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ダルタニアの魔術師

今回は凹む花夏と慰めるサルタスさん回です。慰めてません。お楽しみください!


日々更新チャレンジ中(2020/9/23)!

 ラーマナ王国、王の間。


 そこでは、国王であるグルニアと宰相であるシュウが、恒例の朝一の打ち合わせをしていた。毎朝、その日の予定や懸念事項をざっと打ち合わせる事になっている。いつも通りの光景だ。


 だが、グルニアの目にはいつもと違う光景が映っている。年若き優秀な宰相、シュウ・カルセウスの様子だ。


 いつものやや緩い雰囲気は今日は鳴りを潜め、色は黒と地味だがかなり上等な服を完璧に着こなすシュウに、玉座に座ったグルニアが心底不思議そうに尋ねる。


「どうしたカルセウス、珍しくちゃんとして」


 本当に不思議そうだ。どれだけシュウの事を緩いと思っているのだろう。まあ、原因は日頃のシュウにあるのだが。


「これが本来あるべき姿かと思われますが」

「お前がそんな事を言うとはな」


 面白そうに小さく笑う。華美な物を避ける傾向にあるシュウにしては、本当に珍しい事である。


「…誰が来る」


 やはりこの王は食えない。そして、話が早い。シュウが薄らと笑った。はたから見ると、談笑しているようにしか見えないだろう。


「ダルタニアから、恐らく2名。王妃にご挨拶に来るとの情報が」

「フィオーレに?」


 訝しげにグルニアが聞き返す。王妃に来客など珍しい。異国の地から嫁いできた王妃は、この国では知り合いが少ない。出身のダルタニアからも滅多に人は訪れない。恐らく、あのふたり、若くはどちらかはフィオーレ個人の知り合いの可能性が高い。


 シュウが軽く頷く。


「後程謁見の申し込みが来るかと」


 グルニアの片方の眉が上がる。この元国土調査隊隊長である現宰相の情報網は広い。いつもどこから仕入れたのか分からない情報が早い段階で入ってくるが、彼の今日の服装、態度。いつもと違う少し緊迫した雰囲気。


「追手、か?」

「そのようですね」


 何事もなかったかの様に答える。


「もう、逃したか?」

「はい、今朝ほど。以前の部下に託しました」

「気付かれては」

「まだ大丈夫でしょう。彼らが何をどこまで把握しているかまでは不明ですが、少なくとも焦っている様子はなかったようなので」

「そうか」


 グルニアが考え込む。ちらり、とシュウを横目で見る。


「…なんでしょう」


 この国王とは、大分気安く話せるようになった。その立場から、人の観察と分析を得意とするグルニア。寡黙である故に誤解されがちだが、実はとても温かい人間だ。


「私はお前をこの地位に縛り付けてしまったかと。一緒に行きたかったのではないか」


 シュウが何とも情けない顔をする。グルニアがそれを見て、ぷ、と笑う。


「私はそんな風に見えますかね」

「捨てられた子犬みたいな目をしていたぞ」

「はあ…まあ去る当人にすら心配されましたからね、私もまだまだです」


 でも、とシュウが続ける。


「離れているからこそ出来る事もありますから」

「…そうか」


 グルニアはそれ以上尋ねなかった。





 雪が溶け始め土と枯れ草とが踏み締められた道を、ふたりを乗せた馬が駆けていく。


 背後を振り返ると、先程までいたシエラルドの街が小さく見えた。前方は、所々雪が剥げた雪原が視界一面に広がる。人馬に踏み締められた道は、シエラルド近郊の各々の領主が治める町にへと続いているものだ。


 サルタスが、馬の速度を少し落とした。ふたり乗せている為、この子への負担も大きい。


 サルタスは自分の胸の中で小さくなって泣いている花夏を見た。フードを被ったままなので表情は分からないが、肩が震えている。時折嗚咽も混じる。ただひたすらに、可哀想だった。


 サルタスは、自分でなくシュウが別れの最後まで花夏の傍にいてあげられたらよかったのに、と思う。彼の立場的にそれは叶わない事ではあっただろうが、それでも、ふたりの時間があと数日でもあれば、少しは違ったのではないだろうか。


「比較的大きい隣町には、昼過ぎには辿り着くと思います。今日はいったんそこで泊まりましょう」


 サルタスが声をかけると、花夏が小さく頷いた。花夏が顔を上げ、前方に向く。風でフードが取れ、中から結いていない黒髪が見えた。風に花夏の髪がたなびく。美しい髪だ。


 シュウが一瞬で魅了された、美しい女性。強く美しく、サルタスから見てシュウの隣に立てるのに十二分の資格を持つように思えた。


 それだけに、残念だ。


「サルタスさん、すみませんでした。取り乱しました」


 また、気丈な事を口にする。悲しみが心を占めているだろうに。


「お気になさらず。当然の事ですから」

「当然…ですか。私としては、泣くつもりはなかったんですけどね」


 花夏が笑う。


「もう、泣きません」

「シュウ様は大分大人ですが泣いてましたよ」


 すかさず突っ込みを入れるサルタスに、花夏は苦笑する。


「あの人は、子供みたいなところがありますから」


 別枠にしておいてあげてください、とシュウを庇った。なんとも優しい事だ。しかし、一国の宰相について言うような台詞ではない。だが、道のりはまだまだ長い。話続けていれば花夏の気も紛れるだろう、とサルタスはこの会話を続ける事にした。シュウが相手でなければ、花夏も取り乱すことはあるまい。


「男は皆多かれ少なかれそういう部分はあると思いますよ」

「そういうものなんですかね?」


 まだろくに経験のない花夏からしてみれば、当然の意見かもしれない。


「でもサルタスさんはそんな感じしませんけど」

「私は、シュウ様ほど支配欲のようなものはありませんからね。そう見えるかもしれませんね」

「支配欲、ですか」


 サルタスが頷く。


「あれが欲しい、これが欲しい。欲して手に入れた後は、手放したくない、守らないといけない。そういった気持ちですかね。私はあまり色々な事に執着がないので、シュウ様と比較されるとそう見えるでしょう。シュウ様の場合は、カナツを手に入れてはならないのは分かっていても、結局我慢できずにいられたようですし」

「我慢…出来てませんでしたねえ」


 若干呆れたように花夏が言った。やはりそうかと思う。そうであろう、シュウのあの性格では。


「あの後もありましたか」

「う…まあ、あの時ほどの事はもうありませんでしたけど」


 花夏が泣いたあの日、ふたりは裏庭に行きしばらく戻ってこなかった。言い争っている声がしたが、何を言っているかまでは聞こえなかったが、戻ってきてからのふたりの間の空気が今までと違い何か言えない事を抱えているような不可侵な雰囲気があり、これは確実に何かあったな、とサルタスは感じた。勿論、何があったかと聞くほど野暮ではなかったため、今までその話題には触れないようにしていたが。


 まあ、もう終わった事だ。聞いてもいいだろう。


「あの時ほどとは」

「それを聞きますか」

「普段聞けない話を聞く事が出来るのが旅の醍醐味というものです」

「うまいこと言った風には聞こえますけど」


 花夏が言いよどむ。それはまあそうだろう。ただ、言わなければ沈黙が続くのみだ。シュウも、こちらが黙っていると結局最後は根負けして洗いざらいしゃべるので、皆基本的に沈黙には弱いのだと思う。


「…他言無用でお願いします」

「はい」

「ぽろっとあえてシュウさん本人に言ったりしないでください」

「やりませんよ」

「いや、やりかねなくて」


 大分サルタスの性格も読まれているようだ。


「やりませんよ」


 とりあえずすぐには。後に続く言葉は発しないまま、花夏を話すよう促した。


「それで、何をされたんです?」


 観念したのか、花夏が渋々といった感じで話し始めた。


「あの…キスを」

「ほう。どこにですか?」

「それ聞きます?」

「まあ、流れ的にここは聞いておくべきかと」

「…流れ的…」

「どこにですか?」

「サルタスさんもある意味狙った獲物は逃さないタイプですよね。…あの、口に」

「それはまたいきなりですね」


 あの話の流れからどうやったらキスをする流れになるのだろう。改めて、シュウの押しの強さには驚かされる。


「あ、でも以前は軽くされただけでしたけど二回目だったのできっとシュウさん的にはいきなりではなかったのかも」

「…カナツ、気になる点が2点あるのですが」

「はい」


 何かまずい事を言ったか?という顔つきで恐る恐るサルタスの方を見ている。


「2回目ということは、1回目があるわけですが、いつそんな事が」


 しまった、という顔を花夏がした。自分が墓穴を掘ったことに気付いたのだろう。花夏は間違いなく策士にはなれまい。


「あの…」

「はい」

「山から降りてくる時の馬の上で…その」


 街へ向かっている時だ。ヤナがあまりにもサルタスがいいと言うので、花夏は半ば強制的にシュウの方に乗っていったあの日の事だ。大分気まずい帰路だった記憶があるが。


「私たちの後ろでそんな事してたんですか」

「そんな事って…あれは不可抗力です」

「気まずい雰囲気だったかと記憶しておりますが」

「あの、私は『今後は適度な距離を保ちましょう』と提案したんですが、そうしたら急に機嫌がよくなってキスをされまして。訳が分からないんですが」


 サルタスは思い出した。シュウは言っていたではないか、このままだと好きになってしまうようなことを言われて、それで満足したつもりだったと。


「カナツ、貴女は思い違いをしています」

「思い違い?どういうことですか?」


 本当に分かっていないらしい。


「カナツ、シュウ様に好きになりそうだとその前に言いませんでしたか?」

「どうしてそれを」

「言いましたね?」

「う…でも、意味は違いますよ。このまま優しくされたり触られたりすると好きになりそうなのでやめてくれ、だから距離を保とうと言った筈なんですが」

「あまり変わりませんね」

「いや、意味全然違いますよ」


 本人は、それがとても告白に近いものだったと気づいていないらしい。なんとも罪作りなことだ。シュウもシュウだが、花夏も花夏である。お互いがお互いを振り回している。


「カナツ、シュウ様はそれを告白と受け取られたのでしょうね」

「え…」

「気になって仕方ない相手から、これ以上触れたら好きになると言われたら、これ以上触れたら好きになるんですよ?触れますよね」

「いや…でも、適度な距離を保とうと約束を」

「シュウ様が適度な距離を保ちましたか」

「…保って、ないです」


 花夏は己の失態に今更ながら気が付いたらしい。手で顔を押さえている。落ち込んでいるのか、恥ずかしいのか。いずれにせよ涙はもう完全に止まったようでよかった。


 そして、次の気になる点だ。サルタスは容赦しない。


「では気になる2点目ですが」

「まだ聞くんですか、本当拷問なんですけど」

「逃げ場はないですよ」

「サルタスさん鬼ですね」

「それはどうも。先程、1回目は軽くされたという事でしたが、2回目は軽くなかったという事でしょうか」

「また随分はっきりと聞きますね」

「それが信条です」

「…」

「カナツ?」

「うう…あの、軽くなかったです」

「というと」

「それ言わせます?」

「是非」


 花夏の肩がプルプル震えている。羞恥で震えているのだろうか。面白いのでそのまま待ってみる。旅の醍醐味は、存分に楽しむべきであろう。


「カナツ」


 とうとう観念したらしい。横顔が真っ赤になっているが、渋々語り始めた。


「あの…舌を口の中に入れられて」

「シュウ様がですか?」

「はい、何度も何度も、苦しいし恥ずかしいし顔近いし手で押しても叩いても離してくれないし」


 随分と激しかったらしい。流石の押しの強さである。


「何しても離してくれないので、蹴って」

「宰相を蹴飛ばしたんですか」

「…グーで殴って」

「宰相を拳骨で」

「ああ!もうやめてサルタスさん!恥ずかしくて顔から火が出そうです」

「それは大変ですね」

「他人事だと思って…」


 恨みがましい目でサルタスを見ている。ここまで言わせたのはサルタスのせいである。正しい反応と言えよう。


「では、最後の質問です」

「これまだ続くんですか」

「これ以降はここまでの事はなかったとの事ですが、何かはあったんですよね」

「…黙秘します」

「ここまで言ったのであればもうあまり変わりませんよ」

「…鬼がいる…」


 折角の恋バナである。最後まで聞きたくなるのは、人として当然の事だろう。それに、次の街まではまだまだかかる。サルタスは自身にあまりそういったことは縁がないが、だからといってそういう話に興味がない訳ではない。


 特に、あの元上司との話だ。将来絶対いいネタになる。


「…本当、あれからは手を出される事はなくてですね。昨日の夜ちょっと告白されかかって止めたり」

「ほう」


 シュウも案外しつこい。いや、諦めが悪いと言ったほうがいいか。好意を持たれていない相手だったらただの嫌がらせである。日頃もてる男故の行動だろう。


「まだありそうですね」

「…今朝」


 そういえば、朝市から帰るとふたりの雰囲気がまたおかしかったような記憶がある。追手の事があったので深く詮索しなかったが。


「…起こしても起きないので、耳元で大声を出したら上半身裸で抱きつかれまして」

「新婚夫婦みたいな事されますね」

「新婚夫婦…」

「それでどうされたんですか」

「本当容赦ないですね。…床に転げ落ちてシュウさんが頭を打って、冷やそうと思って立とうとしたら手を握られたんですが、シーラさんが来たので逃げました」

「朝ですからね、耐えたんでしょうね」

「耐えた…何を」

「何って、襲うのをですよ」


 元々、人の出入りが多く、多感な時期の子供も家にいる。手を出したくてもなかなか出せない状況ではあったであろう。結果としては良かったのかもしれないが、それこそシュウが以前言っていたように、正に日々生殺しの状態だったに違いない。


「少しシュウ様が哀れです」

「いや、ちょっとサルタスさん」

「先程、出来たらシュウ様にカナツを送り届ける任務を代わってあげられたらいいのにと思っていたんですが、代わらなくてよかったと思えます」

「どうしてですか?」


 サルタスがクソ真面目な顔をして答えた。


「周りに邪魔する者がいなかったら、確実に最後までいきます。あの方は強引ですから」


 流石に困りますよね?としれっと聞かれて、花夏は今度こそ顔を真っ赤にして黙り込んでしまったのだった。





 王宮へ続く門に、ふたりの男が歩いてきた。


 ひとりは、背の高い黒髪の武人かとも見間違う体躯。すっとした青い瞳に、大きな口はにこやかに結ばれている。十分男前と言える顔はしかし、その遊び慣れた雰囲気のため女性には魅力的に見えても、男性には嫉妬の対象となりうるだろう。ダルタニア王国専属魔術師、セシル・カーンである。

 もうひとりは、可愛らしい顔を明らかに嫌そうに歪ませた、蜂蜜色のふわふわの髪をした一見少年にしか見えない、同じくダルタニア王国専属魔術師であるイリヤ・シュタフだ。


 シエラルドの街で偶然合流し、長旅で汚れきっていた体を宿屋の風呂でようやく洗い流す事ができ、久々に小ざっぱりとした服に着替える事が出来たセシルは、弟子のイリヤを伴い王宮を訪れた。


 先程、事前に宿の者に依頼して謁見の申請を届けてもらった。本来であればそう簡単に両陛下に会えるものではないが、セシルはダルタニア王族の一員である。断られる理由はない筈だ。


「先程謁見の申し込みをした、セシル・カーンという者だが」

「カーン様ですね、こちらへどうぞ」


 門番のひとりが、話をすでに聞いていたのだろう、案内役として中へと案内を始めた。王の間は二階にあるらしく、王宮に入りぐるっと左右に配置された豪奢な階段の左側を登っていく。登りきると、広間があり、太い柱が何本も横に立っていた。一番奥に、大きな扉がある。その前に立つふたりの衛兵に、門番は後を引き継いだ。


「どうぞお入り下さい。セシル・カーン様、お見えになられました!」


 そう言うと、王の間の扉を開けた。


 真っ直ぐに伸びる深い赤の絨毯。その先には、玉座がふたつ。玉座の後ろには、様々な色で彩られた大きなステンドグラスがはまっている。


 玉座の前の階段前まで歩みを進め、礼をする。


「陛下、お初にお目にかかります。ダルタニア王国専属魔術師のセシル・カーンと申します。こちらは弟子のイリヤ・シュタフと申します」


 セシルがチラリとイリヤを見ると、渋々といった風にお辞儀をした。困ったものだ。


「セシル殿、ようこそいらしてくれた。フィオーレの従兄弟と聞いて驚いたよ」


 グルニアがセシルに声をかける。


「私はあまり公の場に顔を出すのが得意ではなく、陛下へのご挨拶が遅れ大変申し訳ございませんでした」


 顔を上げ、グルニアを見る。左の玉座にはセシルと同い年ぐらいの王が座している。なかなか落ち着いた雰囲気の王だ。グルニアの右横には、ニコニコとした黒髪の王妃、セシルの従姉妹のダルタニア王国王女フィオーレ・ナリ・ラーマナが彼女の玉座に座っている。以前見た時よりも大分歳を重ねているが、流石あの美貌の弟を持つだけあり、未だ輝くような美しさを保っている。


 グルニアの後ろには、随分と若い薄い金髪の男が控えている。黒い服を颯爽と着こなし、女性に限らず周りがざわつきそうな顔の造作に男臭い雰囲気。


(これが噂の新宰相か)


 街では彼の噂で持ちきりだった。


 前宰相の評判はすこぶる悪く、王妃のお気に入りの侍女に手を出し失脚したところ、現宰相が大抜擢されめきめき頭角を現しているという。慈悲の心に満ち、欲をかくことなくと、まるで聖人君子のような噂ばかりだった。


 セシルは成程な、と納得した。この容姿に落ち着いた佇まいがあれば、周りの印象操作も容易であろう。


(つまり、食えない奴という事だ)


 宰相に抜擢されるだけの実力がある人物。そして、そういった人物を抜擢した張本人、グルニア王。こちらも相当食えない男なのだろう。


 そして、セシルが知る従姉妹のフィオーレも相当したたかな女だ。あのダルタニア王国の王宮で長年過ごしてきた女だ。セシルとは気安い仲ではあったが、果たして今はどうか。


(下手に何か言うと、逆に悟られる可能性が高い)


 ここは無難に挨拶で済ませておこう。そうセシルが思ったその時。


 背後から、馬鹿弟子が勝手に発言してしまった。


「失礼ながら、こちらの国ではここ最近結界に何か問題はございませんでしたか?」


 頭に拳骨を喰らわせてやりたかったが、他国の王の前ではそれも難しい。


「シュタフ殿、と言ったかな?それはどういった意味だ?私の張った結界に、何か不備でもあるかと?」


 明らかに気分を害したグルニアが返答する。後ろに控えていた宰相が、これまた不快げな表情でイリヤに言った。


「そちらのお方は、我が王を愚弄されるおつもりか?」

「あ、いえ、そういうんじゃなく…もが」


 セシルが慌ててイリヤの口を手で塞ぎ、塞いだまま頭を下げた。


「陛下、申し訳ございません。こやつはあまり口の利き方というものがなっておらず。私の教育不足です。失礼致しました」

「師匠、でもむが」


 イリヤの首を羽交い締めにして黙らせる。


「失礼致しました。ここ半年程、私とイリヤとで大陸中の国の結界調査をしておりました関係でこのような発言がございました」

「大陸の…。どこかで魔物でも出たのか?」


 まだ少し不快げな表情のまま、グルニアが尋ねる。相手は一応大国の王族だ、多少気遣ってくれたのだろう。


「いえ、そういう訳では。これは私の個人的な研究の為の調査でして、自国と他国の結界の違いを見て回っておりました」


 個人的な研究、といって納得したのか、グルニアの雰囲気が和らいだ。後ろに控える宰相の顔はまだやや険しい。これ以上不敬な事を言うな、という事であろう。気をつけねばなるまい。


「そうか。それで、我が国の結界はどうだった?」


 やはりそこは気になるのか、グルニアが尋ねてきた。まあそれはそうだろう。他国の結界よりも劣っているとなれば、王としての資質を疑われかねない。


「非常に綺麗な結界でした。揺らぎも一切なく、結界を張られてもう10年程かと思いますが、張りたてのように美しいです」

「11年だ。そうか、美しいか。安心した」


 グルニアからも、後ろの宰相からも特に何の反応も見られない。自国の結界の様子を聞き、満足げな顔をしている。


(ここも外れか)


 セシルが内心がっくりとする。この国で、調査は終わりだった。結界がおかしい国は、ひとつもなかった。これからなくなりそうなところはあったりもしたが。


「セシル、この後のご予定は?久々に実家の話も聞きたいわ」


 それまでただ微笑んで話を聞いていたフィオーレが、セシルにニコニコと話しかけた。


「あとは国に帰還するのみです。この馬鹿弟子が何か粗相をすると私も困りますので、本日はここで失礼させていただきたいと思います」


 セシルが遠慮をすると、フィオーレが見るからに萎れた。


「あら…残念だわ」


 その様子を見て、宰相が助け舟を出した。


「カーン様、明日はまだこちらに?」

「明日は出発を予定しておりましたが」

「出発前に、少しお寄りいただく事は可能でしょうか?王妃様とのお茶会でも如何でしょう」


 ここまで言われれば、断る理由はない。セシルは頷いた。


「かしこまりました、それでは明日、私ひとりでお伺い致します」

「まあ、嬉しいわセシル」

「では明朝案内の者にお迎えに伺わせましょう」

「お手数おかけ致します」


 その後は軽く挨拶を済ませ、セシルはイリヤを脇に抱えたままその場を辞した。

 背後に視線を感じたまま、王の間を出る。


「師匠、ぐるじい」


 脇の下でイリヤが訴える。セシルが頭を拳骨でポカリと叩いた。


「痛い、師匠」

「馬鹿者、首が飛ぶところだったぞ」

「何でですか〜聞いただけなのに〜」


 この馬鹿弟子の教育は一筋縄ではいかない。セシルは溜息をつきつつ、城を後にした。

次回、イリヤくんのチカラを少し紹介します!

お楽しみにー


明日(2020/9/24)更新予定です。

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