シエラルド再び
今回、次回とでシュウさんと花夏の関係性に進展が?
是非お楽しみください!
※3点リーダ等の微修正を行いました(2020/10/19)
シュウが宣言した通り、街に降りてからはシュウとは適度な距離が保たれている。
ただ、あれからずっと異様に機嫌がいいのが不気味で仕方ない。
「じゃあ、今日は登城するけど、なるべく早く帰るから。戸締りよろしく」
そう言い捨てて、ご機嫌で出勤して行った。
山から降りて、2日が経った。サルタスは山から降りた翌日にもう一度荷物を取りに行って、シュウの家に届けてくれた。本当に働き者だ。
サルタスも今日は国土調査隊隊長の初出勤日ということで、朝に挨拶しに来たものの、次は夕方まで来れないという。
つまり、日中は花夏とヤナと2人きりである。
「ねえヤナ、実は、とっても気になってた事があるんだけど」
花夏が改まってヤナに聞く。
「何、改まって」
すっかりお姉さんの口調のヤナだ。
男性の前ではなかなか聞ける機会もなく、ハルナに聞くのも何となく憚られ、早半年が過ぎようとしている。
「あのね、ずっっっと気になってたんだけど、若い女の人用の……下着が欲しい!」
言えた。ずっと言いたかった。恐らくセリーナのお古だろう、ヘロヘロの綿のパンツにヘロヘロの胸当て、つまりブラジャー。山の家にあったのはそれだけだ。
色々、今までの経験から割り出した答えは、あれはセリーナがあえて置いていったものではないのだろうか? という事だ。可愛さのかけらも無い、機能性のみの下着。ハルナの手前、着用せざるを得なかったのではないか。
「あ、カナツも思った? 実は私も、なんかおかしいなって」
ここに、同志がいた。
「今日、ようやく女子2人だよ! 買いに行こう、ヤナ!」
ヤナが、目を輝かせて花夏の手を握った。
「いく!」
こうして、2人は手を取り合って街に出たのだった。
「家に一番近いのが西市場よ。こっちこっち!」
ヤナが花夏の手を引っ張りながら案内してくれている。シュウの家を右に出てしばらく真っ直ぐ行くともうすぐそこだった。
西市場と聞いて、思い出す。確か、セリーナが馬車の事故にあったのがここではないだろうか? 花夏をぐいぐいと引っ張るヤナを見る。もしかしたら、分かってない? 大丈夫かな、と気になってしまう。
「大丈夫よ、カナツ」
「……聞いてた?」
「えへ、『壁』作るの忘れてた」
ヤナがにこっと花夏を振り返る。
「だって、サルタスが変えてくれたもの」
そう言って、目の前に広がる市場の景色を見せてくれた。
「前はね、ここは馬も人も一緒だったの」
ヤナが指差す方向には、馬車の道と歩道とがはっきりと分かれた道が見えた。セリーナの事故の後、サルタスが上に報告書をあげて改善を促してくれたとシュウが以前教えてくれた。その効果は、ここにもきちんと出たという事だ。
「お母さんの事はやっぱり今でも寂しいけど、でもみんなよくしようって考えてくれてちゃんと良くなってるし」
「……サルタスさん、流石出来る男だね」
「譲らないわよ」
ヤナが花夏を見上げて誇らしげに言う。なんて一途だろう。早く大きくなって追いつけたらいいのに、なんてつい思ってしまう。
「うん、分かってるよ」
「ならいいわ」
にこ、とヤナが笑う。ああ、可愛い。花夏は思わずきゅん、としてしまった。茶色い髪は以前はふわふわというか半分ボサボサだったのが、サルタス効果か艶々のゆるふわに変身しているし、がっさがさだった唇もサルタスが持ってきた蜂蜜入りリップクリームでぷるんぷるんだし、やばいサルタス、ヤナのポテンシャル引き出しまくってる。やっぱり流石サルタス、本当にできる男だ。
「早く婚約しちゃえばいいのに」
ぽろっと本音が出た。あ、相手はまだ7歳の少女だった。
「私もそうしたいのはやまやまなんだけど、なんせお父さんがあんな感じでしょ? サルタスも私の事を子供としか見てないし」
一人前に女子な発言をするヤナは、恐らく間違いなく花夏より恋愛の点でいえば先に行っている。
「相手として見てもらうには、もうちょっと大きくならないとだねぇ」
「そうね、発育をよくしないと」
「ははは……」
あのシュウを説得するのは大変そうだが、ヤナならなんとかしそうだと思えてしまう。
「あ、あったよ、下着屋さん!」
「あ、あれ? ……おおー」
思わずおやじくさい言い方になってしまった。マルシェのような仮店舗ではなく、道路沿いに構えている店の内のひとつが女性下着専門店のようだが、ショーウィンドウに飾られている物がそこそこえぐい。今履いている綿パンツからは想像できないえぐさだ。
「いらっしゃいませ~」
中から、滅茶苦茶セクシーなお姉さんが出てきた。肩はがばっと開き、胸元も半分くらい見えている。流石に下は足を出していないが、腰の曲線が女の花夏から見てもやばい程エロい。
「あ、あの、下着が欲しくて」
「貴女の? そちらのお嬢さんの?」
「あ、二人ともです」
ふーん、と上から下まで舐めまわすように見る。
目が、怪しげに光った。
「ちょっと貴女、いいもの持ってそうじゃない」
「え」
「サイズ測るから、こっち来て、あ、お嬢さんも良かったらご一緒に試着室へ」
言われるがまま奥の試着室へと連れて行かれる。カーテンに仕切られているが、そこそこ広いスペースだ。
お姉さんが、巻き尺を出してきた。
「手を横に上げてくれるかしら?」
「は、はい」
服の上からチャチャッと測られる。ついでにウエストとお尻も測られた。単位がいまいち分からないのが残念だ。ぱっと見、1メモリが1センチよりは幅がありそうだが、どういう基準だろう? 今夜、シュウかサルタスに是非聞いてみたい。
「いいわね、引き締まっていて且つ出るとこは出る」
なんか褒められた。
「私も」
「はいはい、お嬢さんもね」
ヤナもちゃちゃっと測ってもらっている。ヤナの顔は真剣そのものだ。
「貴女、今どんなのを付けてるの?どういった物をお探し?」
セクシー店員さんが花夏の胸元を指で持って奥を覗き。
「……貴女、馬鹿?」
けなされた。あり得ない生物を見るような眼つきになっている。
「いや、あの、これしかない状況にずっとおりまして」
「それってどんな状況よ、あり得ないわ」
「お姉さん、私も同じ境遇です」
ヤナが真剣な目で訴えた。その目を見、何を思ったのだろう。セクシー店員さんが、「ちょっと待ってなさい!」というと奥の倉庫であろう場所に走って行き、紙袋にドサドサ! と詰め込んでいる。急いで戻ってきた。少し涙目になっている。一体、何を想像したんだろうか。
「黙ってこれを持っていきなさい」
ぐい、と押し付けられた紙袋を覗くと、下着の山、山、山。子供用の可愛いのも入っているっぽい。
「あ、いや、でも、お金はちゃんと」
「いいから!」
キ! と睨まれた。
「いい!? 年取ったおば様ならともかく、貴方たちはまだこれからよ!」
「は、はい」
「これからの女性が、こんな人生を捨てたような下着を着けては、駄目!」
「人生……」
とりあえず、今まで人生を捨てたつもりは一度もない。
袋を持った花夏の手をそっと握られた。
「これは、在庫処分しようかと思っていたものだから大丈夫。というか、貴女細いのに結構あるからこのサイズって案外在庫余るのよ。気にしないで持っていきなさい」
説得された。どうしよう。そう思ってヤナを見ると。
「お姉さま、また相談に来てもいいですか?」
ヤナはずっと真剣だ。
「勿論よ、来て。いつでも相談に乗るわ」
深く頷いている。なんだこれ。
「さあ、行きなさい、いつでも待ってるわ」
お姉さんにそう言って送り出された。ヤナは後ろを振り返りつつずっと手を振っている。ヤナならこれから本当に小まめに相談しに通いそうだ。
「あの……人生捨てたって」
そういった下着を今まで多少の疑問を持ちつつ着用していた身としては、少なからずショックだった。花夏の呆然とした表情を見て、ヤナが力強く頷く。
「私たち、まだまだ人生はこれからよ」
結局全てタダでもらってしまった下着だが、いくら紙袋に入っているとはいえ量が半端でない為、一旦帰宅した。
「カナツ、どうせなら着たくない?」
というヤナの提案があり、だったらお風呂に入りたい、という花夏の主張もあり、結局ふたりで昼間からお風呂に入った。山の家では、特訓がない日は温泉に入れなかったので、本当にお風呂が傍にある事が嬉しい。
綺麗に洗い、タオルで拭いてさあいざ! という時に気付いた。
「あ」
「どうしたのカナツ」
「せっかく選んだのに上に下着忘れちゃった」
「もー何やってるのよー。まだ誰も帰ってこないから、パパッと取ってきちゃってよ」
「大丈夫かな? でもないもんはないしね」
念の為バスタオルを体に巻いてお風呂の外に出ると、
――シュウがいた。
速攻でお風呂に逆戻りし、ドアを勢いよく閉めた。見られたか?分からない。一瞬、目が合った気もするがどうだろう。
「どうしたの」
ヤナがびっくりしている。もうほぼ服は着終わっている。
「ヤナ、シュウさんがいた」
「え? こんな昼間にどうしたのかしらね」
「ヤナ、悪いんだけど部屋から下着取ってきてもらえる?」
「うん、待ってて」
そう返事をすると、ドアを開けてぱーっと走って行ってくれた。「お父さんお仕事さぼり?」なんて聞いている。階段をカンカン登る音がして、すぐにカンカンと足音を立てて降りてくる音がした。「お父さんのぞいちゃダメよ」という声が聞こえる。
バッとドアが開いて、ヤナが抱えていた黒い上下セットの下着を差し出してくれた。腕に普通に掛けてきてた。隠しもせず。
「や、ヤナ、このまんま持ってきた……の?」
「うん」
「……見られた?」
「わかんない、なんかぽーっとしてたから」
「……そう。ありがと……」
異性に下着を見られるなんて本当に恥ずかしいが、とりあえず着ないと出れない。ヤナは花夏に下着を渡すとさっと出て行った。
きっと本当は高いだろうレースの上下セットを身につけ、赤い服を着た。前にヤナが飛びついてきた服だ。
髪の毛をしっかりと拭いた後、櫛で溶かし、折角の新しい下着だったのもあり用意したのはシュウからもらった水色の石がついたかんざし。髪をくるくるっと巻いて束ね、ぶすっと刺して完了だ。
よし、これなら問題ない。
風呂場の鏡を見て確認し、風呂場から出た。
やはり、シュウがいる。俯いてテーブルに座っている。見渡すとヤナはいない。二階に髪の手入れをしにいったのかもしれない。
「あ、あの、どうされたんですか?お仕事は」
「……忘れ物を思い出して」
俯いたままで顔が見えない。声も低い。もしや、怒っているのだろうか?
「あのー……シュウさん?」
恐る恐るシュウに近付くと、シュウがのそっと身を起こした。やはり怒っているような顔だ。
「ちょっと2人で話がしたい」
「はあ……」
「いいからこっち来なさい」
手首をがっと掴まれて、キッチン奥の扉を抜けて裏庭に連れて行かれた。背中が怒っている。訳が分からない。
扉をパタン、と閉めると、井戸の周りは隣家の壁に囲まれていて人目はない。
井戸に手をついて、花夏に背中を向けた。
「あのね」
「はい?」
「裸で彷徨いちゃいけません」
「あ……やはり見られましたか……」
「一瞬だから」
なら、よかった。いや、よくないが。
「というか、なんでこんな昼間からお風呂入ってるの」
また、返答しにくい質問をしてくるな、と花夏は若干顔が引きつった。
「あ、あの、非常に説明しにくい事なので説明したくないんですが」
男性に向かって下着がどうのこうの説明したくない。どんな羞恥プレイだ。
「……まあ、ちゃんとした理由があるならいい」
「ありがとうございます」
本来ありがとうも何もない筈なのだが、とりあえず礼を言っておく。説明しなくていいならその方が幾分かマシだ。
「あの、お話は以上でしょうか。ヤナが待ってると思うのでそろそろ……」
そろり、とキッチンの扉のほうに移動していく。
「まだ終わってない」
静止した。背中がまだ怒っている。
「カナツちゃん」
「……はい」
シュウが、ようやくこちらを向いた。何だか苛々している表情だが、その理由が分からない。先程きちんと謝って話は終わったはずだ。
つかつかと花夏に向かって歩いてくる。花夏が張り付いている壁にゆっくりと両腕を付け、花夏を閉じ込め上から覗き込む。これは、壁ドンというやつだろうか。いや、でもドンはされてない。また、あのいい香りがする。ああ、この香りは卑怯だ。
「……近いです」
「こうしないと逃げるでしょ」
確かに逃げるかもしれない。今すぐにでも逃げ出したい。
「シュウさん、何で怒ってるんですか」
「カナツ」
また、呼び捨て。呼び捨てされる時はろくな事がない。
「……はい」
「君には、男と同じ家に住んでいる自覚をもっと持って欲しい」
「……すみません」
確かに軽率な行動だった。始めからヤナが終わるのを待っていればよかったのだから。
「警戒心が足りない」
「……仰る通りです。すみません」
適度な距離を保つという宣言以降、気は抜けてたかもしれない。
「ここから出て行ってもそんなだと思うと、僕はとても心配だし不安だ」
「……肝に銘じます」
ひとりになった時にこんな事をしてしまったら、確かに襲ってくれと言っているようなものだ。シュウが怒る理由がようやく分かった。これは花夏が全面的に悪い。
「……あ、かんざし、つけてくれたんだ」
囁くような声。息がかかる。体温が伝わってくる。
「はい、あの、折角なので」
「カナツ」
「……はい」
「それ、人がいる所に行く時は必ずつけなさいね」
「……?」
「分かった?」
「は、はい」
前に言っていた『虫除け』効果だろうか。前回はそれ以上聞いても教えてくれなかったが。
「あの、もういいでしょうか」
「……」
また少しイラッとした顔になった。訳が分からない。
「そろそろヤナが探し始めるかと……」
キリがないので、シュウの腕の下を潜って家の中に戻ろうとすると。
腕で頭をシュウの胸に押しつけられた。
「え、いやちょっとシュウさ」
シュウの唇が、花夏の耳から首筋まで荒々しく触れていく。息が熱い、適度な距離なんかじゃない。
手でシュウの体を押して抵抗するが、やはりシュウの力には敵わない。手を掴まれ、腰を引き寄せられ、また抱きすくめられてしまった。シュウの唇が耳に当たったままだ。
暖かい、いい香り、柔らかい、苦しい。
頭の中は混乱して、単語が羅列されていく。
「シュウさん……痛い」
苦しくて、はあ、と息を吐く。すると、シュウが少し力を抜いてくれた。耳元で、シュウの声がする。
「僕は男だよ」
「……はい」
「距離をきちんと保ちたいなら、ちゃんとしてくれ」
「……はい……」
苦しそうな声に、はい、としか言うことが出来なかった。
「……夕方には帰るから」
そう言って、花夏の顔を見ないまま立ち去って行った。パタン、と扉が閉まる音がした。
「――では、今日はここまでで」
「はい、お疲れ様でした」
夕方の、国土調査隊の執務室にて。長い事不在にしていたサルタスが新しい隊長となっての初出勤日は、まずはシュウが溜めに溜めた書類の決裁から始まった。要不要をロンがそれなりに仕分けはしてくれていたが、優先順位がバラバラだ。補佐としてはもう一歩、というところだろう。
昼過ぎには書類の山は綺麗になくなり、ロンがほっとした顔をしていた。
新しい隊員のリーンの紹介も受け、新たな任務の割り振りも決まり、新隊長としての届け出も完了したので、少し早いが今日は解散することにした。
「サルタス、流石仕事早いなぁ」
ロンは、肩の荷が降りたかのように気が抜けた表情をしている。
「隊ちょ……宰相が溜めすぎなだけだろう」
つい隊長、と呼んでしまう。気を付けねばなるまい。
「じゃあ、僕先に帰るから」
「分かった、片付けたら私も出る」
「お疲れ、サルタス」
「お疲れ、ロン」
ロンが執務室を出て行った。初日はまずまず、といったところだ。昇級とはいっても、補佐時代に仕事は把握しているので大した問題はない。シュウが宰相になった後の空白期間の間にあった案件で厄介そうなものはロンがシュウに確認を行なっていたようで、問題がありそうな案件はぱっと見見当たらなかった。
ペンを引き出しにしまい、コートをコート掛けから取って執務室を出ると、ふと何だか澱んだ気配を感じ、出てきた扉を振り返る。
「……何されてるんですか」
顔を両手で覆ったシュウが、しゃがみ込んでいた。宰相のオーラなどどこにもない。声をかけられて、情けない顔をサルタスに見せた。
「サルタス……一緒に帰ろう」
「そちらに真っ直ぐ向かおうとは思っていましたが。どうされたんですか」
しゃがんでいるシュウに手を差し伸べ、シュウを立たす。澱んだ気配は、シュウから発せられているようだ。面倒くさい事この上ない。
「……またやってしまいました」
肩を落としている。サルタスは察した。人を振り回す事にかけてはなかなか上をいく者がいないこの人がこんなに動揺するのは、花夏とヤナの事以外ない。ここ最近の傾向を見ると、十中八九、花夏と何かあったのだろう。
「とりあえず、向かいながら聞きます。行きましょう」
「はい……」
王宮の廊下をシュウの歩む速度に合わせてゆっくりと進む。どうも、帰りづらいらしい。
「で、何をされたんですか」
話を進めないと帰れそうにない。
「昼間、ちょっと書類を忘れて家に戻ったら、カナツちゃんとヤナがお風呂からあがったところで……」
黙り込んでしまった。
「続けてください」
言いよどむシュウを促す。相談してきたのはシュウの方だ、今更逃げられても。
「……着替えを忘れたみたいで、バスタオル1枚体に巻き付けて出てきたカナツちゃんとばったり会ってしまい」
「それは眼福ですね」
「眼福……いやまあ滅茶苦茶綺麗で一瞬で目を奪われちゃったけど、ていいんだよそれは」
「で、どうされたんですか」
「本当お前そういうところ……まあいいや、一応僕男だし、ひとりになった時にあの警戒心のなさだとかなり危険だし、ちょっと注意しようと思って裏に呼び出して」
また言いよどむ。ものすごく言いにくそうだ。明らかに何かやったのだと予想がつく。
「続けてください。話が進みません」
「……説教してたんだけど、どうも自分の魅力が分かってないのかぽやっとしてるから、その、つい、僕も男だし危ないんだぞって分かってもらおうと」
「襲ったんですか」
「……言い方……」
「言い方がどうであれ、手を出された事に変わりはない訳ですよね」
シュウが、必死で言い訳してくる。サルタスに言い訳をされたところでどうしようもないのだが。
「こうぎゅっとしたら風呂上りのいい香りがしてついちょっと首とかにもキスを…」
サルタスが深いため息をついた。立派に手を出している。言い訳のしようもない程に。この男が誰かにここまで執着するなんて、ここ数年なかった。それ程までに。
「そんなに大事なら、何故行かせるつもりなんですか」
隣を歩くシュウは、やや俯いたまま無言だ。城門をくぐる。夕日がふたりの影を伸ばす。
「貴方なら、ここに留めさせておいても守ることが出来ましょう。それだけの力が、今の貴方にはある筈ですが」
今まで築きあげた人脈、宰相としての地位、どれをとっても明らかにその辺の男よりも遥かにシュウは強いだろう。なのになぜここまで頑なに行かせてしまおうとするのか、サルタスには理解が出来ない。
「……僕は、最後の最後で、きっとヤナを取る」
ぽつり、と呟いた。サルタスは、その言葉の主を見る。夕日に照らされて、眩しそうな顔をしている。
「カナツちゃんは、追われている。いずれここにも追手は来るだろう。その時、僕の傍にいるならば守ってあげたい。全身全霊でもって、守りたいさ。でも」
サルタスを見た。悲しい、優しい表情だった。
「もしヤナを盾に取られたら、僕はきっとヤナを取る。あの子の力は特殊だ。絶対に政に使わせてはならないものだから」
「隊長……」
「隊長はお前だろう」
そう言って笑った。シュウにはまず守るべきものがあるのだ。花夏をここに留める事は、ふたつの守るべきものを天秤にかける事と同義なのだ。
「そして、多分カナツちゃんも自分の事よりヤナを優先する」
「……それはそうですね、カナツはヤナを絶対見捨てないと思います」
「サルタス、お前がヤナを連れて逃げる事も考えたんだけどね、一生逃げ回るかもしれない事をお前とヤナにはさせたくないんだ」
それは、守るとは言えないから。
「だから、僕はカナツちゃんをなくさない為に行かせる。こう言葉に出すとずるいな」
自嘲気味に笑う。
「これ以上優しくされると好きになりそうだからやめろって言われてね。それで満足したつもりだったんだけど」
花夏はそんな事を言ったのか。気になって仕方ない相手が段々自分に心が傾きかけているのを知れば、それはまあシュウとしては嬉しいだろう。
腕をぐーっと上に上げて伸びをする。城の橋を渡り、街側に着いた。
「ダメだなあ、僕」
「まあ、隊……宰相の方が大人ですから、そこはぐっと我慢されるべきでしたね」
シュウがすねた顔をする。
「お前だって分かるだろう? 久々に会ったらめっきり色気出ちゃって、こっちは毎日生殺しの気分だよ。本人に自覚が全然ないから困ってるんだ。お前、よく山小屋で平気だったなあ」
「宰相ほど盛ってませんから」
「盛るって……失礼だなお前」
「事実でしょう」
相談するんじゃなかった、などとぶつぶつ呟くシュウ。威厳もなにもあったものではない。ぶつくさ言った後、少し気を取り直したらしい。ようやく前を向いて歩き始めた。
「……山の上では、あんまりはっきり見えなかったから、帰りの道でよく見てみたんだ」
「……魔力ですか」
シュウが頷く。
「ヤナとずっといたんだろう? 言葉も、驚くべき速さで吸収していた。なのに、全然溜まってなかった」
相変わらずのきれいな黄色のような淡い金色のオーラはそのままに、器は変わらず空きが殆どの状態で。
「恐らく、それがカナツがこちらに連れてこられた理由のひとつなのではないかと思いました」
「お前もか」
サルタスが深く頷く。その事が、こちらに連れてきた人間にどう重要なのかは皆目見当がつかないが、明らかにこちらの人間と違う。
「まるで、黄月のようだと思いました」
「黄月……」
至高の器、との別名がある黄月。別名は知っていても、その由来は知らない。
「調べてみましょうか」
出てくるかは分かりませんが。
「そうだな、頼む。なんでもいい、何かもう少し確実な情報がほしい」
「畏まりました」
大分、家が近くなってきた。どんどん、ふたりの影が伸びていく。
「サルタス」
「はい」
「ギクシャクしたくないから、何とかしてくれ」
「……仕方ないですね」
手を出したのは自分の方なのに随分と都合のいい事を言うが、気まずい雰囲気なのはサルタスもご免だ。それに、この食えない男の本心が少し見えたので今日のところはよしとしよう。
「さあ、帰りましょう」
「……はい」
「ほら、早く」
なかなか足が進まないシュウの背中を片手で押しつつ、シュウの家へと向かうサルタスであった。
次回、止まらなくなっちゃうシュウさん登場です。
さあどうなる!
明日2020/9/19更新予定です




