馬上の会話 ☆
ようやくここまで来ました。激甘ニヤニヤキャー!な回です!
お楽しみください!
日々更新チャレンジ達成中♪
※3点リーダ等の微修正を行いました(2020/10/19)
ヤナの大胆な告白の翌日。
今日もよく晴れている。
ヤナにねだられて、サルタスは馬に一緒に乗って散歩に出かけている。一瞬戸惑っていたようだったが、相手は子供と割り切ったのか、いつものサルタスに戻ってヤナを優しくエスコートして出て行った。
「おはよう、カナツちゃん」
ボサボサの頭をしたまま、シュウが欠伸を噛み殺しながらのそのそと起きてきた。昨日あれだけサルタスに注意されたというのに、やはり緩さはすぐには抜けきれないようで、だらしなく開いた胸元からは固そうな胸板が覗いている。正直、直視するのは恥ずかしい。
「おはようございます、シュウさん。ちゃんと服着てください」
宰相という立場なのであれば、これからもっと色々と気を遣わねばならなくなるはずなのに、この緩さ。大丈夫だろうか。
目線を合わせてくれない花夏を見、自分の緩い恰好を見て、ついでに昨日サルタスに言われた事も思い出したようで、シュウは慌てて服の皺を伸ばして緩んでいた帯を締め直し始めた。
(ここでですか、シュウさん……)
とりあえず、終わるまで横を向いていよう。昨日サルタスから言われたあれこれは、正直まだ花夏の中ですんなり咀嚼されきっていない。というか、嫌がられてないと思われているという事に言われて初めて気が付いて、そんな自分に今朝もまだ動揺している。
「直した」
もう大丈夫でしょ? と花夏を見てにこっとする。花夏が目線をシュウに戻すと、確かに直っている。これなら直視しても害はなさそうだ。
「直りましたね」
動揺が顔に出ないように細心の注意を払う。結局、花夏に隙があるからそういう事になってしまうのだ、きっとそうに違いない。シュウの好意とかそういうのは、きっと関係ない。プロポーズだって冗談だったし、きっとそう、からかっているだけだ。
「あれ、ヤナとサルタスは?」
言ってもいいのだろうか、と一瞬躊躇したが、言わずともいずれはばれる事だ。誤魔化したところで結果は一緒、意味はない。
「馬に乗って、日課の朝駆けに行きましたよ」
「ほほう」
若干苛っとした表情をしているが、昨日程の怒りはない。怒ったところでどうにかなるものでもない事は分かっているのだろう。
「じゃあ、僕たちも行こうか」
「え」
にこり。玄関のコート掛けにかけてあった自身の上着を取り、花夏の手を引っ張って外に出た。
「やっぱり上の方は寒いね」
そう言うと、「ちょっと持ってて」とシュウのコートを花夏の肩にバサっと掛け、シュウが乗ってきた馬に毛布のような布を置き、その上から鞍を置く。胸前とお腹の下でベルトをギュッと絞め、指を挟んで緩さを確認している。流石、早い。
次に、壁にかけてあった轡を左手に持ち、指で馬の口の横を押して口を開けさせ、口の中に轡をはめる。轡に付いている細いベルトを顔に通し、首元で軽く締めた。おはよう、と馬の顔を撫でている。あっという間だった。
手綱を軽く引いてこちらへ向かってくる。シュウが無造作に掛けていったコートは外は皮、中は毛皮が付いている。暖かいが、かなり重い。それに大きい。肩は余りまくっていて、花夏の膝上位までの長さがあり、自分がコート掛けになった気分だ。香水だろうか、それとも香だろうか? 白檀のような香りがする。
「お待たせ。サルタスから、カナツちゃん結局まだ乗馬の練習してないって聞いたよ。殆ど剣の特訓に時間取られたんだって? お母さんの剣の特訓、相当大変だったみたいだね」
「あはは、結構大変でした」
何度か死ぬかもと思うくらいには。
「まあ雪も凄いしね。街に降りたら僕が教えてあげるよ」
「時間あるんですか?」
教えてもらえるのはありがたいが、仮にも一国の宰相が馬の乗り方を教えてる暇なんぞあるんだろうか。
「大丈夫大丈夫、結界も張れたし、部下も優秀だし」
第2のサルタスとかがいるんだろうか。いずれにせよ、部下の皆さんは相当振り回されているのは間違いなさそうだ。
「じゃあ、無理ない程度にお願いします」
「任せて。さ、じゃあとりあえず乗ってみようか」
と言って、花夏の服装に目をやる。今日はセリーナの服の淡い水色のワンピースを着ている。
「……またがせる訳にもいかないね」
「ですね」
「じゃあ、先に僕が乗って引っ張るから待ってて」
そう言うと、あぶみに片足を掛けてひらりとまたいで鞍に座った。足が長い。あぶみに掛けていたシュウの足を外して、手を差し出してきた。
「左足をそこに掛けて、右手貸して」
言われた通りに足を掛けるが、思ったよりも高い。何とか足を掛けて、言われた通りに右手を伸ばした。ぐん、と上に引っ張られ、そのままくるんとシュウの前に座らせられた。馬に、左向きで座る形になった。
シュウが左手で手綱を掴んだので、自然と体がシュウの方に引き寄せられる。
「僕に寄っかかって。あんまり前のめりだと揺れで落ちるから」
「落ち……はい」
密着とか気にしている場合ではない。幸い、シュウの分厚いコートがあって、あんまり触った感触はない。とにかく、気にしない事だ。
「進むよ」
左足で馬の腹をぽん、と軽く蹴って合図すると、馬が歩き出した。思ったより、前後に揺れる。いや、上下か。支えられていても難しい。
雪道に、真新しい馬の足跡がある。森の方に続く方向だ。サルタスたちの足跡だろう。
てっきりそちらに行くと思ったら、シュウは反対に方向転換して進み出した。訓練場方面だ。
「合流しないんですか?」
「うん、ヤナに殺されるから」
「確かに」
雪が溶けてきていて、馬の足音がシャクシャクといっている。日光は暖かいが、風はまだまだ冷たい。
「カナツちゃん、言葉上手になったね。もう普通というか、違和感ないよ」
頑張ったね、と褒められるとなんだかこそばゆい。というか、近い。頭のすぐ上から声がして、シュウが喋るとくっついている部分が振動して伝わってくる。緊張するなという方が無理な話だ。
(平常心平常心)
「……不思議な感覚でした」
「不思議な感覚?」
「はい、なんというか、聞いてみるとしっくりくるというか、ああ、これは知ってたかもしれない、と思うような感覚でした。ヤナの魔法はこんな感覚なのかな、と思いました。上手く説明出来ないですけど」
あの感覚を説明するのは難しい。日本語でも何と言ったらいいか分からない。
「思い出す感じかな?」
おお、流石シュウさん、いい事を言う。
「それに近いかも」
「お、やったね」
シュウがそう言って笑って、ブルブルっと震えた。
「シュウさん」
「はい」
振り返って見上げると、唇の色が青くなっている。しかもちょっと体が震えている。そりゃ、薄着だ。寒いだろう。
(見栄っ張りなんだから)
男とはみんなこんなものなのだろうか。
「寒いんじゃないですか。コート返しますから着てください」
「いや、カナツちゃん着ててよ、寒いし」
「寒いって言ってるし。返しますよ」
一国の宰相に風邪を引かせる訳にはいかないだろう。一回戻って自分の上着を持ってくればよかったな、と考えながらシュウに借りたコートを脱ぎ、シュウに押し付けた。
「シュウさんが風邪引いたら、色んな人が困っちゃいますよ。だから着てください」
シュウが困ったように笑う。
「カナツちゃんが風邪引いたらヤナが怒る」
「じゃあ、とりあえずいったん着てください。寒くなったらちゃんと言いますから」
「……うん」
譲らない花夏に根負けして、渋々といった感じで自分の肩にコートを掛ける。袖は通さないままだ。
コートを脱ぐと、シュウの体温が伝わるくらい近くなってしまったことに気づき、なるべく接触面を減らすべく左腕と肩で寄りかかってバランスを取った。シュウが何も言わないので、問題ないだろう。
のんびり進むと、いつもの訓練場に着いた。ここまでは、サルタスが雪かきをしてくれているので道があるが、ここから先は深い雪だ。
訓練場内でくるりと折り返すと、朝日に輝くシエラルドの街が見えた。お城もキラキラして眩しい。
言うなら今かな、そう思って花夏がシュウに話しかける。馬の足が止まる。
「シュウさん」
「ん?」
「私、街に降りてサルタスさんの野営セットをもらったら、この街を離れます」
「……うん」
シュウが静かな声で返事をする。時折雪が木から落ちる音がする以外は、静かだ。馬の吐く息が白い。シュウの顔は見えないから、どんな顔をしているかは分からない。
「ああでも、もう少し雪解けが始まってからの方がいい。大変だから」
「大変、ですね確かに」
この豪雪は、確かに凄かった。いかに春がすぐそことはいえ、雪道を行くのは大変だろう。
「馬の乗り方もちゃんと覚えて、地図も渡して説明して、あ、あと手紙の出し方も教えないと」
「手紙ですか?」
「うん、連絡取れないとみんな心配するからね」
郵便局……なんてあるんだろうか? いまいちイメージが掴めないが。
「魔法で飛ばすんだよ」
シュウが花夏の心を読んだように答えをくれた。
「魔法で?」
「そう、魔法で預かった手紙を宛先まで飛ばしてくれる」
「それは、是非知りたいです」
ヤナにも手紙を送れるなら、ヤナも心配しない筈だ。嬉しくなってつい先程までの警戒心を忘れ、シュウを見上げてしまった。
近距離から花夏を見下ろすシュウと、目が合った。水色の瞳が、近い。吸い込まれそうになってしまって、ぱっと目線を逸らしてしまった。
(しまった)
いや、目を合わせたままではもっとやばかったかも。
心臓がバクバクいっている。
(静まれ、鎮まれ)
うるさい、落ち着け、心臓。
遠くのシエラルドを見る。森の手前に、サルタスたちだろう、影が見えた。
「あ、サルタスさん」
シュウから体を離して乗り出した途端。
グラッとバランスを崩して落ちそうになった。
「わ」
「おっと」
またもや抱きすくめられた。心臓の音、頼む静かにしてくれ。ばれてしまう。
「気をつけて。落ちると危ないよ本当」
「ごめんなさい……」
「いえいえ」
今日はすぐに離してくれた。安心した。
「お腹空きませんか? 戻りましょう」
「……そうだね」
小さな低い囁きが聞こえるが、ここは振り向いてはいけない場面だ。流されるな花夏、落ち着け落ち着け。そう心の中で自分に言い聞かせてたのに。
「ヘクチッ」
さっきかいた汗が冷えたのかもしれない。体の中は火照っているが、表面が冷えてしまったようだ。
(どうしてこういうタイミングかなぁもう)
「カナツちゃん、コート」
逆らうとまたどうなるか分からない。素直に聞こう。
「すみません、じゃあお借りしま……」
花夏の体が、暖かい物で包まれた。コートを肩にかけたシュウが、コートごと花夏を包んでいる。いや、包むというか、昨日と同じように、今日は後ろから隙間なく抱き締められていた。暖かいけど、でも、いやこれは違う。コートを着るとは、そういう意味じゃない筈だ。
「シュウさん! ちょっと、何を……!」
密着度がやばすぎる。花夏は、慌てて振りほどこうとする。全然動かない。無理矢理動こうとしたら、今度は手首まで掴まれてしまった。力が強くて動けない、嫌いな虫どころの話じゃない。
「……今だけ」
シュウが、花夏の髪に顔をうずめる。髪の間から、首に息がかかる。暖かくて、気が狂いそうになる。
「シュウさん、あのですね……」
「ちゃんと、離すから」
体をひねっても、がんじがらめになって動けない。嫌だ、体が火照って仕方ない。何とか振り返ろうとして。
「振り返らないで。止まらなくなっちゃうから」
低い声が、耳をくすぐる。何て事、言うんだ。振り返ったら何されてしまうんだ。そんな事言われたら、絶対振り返れなくなってしまうじゃないか。頭の中がぐるぐるして、もう何を言ったらいいのか分からない。なんとかやっと振り絞った言葉が、これだった。
「……シュウさんは、勝手です」
「うん、勝手だね」
低い静かな声で、あっさり返されてしまった。少し、腹が立ってきた。
「ずるいです」
「そうかもしれない」
ああ、息がかかる。
「そうやって振り回して」
「振り回されてるの?」
顔、頭にくっついてるってば。
「またそういう事をすぐ言って」
「カナツ」
また呼び捨てだ。また心臓が飛び跳ねる。やめて、心臓がもたない。
「何ですか」
「離したくなくなるから、黙って」
そんな事を言われたら、黙るしかない。耳にかかる息がゾクゾクしてしまって、落ち着かない。それに、さっきコートからした白檀のような香りがまたする。いい香りすぎて、クラクラする。もう無理だ。耐えられない。
風が、吹く。風は冷たいのに、身体が熱い。汗ばんできたかもしれない。
「暖かくなった?」
「……なりましたよ」
恨みがましい声になった。ふ、と笑っている。ああ、またからかわれた。花夏はこんなに焦ったのに、悔しい。
「ごめん、もうしない」
そう言うと、ようやく顔を上げた。きつく抱き締めていた腕が、緩む。緩んだが、左手は手綱を掴み、右腕は相変わらず花夏の腰に回されたままだ。いやいやいや、もうしないって言った口でこれですか。
「寒いからね。さ、行こう」
何でもないかのように言って、馬を進める。くっついた耳から、シュウの鼓動が聞こえる。
――その鼓動が速いように聴こえるのは、きっと寒さのせいに違いない。
花夏は、そう思うことにした。
(平常心、平常心)
ひたすら心の中で念仏のように唱えている内に、本当に落ち着いてきたから不思議だ。
あれからは何もなく、あっては堪ったものではないが、無事に馬小屋の前まで辿り着いた。サルタスたちは先に着いていたらしく、アルが飼い葉を食べている。
「じゃあ僕が先に降りるから、ちょっと待ってて」
シュウはそう言うと颯爽と降り、花夏に手を差し伸べた。
「どうぞ」
恭しく差し出された手に一瞬だけ躊躇したが、降りねばこの先進まない。シュウの左手に自分の右手を重ねようとすると、シュウの手が花夏の手を通り過ぎていってしまった。
「えっ」
落ちる、と思ったら、馬に腰掛けた状態で前のめりになり、シュウに両脇を抱えられてしまった。シュウが何とも楽しそうな顔をして花夏を持ち上げている。これじゃまるで子供だ。
「シュウさん、ちょっと降ろしてくださいってば」
シュウの太い腕を掴んで身を起こそうとするが、動かない。馬が少し動いてしまい、そっちから落ちそうだ。
「ひとつお願いがある」
「な、何ですか、落ちるんで早くっ」
この状態でお願いとか、どうかしてるんじゃなかろうかこの人。
「カナツちゃんから抱きついてきてほしい」
「な……!? ななな何を言ってるんですか!」
ヤバイ、後ろまじで落ちそう。足がプルプルいっている。シュウはそんな花夏の様子を分かってるのか分かってないのか、意地悪そうにニヤリとしつつ首を傾げた。
「いや、無理なら手を離すだけだけど、雪の上落ちたら服が濡れちゃうし、ああ、早くしないとまたヤナ辺りに見られてまた何か言われるかもしれない」
――このドS! 強引にも程がある!
心の中で叫んだが、ドSをこの世界で何と言うのかが分からない。
真っ赤になって震えている花夏を見て、「ん? どうする?」などとほざいている。
(この……! ああ格好いいなチクショー!)
罵詈雑言を浴びせたいが、本音が漏れそうなのでやめておく。これだけ格好いい大人の男性にこんな事言われたら、そりゃパニックにもなる。花夏に免疫がないのを分かった上でやってるのだから、十分悪党だ。
(つまり、悪いのはシュウさん! 私は悪くない!)
楽しそうに花夏をじっと見つめるシュウ。相変わらずきれいな水色の瞳をしている。
花夏の勇気がなかなか出ずにぎりぎりの姿勢のまま迷っていると、馬が更に後ろに動いた。もう、これは完璧に落ちるコースだ。
(もう、どうとでもなれ!)
落ちるよりはましだ。あぶみを蹴って、シュウに飛びついた。瞬間、シュウが膝の下と腰に腕を回して花夏が落ちないように支える。シュウの体の高い位置で、抱きかかえられた。
「ぶは」
勢い余って、花夏はシュウの頭に飛びついてしまったらしい。抱きついた花夏の胸の中から、シュウの声が聞こえる。
「……いや、カナツちゃん、確かに抱きついてと言ったのは僕だけどね」
腕の中のシュウの顔が、赤い。……胸が、顔に当たっている。結構強めに。
実は、剣の特訓で胸筋がついたおかげかはたまたたまたまそういう時期なのかは分からないが、ここ最近はセリーナの服の胸の部分はあまり余らなくなってきた。忙しい事もあり、あまり気にはしていなかったのだが。
「~~~~~~~!!」
慌てて腕を離した。胸を両腕で庇うように隠す。シュウが、そっと床に降ろしてくれた。始めからそうしてくれればよかったのに、とは思うがもう恥ずかしすぎて何も言えない。
「……あの」
シュウが気まずそうに声をかけてきたので、とりあえず上目遣いになってしまったが目だけは見る。流石に無視は出来ない。
「やり過ぎました」
「……やり過ぎです」
花夏に恨みがましい目をされて、やっちまった、という顔をしている。
「僕的には大きさもなかなかだし気持ちよ……いやそのすみません許してください」
すみませんの前に何か聞き捨てならない事を言ってなかっただろうか。じと、という目でシュウを見ていると、家から誰かが出てきた。こちらへ来る。
「ああ、お帰りになられましたね」
「サルタス」
「朝ごはんの支度が出来ましたので、馬を戻したら手と顔を洗って来てください」
「わ、分かった」
言われるまま、大人しく従った。シュウとしてみれば、悪ふざけが過ぎて相手を怒らせてしまって困っていたところだ。ほっとしたことだろう。
「カナツ、ずいぶんと寒そうな恰好をしてますね、中に入りましょう、風邪を引きますよ」
「……はい」
サルタスが花夏の肩を軽く持って促した。家の角を曲がってシュウから見えなくなった辺りで、小声で言う。
「何があったかは分かりませんが、虫に刺されたと思ってとりあえず忘れましょう。多分、悪気はないので」
「……虫刺され……」
「男は馬鹿なので、つい過去を忘れてやり過ぎますから」
慰めるようなサルタスの言葉に、花夏は深い、深いため息をついたのだった。
翌朝。
「じゃあハルナ様、明日また荷物を取りに来ますので」
花夏の荷物は元々殆どないので少ないが、ヤナの荷物はサルタスが持ち込んだ本も含めるとかなり多い。昨日1日を荷造りに費やしたが1回で運べる量ではないので、直近必要そうな荷物とそうでない荷物を分け、とりあえず今日は人を街に降ろすことにした。ハルナは皆が使っていた布団諸々を片付けて、落ち着いた頃に一度街に顔を出すとのことだった。
そして、問題は誰がどこに座るかだった。
正直、昨日の今日でシュウと一緒に馬に乗る気は起こらない。サルタスがそういった悪さをするとは思えないので、サルタスからの勧めもありサルタスの馬に同乗しようとしたところ、ヤナが頑として譲らない。そして、ヤナには昨日シュウにされたあんな事やこんな事をひとつひとつ丁寧に説明する気にはなれない。なんせ相手は子供だ。「お父さんのどこが嫌なの」という一言で、説得は諦めざるを得なかった。
せめてもの抵抗で、今日は胴着を着てきた。これなら、前を向いて座れる。顔を見なくても済む。
「じゃあハルナ、いってきます」
「おばあちゃん、またね!」
「お母さん、お待ちしてます」
「はい、気を付けるんだよ」
ハルナが手を振った。数日の別れだというのに、何だか寂しく感じるのはこれまでずっとハルナの庇護下にいたからだろうか。
来た時のようにヤナを前にちょこん、と乗せて、サルタスが先頭を行く。何やらあれこれ話しているが、よく聞こえない。シュウと花夏を乗せた馬は、サルタスたちの後から少し離れて歩いている。
「カナツちゃん、もう少し寄っかかって」
落ちるから。
シュウが、ため息交じりに花夏に言った。前向きなら顔を見なくて済むと思っていたが、横向きよりも接してる面が多くなってしまった。しかも、街への道は下り坂だ。馬にろくに乗ったことがない花夏はシュウの前に座っていて、しかも相当揺れるのでひとりではバランスを保てない。馬は一見細いように見えたが、またいでみたら分かった。全然細くない。家にあったバランスボールくらいの幅があるかもしれない。固いし滑るし揺れるしで、安定感なんて全くない。
「悪かったって」
まだ花夏が怒っていると持っているらしい。別に、もう怒っている訳ではないのだが。落ちないように寄っかかろうとすると、頭の後ろからお尻までぴったりとシュウにくっついてしまうのだ。これが恥ずかしくない訳がない。なんせ免疫ゼロの花夏だ。
「……返事して」
ちょっと声色がきつくなってきた。別に迷惑をかけたいわけではないのだが、うまく伝えられそうにない。とりあえずは怒らせる前に大人しく返事をしておく。
「……はい」
少し笑った気配がした。
「他意はないから、一応」
そういうと、花夏のお腹に右腕を回し、ぐいっと自分の方に引き寄せた。右腕はそのままの位置にある。
「滑るから。怒らないでね」
「もう、怒ってませんよ」
呆れてはいるが。シュウの強引さに。
「よかった。昨日あれから殆ど口聞いてくれなかったから、嫌われちゃったのかと思ったよ」
「正直言うと、何を話したらいいのか分からなくて黙ってました」
「……嫌だった?」
「その質問は、ずるいです」
「何、ずるいって」
前を行くサルタスたちは楽しそうに話している。こちらの声は、どうやら聞こえていないようだ。シャクシャク。馬が雪を踏む音がしている。シュウが、花夏の答えを待っているのか、黙っている。
「……シュウさんの事は嫌いじゃないので、嫌ではなかったです」
シュウの息を呑む音がする。どう伝えたらいいものか、難しい。
「でも、困ってます」
「僕は、君を困らせた?」
囁くような、かすれた声。困る。嫌じゃないから、困ってしまう。
「今も、困ってますよ」
「何が、困ってるの?」
言わないと、勘弁してくれなさそうだ。花夏は覚悟を決めた。
「シュウさんは私の事をからかって楽しんでますけど、私はこれ以上貴方と触れていると、好きになりそうだから困ってます」
ああ、言ってしまった。でも、この人はきっとはっきり言わないと納得してくれない。
「今まで人を好きになった事がないので分からないですが、私、多分、好きになったら離れたくなくなっちゃうと思うんです」
だから。
「だから、私をこれ以上振り回さないでください。……優しくしないでください」
ここにいたら、いつか迷惑をかけるかもしれないのに、大事な始めの一歩を踏み出せなくなりそうだから。
「そうか……それは、確かに困るね」
何をどう感じたのかは分からないが、どうやら納得してもらえたようだ。シュウの事を振り返ると、花夏の事を仕方ないなあ、といった表情で見て微笑んでいる。ほっとして、花夏も笑顔に戻った。
「なのでシュウさん、今後はお互い適度な距離をたも……」
花夏の唇の端に、シュウの唇が触れた。触れて、すぐに離れた。
――なんですか、今の。
「あ、ごめん。可愛くてつい」
ちょっとずれちゃった、なんてニコニコしながら言っている。なんで笑ってんだ、この人。人の話、ちゃんと聞いてたんだろうか? というか、なんでこのタイミングで、キ……キス?
花夏がかなり引いているのを見て、破顔一笑。
「今ので最後だから、そんな顔しないで許して」
子供みたいな笑顔で言う。なんて大人だ。
「そんな顔……しますって……」
「ほら、前向かないと危ないよ」
急に眉間に皺を寄せて言われても。
「え、あ、はい、そうですけど」
「ちゃんと寄っかかってね」
この状況でもしっかり釘を刺してくる。
「はい……あの」
「ん? 何?」
にこにこにこ。なんだかすこぶる機嫌がいいようだ。どうしてだろう。経験の足りない花夏には、分からない。とりあえず、今言える最高の嫌味を口にする。
「性格……悪いですよシュウさん」
「え? 今知ったの?」
「……」
「大丈夫、今後はちゃんと適度な距離を保ちましょう」
ものすごい明るい声色で言われてしまった。
「大人って……」
「え? 何?」
「いえ、何でもないです……」
大人って、難しい。
シュウという人間が大分一般の大人から外れているという認識がないまま、花夏はそう思いため息をついたのだった。
ちなみにシュウさんは若い頃のロン毛ブラピがイメージです。
次回は明日(2020/9/18)更新予定です。




