嬉しそうに自室から手紙を2通抱えて持ってきた。どうも少し前にもう届いていたようだ。
「私、サルタスのから読むね。お父さんはカナツの読んでて」
そう言ってサッと花夏から届いた手紙をシュウに渡す。今日は休みである。シュウが家にいる為、シーラは来ていない。
「どれどれ」
そう言って封筒から手紙を取り出す。手紙を開くと、一所懸命お手本をなぞったようなしっかりとした花夏の字が見えた。なんとも微笑ましい。
玄関先で別れたのは6日前。正直、寂しい。時折、花夏がよくいたキッチンの方をつい見てしまう。ただ、寂しがるヤナの手前あまり寂しがる素振りを見せるのもな、と思って口に出すのは我慢している。それに、1度口に出したらきっともう止まらない。
そんな花夏からの初めての手紙だ。何が書いてあるのか気になるのは当然だろう。少しワクワクしながら手紙を読み始めた。
短い。何というか、手紙というよりは報告書みたいだが、まあこの世界の言葉に不慣れなのでそれはある程度仕方ないだろう。見かたによっては、辿々しくて可愛い。
が、しかし。
(何だこれは)
今頃リュシカに入国している事は分かった。だが、後はみんなサルタス、サルタス、サルタス。いや分かる。知らない世界の知らない土地で追手から逃げているのだ、頼りにするのは分かる。
だが、面白くない。夫婦に間違われる事もまああるだろう。だが、それも面白くない。全てが面白くない。
むすっとして黙り込んでしまった父親を見て、ヤナがシュウの手から花夏の手紙を取って読み始めた。
「うんうん、へー。そうか。元気そうだね」
何事もないかのように読み進めるヤナ。シュウが不機嫌な顔で尋ねる。
「ヤナはこの手紙を読んで何とも思わないかい?」
「うん。どうして?」
シュウが理解不能といった風な表情をする。
「だってお前サルタスが好きなんでしょ?サルタスの事気にならないの?」
「サルタスはもうすぐ帰るって書いてあるじゃない」
「それでいいのか?」
「いいも何も」
ヤナが取り出したのは、ヤナ宛に届いたサルタスからの手紙。サルタスらしい几帳面な綺麗な字が手紙一面にびっしりと並んでいる。
シュウは、どれどれ、と読んでみる。
「なになに、『ヤナ、お元気にしていますか。お手入れは毎日きちんとされていますか。ヤナのサラサラの絹のような髪に触る事が出来ず寂しく思います』だ?なんだこりゃ」
手紙はまだまだ続いていたが、何というかこれ以上見てはいけないような気がしてやめた。正直、こわい。闇の深淵を覗いてしまったかのように。
若干引いている父親に向かって、サラサラの髪を揺らしてヤナが当然のように言った。
「愛の重さの違いね。お父さん、カナツに愛されてないわね」
これがあれば焼きもちなんて妬かないわよ、とヤナがルンルンと飛び跳ねながら2階へと戻っていった。
「愛の重さの違い……」
娘の一言がぐさりと刺さる。確かに、花夏の手紙からはシュウへの愛は一切感じられない。いやまあ恋人な訳ではないし当然なのだが、もう少しこう未練のようなものが窺えても少しぐらいはいいのではないか。
固まっているシュウに、階上からヤナが言った。
「お父さんから恋文書いたら?」
「恋文……」
30過ぎた大人が、しかも一国の宰相がそんなもの書いてもしもバレたらどうなるんだろうか。まずいだろう。まずいというより純粋に恥ずかしい。
「ほっとくと、すぐ他の男に取られちゃうわよ」
そう言って、サルタスの手紙をじっくりと楽しむ為か、自室の扉をパタン、と閉めてしまった。
他の男に取られる。
ヤナのそのひと言が、最後のひと押しとなった。
乗り合い馬車が、次の町に到着した。こじんまりとした町のようで、店が少ない。先程聞いたところ、この町にはギルドはなく、宿屋も小さいらしい。
「休憩したら、次の町に行くよ。お嬢さんはまだ乗っていくかい?」
御者のおじさんに聞かれた。
先程花夏の背中をトントンしてくれた女性はここの町の住人らしく、去り際に「元気だしなよ!」と手を振って降りていった。隣国の大きな町の朝市に野菜を出しているとの事なので、正直あまり国境とかは関係ないようだ。
「次の町は大きいですか?」
花夏がガサゴソと地図を取り出すと、御者のおじさんが「次はここだよ、まあまあ大きいかな」と地図を指さして教えてくれた。
「ギルドもありますか?」
「ああ、ここならあるよ」
「じゃあ乗ります。あ、でもお手洗いだけ行きたいです」
「そしたら、そこの宿屋で借りるといい。10ルカで貸してくれるよ」
成程、そういう仕組みらしい。
「分かりました。すぐ戻ります」
サルタスに、少しの間でも荷物は手放すな、と叩きこまれている。盗まれたら最後、荷物は戻ってこないと思った方がいいらしい。仕方ないので重いが荷物一式を背負って宿屋に走った。シエラルドを離れてからは剣を振っていないが、それまでは毎日裏庭で鍛錬は怠らなかった。なので、体力はキープ出来ているらしく、重いが辛くはなかった。
言われた通りに宿屋でお手洗いを借り、お金を払ってお礼を言い急いで馬車に戻ると、先程乗っていたおばさん以外はまだ皆先に進むらしく、乗ったままだった。
「お待たせしました!」
「はい、じゃあ出発ね。到着は昼過ぎかなー」
御者のおじさんが馬を進めると、がたん、と馬車が揺れながら前に進み出した。かなり揺れる。乗馬を経験する前だったらかなり参っていたかもしれないが、シュウとの特訓とここ連日の移動でお尻の筋肉はかなりついている。座り心地はよくはないが、耐えられないほどではなかった。
景色を見渡す。土の間から、緑色がちらほらと覗いていて、土埃が立つ道路の先には森が広がっている。山の家の周りにあった木とは種類が違うのか、葉っぱがなんというか柔らかそうだ。シエラルドからかなり下ってきているようなので、あちらにあった尖った葉っぱの木は高地に生える種類なのかもしれない。
そんな事をつらつらと考えながら、花夏は静かに到着を待った。
「1泊、ひとりですけど空いてますか?」
「いらっしゃい、大丈夫だよ」
馬車に揺られること数時間。ようやく次の町に着いた。外から見た限りでは、そこそこ大きそうな町だったが、実際に中に入ってみてもかなり人が多い。宿屋の看板を探す為に上ばかり見ていたら、何人かにぶつかってしまった。
宿屋の主人に前金を払う。風呂付きは1800ルカだった。初めて宿泊した宿より安い。これだけ大きな町なので、宿屋の競争率も高いのだろうし、ひとりだからかもしれない。節約しないとならない立場の花夏にとっては、ありがたいことだ。
鍵を受け取り、1階の奥へと進む。鍵に付いている札にあるマークと同じマークの部屋を見つけて入った。まずは中から鍵をする。ひとり用の部屋になっていて、ベッドがひとつ、窓もひとつ。ベッド脇にはサイドテーブルに低めの箪笥が置いてある。基本、宿屋はどこもこんな感じだ。風呂場を覗くと、小さめだがきれいなバスタブがある。水を漕いで発火石を入れるだけの簡単な作りだが、風呂好きとしては本当にありがたい。
本当は今すぐにでも入りたかったが、明日の乗合馬車の出発場所と時間を確認せねばならない。埃だらけの旅装をといて、ワンピースに着替えようか。そう思ってとりあえずベッドに腰掛けた時。
ポケットから出してサイドテーブルに置いておいた転移石が、淡い白に光った。手紙が届いたという合図だそうだ。花夏は転移石に触れると、自分の名前を口にした。
「カナツ・カワムラ」
これが受け取りのキーワードとなっている。なんともできた仕組みである。しばらくの後、転移石の上に、手紙がぱっと現れた。
「おおー」
思わず感動する。
手紙は1通だ。白い封筒の表を見ると、『カナツへ シュウより』と書いてある。
(シュウさんからだ)
久々のシュウに、花夏は嬉しくなる。手紙を受け取って、早速返事を書いて送ってくれたのだろう。それを思うと、もっと嬉しくなった。はやる気持ちを抑え、封を開ける。中には、2枚ほどの手紙が入っていた。
(ヤナも書いたのかな?)
手紙を開いてみると、少し右肩上がりの癖のあるシュウの字があった。なんだかこれも懐かしくてつい微笑んでしまう。とりあえず読んでみる。
『カナツへ
手紙ありがとう
元気そうで安心した
悲しくて泣いてないか、
辛くて泣いてないかずっと心配していた
あれから僕は寂しくて
つい君を探してしまっている
探してもいなくて、とても寂しくなる
僕はカナツの事を忘れようとは思っていない
いつか必ず会えると信じてるから
僕が早くなんとかして
君がもう追われないようにしたら
その時はきっと迎えに行くから
それまで君も僕を忘れないでくれ
そうそう
今度から手紙はちゃんと
僕宛とヤナ宛に分けてほしい
君からの僕だけに宛てた手紙が欲しいんだ
そうしたら僕も頑張れるから
カナツも無理しないで
困った事があったらすぐに連絡してほしい
いつでも君の事を考えている
返事を待っているよ
愛してる シュウ』
「ブフォ!」
花夏が吹いた。なんだこれは。これはまさか、噂のラブレターというやつであろうか。花夏は激しく動揺した。この甘々に甘すぎる文章、本当にあのシュウが書いたのだろうか。いやでも字は確かにシュウの字だ。
(シュウさんてば……)
若しくは、ラブレターなどではなく、花夏を楽しませようと冗談で書いたものなのかもしれない。その可能性はある。ある……だろうか。
花夏は昨日のサルタスの言葉をふと思い出した。言っていたではないか。しばらくは諦めないとか、しつこいとか。
ということは。
「シュウさん、本気で本気ですか……」
顔を真っ赤にして、つい手紙に語りかけてしまう花夏であった。
手紙って難しいですね…
次回はギルドで初任務!
明日(2020/9/26)更新予定ですが、出来るかな…
お楽しみに!




