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退魔の儀 2

いよいよ対魔の儀本番です。

お楽しみくださいませ〜


※3点リーダ等の微修正を行いました(2020/10/19)



 退魔の儀、当日。


 朝から準備に追われ、宰相付事務官たちは走り回っていてもうくたくただ。時刻はもう夕方。ありがたい事に今日は空には黄月ラース青月カラドを確認することができる。


「晴れましたね!」


 横で嬉しそうにヨシュアが言った。


 ソーマも、流石にこの2か月は死にそうに忙しかったので心から嬉しい。


「もう1回はない。もう無理だ」

「もう1回やったら私死ぬわよ」


 シーラが昨日よりは若干ましになった目の下のクマをさすりながら言う。



 現在、国王のグルニアは木浴を行ない、身を清められている。そちらが終わり次第、この王の間に向かわれる手順となっていた。


 ソーマ達宰相付の事務官は、王の間の一番後ろで何か問題が起きた際すぐに対応できるよう控えている。


 通常は玉座が設置されている場所に、退魔の儀で使用する金で出来た器を乗せた台が設置されていた。器の中は水が張られており、この水は国一番清いとされる透明度の非常に高い泉から運ばれてきたものである。今はきっと、ステンドグラスを通して入ってきた夕日が映りこんでいる筈だ。


 玉座は一時的にどけられ、泉の水で清められた器が置かれている場所が退魔の儀を行なう場所となる。台座の周りには松明が2個設置されており、残りの松明は外へ続く扉へ向かって敷かれている絨毯に沿って並べられている。


 シュウは、台座すぐ近くの階段の下で待機していた。今日は黒の礼服を着ている。身体のラインが綺麗に出るデザインで、シュウの無駄な脂肪ひとつない筋肉が程よく付いた身体を見て、すれ違った女官が顔を赤らめてしばらく見惚れていたのをソーマたちは目撃してしまった。背中に少しかかる髪を後ろでひとつに結び、精力溢れる雰囲気を醸し出している。普段のあのだらけきった無精髭からは想像出来ない姿である。


 今は、シュウと同じく待機中の神官長と雑談をしていた。神官長が着ているのは淡い金色のローブ。これは、黄月ラースの色を表しているとされている。


「いや、本当晴れてよかったですね」


 シュウがにこやかに神官長に話しかけている。


「本当に。お互い、大変でしたね」


 神官長は、初老の優し気な男性である。髪は大分白くなり、肌が色白なのも相まって全体が白く見える。


「いえいえ、私たちは準備さえ済んでしまえばあとは待つだけですから。神官長殿の方こそ、三日三晩のご祈祷は大変だったでしょう」

「まあ、年を取ってくると段々きつくはなりますねぇ」


 などと穏やかに答え、手に持つ青い札のような物を優しく見る。この青い札、この物に三日三晩祈祷を行ない退魔の念を封じ込めるのが神官たちの役目である。


 前回は、これが全て無駄となってしまった。中止を宣言せざるを得なかった神官長が一番悔しかったであろうが、これがもう1度待っているかと思うと、神官府の嫌がる気持ちも分からなくはなかった。


「まあ、今日は昼間に仮眠をとれましたからまだ」


 ははは、と笑っている。恐らく退魔の儀が終わり次第、しばらくは寝ているつもりだろう。


「それにしても」


 神官長が声をひそめる。


「結界が破損するなどという前代未聞な事が起きていた事実を、恥ずかしながら当初は気付きませんでした。神官失格です」

「いえ、普通はあり得ないことですから」


 事実、シュウ自身も言われるまで気付きもしなかった。


「始めにお気づきになられたのは、陛下ご自身でした」


 ステンドグラスの奥に消えゆく明かりを見ながら、神官長が言う。


「そうでしたか……国土調査隊への任務依頼は、確か神官府からでした」

「ええ、流石にこれはただ事ではないと、陛下からすぐに調べるように指示をいただきましたが、残念ながら私達の記録では分からず……結果として大変ご迷惑をおかけ致しました」


 成程、そういう流れだったのか。これはシュウも知らなかった。


「いえ……こちらも結局どの国からの干渉かは未だに判明していない状態ですから。でも、魔物が発生した話も聞きませんし、かなり早い段階で手が打てたのではないですか」

「陛下は……」


 神官長が言いよどんでいる。シュウは、静かに待った。


「陛下は、恐らく不安であらせられたのでしょう」


「不安? 陛下がですか?」


 神官長が頷く。


「ええ、原因が分かるまでは、陛下御自身に原因があるのではないかと思われていたのではないかと思います。勿論気丈なお方です、そういった素振りは一切見せられませんでしたが」

「……」

「ですので、宰相殿が包み隠さずされたご報告はとても有難いものであったと私は思います。そして、思われたのではないでしょうか、ここには味方がいると」

「……神官長殿……」


 神官長が、シュウの目を見る。穏やかな、優しい目だ。ヤナの事だけは報告していなかったのが、チク、と心に引っかかる。


「だから、陛下は貴方を選ばれたのです。こんな事を言えた立場ではございませんが――私たち神官府は常に陛下の御身を案じております。どうか……どうか、陛下をお守りください」

「し、神官長殿」


 深々と神官長に頭を下げられてしまい、シュウは動揺した。


「宰相殿、私たちにはまつりごとの事はよくわかりかねます」


 つまり、陛下をお守りする為に介入したくとも出来ない、という事だ。このような自分よりも若い男に頭を下げれる程、陛下の事を想われている。


であれば、シュウに出来る事は。


「……尽力、致します」

「ありがとうございます」


 神官長が、微笑んで礼を言った。 


 陽は、完全に落ちた。気付けば、ステンドグラスには月の光が差し込み、燃える松明の炎がガラスに映って揺れている。なんとも幻想的な雰囲気だ。ふたりは、しばし無言で様々な色に輝くステンドグラスに見入った。


 しばらくの後。王の間の左手奥には、王の居住棟に続く通路がある。そちらから人の気配がして、シュウたちは振り返った。沐浴を終えたグルニア王が、青いローブを着て王の間に入ってきていた。この青いローブは、神官長の淡い金色のローブと対になっており、青月カラドを表している。王の間に入ってきた瞬間、その圧倒的な存在感に辺りはしん、となった。王の後に続くのは、2人の神官たち。こちらは白いローブを羽織って、手には手燭を持ち、ロウソクの炎がゆらゆらと揺れている。



 神官長が、正面から見て右側に移動した。シュウは更に一歩下がった。


「陛下、こちらを」


 器の乗った台座を挟み反対側に立つグルニアに、三日三晩祈祷した青い札を手渡す。グルニアは軽く一礼をし、青い札を金の器の上に両手で掲げた。


 神官長が一歩下がり、小さくグルニアに向かって頷いた。


 グルニアが聞き心地のよい低い声で祈りを捧げる。


「我、ラーマナ王国国王グルニア・アレス・ラーマナは、このラーマナの地に魔を祓いし結界を築く者也」


 その言葉を言い終えると、手に掲げていた青い札を水の上に恭しく置いた。途端。


 水の中で札が燃え出し、青い炎となった。青い炎は次第に強く大きくなり、これ以上大きくなると器から溢れ出るのでは、といった大きさになったところで、四方に弾け飛び……消えた。


 青い炎が消えてしばらく待つ。すると、今度は器から眩い淡い金色の砂粒のような物が光りながら浮き出てきて、しばらく辺りを浮いている。段々と光が凝縮され眩しくて直視が難しくなってきた頃。


 パアッっと一気に空に弾け飛んでいった。



 王の間が、一気に暗くなる。


「――これにて、退魔の儀は終了となります」


 恭しく神官長がグルニアにひざまずいた。


「皆、ご苦労だった」


 器の前から、グルニアが待機している各官をねぎらった。


「異例の事ゆえ、困難な事もあっただろう。――感謝する」

「陛下……」


 跪いたまま、ぐじゅぐじゅと神官長が泣いている。それを見て、グルニアが呆れて笑う。


「お前はすぐ泣く。その癖は何年経っても直らんな」

「も、申し訳ございまふぇん」


 グルニアが手を貸して立ち上がらせている。そして、階下で待機していたシュウを見た。


「よくやってくれた、カルセウス」

「いえ、私は大したことはしておりません。皆で一丸となって協力し合ったからこそ達成できました」


 そう言って、彼の部下がいる方に目をやった。3人とも、初めて目にした退魔の儀の様子に興奮しているようでこちらの様子には気づいていない。


「今日はゆっくりと休むがいい。顔色が酷いぞ」


 グルニアが笑う。そんなにか?とつい頬を触ると、その様子を見てグルニアが破顔した。


「あ、あの陛下?」

「触って分かるか、馬鹿者」

「はは、確かにそうですね」


 もしかしたら、シュウも何だかんだでこの雰囲気にすっかり呑まれていたのかもしれない。



「では戻る。皆の者、しっかり休め」


 グルニアはそう言うと、颯爽とその場を立ち去った。白いローブを着た神官たちが慌てて後を追っていった。グルニアが立ち去ったのを見届け、ソーマ達が扉を開け、表で待機していた宮内府のあの秘書官らに終了の報告を始めた。儀式は、終わったのだ。


――間に合った。


 そう思った途端、足の力が抜けそうになった。


――やばい、崩れ落ちる。


 がっ! と、脇の下から支えられた。


「……ソーマ」


 いつの間に来たんだろう?ついさっきあそこにいたような。


「無理しすぎです、宰相」


 ちょっと困った顔をしている。部下は楽しく困らせたいシュウとしては、こういう顔は不本意だ。足に力を入れた。なんとか立てそうだ。


「はは、やっぱり王宮務めは体が鈍るね」

「宰相、寝てないでしょう」

「……みんなもそうだろう」


 ソーマが溜息をつく。呆れたような顔をされた。


「貴方は、指標なんです。分かってるでしょう」

「……珍しくよく喋るね」

「寝不足ですから」


 真面目な顔に、ほんのり不貞腐れた表情が乗る。珍しく素直だ。寝不足効果は侮れない。


「じゃあお互い様だ」


 シュウが茶化すと、ソーマが嫌そうな顔をする。こいつだけは、なかなか懐かない。それもまた予想外で面白くていいのだが。


「あんまり、私の魔法ちからは公表したくないんです」


 話の脈絡がない。少し頭もぼんやりしてきたような。益々駄目かもしれない。やはり20代の時のようにはなかなか体が動いてくれない。


「分かるように言ってくれ」


 ソーマがわざとらしくため息をつく。


「いつものキレはどうしました? 頭が働いてないようですよ」


 そう言って、周りの様子を伺っている。そしてさらっと腹の立つことを言ってくる。


「貴方がここで倒れると面倒なんですよ。目が逸れたら飛びます。目をつむっていてください」

「どういう……」

「いいからいう事を聞いてください」

「……はい」


 相変わらずソーマは説明が下手くそだ。あんなに人の手配や書類さばきは上手いのに。感情を伝える事が苦手なんだろうなあ、とシュウは思った。そんなところもサルタスと似ている。お互い、似ていると言われると気分を害しそうだけど。


「行きますよ」


 ソーマが言うので、シュウは訳は分からないが素直に目を瞑ってみた。



 一瞬、体が空中に浮いたような感覚があったが、すぐに元通りになった。


「いいですよ、目を開けてください」


 こちらへ、とシュウを抱えたまま歩き出す。目を開けたシュウは、自分がいつの間にか木の板の上を歩いていることに気が付いた。そのまま、暖炉の前にあるふたり掛けソファーに座らされる。


「暖炉の火を強くします、ちゃんと寝ててください」


 燻っていた暖炉に薪を追加し、風を送り込み、冷えていた宰相の執務室が段々と暖かくなってくる。


「……どうして知られたくないんだい?」


 ソーマは奥の執務机の近くに置いてあるポットでお茶を淹れ始めた。


「おや、ぼうっとしていたので気付かれていないかと思いましたが」

「座ったらマシになったよ」

「それはよかったです」

「いや、そうじゃなくて」

「飲まれますか?」

「……いただきます」


 体を起こし、ソーマが淹れてきたお茶のカップの受け皿を『見えない手』に置き、カップは手で持って飲み始めた。当初置いてあったお茶っ葉はお上品過ぎると言ったところ、もう少しランクを下げた物にすぐ入れ替わった。やや雑味があるくらいがシュウは好みなので、旨い。



「はああ〜疲れたね〜」


 お茶を飲んだら、つい本音が漏れてしまった。シュウの横に立ったままソーマもお茶を飲んでいる。


「当たり前です、無理な日程でずっと走ってたんですから。ですが、体調管理は宰相として必須ですよ。貴方が倒れては周りの者が困ります」

「そうなんだけどね……」


 ソーマがふう、と息を吐く。


「もう少し、使える人間を増やすべきでは」

「対魔の儀が終わったからね、そろそろ考えるか」


 ――この人まさか。いや充分ありうる。


「……貴方わざと人数絞ってたんですか」

「見たかったからね」

「何をです」


 疲れた顔でにっこりする。その笑顔を見て、ソーマは自分たちがこの食えない宰相にずっと試されていた事にようやく気付いたのだった。


「……で、どうでしたか、結果は」


 受け皿に空になったカップを置き、クー! と伸びをしているシュウに尋ねた。尋ねながらカップを下げていく。


「人間余裕がなくなると本性出るけど、君たちよかったよ。ソーマは追い詰めると精度が上がって改善案出してたし、シーラは俯瞰して物事を冷静に見るし、ヨシュアは大分人の心の動きに興味が出たみたいだし」


 一度負けた僕には絶対逆らわないのは面白かったけどね、なんて笑っている。


「僕はね、ソーマ」


 シュウがソーマを見る。


「自分で考えられない人間は信用出来ないんだよ。というより、こちらの言うことを聞くだけの人形には興味がないんだ」


 だって、面白くないだろう?


 そう言いソーマを見上げるシュウの姿を見て、この人やっぱり格好いいな、なんてつい思ってしまった。


「貴方の基準は面白さですか」

「君も楽しんでただろう?」

「……本当嫌な人ですね」

「仕方ないさ、さがだものね」


 肩を竦めるシュウに、ソーマが呆れた顔をしている。



 パチ、と暖炉の火がぜ、疲れた体に眠気を誘う。



「……宰相、私の魔法ちからは、誤解されやすいのです」


 シュウは、静かに聞いている。


「まだ新人の頃に配属されていた場所で管理品の紛失騒ぎがありまして」

「何がなくなったんだい?」

「それが、先輩が大事にされていた装身具アクセサリーがちょっと机に置いておいた隙になくなったと言われまして。当時私の魔法ちからはあまり隠していませんでしたので」


 話は読めた。


「だが、その場にいる人間なら誰でも盗れたんだろう?」

「いえ、それが、机の上に鍵付きの箱に入れてありまして、中身だけがない、と」


 ソーマとしてみればそんな大事な物を置いておくな、そもそも持ってくるなという気持ちであったので、ただどうなったんだろうとその場は見守っていたのだが。


「皆、私を疑いまして」

「盗ったと? 何のために?」

「その先輩は、何というかさぼり癖があるというか、言ってしまうと不真面目な勤務態度の方でして、私とはそりが合いませんでした」


 腹いせにやった、と思われたという事か。


「勿論、濡れ衣です。ただ、相当騒がれてしまい、新人の立場としては正当性を述べてもあまり信用してもらえませんでした」

「結局見つかったの?」


 出てこなかったのであればまたそれはそれで厄介そうだが、曲がりなりにも宰相付事務官に選ばれた男だ、恐らく濡れ衣は晴れたに違いない。


「……家にあった、と」


 シュウがずるりとソファーから滑り落ちた。


「……そりゃ随分と」

「朝付けたつもりが玄関に置いてきてしまっていたらしいです。まあよくある思い違いですね。翌日にはちゃんと謝っていただきました」

「が、もう君の噂は広がった後だった、と」

「はい」


 王宮は噂好きの集まりだ。例え誤解だったとしても、一度こういう噂が出てしまうと、いい噂はすぐに消せても悪い噂は悪意を持って広がっていく。


 ソーマは淡々と述べる。本人も分かってはいるのだろう。ここは、そういう場所だ。


「私の魔法ちからは具体的には語られていなかったようですが、事あるごとに『お前なら盗れるだろう』といった風にからかわれたりしまして、少々うんざりしてしまいまして」


 魔法ちからを隠す事にした、ということか。


「翌年、自分から配属先の変更を願い出ました。まあ事務官長は濡れ衣なことを知っていましたので、当時すでに『面倒くさい部署』と言われていた宰相付の事務官に割り振られた、ということです。取り巻きの事務官たちは何というか、本当に仕事をしなかったので」


 おかげで色々な事を覚える事が出来ました、と言った。


 シュウは納得した。本来4人でようやく回る量の仕事をひとりでずっとやっていたのだ、そりゃあ仕事も早くなる。真剣に効率化も考えねば、本当に終わらなかったのだろう。


「成程ね」


 好きで苦労をかった訳ではない、ということだ。運が悪かったのかそれとも結果として良かったのか。


「と、いう事なので、宰相にもお伝えしておりませんでした」


 まだ信用出来なかったので。


「言うねえ」


 シュウは思わずニヤリとしてしまう。やはり、いい。この芯が一本通った感じは、実にシュウ好みだ。


「という事は、ようやく信用してもらったと思っていいのかな?」


 何言ってんだこいつ、という顔でシュウを見返す。こういうのがゾクゾクする所なのだが、ソーマはきっと気付いていない。いや、気付かせると見せてくれなくなりそうだから、気付かせてはいけない。楽しみが減ってしまう。


「そっくりその言葉を貴方にお返しします」


 素っ気ないくせに言っている内容が可愛い。


「やっぱり君面白いね」


 シュウにとっては最高の誉め言葉を、ソーマは微妙な顔をして聞いていた。








 対魔の儀の、翌日。


「おはようございま……珍しいですね」


 ソーマが宰相執務室の扉を開けて入ってきた。先にシュウがいる事に驚いている。

 

 大抵、いつもソーマが一番に出勤してくる。その次にヨシュア、そしてシーラ。シーラは朝は弱いからとか何とか言っているが、恐らく毎晩夜更かししているようなのでそのせいだろう。前にちらっと『セリーナお姉様の記録』について語っていた事があるので、何となく予想はつく。そして、最後が宰相だ。上司が朝早く出勤すると部下が困るでしょう、とか言っていたが、この人の場合は絶対余計な寄り道をして来ているに違いないとソーマは確信している。


 そのシュウが、誰より早く来ている。


「昨夜はお帰りになられました筈ですが」

「勝手に徹夜扱いしないでくれ」


 シュウの机に山積みされた書類の決裁をしているらしい。一応、ソーマがひと通り目を通して問題ない内容のだけを残してあるのだが、一応きちんと目を通しているのは流石元国土調査隊隊長、というべきだろうか。前宰相は何も読まずに署名していたので、何だか新鮮に感じる。


「ようやく片付ける気になりましたか」

「ごたごたも落ち着いたしね。そうそう、今朝になってから結界を見てみたけど、前のような歪みはなくなってたよ」


 書類を見ながら言う。


「私も今朝確認しました。正直、元々その歪みがよく分からなかったのですが、今朝見たところ目に付く部分がなくなっていたのでああ、そういう事かと納得しました」


 ソーマが自分の机に荷物を置き、まずはお茶の準備をする。昨日中身を捨ててきれいにしていったので、水は空っぽ、の筈が入っている。


「宰相、まさか自分で水入れてきたんですか?」


 この王宮には、地下水を汲みあげて溜めておいている貯水槽がある。その貯水槽まで水を汲みにいくのは、各部屋付きの官の仕事である。貯水槽は各階にいくつかあるが、決してここから近くはない。


「大丈夫、人には見られないよう気を付けたよ」


 一応、宰相自ら水を汲みに行くのはまずいと分かってはいるのだろう。他の官が目にしたら、宰相の部下の怠慢と受け取られかねない。


「ちょっとどうしてもこれを片付けないといけなくてね」


 どんどん決裁が進んでいく。いつもこうだったらそもそも溜まらないのだが。


「どうされたんですか?また何か新たに問題でも?」

「数日休みをとる」

「はい?」


 いや、確かにここのところ休みがなかった。休日返上で朝から晩まで働いていた。体のためにも休んだほうがいいだろう。がしかし。


「明日から、できたら3日くらい」


 昨日、この人を認めた自分の頭を疑いたくなった。まだ、昨日行なった祭事の関係者への挨拶やお礼もしていない。このたまりにたまった決裁済書類を申請してきた場所に返却せねばならない。休暇の申請も、宰相なので勝手に好きなところに行ってしまってはまずい。護衛の手配を……


 とソーマがあれこれと今日早急に行なわないとまずい仕事を頭の中で箇条書きにしていると、シュウがあっさりと言った。


「あ、護衛とかいらないから」


 ソーマがその後切れたことは言うまでもない。


次回はようやく再会編です!

「上司と部下」明日更新予定です(2020/9/15)

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