発光石
今回はシーラとヤナ初対面の回です。
サルタスの意外な一面、ぜひお楽しみください。
※3点リーダ等の微修正を行いました(2020/10/19)
シュウが家を出てしばらくの後。
シュウが、ひとりの女性を伴って帰ってきた。
全員の視線がシュウの傍らに立つ背の低い女性に集まる。シュウが大きいだけに、横にいるとまるで大人と子供のように見えた。薄い金色のサラサラの金髪をツインテールにしている。顔は可愛らしい少女にしか見えない。シュウの部下だというからとっくに成人している筈だが、見た目は10代半ばにしか見えない。体つきも何というか出るとこもあまり出ず、恐らく年下であろう花夏の方が女性らしい体形をしている。
シュウが『次の女』などではない、と言い切った理由に、彼女のこの見た目も関係していそうだ、とサルタスは思った。シュウといえば、ただ細いのではなく、ほっそりしていても身体つきはあくまで女性らしく、熟した色香よりは爽やかな色香を好む傾向がある。セリーナも花夏も、そういう意味ではシュウの趣向のど真ん中に位置している。
ただ、シュウがただ単に自分の好みでないからといってあのヤナの世話係に選ぶ訳がない。必ず、そこにはしっかりとした理由がある筈だ。それを見極めねばならない。ヤナを守る為にも。
女性が一歩前に出た。彼女は、この家に入ってきてから一度もサルタスを見ていない。目線の先には、ヤナ。心なしか息が上がっているように見えるのは、走って来たのだろうか。
「ヤナ様、私は宰相付事務官のシーラ・ウィンストンと申します。よろしくお願いします」
そう言うと、ヤナに向かって深々とお辞儀をする。
「ヤナ様が宿舎に入られる6月までの間、あとひと月ちょっとしかありませんけど、精一杯お世話させていただきます。入学の準備も、私にお任せください」
シーラと名乗った女性の目が、怪しく光る。
ヤナが、一歩下がった。顔が引きつっている。
――この女、なにか良からぬ事でも考えているのだろうか?明らかにヤナが怯えている。
サルタスが、サッとヤナの横に立ちしゃがみ込むと、ヤナがサルタスに抱きついてきた。
シーラがそれを見て、あら、という顔をしている。
「ヤナ様、そのお方は確か新しく国土調査隊の隊長になられたお方ですよね」
「……それが何よ」
「女性が軽々しく男性に抱きついてはなりません」
そう言うと、絶対零度の相手を凍りつかせる視線でサルタスを見た。
「その辺りの教育が足りていないようですわね。ヤナ様のお世話をされていたのが以前隊長補佐をされていた方とは聞いておりましたが、貴方の事でしたか」
明らかにサルタスに喧嘩を売っている。その様子を、シュウはハラハラしながら後ろで見ている。だったら何とかしたらいいのに、と花夏が思うが、何とかする気は今のところないようだ。
ヤナが噛みついた。
「サルタスは悪くないわ! サルタスの事を悪く言わないで!」
自分を睨みつけながらサルタスを庇うヤナを見て、シーラが急に横を向いて顔を覆って震えはじめた。何かに耐えているらしい。
しばらくして落ち着いてから、コホン、とひとつ咳をしてシーラはヤナに向き合った。
「失礼致しました。少し取り乱しまして」
「……」
ヤナには何か聞こえているんだろうか。サルタスに抱きついたまま、無言でシーラを見つめている。
サルタスは、ヤナに心の中だけで話しかけた。(大丈夫ですか)と。ヤナが小さく頷く。そっとサルタスの首から手を離した。
シーラに、恐る恐る尋ねる。
「あなた、いくつ?」
自分に興味を持ってもらえたと思ったのか、シーラはやや高揚したように返答する。
「私は、24歳です」
見た目よりも大分上だ。この国の結婚適齢期は過ぎている。
「……結婚は?」
「以前はしてました。出戻りです」
何でもない事のようにきっぱりと言い切った。
「出戻り……離縁したの? 何で?」
ヤナの興味が出てきたようだ。
「私の趣味に納得がいかないと否定されまして、話し合いましたが拉致があかない為こちらからきっぱりとお別れさせていただきました」
サルタスがシーラの背後を見ると、シュウが肩を震わせて懸命に笑いを堪えている。その様子を見る限り、シュウはシーラのその趣味が何なのかを知っているようだ。
「ということは、独身……」
ヤナが、しゃがんだままのサルタスの肩に、サルタスを守るように手を乗せた。その様子を見て、シーラが意外そうに聞いてきた。
「まさかヤナ様、私とその男との間に何か間違いが起こるとでも?」
「……サルタスは渡さないわよ」
「いりません」
「……」
「ということは、もしや、ヤナ様、その男の事を……」
シーラがむせた。サルタスが怪訝な顔をする。このシーラという女、先程から何かおかしい。
「ちょっと失礼」
そう言うと、後ろで必死で笑いを堪えているシュウに近付いて小声で話しかけた。殆ど聞こえないが、「あんた」とか「あれでいいのか」とかなかなか失礼な単語がもれ聞こえてくる。シュウがひそひそ声で何か返事をしたらしい。しばらく何かを考えていた風のシーラが、くるりと振り返り偉そうに話し始めた。
「分かりました。では、ヤナ様の恋に全面的に協力させていただきます」
何をどうしたらそうなるのか、サルタスには分からなかった。つかつか、とサルタスに近寄る。
「但し、ヤナ様を傷付けるような事をされたら、私が許しませんから」
人の顔を指で差して、腰に手を当てて偉そうだ。流石のサルタスも、腹が立ってきた。それでも顔には出ていないが。
「ではシュウ様、明日からということで」
「うん、ヤナ、いいよね?」
ようやく笑いを引っ込める事に成功したシュウが、ヤナに聞く。先程までのヤナの態度だと、嫌がりそうであるが。
「……分かったわ。明日からよろしく」
ヤナがまさかの肯定をする。
サルタスは、信じられなかった。一体、ヤナは何を聞いたのか。
ヤナの事を見ると、ほんのり頰が赤い。顔はしかめているが、まるで照れ臭いのを堪えているような。
「ではヤナ様、明日から、シュウ様の出勤時間と入れ替えで参ります。サルタスさんが夜ご飯を作られるというお話なので、サルタスさんが到着しましたら私は帰宅させていただきますので」
「分かりました」
「ヤナ……」
喋ろうとしたサルタスの口を、小さなスベスベのヤナの手が覆う。軽く目で頷いた。後で説明するという事だろう。
「ではシュウ様、本日はこれで」
「うん、悪いけどよろしくね」
「いえ」
シュウが玄関先までシーラを見送り、立ち去ったのを確認して家の中に戻ってきた。しゃがんだままのサルタス、サルタスの傍に立つヤナ、奥で様子を見ていた花夏。皆の視線がシュウに集まる。
まず始めにサルタスが疑問を口にした。
「あの……ヤナ、本当にいいのですか?」
何故諾したのか、さっぱり理解できない。まだほんのり顔を赤らめたヤナがこくりと頷いた。
「多分、悪い人ではないわ」
「ヤナは少し怖がっておられたように見えますが……」
「う……まあ、あまりにも意外で驚いたけど、お父さんの事もサルタスの事も全く興味がないのは分かったわ」
まあ、あの態度をみる限りはそうだろう。
「あの、何ていうか、勢いがすごくて理解するのに時間かかったけど」
「勢い? やはり何か声を聞かれたのですか?」
シュウが我慢出来ずに吹き出した。サルタスは、さっぱり訳が分からない。
「すみませんが、私にも分かるようにご説明いただけませんか?」
サルタスがそう聞くが、シュウもヤナも顔を見合わせているだけでなかなか言い出さない。一体どういう事だろうか。
「ヤナ、ご説明いただけませんと私もどう彼女に接していいのか距離感が分かりかねます」
こういう言い方はシュウのようであまり好きではないが。
「そうすると、彼女を理解する為にもう少しこちらから積極的に歩み寄りませんとなりませんね」
ピクリ。ヤナが反応した。
「それは、ダメ」
「でも、ご説明いただけないのですよね?」
「するから! するからそういう事しないで!」
恋する乙女は惚れた男には弱い。あっさりと折れた。
「……あの人、私の事が大好きみたいなのよ」
「はい?」
ヤナは言いよどんでいる。こういう事を本人の口から言うのは、恥ずかしいだろう。
「その、『声』を聞いてみたのよ。そうしたら、私を見た瞬間から『お肌プルプル』とか『髪の毛サラサラ』とかものすごい褒め出して」
「毎日きちんとお手入れしてますからね、当然です」
サルタスが当たり前だ、といった風に同意する。サルタスが丹精込めて磨いたヤナの事は褒められて当然らしい。
「そ、それで、入学準備するって言ってたでしょ? その時に、あんな服似合うかも、こんなのもいいとか、どういう服の事を言っているかはわからなかったけど、なんか頭の中で私を着替えさせてて」
「確かにヤナは色々と似合いそうですからね、色々なものを試したい気持ちになるのは理解できます」
そこも全く否定しないサルタス。そんなサルタスを見て、花夏はふとある可能性に気付いた。
――まさか、サルタスはただ口に出してなかっただけで、ヤナと居る時はずっとヤナの事を今の彼女と同じように心の中で褒めていたんじゃ。
ヤナのあの急激なサルタスへの想いの傾け方を考えると、その可能性は大いにありうる、と思った。
「サルタスの事を、私が悪く言わないでって言ったら、『純粋過ぎて尊い』とか『性格天使すぎる』とか叫んでて」
どうやら、横を向いて震えていた時のことのようだ。サルタスは何を当然の事を? といった風にうんうん頷いている。
「サルタスに手を出さないように牽制したら、『なになにこの子恋しちゃってる!? え、初恋!? その現場にもしかして私は立ち会ってるの!?』とか大興奮して」
あの、むせていた時の話のようだ。
「お父さんと話した後、『恋する乙女を横から見れる醍醐味』が何とかってぶつぶつ言ってた」
醍醐味って何? とサルタスに聞いている。サルタスは、「愛でて楽しむ事です」とクソ真面目に答えている。
「とりあえず、お父さんの事はこれっぽっちも何も思ってなさそうだし、サルタスにも興味なさそうだし、真面目な顔をしてるのに心の中でいきなり叫ぶのはびっくりするけど、まあこれからは『壁』をきちんと作ってれば問題なさそうだし、それに」
「それに?」
ヤナの傍らに片膝をついて座ったまま、サルタスが聞いた。
「私の我儘で、お仕事も忙しくなったサルタスに迷惑ばかりかけるのも悪い気がして」
鉄面皮のサルタスの口元が一瞬緩んだのを、花夏は見逃さなかった。
「本当? 照れちゃう」
「……ヤナ、心を読まないでください」
「あ、ごめんなさい。『壁』忘れてた」
サルタスは、何と思ったのだろう。花夏はすごく気になったが、ここで聞くのはサルタスにとって酷というものだろう。と花夏は思ったが。
「でも基本的に声が大きいかそうじゃないかの違いだけで、言ってる事がサルタスとあまり変わらないから、信用できると思って」
ブフォ! とシュウが吹き出した。むせたらしく、ごほごほと咳をしている。
「ヤ、ヤナ、今なんて」
「どうしたのお父さん」
「サルタス、お前」
「シュウ様、他意はありませんからご安心を」
「他意ってどういうことだ」
「そのままの意味です。幼女趣味はございませんと前も申し上げたかと」
「じゃあどういう事だ」
「醍醐味、いい言葉ですね」
「サルタス~~」
花夏はその様子をみて、『類は友を呼ぶ』という言葉を思い浮かべた。そもそも、無茶苦茶で強引なシュウを余裕で扱っていたサルタスだ。当然、並の思考の持ち主だと考えてはいけなかったのだ。
変態の部下は、変態。
少し、サルタスを見る目が変わった花夏であった。
その夜。
ヤナの日中の面倒を見れる人物の手配も無事に完了したとの事で、いよいよ出発の最終確認が行われた。
まだ所々雪が残っているが、隣町へ続く道は人馬に踏みならされ、大分地面が見え始めた。かなりギリギリまで引き止めてしまっていたという事だ。シュウが反省すべき点だ。
結局現時点ではどこの国が花夏を連れてきたのかが判明しない為、当面大国には立ち寄らない方がいいだろう、という結論になった。
となると、進むべきは南。
大陸の中心にあるダルタニアと西にあるヴァセルの間を通り、南下する。南は小国が密集しており、あまり大国の影響も受けていない国が多い。
まずはその辺りに潜伏し、シュウたちからの情報を元にその後の進路を決めよう、という話になった。
「ただ、休みなく馬で行っても、半年はかかる距離だから、気長にね」
シュウが言う。最南の国々はシュウも訪れた事がないらしく、アドバイスもなかなか難しいようだ。
実際はギルドに寄って小銭を稼ぎながら進むだろうから、もっとかかると予想される。
通貨は、共通とその国独自のものがあるらしいが、それもギルドで両替できるらしい。ギルド様々である。
「私が、雪が残っていない街まで連れて行きます」
サルタスが請け負う。恐らく到着まで数日はかかる為、その間ヤナの面倒はシュウとシーラでみる事になろう。
「明日、シーラと不在時の引き継ぎを行ないます。その前に、日持ちする食材を購入しますので、出発は明後日を予定しましょうか」
「分かりました。色々と、ありがとうございます」
「いえ、私に出来るのはこれぐらいですから」
サルタスには、色んな事を教えてもらった。読み書き、野営の方法、街のこと。どれも、花夏にはすごく重要な事だ。細かい事まで手取り足取り教えてもらったおかげで、ここから出ていく事に寂しさはあれど、大きな不安はない。
「いえ、本当に。サルタスさんが教えてくれなかったら、私途方に暮れてたと思います」
「サルタスは優秀だからね」
シュウがどうぞ、とお茶を淹れてくれた。ヤナは、もう遅いので寝ている。サルタスもそろそろいい加減自宅に戻る時間だ。外灯のない夜の街は、真っ暗で危険でもある。帰るのは早ければ早いに越したことはない。
「では、朝いったん寄りますので」
「頼んだ」
「お願いします」
おやすみなさい、と挨拶をして、サルタスが出て行った。
残されたのは、シュウと花夏のふたりきり。テーブルに向かい合って、無言でお茶を飲んでいる。実は、あの月夜の晩の事件依頼、こうやってふたりきりになるのは初である。若干、気まずい。
でも、明後日出発ならば、もうふたりで話す時はきっともうこない。これが最後の機会だろう。
「シュウさ……」
「カナツちゃ……」
沈黙を破ろうと、ふたり同時に話し始め、被ってまた沈黙になってしまった。先に沈黙を破ったのは、シュウだった。
「……これ、あげるよ」
シュウが、ポケットから可愛らしいピンクの巾着袋に入った物を取り出し、花夏の手に置いた。大きさの割にずっしりくる。どうやら、石のようである。
「開けてみて」
シュウに言われて開けると、中には直径5センチ程の平べったい円形の淡い黄色の石が入っていた。
「発光石だよ」
発光石。前に話を聞いた事があるが、この家で使ってるのは見たことがない。
「こうやって使うんだ。貸して」
置いてあった空の皿に水差しで水を注ぐ。花夏の手から発光石を取り、そっと皿の中に滑り込ませた。段々と、石が光ってきた。
壁4面に掛けてある蝋燭立ての火を、シュウが消していく。部屋の灯りが暖炉の火だけになった時、発光石がその輝きを増して壁にゆらゆらと淡い金色の水面を映し出した。まるで、金色の海の中にいるようだ。
知らず、花夏は笑顔になっていた。
「綺麗……」
花夏の笑顔を見て、シュウも嬉しそうに笑って席に戻った。
「明るいとあまり反応しないんだけど、これ位暗くすると明るくなるよ。月夜のない晩とか、よかったら使って」
「……ありがとう、シュウさん」
沈黙が降り注ぐ。でも、先ほどと違い、心地よい沈黙だった。ユラユラ揺れる壁が、あまりにもきれいで。
「――カナツちゃん、ひとつ、まだ機会がなくて話していなかった事があるんだ」
シュウも壁を眺めながら、そう切り出した。
「なんですか?」
「君の、魔法の事で」
「私の……」
始めに街に降りてきた時に、器に対して魔力量が少ない、と言われたのは覚えている。あの頃はまだ言葉の理解度が今ほど高くなかったが、恐らくそう間違ってはいない、筈だ。
「ヤナのように、声が聞こえたりはする事あるかい?」
「うーん、ない、と思います」
「じゃあ、間に合ったって事だね。ヤナのように、他者に干渉する種類の魔法はかなり珍しいんだけど、僕やサルタスの魔法のように一気に使い切ったりしない分、どうも貯まりやすいみたいなんだ。それで、溢れる。溢れた分が、制御が効かなくなって暴走する、というのが僕とサルタスの意見なんだ」
成程、何故他の人の魔法の影響をあまり受けないのか、ヤナの魔力量が多いのか、と思っていたが、どうやら違ったらしい。1回のエネルギーの使用量が少ない魔法だと、溜まり過ぎてしまうという事だろうか。
「普通の人間は、基本的にそれなりの量の魔力を蓄えているし、いっぱい使ってしまってもすぐに回復する。だから、ヤナの魔力が溢れたところで影響はないだろうし、そもそも人の魔力を自分の中に蓄える事が出来る事自体、非常に珍しい事象なんだ。それは前にも話したね?」
「はい」
ルッカのお爺さんの話の時だ。
「街に降りてきて、君の魔力量を見てみた」
「……溜まってました?」
だから、ヤナのように声が聞こえるかと聞かれたのだろうか。
だがしかし、シュウは首を横に振った。
「全然、増えてないんだ。なんていうか、まだほぼ空っぽの状態」
「それって、どういう事になるんでしょう?」
シュウが腕を組む。前髪がはらりと落ちてきて、シュウの少し垂れた目にかかって邪魔そうだ。
「カナツちゃん自身には、魔力を増やす力はないのかもしれない。器があるのにそれも聞いたことない事象ではあるけど、いかんせん君は異世界人だ。この世界の常識に縛られていない可能性は十分にあるからね」
「じゃあ、私は皆みたいになにか魔法を使えることはなさそうって事ですかね?」
「うん、恐らく」
成程。ちょっと興味はあったが、使えないなら使えないで仕方ない。少し残念ではあるけれど。
「それで」
「はい」
シュウが花夏を見た。シュウの体にも、淡い光の波模様が映し出されている。その姿はなんだか現実離れしていて幻想的で、とてもきれいだ。
「カナツちゃんの周りには、オーラが視える」
「オーラ?」
「ああ、そうだ。丁度、この発光石が出す光と同じような色だよ」
花夏がまた壁を見る。淡い金色のような、黄色のような、まるでそう、空に浮かぶ黄月のような淡い色。
「黄月……みたいですね」
花夏自身はオーラなど視えないが、シュウがそういうならそうなのだろう。きっと。
「そう、黄月みたいだ。ふたつの月の話は聞いた?」
「いえ、特には……」
名前くらいしか聞いてない気がする。ただ、始めの頃に言われていたら、もしかしたらただ理解できていないだけの可能性もあるが。
「黄月は至高の器、青月は大いなる魔力と呼ばれていて、黄月を求めて青月はいつも追いかけているが、絶対に交わらない。そういう話だよ」
なんだか少し切ない話だ。追いかけても追いかけても、追いつかない。叶わない想い。
「ただの伝説、の筈なんだけど、もしかしたら関係があるのかもしれない、と思って今サルタスに調べさせているところなんだ」
「私が、月に関係ある?」
そんな、竹取物語じゃないんだから。そう思ったが、そもそも異世界から来ているのだ、あり得ない事などないのかもしれない。
「そう、だから、何か分かったら手紙で知らせるから」
「……分かりました」
いまいちよく分からないが、そう答えておいた。恐らくシュウ自身も分かっていないのだろう。とにかく、何か手掛かりになるようなものがないか、と花夏の為に探してくれているのだろう。とても、有難い。味方がここにいる、というのは花夏の支えになる。
「この、発光石はね、いろんな色があるんだけど」
「へえ、そうなんですね」
それは是非見てみたい。いずれ機会があったら色々と試すのもいいかもしれない。
シュウが、少し言いにくそうに話し始めた。
「セリーナが、この発光石が好きで、よく夜になると楽しんでいたんだ」
「シュウさん……」
「だから、セリーナがいなくなってから、この光景を夜にひとりで見るのが怖くなって、持っていた石はみんな捨ててしまった」
花夏は、何も言えなかった。あまりにもシュウが寂しそうに見えて。出来る事なら、抱き締めて慰めてあげたくなるくらい、弱弱しくて。
「でも、君のオーラを見た時に見たくなって、君の色の発光石を探したらあった」
だから、贈り物は本当はついで、と笑った。シュウの、泣きそうな笑顔。花夏の胸がキュッとなる。
「そんな、泣きそうな顔しないでくれ。今はもう大丈夫なんだから」
そんな顔、していただろうか。悪い事をしてしまった。
「ごめんなさい」
「いや、僕の話のせいだから謝る事はないよ。実際今こうして見てみたら、平気だったし。それに」
言いにくいのか、話が途中で止まってしまった。こめかみをポリポリ掻いて、まだ腕を組んで、足を組み直して、落ち着かない。なんだか子供みたいだ。前もこの人を見て、子供みたいだな、と思った事があったのを思い出した。
この人は、仕事中もこうなんだろうか? いや、こうだったら宰相まで登り詰める事などできなかっただろう。この姿は、彼のごく近しい人しか見れないシュウ、なのかもしれない。
「それに?」
待てど暮らせど次の言葉が出てこないので、つい催促してしまった。言う覚悟が決まったのか、今度は花夏の目を見ながら話し始めた。
「それに、僕は事あるごとに君をセリーナと重ねて見てしまっていた。君にとっては失礼な話だと思う。君とセリーナは違う人間だ。性格も外見も何もかも違うのに。だけど、君にかんざしを贈ったあの日、君たちを見失って探して探して人だかりが出来ていたのを見た時、僕はセリーナの事故の時の光景を思い出した」
セリーナの事故の時。人だかりの中心に、倒れている最愛の妻の姿。
「君は、空間の中心で、ヤナを抱き締めていた。ヤナを慈しむ表情だったよ」
花のように広がった赤いスカートが、まるでそこが光の中心のような錯覚を覚えさせた。シュウにとっては、忘れられない光景だ。
「僕は、その姿を見て救われた。今まで僕を捉えて離さなかった恐怖が、その時に浄化されたように思えた」
シュウの目が、すこし潤んでいるように見える。声がかすれてきて、なんだか切ない。
「だから、ありがとう、カナツちゃん」
「シュウさん……私は特別な事は何もしてないです。ありがとうと言われても」
転んだヤナを抱き締めただけだ。そこに意味を見出したのは、シュウの過去のトラウマがあったから。花夏は別にそれを狙っていた訳ではない。お礼を言われる筋合いなど、どこにもない。
「そうかもしれないね。だから、これは言わないでおこうと思ってたんだけど、やっぱりどうしてもお礼が言いたくて」
ごめんね、というシュウの笑顔が寂しそうに見えて堪らない。本当に、今すぐに何も気にせず抱き締めてあげられたらいいのに。そうしたら、この人の寂しい気持ちは消えてなくなってくれるだろうか。
でも、できない。
「思えばあの時からもう君の事が」
「シュウさん、それ以上はダメ」
花夏がシュウの話を遮った。シュウが、済まなそうな笑顔を見せる。
「そうでした」
「気を付けてください」
「カナツちゃんの方がもうすっかり強くなっちゃったね。はは」
「おかげさまで」
立つ鳥跡を濁さずだ。花夏はもういなくなる。この、時折子供みたくなる優しい人に悲しい想いはさせたくはない。
だから、言わせない。
「そろそろ休みます」
花夏が飲んでいたコップを持ってキッチンへ向かう。シュウの視線を感じるが、反応してはいけない。反応したら、足が動かなくなってしまうから。
「……おやすみ、カナツちゃん」
「おやすみなさい、シュウさんも早めに寝てくださいね」
「うん、そうします」
こうして、最後のふたりきりの時間が終わった。
いよいよ次回は別れの時を迎えます。
明日(2020/9/21)更新予定、お楽しみに!




