出会い
続きを書いてみました。
読んだ方、いらっしゃるんでしょうかね…ドキドキ
※思っていることを()に入れました。微修正してます(2020/8/25)
※誤字を1文字修正しました(2020/8/27)
※☆とりました(2020/9/2)
※スペース、空白行の修正を行ないました(2020/10/9)
※三点リーダの修正を行いました(2020/10/19)
花夏は、遊園地のフリーフォールが嫌いだ。
内臓が口から飛び出そうな感覚になる。イメージ的には、すでに飛び出している。乗り物を降りて、「あれ? 出てない?」となるのがデフォルトだ。
あの黒い小さな手たちは、正にフリーフォールの再現だった。遊園地の遊具と同様、最後は微妙にスピードを緩めてくれたが、それがとどめだった。
「き、気持ち悪い……!」
あの黒い触手が何なのかを考える前に、ヒンヤリとした地面にややスピードを緩められて落下した花夏は、乗り物酔いをしてぐらんぐらんする頭を制御することが出来ず、再度意識を手放した。
安定した地面に、今度は安堵して。
チ……チチチ……
鳥の鳴く声がする。閉じた目に、ほんのり明かりが差し込む。
「変な夢みちゃったなあ……」
ぼーっとして寝返りを打つと、違和感を感じる。
(……私の布団じゃない!)
花夏は、いつもは畳に布団を敷いて寝ている。寝返りを打って手を伸ばした先には、空間しかない。
(つまり、ベッド……?)
ぱっと目を開けると、見たことのない部屋の景色が映る。全体的にこじんまりとした家具がある。木製の小さなテーブルに、摘み取ったであろう小さな花が並べてある。
寝ている間に変な奴に拐われた? という疑念もあったが、それにしては部屋が可愛らしい。あまりにも平和だ。
「あれ……私、家帰ったっけ?」
よく分からない。
混乱している。
頭をブルブルと払い、両手で頰をぱちん! と叩き、思い返す。
(そう、部活の帰り道、橋まで来たところでガサガサ音がして見てて……)
「あの、変な手!」
無数の小さな黒い手がのびてきて、花夏を捕まえて暗い闇にひっぱりこんだ。あまりにも体が重くて気を失ってしまったけど、ふと気がつくと落下中。
周りは暗くて何も見えないのに掴まれてるし内臓出そうだしで、いやいやいやもう無理って半泣きになってたところで、臭いが変わった。
外気、だろうか。
特に匂いもなかった暗闇から、色んな匂いの混じった空間に出た瞬間、あの黒いのが急にスピードを緩めた。一気に吐き気が来る。
気持ち悪さと同時に、今まで暗かった視界に別のものが見えた。
「家……明かり?」
(なんで川に落ちて家の上に降ってきてるのかもう本当に分からないし気持ち悪いし、うげ……)
となったところで、そこそこ強い衝撃で地面に叩きつけられた。
「地面だ……」
胃は空っぽで吐く物もなく、安堵で目の前が真っ暗になった。
「……つまり、気を失って誰かに助けられた……?」
回顧が終わり、なんとなくだが状況を把握した花夏だが、何か違和感を感じる。そう、この部屋だ。
天井に電灯がない。部屋は皆木製だ。
窓を見ると、なんと木製だ。半分開けられていたので外が見えるが、キャンプ場に来たときのような景色が見える。
「……え?」
(川から落ちて、キャンプ場についた? バンガローで保護?)
もう一度部屋を見る。コンセントがない。
ふと思い出す。背負っていたカバンはどこだろう?
キョロキョロと見渡したが、見当たらない。
「え……何がどうなってるの……」
半泣きになった花夏の前で、ドアがいきなりバン! と開いた。
「!!!!」
思い切り開け放たれたドアから部屋に入ってきたのは、小さな女の子だった。
何人だろうか? 色素の薄い肌に、薄い茶色のふわふわな髪。瞳は綺麗な南の海のような青で、顔立ちは東洋人とも西洋人ともいえない、あえて言うならばハーフのようだ。
美人さんというわけではないが、なんとも言えない可愛らしさがある女の子だ。
「えー、ごめん、ここどこか教えてくれるかな?」
精一杯笑顔を作って話しかけてみると、女の子が怪訝な顔をした。
『え?お姉ちゃん何て言ったの?』
やはりか、とは思ったが、外国語だ。さっぱり分からない! きっと、吐き気で倒れて、たまたま日本にいる外国人さんに助けられたのかもしれない。
今度は、拙い英語で聞いてみる。
「あー、ウェアー、アムアイ?」
再び首を傾げる女の子。やばい、英語圏の人間ではないか。
『お姉ちゃん、朝ごはん食べる?』
花夏がフリーズしていると、女の子が食べる身振りをしてくれた。そういえば、昨日のお昼から以降何も食べてない。
勿論お腹は空いている! おかげで吐く物はなかったくらい!
激しくうんうんと頷くと、女の子は手を差し出して花夏をベッドから立たせた。笑顔で振り返り、おいでおいでをしてくれている。
よく状況は分からないが、こんな幼い少女が人を騙すようなこともなさそうだし、お腹は空いたし、まずは腹ごしらえかな、と花夏は笑顔の女の子に手を引かれて、今まで寝ていた部屋をでた。
女の子に連れられてドアを潜ると、広めの部屋が広がっていた。リビングのようだ。真ん中に、木のテーブルとベンチがある、至ってシンプルな部屋だ。
窓から差し込む光は明るいが、ガラス窓でないので風が直接入り込んできてやや寒い。床も壁も全て木製で、やはり電気らしいものは一切見当たらない。
『座って座って』
少女がベンチまで手を引き、ベンチを指差した。どうやら座れということらしい。
ひとまず素直に頷いて座ることにした。まさか少女1人というわけではないだろうし、大人はきっと言葉が通じるに違いない。であれば、落ち着いて待つのも手だろう。
『おばあちゃん呼んでくる、待ってて!』
そのまま座ってて、という仕草をしたので、花夏はまた頷き、大人しく待つ。
少女は、先程の部屋とは反対側にある部屋に駆けて行った。ここにはドアはない。何やら話し声がするが、そこに大人がいるのだろうか?
部屋からひょいと1人の女性が顔を覗かせた。丁度お母さんくらいの年齢だろうか、少女と同じくらいの薄い茶色の髪を後ろに結んでいる。体格はややがっしりというところだろうか。意思の強そうな青い瞳がある顔は、怖いものではなくどっしりとした印象を受ける。
(怖そうな人じゃなくてよかった〜)
花夏は、目線が合うとペコリとお辞儀をした。多分、私を助けてくれたのはこの人だ。
女性は、両手に木の器を持ってこちらへやってきた。スープだろうか、美味しそうな湯気がユラユラ揺れている。
その後を慣れた手つきで少女がもうひとつの器と、パンが入った籠を持ってくる。偉い、お手伝いしてる。こんなに小さいのに。
日頃の自分の行動を思うと、なんだか恥ずかしくなった。部活から帰るともう温かいご飯が出来上がっているので、用意など手伝ったこともない。
ふと、お母さんの顔が脳裏に浮かぶ。
(心配してるだろうな……あとで電話を借りなくちゃ)
でもまずは腹ごしらえだ。あとお礼と、状況確認。
あれこれと考えている間に、ふたり共席についた。女性は花夏を見て、食べろという仕草をする。
「あ、いただきます、ありがとうございます」
花夏が言う言葉は、女性に理解されたのかどうか。
『まずはお食べ』
何語かは分からなかったが、何となく食べろと言われたのは理解できたので大人しくいただくことにした。
スープは、とてもシンプルな味だった。玉子と豆が入っている。でも、美味しい。すごくお腹が空いていたし。
パンも一切れいただく。フランスパンだろうか、とても手では千切れない固さだ。
どうしようと少女を見ると、豪快にかぶりついて食いちぎって食べている。あ、それでいいのね。
少女と目が合い、目でニコリとされた。なんともかわいい。花夏も少女に倣って、パンにかぶりついた。思い切り食いちぎる。
甘味がほとんどない、素材の味! といったパンだ。うちではスーパーの安い食パンばかりだけど、これはオーガニックとかなのかな? よく分からないけど。
何となく「流石だな」と思ってみる。この部屋の雰囲気にもぴったりだし。
陶器でできているのか、これまたシンプルなカップに牛乳が注がれた。
(牛乳……じゃない?)
もう少し臭みがあるような。ほんのり温かい。美味しいけど。
と、タイミングよく外で「メエー」と鳴く声が。
(おお、これはまさか山羊の搾りたてミルク? マジか!)
花夏は心の中で興奮する。普段の自分の食事とはあまりにかけ離れているが、悪くない。
パンは思ったよりも噛みごたえがあり、始めは正直足りるかな、と思っていたがもぐもぐしている間にお腹が膨れてしまった。
先に食べ終わっていた少女が、そのままで、という仕草をして、自分と花夏の食器をささっと片付けて先程の部屋に持っていった。
(あそこはキッチンだな、きっと)
女性も食べ終わり、彼女は食器をテーブルの横に重ねると、女性自身を指差し、言う。
『ハルナ。わかるかい? 名前だよ。ハ、ル、ナ』
ハルナ。この女性の名前だろう。この女性も言葉が通じないのかと不安になったが、食事もいただいたし、名乗らないのも失礼だ。
花夏も、自分を指して名乗る。
「川村花夏です、か、な、つ」
『カナツ?』
「そうですそうです」
2人でうんうんと頷き合い、確認する。しかし、言葉が通じないとなるとどうしたものか。とりあえず、ここはどこかというつもりでジェスチャーしてみる。指でここ、と指し、どこ? という意味で首を傾げる。
『……見せるのが早いか』
「?」
『ついておいで』
ハルナと名乗った女性が立ち上がり、おいでおいでをする。キッチンから出てきた少女が、
『私、ヤナよ! ヤナ! ヤナ!』
と手を繋いでくる。ヤナちゃんか。人懐っこくて可愛い。
ハルナが、壁にある他のドアよりは頑丈そうなドアに手を伸ばす。
花夏は目を見張る。鍵がない。代わりに、木の棒に出っ張りがついていて、ハルナがそれを横に引っ張るとつっかえが取れてドアが開いた。
(なんていうんだっけ、ああいうの。えーとえーと、確か…かんぬきだっけ? え? 鍵それだけ? セキュリティどうなってんのここ……)
驚いたまま、促されて外に出る。
少し肌寒い、草の匂いのする風が頬を撫でた。目の前に広がるのは、緑と黄金色が混じった草むら。
季節のせいか、あまり花は見当たらない。長さはせいぜいが花夏の膝程度だろうか。なだらかな広い下り坂の先には、こんもりとした森。その遥か先に、町らしいものが見える。
花夏は、視力がいい。
親からはまだ携帯も与えられず、友達とのSNSでのやり取りなどもやっておらず、自分でも目に悪いことはしてないなあと思っている。
だから、自分の目に映るものに間違いは無いはずだ。
「マジですか……ええー……」
花夏の目に映っているのは、西洋風の灰色の立派なお城だった。
これは日本ではない。ありえない。
どういった経緯で日本から出たのか分からないが、パスポートなんて持ってない。もしや、密入国……なんてことを自分はやらかしているんだろうか。
花夏は開いた口が塞がらない。
花夏がポカーンとしていると、ヤナが手を引っ張った。振り返ると、あっちあっち、と少し離れた草むらに立つハルナを指差す。
ヤナに引っ張られつつハルナの元に向かうと、ハルナは花夏を指差して、その後目の前の草むらの窪みを指さした。
『カナツは、ここに落ちてきた』
相変わらずポカンとしていると、ハルナが空を指し、その後窪みを指差した。
「ええと……上から降ってきた?私が?」
だが、確かにあの黒いモジャモジャに引っ張られて落ちていった記憶はある。だが、なんで川に落ちたのが空から降ってきたんだ、私? 気を失って、飛行機にでも乗せられた? それで落ちた?
(いや、そんな高さから落ちたら死ぬし)
ふと、窪みから少し離れた場所に見覚えのある鞄が落ちているのに気付いた。
「あ! 私の鞄!」
駆け寄って拾う。そうか、きっとハルナさんは私を見つけてはくれたけど、暗かったか何かで鞄には気づかなかったんだ。
確か、中には世界史の教科書が入っていたはず。世界地図もどこかのページにあった……と思う。言葉は通じなくても、地図を見せればここがどこかは流石に教えてくれるに違いない。
草むらに膝立ちし、鞄からガサガサと教科書を取り出し、パラパラとめくる。横からヤナが興味深そうに覗いてくる。
『え、カナツ何これ! すっごい綺麗だねー』
ヤナはただ見たことのないものなので興味深そうに見ているが、ハルナは違う意味で見ていた。このような品質のものは見たことがない。
(この子は一体、何者だろう?まさかねえ……)
目的の物を見つけたのか、花夏が立ち上がって地図を見せる。地図の中心にある、小さな島なのか、そこを指差し、その後自分の鼻を指す。
ここから来た、ということか?
ハルナは、無筆ではない。若い頃は町で過ごしていたこともあり、一通り読み書きもできる。元々が多少裕福な家庭で育ったため、最低限の教育は受けている。
この国の、この世界の地図も、先生が持っていたのを見たことがある。
だから、分かった。
この子は、違う。
ハルナが、静かに首を横に振る。
花夏は、え? という顔をして止まっている。本当にどういうことかわからないんだろう、今にも泣きそうな顔をしている。
背丈はハルナとほぼ変わらないが、その表情が急に小さな子供のように見えてきて、胸がちくんと痛んだ。
「ハルナさん……? なんで首振ってるんですか……」
花夏の目に涙が溜まっている。ハルナは優しく抱きしめると、背中をトントンと叩いた。少しした後、花夏の肩を抱いて家の中を指す。
『カナツ、あんたのことは私が守る。今日から家族だ。おいで』
何を言われてるかは分からないだろうが、自分がどこか分からない場所にいて元の場所にすぐには戻れないのは分かったのだろう、目に溜まっていた涙を拭うと、ニコッと笑って頷いた。
強い子だ。この子なら、すぐにここにも慣れるに違いない。
『えー! カナツがヤナのお姉ちゃんになるの?? ほんと、おばあちゃん!』
『住むところもないだろうしね。ヤナは、カナツに言葉を教えておやり』
『まかせて! ヤナ、お喋りは得意だもん!』
パッと花夏に駆け寄って笑顔で纏わり付く。
『やるしかないね』
ハルナも覚悟を決めた。
空き部屋をみんなで綺麗にし、空だったベッドに古そうだがしっかりとした生地のシーツと布団が敷かれた。
ベッド脇のサイドテーブルには、古びたランタンがある。中には使いかけの蝋燭。雨戸は木製なので、夜は蝋燭の明かりがなければ真っ暗になるということだろう。
そう考えると、日本の障子紙というのはなかなか画期的なアイテムなのだと花夏は初めて思った。
小さなタンスには、洗ってパリッとしてある服が数枚入れられた。ハルナのだろうか? 着替えがあるのはありがたい。本当はお風呂も入りたいけど……そもそもあるんだろうか?
先程、トイレは案内してもらった。慣れるまで、多少……時間がいるかもしれない。
ここは一体どこなのか、とりあえず日本でないことは分かったが、それ以外の情報が全くない。ハルナは地図が読めなかったのか、自分が今何という国にいるかも結局分からないままだが、救いは助けてくれた人達がとてもいい人そうなことだろう。
家に帰るまでには時間がかかりそうだが、いきなり人がひとりいなくなったのだから、きっと家では大騒ぎになっているだろう。もしかしたら、警察が自分をここまで探しに来るかもしれないし。そうであれば、早いうちに町に行って警察に行って事情を説明しよう。うん、そうしよう。
少し先の見通しが立ってきたからか、花夏は俄然やる気がでてきた。
(待ってて、お母さん! お父さんも)
花夏が心の中で気合を入れていると、キッチンの奥からハルナがヤナを呼んだ。
『ヤナ、カナツを連れて水を汲んできておくれ。そろそろ夕飯の支度をしよう』
『はーい。カナツ、行こ!』
名前を呼ばれ、花夏はヤナと一緒に表に出る。
家から出て振り返ると、アルプスとかにありそうな大きな山が家のすぐ背後にそびえている。ここは、山の麓なのだ。
空が大分赤くなって来ている。もう夕方なのだ。
『カナツー!』
これまた木製のバケツをふたつ抱えて、ヤナが先をゆく。
「あ、ヤナ、持つよ!」
慌ててヤナを追いかけ、バケツを持とうとすると、ヤナが指を一本立ててニコッとした。
(ひとりひとつってことかな?)
素直に従おう。言葉通じないし。
踏みならされて土が見えている細い一本道を少し行くと、サラサラと緩やかに流れる小さな小川があった。比較的浅さそうだ。川底の石が見える。
ヤナがジャバッと水を汲むので、花夏もそれに倣って汲んでみる。
かなり冷たい水だ。とても澄んでいて綺麗に見える。山に降った雨がろ過されて出来た小川なのだろう。美味しそうだ。
花夏は、力を入れてバケツの取手を掴んだ。
(うお、お、重い……!)
いくら川が近くにあるとはいえ、こんなに小さな女の子がこれを毎日やっているのか。改めて、日頃の自分の生活がいかに恵まれているかを思い知った。
『ほら行くよーカナツ!』
慣れた手つきでスタスタ先を行くヤナを追いかけようとふと空を見上げ、花夏はハッと息を呑んだ。
朝のハルナの、地図を見せた時の反応の意味が、ようやく分かった。
ハルナは、地図が読めないんじゃない。
「ここは、私のいた世界じゃない……」
夕焼けの赤い空の上に広がる夜一歩手前の青い青い空に浮かんでいたのは、
薄く光る大きな黄色い月と、青白い、それはそれは綺麗な月だった。