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残りの日々

今回は、強引シュウさんがガンガンいく回です!


お楽しみくださいませ〜


日々更新チャレンジ達成中(2020/9/19)!

※3点リーダ等の微修正を行いました(2020/10/19)

 半ばサルタスに引きずられるようにして、シュウが帰ってきた。


 花夏はキッチンで夜ご飯の支度をしている。


「お帰りなさい」


 花夏がちら、とシュウを見てすぐ目を逸らした。一応、挨拶はしてくれた。だが、気まずい。

 

「あ、サルタス! いらっしゃい!」


 ヤナはソファーで寛ぎながら本を読んでいるところだった。こちらは何事も気にせず元気だ。


「少し遅くなりました」

「……ただいま」


 家主が小さな声で挨拶をする。コートを玄関のコート掛けにかけ、手持ち無沙汰のように立ち尽くしている。サルタスがため息をついた。


「宰相」

「家で宰相はやめてくれ」

「では、シュウ様」

「なんだ」


 なんだじゃないだろう、という目線を感じながらもそう返答する。虚勢を張らねば、やってられない。例えそれが自分のせいだとしても。


 サルタスが、ヤナがいるソファーの方に手を差し出す。


「ヤナの方に行っててください」

「はい」


 素直に従った。


「カナツ、手伝います」


 袖まくりをしつつ、サルタスがキッチンへ入って行った。桶で手を洗い、まだ洗っていない野菜を洗い始める。スープはもう出来上がっていて、美味しそうな香りがした。


「話は伺いました」

「……今日の事ですか」

「はい。……許せませんか?」


 肉に塩を振りかけている。頭を見ると、シュウがあげた水色の一粒石のかんざしが刺さっていた。


「許す……とかではなくて、頭がぐちゃぐちゃです」

「こうは、考えられませんか」


 野菜を洗い終わり、まな板に置いて花夏を見た。泣きそうな顔をしている。ずっと、ぐるぐる考えていたのだろうか。


――あの人も、罪なことをする。


「シュウ様は貴女に、気を抜くと危険だという事を教えたかったようですよ。大分やり過ぎてしまったようですが、その原因は貴女の無自覚にもあります」

「無自覚……?」


 大きな目で見つめてくる。何故このような役割をさせられているのか、やや理不尽さを覚えながらもサルタスは続けた。ここは、分からせなければならない。


「剣の特訓のおかげでしょう、私が初めてお会いした時よりも遥かに姿勢がきれいになりました。とても凛とされております。それに、体つきが変わった自覚はおありですか?傍からは、もう大人の女性にしか見えませんよ」

「大人の……」


 サルタスが頷く。


「それに、色々な事を体験されたからでしょうか、前のような不安げな雰囲気もなくなりましたね」

「体験……狩猟とかですかね」

「それもあると思います。色々な葛藤があって、ここまで来られましたよね」

「……はい……」


 いまいち理解していないようだ。言葉で言ってもこれであれば、確かにシュウが態度で示してみても理解できないのだろう。中身が追い付いていないのだ。急激な変化だった為に。


「今や、貴女は中も外も魅力的な、美しい女性という事をご自身で理解されていない」


 真面目な顔のサルタスにはっきりと言われ、花夏はようやく何を言われたのか理解したのか、顔が赤くなってきた。シュウがついちょっかいを出してしまいたくなる気持ちは、同じ男としては分からなくはない。


「そういった女性が、自分の近くに無自覚でいる。見ていて、気が気ではないでしょう」

「……心配になった、という事でしょうか?」

「それはあるでしょう。男に簡単に気を許すな、という事を教えたかったようですが、貴女があまりにも無防備なので、思っていたよりも手を出し過ぎてしまったようです」

「……では、私の、せいですね」


 ポロポロと涙が零れ落ちてきた。泣かせるつもりはなかった。参ったな、とサルタスが立ち尽くしていると、タイミングがいいのか悪いのか、シュウがキッチンに顔を出した。困っているサルタスと泣いている花夏を見て、シュウも困った顔になった。


「すまないサルタス、僕がちゃんと話すべきだった」

「シュウ様」

「カナツちゃん、ちょっと話そうか。サルタス、ヤナを頼む。サルタスじゃないと嫌だと騒いで仕方ない」


 成程、それで様子を探るようにキッチンまで来たらしい。サルタスは小さく頷いて、ヤナの元へ向かう事にした。結局、こういうのは当事者同士が話し合わねば解決されないものだろう。



「こっちに行こう。ヤナが気にする」


 ポロポロ泣く花夏の肩を軽く抱いて、今日シュウが問題を起こしてしまった裏庭へと出る。外は大分暗くなってきていた。


 家の壁沿いに花夏をしゃがませて、シュウもその隣に同じようにしゃがんだ。頭を撫でてみる。顔を覗きこんでみるが、見えない。見たいのに。


「ごめんね、僕のせいだ」


 花夏は、泣きながら首を横に振った。


「僕が我慢できなくて、君を困らせている。君は、ちゃんと困るからやめてと僕に言っていたのに」


 花夏の膝の上にある手に、そっと触れてみる。ピク、と反応した。そのまま握った。こういう事をやるから怒られるんだろうか? でも、少しでも触れてたい。自分でも我儘だと思う。


「君は、ここからいなくなる。僕がそう君に教えたからだ。なのに、自分でそう仕向けておいて、僕は君を手放したくなくて意地悪ばかりしている」


 花夏が、恐る恐るといった風に顔を上げた。涙の跡が見える。これは、シュウがつけた跡だ。シュウの、自分勝手な態度でつけてしまった跡だ。その跡ですら愛しいと思ってしまう、この気持ちは。



「僕が、君に恋している事を認めたくないばかりに、君が泣くような真似ことをした」



 大きな目で、シュウを見ている。吸い込まれそうな、大きな瞳。本当なら、自分だけを映していてもらいたいけど。


 そっと、指で花夏の頬に触れた。しっとりとして、冷たい。


「だから、悪いのは僕だ。君は怒っていい。……言ってる意味、分かってる?」


 あまりにも反応がないので、不安になってきた。頬から耳、耳から髪に触れてみる。少し口が開いている。触れたくて、仕方ない。我慢できずに、そっと親指で唇に触れてみる。柔らかい。これも全部自分のものにしたくて、仕方ない。


 でも。


「……カナツ、僕は今から君に酷い事をする。僕は最低の男だ。だから、君は僕を思いきり叩いて、叱りつけてくれ。そうしたら、その後は僕は君のよき理解者に戻る」

「シュウさん……?」


 大きな瞳に、月が映っている。涙の跡も何もかもが、狂おしい程愛おしい。だから、今だけは、その瞳に映るのは自分だけであってほしい。


「悪いのは僕だから」


 シュウはそう言うと、花夏の頬に当てた手はそのままに、呆然とする花夏の唇にそっと口づけた。花夏の大きな目が更に大きくなる。


 床に膝をつき、もう一度顔を近付ける。気が付いた花夏が逃げようとする。


 咄嗟に、両方の手で花夏の頬を押さえ、膝で立ち上から唇を奪う。


 花夏の目尻から涙が流れた。花夏の口から吐息が漏れる。花夏の頭の後ろに手を回し、もう一度、今度は無理やり舌を中に入れる。


「怒れ」


 もう一度、逃がさないように、花夏が息をした瞬間塞ぐ。花夏の手がシュウの胸を思いきり叩いた。


「……もっと抵抗しろ」


 涙でぐしゃぐしゃの顔もまた美しい。もう一度、花夏の舌に無理やり自分の舌を絡ませる。


 怒らせたいのに、怒らせたらもうこの先はないのに、シュウはどこかで満足している自分がいるのに気が付いた。


 今だけは、この瞬間は、彼女は自分だけの物だから。


「ほら、どうした」


 逃げ出せないように渾身の力で押さえつけているのによく言うな、と自分で情けなくなるが、ここまで来たらやり通すしかない。シュウの胸を叩いて抵抗しているが、この程度じゃシュウには効かない。


 シュウが奪っている口が何かを言おうとしているが、言わせない。苦しそうだけど、もっと奪う。もっと、欲しい。


「本気出せよ」


 ダメ押しのもう一回。花夏の体が震えているのが分かる。力が抜けてるのかもしれない。お構いなしに舌を絡ませる。ふたりの吐息が交じり合う。時折漏れる彼女の吐息も愛おしい。


 目を開けてみた。目が合った。つい、目で笑ってしまった。


「……いい加減に、して!」


 足で胸を蹴飛ばされた。ひっくり返って、尻もちをつく。いい感じだ。花夏が、立ってハアハアと肩で息をしている。まあ、大分長い事してたから、苦しかっただろう。


 シュウが、尻もちをついたまま、自分の頬を指さす。


「ほら、ここここ」


 あ、花夏が怒っている。滅茶苦茶切れた顔をしている。


「最っっっ低!!」

「ぐお!」


 思いきり、グーで殴られた。


「グーで殴るか!? そこは平手じゃないのか!?」

「うるさい! 人を振り回してそんなに楽しいの!? 」


 怒りすぎて、涙は止まっている。怒った姿もまた綺麗だが、もうそういう想いはもう口にしない。これで封印だ。


「振り回してるのはどっちだよ! 無自覚でフラフラしてたら触りたくなるのが男ってもんでしょ!」

「もう触らないで!」

「じゃあもっと警戒しろ!」


 怒鳴り合って、睨み合って、しばらくの後。



 負けたのはシュウだった。


「ふ……ははは! 女性にグーで殴られたの、初めてだよ! あはははは!!」

「シュウさんが悪い!」


 まだむすっとして花夏が言う。シュウの笑いは止まらない。涙が出て来た。胸が苦しい。清々しい気分と、凌辱した罪悪感と、もう戻れない悲しさとが混ざり合っている。


「しかも蹴り入れられたし! あはははは!!」


 よく見ると、服の胸の部分に足跡が付いている。ひいひい言いながら笑う。


「いやもう、はは、君には負けたよ、ふふふふ」


 止まらない笑いを抑えながら、シュウが花夏に言った。


「参りました。この通り」


 床に胡座で座って、花夏に深々と頭を下げた。花夏は、立って腕を組んでいる。


「……もう、絶対なしですよ」


 どうやら許してはくれるらしい。あれだけやったのに。有難い事だ。まだまだ甘い。これは、花夏の甘さなのか、シュウだからこその甘さなのか。


 尋ねたくても、もう聞けないけど。


「約束します、蹴って殴られたくないからね」


 まだ笑いが止まらないが、少し落ち着いてきた。怒りを全身に纏わせた花夏を見る。


――芯が通ったじゃないか。


 ちゃんと怒って抵抗出来た。これなら、もう大丈夫だろう。


「ご飯、手伝いますので許して」

「……まず、手を洗いましょうか」


 冷たく言われる。これはこれで楽しめるかもしれない。そんな事をちょっと思って、シュウは花夏に大人しく従う事にした。







 街に降りてきて1ヶ月が過ぎた。


 シュウは、きちんと約束を守った。


 事ある毎に「殴らないで!」と笑いながら言うのには正直参ったが、あの日からはもう大人が大人に対する対応をしてくれるようになった。ようやく花夏を一人前として認めてくれたのかな、と、今なら思う。


 時折、あの時の激しいキスを思い出して悶絶する事もあるけど、あれも結局はシュウが花夏に自分で自分の身を守れる心構えを持たせる為だったのだろうと、今なら思える。悪役に徹してくれたのだ、きっと。そう、思う事にしている。でないと、恥ずかしくて死にそうになる。


 告白とも取れるような台詞を聞いた気もするが、正直あの時は頭の中がぐちゃぐちゃであまりよく覚えていない。もうその話をシュウとする事もないだろうから、これも問題ないだろう。


 サルタスの完璧な野営セットも準備され、中にはいつでも出発できるようお金が入った財布も入れられた。何日か分の服も常に入れておいた。万が一すぐに発たないといけない時すぐに持って出れるように、とのサルタスの配慮だ。


 馬もとりあえずは乗れるようになってきた。始めの3日くらいは、内股の筋肉が酷い筋肉痛で地獄だったが、今はもう大丈夫だ。あまり目立つとあれだから、と街の外で練習した。それでも馬を引いて城に戻る時はじろじろと見られ、隣を歩くシュウを見て、そういえばこの人宰相だった、と思い出しては焦った。よくあの若さであんなに堂々としてられるものだと感心する。


 ハルナはあの後しばらくして街に降りてきた。ずっと気になっていた下着の話を恐る恐るしてみたら、「ばれたか」と笑っていた。山はまだ雪だらけだけど、とりあえずまた来るね、と言って大荷物を背負って数日後にまた戻って行った。流石の体力だ。


 花夏の世界から持ってきた鞄は、ハルナに山に埋めてもらった。あれが見付かって、ハルナたちに万が一の事があったら悔やんでも悔やみきれない。花夏の未練さえ断ち切れば必要ないものだから、ノートだけ一冊持参した以外はすべてそこに封印した。


 そして、花夏は16歳になった。この国では成人にあたる。


 こちらでは成人式というものはないようで、皆に誕生日おめでとう、と祝ってもらった。成人した記念にシュウが飲むワインを一口もらったが、苦くて駄目だった。これでいつでも結婚できるね、なんてヤナが羨ましそうに言って、シュウがむせ返ってた。サルタスは横を向いていた。


 郵便屋からの手紙の出し方は、サルタスに教わった。街にあるお店の看板のそれぞれの意味についても教えてもらった。話に聞いていたギルドに入った時は、なんだかRPGの世界のように思えて感動してしまった。


 そして、あとは雪解けを待つだけになった。







 とある休日の昼間。

 

「あのねヤナ、そう怒らないで聞いてくれる?」


 花夏がもうすぐいなくなる。その事実を聞かされて、ヤナは怒りまくっていた。シュウがたじたじになっている。


「お父さん偉い人になったんでしょ!? カナツを守るくらいできるでしょ! なんでカナツが出て行かないといけないのよ!」


 毛を逆立てる猫のように激しく怒っている。目の端には涙が滲んでいて、自分の事でそんなに怒ってることが愛おしくてキュン、とする。


 問題が発覚したのは昨夜の話だ。大人3人とも、誰かがヤナに話しているだろうという非常に他力本願な考えでいた為、まさか花夏がこの街を去る準備を着々としている事をヤナが全く知らなかった事に、昨日まで誰ひとりとして気付いていなかったのだ。花夏がシュウと雪解けの時期について話をしていた時、その事がようやく発覚した。


 ヤナにしてみれば、まだまだ先の話のつもりだったようで、追手が来るまでは一緒にいれると思っていた花夏が、追手も来てないのにもうすぐいなくなると聞いて怒り狂っている。


 聞いていなかったなら怒るのも仕方ない、とは思う。ただ、怒り方が半端なかった。


「結界張るとかなんとか言ってたのは何だったのよ! 結界張り直したらばれないからここにいれるって話じゃなかったの!? なんでそれですぐに花夏が出て行く事になるのよ、おかしいでしょ! 説明してみなさいよ!」


 7歳の子供の台詞とは思えない流暢な言葉遣いで、ヤナは父親を責め立てている。


「ヤナ、この国はね、そこまで立場が強くないんだよ」


 ヤナの勢いにびくびくしながら、シュウが返答する。


「カナツちゃんを引っ張って来れるくらい力と情報があるっていったら大国だろうなっていうのは陛下も仰っててね、そういうところの人たちが来たら、カナツちゃんを差し出せって言われたら駄目とは言えないんだよ、うちの国」

 

 ヤナがバン! と机を叩く。


「そういう国を大国に育て上げるのがお父さんの役目じゃないの!? 何のための宰相よ! ただぼーっとしてるだけならもっと出来る人間にさっさと変わってもらいなさい!」


 ひいっとシュウが半泣きの顔をしている。横からサルタスが口を挟んだ。


「ヤナ、シュウ様が宰相になられたのはまだほんの3か月程前です。その間に大国にするのは、どんなに天才でも無理ですよ」


 サルタスの言葉に、ようやく少し落ち着いてきたようだ。


「でも……だってなんでカナツだけ」


 涙が零れ始める。可愛い、が、ここは花夏の出番だろう。


「ヤナ。私がここに残っても、何にも起こらないかもしれないよ」

「そうでしょ? そうだよね!」


 そんなヤナに、花夏はにっこりとほほ笑んでみる。


「でも、起こるかもしれない。ヤナとか、私が大好きな人達が嫌な思いをするのが、私は嫌なんだ。私がもし捕まっっちゃって、それを見て皆が自分のせいだって思って欲しくない」

「カナツ」

「だから、私は、もう捕まらないって分かったら、ヤナに会いにいくよ」


 ヤナが半泣きになっている。ヤナの愛情が、嬉しい。


「本当? 必ず会いに来る?」

「うん、約束する」


 ここ最近は見せなかった子供らしい態度を見て、ヤナが今まで頑張って背伸びしていることに気が付いた。サルタスを振り向かせるという長期戦に勝つ為に。


 目に涙を溜めているヤナを優しく抱き締めている花夏を見て、シュウがこめかみをぽりぽりと掻いている。自分だったらこんなにあっさりと納得してもらえなかっただろう、と思うと、自分の父親としての信頼度の低さを思い知り、なんだかなあという気持ちになった。


「えーと、それでなんだけどヤナ」


 シュウが恐る恐るヤナに声をかけると、ヤナが恨めしそうな顔をしてゆっくりとシュウの方を見た。


「なに」


 冷たい。


「今まではカナツちゃんがヤナとずっと一緒にいてくれたけど、カナツちゃんがいなくなると、学校が始まるまで日中ヤナがひとりになる。それは避けたい」

「それで」


 食いついてこない。やはり冷たい。


「それで、僕の部下に1名女性がいる。彼女には、当面日中はこの家に出勤してもらうことにした。サルタスと交代で帰ってもらうことになる」

「何それ」


 顔を歪ませている。父親を、軽蔑したように見ている。どうも説得は難しそうだ。


「どうせまた、お父さん狙いの人なんじゃないの? そういう人を家に入れるわけ?」


 過去の出来事は、ヤナにとっても嫌な記憶としてはっきりと刻まれているようだ。ヤナが家に訪れる若い女性を嫌ってしまう根本の原因は、過去の出来事にある。花夏への懐き具合は、だから本当に特別な事なのだ。


「確かに、シュウ様は今をときめく方ですからね、そういう考えをお持ちの方も多いのでは」


 サルタスが心配するのは、その女性の二面性だ。いくらヤナが魔法ちからを制御できるようになったとはいえ、四六時中一緒にいることになる人物の心を全く読まないとは限らない。その時、その女性の表面からは見えない言葉を聞いてしまったら?過保護かもしれない。だが、人間のずるいところ、汚いところ。そういうところは、まだヤナに見せるのは幾らなんでも早すぎる気がする。


「それはない」


 サルタスの心配をよそに、シュウはごく当たり前の事のように言い切った。


「どうして言い切れるのよ。何、カナツがいなくなったらもう次の女なの」


 父親に対してものすごい言い草である。というか、次の女とは。どこでそういう物の言い方を覚えたのか。


「お前ねー。父親をもうちょっと信用しなさい」


 シュウが呆れたようにヤナに言う。ここ最近信用が全くなくなっている自覚はあるらしい。以前のような泣き言は言わなくなった。


「まあ、会えば分かる」


 ヤナはシュウを睨みつけている。


「カナツの代理なんていらない」

「代理じゃない」

「お母さんの代理なんてもっといらない」

「セリーナの代理なんかじゃないってば」


 シュウが、ふう、とため息をついた。


「分かった、今から連れてくる。『壁』は作らなくていい。彼女にはヤナの魔法ちからについては話していない。思う存分聞いてくれ」


 ちょっと家に行ってくる、とシュウが言うと、それを聞いてヤナがブチ切れた。


「家まで知ってるなんて、どういう関係なのお父さん!!」


 まるで浮気を疑う妻のような台詞だ。


「そりゃあ知ってるさ。過去に彼女の事は調べ尽くした」


 何でもない事のようにシュウが言う。それを聞き、流石のサルタスも若干引き気味だ。そんなサルタスを見て、何を思ったのか、シュウが花夏をちらりと見た。花夏の、自分を見る冷めた目。それを見た途端、ワタワタし始めた。


「いや、カナツちゃん、誤解しないでね、そういうんじゃないから」


 じゃあどういうんだ、と心の中で突っ込みを入れてみる。花夏が誤解したところで、もうどうともならないのは分かっている筈だ。シュウを調子に乗らせるだけなのは、もう理解した。沈黙は金。


「と、とにかく、待ってて。嘘じゃないから」


 良き理解者の立場はどうした。花夏は、心の中で毒づく。本当、男は馬鹿だ。言い訳なんて花夏にする必要ないのに。


「いいから待ってて!」


 そう言って、シュウが外に出て行ってしまった。


 しばし、沈黙が場を支配する。


「……カナツはいいの?」


 ヤナが聞いてきた。


「いいも何もないよ。私はシュウさんと何でもないし」


 ヤナだけでなくサルタスがも疑わしそうな目で見てきたが、あの日の事は話していないし、もう解決済の事だ。あれ以来、適度な距離を保ってきた。何も問題はない。


「強くなりましたね……」


 サルタスが、感心したように言う。あの時、サルタスの前で泣いてしまった手前言い訳は出来ないが、まあ、過ぎた話である。それが如何に、未だに心の奥底でざわつこうが。


「お茶飲みます?」


 とにかく待つしかない。ヤナに悪影響がない人物かどうかは、花夏としても見極めねば安心して出発出来ない。


「私が淹れてきますから」


 サルタスがキッチンへ向かった。ヤナが花夏の手をそっと握った。


「カナツ、一緒に待とう」


 シュウを待つのかサルタスを待つのか、そのどちらかは分からなかったが、少し不安げなヤナの顔を見て、花夏は笑顔になって頷いたのだった。



シュウさん、とうとう言いました!

ふうー


ストックなくなったので、明日の更新はお休みします。明後日(2020/9/21)更新目標にて頑張ります!

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