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上司と部下

今回はシュウとサルタスのいい関係がメインの回となります。是非お楽しみください!


日々更新チャレンジ達成中!(2020/9/15)

※3点リーダ等の微修正を行いました(2020/10/19)

 翌日は晴天。雲一つないいい天気だ。


 シエラルド付近は積雪量が非常に多いが、3月も後半に入ると段々雪は降らなくなる。ただ、冬の間に積もりに積もって重みで氷となってしまった雪はなかなか溶けず、街から最後の雪が消えるのは5月に入ってからということが多い。


 今年も例年並みの積雪があったが、比較的暖かくなるのが早い。もしかしたら、5月を待たずに雪が消える可能性もあるかもしれない。


 そんな事をつらつらと考えながら、国土調査隊時代に愛用していたリュックを背負ってシュウは愛馬にまたがる。黒い毛並みとがっちりとした体躯をしており、国土調査隊隊長用の馬として支給された馬だ。正直、華はない。だが、物怖じせず、持久力があり、何よりシュウとの信頼関係がある為、大分年を取ってきたのもあり宰相になって新たな馬への乗り換えを勧められたが、断った。それくらいは愛着がある相棒である。


「頼むよ、エル」

 

 実は、サルタスの馬とは兄弟馬である。名前も似ている。


 シュウはゆっくりと馬足を進め、城を後にした。シュウとエルの吐く息は白いが、陽は暖かい。こういう時は雪崩が心配ではあるが、遠くに見える、保護林に囲まれた山の旧観測所のあたりでの雪崩は見受けられない。


 今頃、きっとソーマが怒っている頃だろう。結局昨日は家に仕事を持ち帰り、終わらなかった分の書類の決裁を全て済まし、朝一でソーマの机の上に置いてきた。『よろしく』と一言メモを添えて。


 サルタスと違ってソーマはかなり感情が表に出やすいので、からかい甲斐がある。別に意地悪するつもりで書類を溜めていたわけではないのだが、優先順位の1位に退魔の儀を置いたところ、どんどん溜まっていってしまった。申し訳ないとは、多少は思っている。


 ポクポクとゆっくり朝の城下町を抜け門を潜ると、そこは一面の銀世界だ。朝日が反射して眩しいが、よくよく見るとあちこちに人馬の足跡があり、道が出来ている。が、残念ながらシュウが行く方向には道はないだろう……と思っていたが、馬そりだろう、ご丁寧に除雪してある。国土調査隊が、シュウの昔の指示を今でも守り、旧観測所までの道を守ってくれているのだ。


(ありがたいなあ)


 シュウは自分の人徳かな、なんて思ったが、実は大好きな娘にいつでも会いに行けないと仕事に支障が出るかもしれない、という調査隊メンバーの懸念がある為の処置である。


 雪かきのおかげで、かなり早く森の入り口まで着いた。今度礼を言っておかねばなるまい。


 森の中は比較的雪が少ない。あまりこの時期に雪山の旧観測所に行ったことはないが、これなら森を抜けるまでは大丈夫だろう。


「さあ行こう、エル。お前の弟に会えるぞ」


 ポンポン、と首を叩いてやると、嬉しそうに鼻を鳴らした。









「雪かきしなくても良くなってきたね……あ、良くなってきたわね、サルタス」

「そうですね、そろそろ雪解けの季節ですから」


 サルタスとヤナは、恒例となったアルとの朝駆けに出かけている。といっても、今はまだ雪道なのでゆっくりと散歩を楽しむ程度のスピードであるが。


 この冬の間に幼女から少女へと少しだけ成長したヤナだが、ここのところ以前までの子供じみた態度はなりを潜め、言葉遣いも大分ましになってきた。サルタスは、『淑女の嗜み』の本を持ってきて本当によかったと思っている。


 ヤナを見守るサルタスの視線は、優しく慈愛に満ちたものだ。相変わらず表情はあまり読めないが、ヤナも花夏もサルタスの表情の微妙な変化を非常に簡単に読み取るので、全く困っていない。むしろ、王宮にいる時のように無表情についてからかわれる事がない分、とても居心地がいい。


 ヤナの特訓も、なんとか間に合った。実際に街に降りてみてどの程度制御できるかは見てみない事には分からない部分はあるが、触れていても心の耳に蓋をするすべを覚えた。ヤナ曰く、蓋というよりは、自分の前にガラスの板を1枚置くイメージらしい。始めの頃見せていた修行僧のような険しい顔はもうしなくなってしまった。あれはあれでなかなか面白かったので、サルタスとしては少しだけ残念ではあるが、知らない人間が突然目の前であの顔をされたら驚くだろう。そういう意味では、なくなってよかったのだと思う。


「ヤナ、見てください」


 サルタスが頭上を見上げる。


「空がどうしたの?」


 ヤナが真似をして空を見上げたが、何を見たら正解なのかが分からない。


「結界がきれいになりましたよ」


 この辺りは元々結界が薄く所々歪みがあったので、空を見上げると時折キラキラと空に反射する部分があった。それが、昨日きれいになっていた。ああ、隊長が任務を全うしたのだ、とその時思った。


 それは同時に、この優しい時間の終わりが近い事も意味している。それをどうヤナに伝えようか、昨日はその方法が思いつかず今日まで持ち越してしまった。


 ヤナが、あまりにもサルタスに懐いてくれていて、正直切り出すのが心苦しい。


 でも、おそらくもう時間はあまり残っていない。


「ヤナ、隊長が結界の張り直しを完了させたのですよ」

「張り直ししたのは王様でしょ?」

「王様ひとりでは結界は張れないですよ」

「そういうものなの?」


 確かに実際に結界の張り直しを行なったのは陛下である。それ以外にない。ただ、それまでに数々の確認や作業や手配がある事を考えると、わずか3か月ちょっとでよく出来たな、と感心してしまう。しかも、日頃細かいサポートをしているサルタスなしに、である。


――後日、どういう手順で何を行なったのかじっくり伺いたいな。


 単純に好奇心からであるが、知りたい。いつもサルタスを困らせてばかりいるあの上司とも、長い事会っていない。久々に酒でも交わしながら、シュウの話を聞いてみたいなと思う。


 その前にやることがあるが。


「ヤナ」


 サルタスが、アルの歩を止める。


「どうしたの?」


 完全に信頼している表情でサルタスを振り返る。


「結界が張られたということは、私はお役御免という事になります」

「どういう、こと」

 

 ヤナは分かっていた、とは思うのだが、頭で理解するのと心で理解するのとは違うらしい。こんな不愛想な自分にこんなにも懐いてくれた人に、こんな事を言うのは正直辛い。みるみる目に涙が溜まっていく。ああ、こぼれてしまう。


「ヤナの魔法ちからの制御も出来るようになりましたね。文字も読み書き出来るようになりました。カナツも、目標に掲げていた物は馬の乗り方を除いて達成しました」

「でも、まだ春じゃない」


 サルタスの上着をぎゅっと掴む。


「ヤナ、もう春はすぐそこですよ」


 そう言って、人差し指でヤナの今にもこぼれそうな涙をそっと掬った。すると、ヤナの両目から次から次へと涙がこぼれ落ちてきた。


「ヤナ」


 どうしたらいいのか、サルタスには分からない。特に、女性や子供の涙はどう扱ったら正解なのか。ちょっと困った顔をしてしまったらしい。それか、心の声を聞いたのかもしれない。ヤナが、サルタスの服に顔をうずめてしまった。


「困らせる、つもりじゃないの。ごめんなさい、サルタス」


 なんとも可愛い事を言う、と思ってしまい、サルタスはついヤナをそっと抱き締めてしまった。


 すると。


「……ちょっとちょっとサルタス。うちの娘に何やってんの」


 雪の壁の向こうから、サルタスの上司が驚きの表情で現れた。


「隊長、お久しぶりです」

「流石の鉄面皮だけど、ほら、ヤナ、お父さんだよ、早くこっちおいで」

「何警戒してるんですか」

「サルタスは何やってるんだ」

「ヤナに結界の張り直しが終わった事をお話していました」

「それでなんでギューってする流れになるんだ」

「いえ、ヤナが泣いてしまい」

「え、そんなにお父さんに早く会いたかった?ヤナ、ほらお父さんだよこっちおいでってば」


 馬を横づけにしてサルタスにくっついているヤナに両手を伸ばすが、ちらりとも見てくれない。


「あのヤナ、お父さん結構久しぶりなんだけど」


 隙間から、ヤナがちらっとシュウの方を見た。両手をほらほら、と笑顔で差し出すと。


「サルタスがいい!」


 ぷいっとサルタスに抱きついてしまった。


「ヤナ、それは……」

 いくらなんでもそれは、傷つくのでは。


 逆に抱きつかれた形になってしまったサルタスがヤナの肩を軽く揺すると、サルタスの腰にさらにぎゅーっと抱きついてしまって離れようとしない。


 さて、どうしよう。


 途方に暮れて何気なくシュウの方を見ると、鬼の形相をしてこちらを見ていた。









「ではヤナ、私は隊長とお話がありますので中でお待ちいただけますか」


 結局あのままサルタスにしがみついていたヤナを無理やり引き剥がすのはどうも気が引けてしまい、呪い殺されそうなシュウの視線を背後に感じながら山の家まで戻った。道中言い聞かせたおかげか、今度は大人しく放してくれ、先にサルタスが下馬してからヤナを抱き下ろす。

 なにやらまたシュウの怖い視線を感じたが、だからと言ってヤナをひとりで降ろすわけにもいかない。


 ヤナは大人しく家の中に入って行ったので、まずはアルとついでにエルも馬小屋に連れて行く。それぞれ馬小屋に繋ぎ家の前に戻ると、シュウが雪の中遥か先にあるシエラルドを見下ろしていた。


「隊長、色々とお疲れ様でした」

 

 まずは退魔の儀を無事終えた事について言うと、シュウは腰に手を当てて街を見下ろしたまま、ぽつりと言う。


「ヤナはやらないぞ」

「何馬鹿なこと言ってるんですか。まだ7歳の子供ですよ」

「何もこんなおっさんを好きにならなくても……」


 よよよ、と泣き真似をされても、気持ち悪いだけだ。というか、明らかにシュウの勘違いであろう。


「隊長、ずいぶんとお茶目になりましたね」


 呆れて言うと、シュウは「だからこいつ結婚できないんだよな」とか呟いている。余計なお世話以外の何ものでもない。


「こちらではずっと一緒に過ごしましたので大分なつかれましたが、隊長が心配するような事はございませんよ」

「ま、お前はそうだろうな」

 

 ケロッと開き直り言い放つ。全くこの人は、いつもこうだ。半分呆れつつ、この感じが少し懐かしくもある。サルタスは、街を見下ろすシュウの横に同じように立って街を見下ろした。


「……大変でしたでしょう」

「はは、流石に一回倒れそうになったよ」

「しかし、陛下にはどうやってお願いされたんですか? あの宰相がいつも張り付いているから、大変だったんじゃないんですか」

「ああそれね……」


 シュウが言いよどんでいる。なにか怪しい。


「まさか、宰相を切って捨てた、なんてことされてないですよね?」

「それじゃ大逆でしょ」

「ですよね」


 シュウの返答を待つ。雪解け水が反射しているのだろうか、シエラルドが太陽の光でキラキラと輝いている。


「まず、その1」

「はい」

「宰相は失脚した」

「……はい」


 いきなり大きいのがきた。が、サルタスの表情は変わらない。


「なんか勘違いしてるとあれだから言うけど、僕はこの件については何もしていないよ」

「……では後程じっくり詳細をお伺いしたいですね」


 疑ってるなあ、とぶつぶつ。自然とそうなるような裏工作をやりかねないのがシュウという男である。必要とあれば、かなりえぐい事もやる人なのをサルタスは長年の経験から熟知している。


「まあいいや、その2」

「はい」

「僕が宰相になりました」

「……え?」

 

 サルタスが目を見張る。その気配を横に感じ、シュウは思った効果が得られて内心ほくほくしている。だが、まだ最後のお楽しみが残っている。ニヤニヤはまだ取っておかなければならない。


「その3」

「まだあるんですか」

「サルタスが国土調査隊隊長です」

「は!?」

「ちなみに1月から」

「……もう3月後半ですけど」

「いや、忙しくて連絡がなかなか」

「それは、そうでしょうけど」


 風が吹き、ふたりの男にぶつかって髪と服をたなびかせる。まだまだ冷たいが、先程サルタスがヤナに言ったように、もう春はすぐそこに迫っている。


 目が合う。悪戯がバレた時のようなシュウの楽しそうな目に、サルタスが肩を震わせて笑い出し、我慢出来なかったのだろう、腹を抱えて笑い出した。日頃の鉄面皮は、そこにはない。


「あはは……!!何やってるんですか隊長……!」


 本当この人はいつも予想外の事を引き起こす。本当、目が離せない。

 サルタスの笑いが収まるのを待って、シュウが言った。


「いい酒を持ってきたんだ、後で嫌ってほど聞かせてやる」

「楽しみにしてます」


 そしてふたりはまた、眼下のシエラルドを見つめた。



 そんなふたりを家の中からガラスの窓越しに眺めているのがふたり。ヤナと花夏だ。会話は聞こえないが、あのサルタスが腹を抱えて笑っているのは見えた。


じーっとその様子を見つめているヤナが、ポツリと呟く。


「……私も、あそこに立ちたい」


 花夏は待ったが、次の言葉は出てこない。


「……どっちの横?」


 宣言通りきっちりと春までに国の結界を張り直してみせた父親か、その横で普段は絶対に見せない曇りのない笑顔を見せるサルタスか。


 ヤナは答えない。横目でヤナをちらりと見ると、その顔には何らかの決意が見えたような気がした。


 花夏は、ああ、これはヤナに先を越されたな、と思った。








「シュウさん、お久しぶりです」

 サルタスとの話が終わったのか、シュウが家の中に入ってきた。


「カナツちゃん久しぶり」


 にこっと笑うシュウの顔が前よりほっそりしている。顔色も悪い。寝不足の人間の顔だ。


「シュウさん、ちゃんとご飯食べてますか?」


 開口一番に花夏が詰め寄ると、シュウが苦笑いする。


「ごめん、だいぶ端折はしょった」

「……今日から、ちゃんと食べましょうね」

「はい」


 余程参ってたのか、とても素直だ。花夏とてたった2日一緒に過ごしただけの人間だ、そこまで深く知る訳ではない。だが、明らかにこれは無理を押し通した人のなれの果てだ。


「朝は食べましたか?」

「いや……その」

「その様子じゃ食べてませんね。ちょっと待ってて下さい」


 花夏は急いでキッチンへ向かうと、残っていた昨夜の兎と野菜のスープに火をかけてパンをちぎって入れる。よく水分を含んだら、チーズをおろし器でちゃちゃっと入れた。簡単なんちゃって料理だが、栄養は詰まってる、と思う。

 スープ皿にたっぷり装い、スプーンを持ってシュウの元に急ぐ。


「どうぞ」


 シュウの前に置く。それまで食欲のなさそうな顔をしていたシュウだが、匂いを嗅ぐとお腹がぐうううーっと鳴った。


 まさか、食べ物を見ることすらしていなかったのか。


 シュウは、花夏の切れ長の目から放たれる、見たことのない生物を見たかのような冷たい視線に耐えきれず、大きな身体を縮こめた。花夏の言いたい事は分かる。大の大人が何やってんだという事だろう。


「食べると、寝ちゃいそうで……」


 つい、敢えて、食べ物を遠ざけてしまった。


「食べましょう」


 有無を言わさない花夏の一言。こんな子だったっけ?まあ、多少その気はあった気もしないでもないが。ふと、この家に足りない物についてものすごい圧で迫られた記憶が蘇る。ああ、あれと一緒だ。


 シュウを見るサルタス、ヤナ、ハルナは「あ、捕まったな」というような顔で見ている。この3人はシュウよりも花夏と長く過ごしている。きっと、シュウには見えていない花夏の何かが見えているに違いない。


「……はい」


 ひと口スプーンで掬って口に含む。シュウが飲み込むのを花夏がじっと見ている。見ない間に前髪が伸びてサイドに分けていて、小さい顔に可愛いおでこが見える。


「あ、お父さんおでこ可愛いって思った?」


 言うな、娘よ。特訓の成果はどうした。触れないと聞こえないんじゃなかったのか。というか、さっきまでの事をシュウはまだ根に持っているというのに、なんだその切り替えの早さは。


 花夏は無言でシュウを見ている。気にしてなかった。よかった。というか、口に入れるのを待っている。圧がすごい。


 飲み込んだ。空っぽだった胃に、温かい物が広がる。躊躇は一瞬だけだった。皿を持ち上げ、口をつけて一気に食べる。すぐに空になった。


「カナツちゃん、おかわり下さい」

「はい」


 花夏が立ち上がってすぐにおかわりを入れてくる。シュウは無言で受け取り、またすぐにかっ込んであっという間に平らげた。


「すいません、もう一杯」

「これでなくなります」

「分かりました」


 他の人間は、そのふたりの様子をただ無言で眺めていた。心の中には、『餌付け』という単語が浮かんでいた。





 ようやくお腹も膨れて、顔色が青白い色からとりあえずほんのりピンクに変わった。身体がポカポカして、何だか身体が重い。


「最後にいつ寝ましたか?」


 なんというか、尋問されているようだ。明らかに規則正しくない生活を送っている側としては、出来れば誤魔化したい。


「シュウさん?」


 首を傾げる。髪型のせいか、やけに大人っぽく見える。やめてくれ、まだ未成年だし。あ、もうすぐ成人か、などとグルグル考える。考えがおじさん化している、あまりいい傾向ではない。


「シュウさんてば」


「えーと、一昨日の夜に寝ました」


 昨日は結局徹夜してしまった。早くここに来たくて。


「大変、だったんですね」


 そもそも結界の破損は自分のせいだ、と思ってしまったのか、表情が暗くなってしまった。


「いや、まあ大変だったというか、いきなり大役任されてちょっとびっくりしたというか。そこまでじゃ」


 何言い訳してるんだろうか、自分ともあろうものが。


 キッチンで片付けをしているサルタスの心の中には、『虚勢』という言葉が浮かんでいた。勿論、口には出さない。


 花夏は何か考えていた風だが、おもむろに立ち上がって言った。


「じゃあまあとりあえず寝ましょうか」

「え!?」


 思わず反応してしまったが、そんな訳ある筈もなく。


「今私ヤナと寝てるので、ベッドひとつ空いてるんです。支度してくるのでちょっと待ってて下さいね」


 花夏が、何を驚かれたのかよく分かっていない顔をしながらシュウの寝床の準備をしに行った。


(恥ずかしい……)


 我ながら本当に恥ずかしい。何やってるんだ、と頭を抱えてふと視線を感じて振り返ると。

 キッチンから、口の端をニヤリとさせているサルタスの顔が見えた。

 シュウは、頭を掻きむしった。








 久々にとったであろう食事の後ぽやっとしてきたシュウを半ば無理矢理布団に押し込み、部屋を覗こうとするヤナに指を口に当ててシーっという仕草をする。なるべく静かにドアを閉じた。


「シュウさん、クタクタだね」

「もう少し優しくしてあげればよかったのかなあ」

 

 ヤナがぶつぶつ言っている。何かやったんだろうか。後で聞いてみよう。


 昨日、結界の張り直しが無事終わった事実をその目で確認したサルタスが、近々シュウがここに来るだろうという話をしてきた。花夏は結界というものが結局どんなものなのか目を凝らしてみても分からなかったので、おそらく貴族の人たちのような魔力は自分は持っていないんだろうな、となんとなく思う。以前シュウが花夏の事を『器がほぼ空っぽ』みたいに言っていたので、もしかしたらその内魔力が溜まって見れるようになるのかもしれないが。


 ヤナとの別れが近い事は、サルタスは自分の口からちゃんと説明したいというので、ハルナも花夏もこの件については口を挟まないようにしていた。先程ヤナと朝駆けに行った際、話は出来たのだろうか。少し、ヤナが泣いていたように見える。


 それと、サルタスから頼まれていた事がもうひとつあった。シュウの面倒だ。


 長年一緒に過ごしてきたサルタスは、こういう時大体シュウがいつも自分の管理を後回しにしてしまう事を熟知している。倒れるぎりぎりのところまで、走ってしまう。サルタスがいくら言ってもこればかりは直らない。ハルナは知っての通りあまり気が利くタイプではないし、ヤナが何を言ってもきっとシュウは更に頑張ってしまう。だが、山に帰る前日のシュウと花夏のやりとりを見ていたところ、どうもシュウは花夏にだけは弱いようなので、強引でいいのでまずは食べさせて休ませてほしい、という内容だった。


(あたしゃオカンか)


 聞いた時は正直そう思ったが、実際にシュウを目の前にするととにかく食べさせようという気になってしまったので、もしかして自分は本当にオカン気質なのかもしれない。今まで自覚はなかったが。


 でも無条件に何とかしてあげないと、と思わせるくらい、シュウは疲れているように見えた。食事をとったら顔が眠そうになってきてたのに、言い出さない。無理し過ぎて麻痺しちゃってるんだろうか、なんて思って聞いてみたら、昨夜も寝てないという。驚いて、ついそれこそオカンみたいな口調になってしまったが、そこは勘弁してもらいたい。花夏の発言にびっくりしていたので、ちょっと上からいきすぎたのかもしれない。以後、気を付けよう。


 布団は、昨日の内に干しておいて準備は整っていたので助かった。シュウを花夏の服等が置いてある部屋に案内し、昨日洗い直しておいた男性用の寝間着(ハルナの亡くなった旦那さんのものだという)も用意しシュウに渡した。手渡すとき、ほんのり顔が赤かったので相当眠かったのだろうと思う。


 シュウにとって幸いだったのは、花夏はシュウが一瞬想像してしまった事について全く気付かなかったという点であろう。使命感に燃えていた花夏は、シュウが自分をそういう目で見てしまったとは露にも思っていない。少し会わない内に自分が女らしく成長した、等という考えも一切ない。自分の世界にいた時も恋愛話は蚊帳の外であったので、そういうのは元々鈍感なのかもしれない。


「とにかく、夜までゆっくり寝かせてあげようね」


 ヤナにそう言うと、花夏は次の家事まで字の練習をすることにした。



サルタスさんとシュウさんの関係は良好のようです。

次回は花夏の覚悟、アンドニヤニヤの予定です。お楽しみに〜


明日更新予定です!(2020/9/16)

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