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特訓開始

いよいよサルタスさんも合流し、山小屋生活再スタートです!そして花夏の特訓も開始しました。今回は比較的穏やかな回となりますのでごゆるりとお読みいただけたらと思います!


※3点リーダ等の微修正を行いました(2020/10/19)


 翌日は空き部屋の整理から始まった。サルタスの部屋の準備だ。


 ハルナと話した結果、箪笥を動かすのは大変だし、という理由で物置と化しているふた部屋の内比較的物が少ない方をサルタス用にしよう、となった。


 といってもなかなか山にゴミを捨てる訳にもいかないので、結局は殆どを隣の空き部屋に移動しただけだ。


 一部何のために取っておいたのかハルナも記憶がない木の板などは、思い切って暖炉とかまど用の薪として斧で割った。斧の取り扱いは、花夏はまだまだ苦手だが、ハルナなどはお手の物である。


 山の生活は、ゴミが少ない。


 所謂いわゆる生ゴミは鳥の餌になるので表に放っておけばすぐなくなる。そもそも紙ゴミもなくプラゴミもなく、出るのは穴の空いたバケツとか。それすらも植木鉢にしてしまうので、捨てるものなど殆どない。


(これぞ究極のエコライフ…)


 まさかこんな生活を送る日が来るとは夢にも思わなかったが、物が少なければ捨てるものも少ない。花夏の世界は、非常に物が豊かだったんだな、と今更ながら思った。


 今の生活は、足りないものはあれどかといって必須な物ばかりではない。なければ我慢するか、代用のものを自分で用意する。


 経済を回すという観点からするともしかしたら問題なのかもしれないが、地産地消、自給自足。それも悪くないな、とも思ったが、そうすると飢饉が起きてしまうとこのバランスは崩れる。食べ物が足りなくなれば争いが起きたり人が死んでしまったりする。国としては安定的な食糧の供給が重要なのだろう。人が減ってしまえば労働人口も減り、野菜や食肉用の家畜を育てる人も減ってしまえば、国は簡単に滅びてしまう。


 日本にいた頃は、こんなこと思いもしなかった。食糧があるのが当たり前で、欲しい物は買いにいけばよかったから。


 この先日本に帰ることが出来ても、花夏は前のように何も考えずに物を買う事が出来なくなるような気がした。


 掃除用のバケツに水を汲んできて、サルタスに用意した部屋の拭き掃除をする。長いこと人の出入りがなかっただけあって、かなりの埃だ。雑巾があっという間に真っ黒になった。バケツの水で雑巾を洗ってまた拭いて、バケツの水を入れ替えてまた拭いて。3回バケツの水を交換して水が真っ黒になったところで、ようやく一通り拭き終えた。今まで苦労していた長い髪の扱いは、3つで1セットのかんざしのおかげでとても楽になった。作業も捗るようになった気がする。


 ふう、と腰に手を当てて部屋を見渡す。


 広さは、6帖よりは広い。8帖くらいだろうか。真ん中には、先ほどハルナと花夏で設置(立ててあったのを平に置いただけだが)した、恐らく観測所時代に持ち込まれたのであろう、シンプルな木のベッド。サルタスは自分の布団は持ち込むそうなので、今は板がむき出しのままの状態だ。花夏の世界でいうシングルベッドと同じくらいの大きさだろうか。花夏の部屋にあるような箪笥はなく、ヤナの部屋にあるようなクローゼットもないが、市営プールに行くとありそうな縦長のロッカーのドアの、ドアの部分を取ってしまったようなハンガーラックがある。勿論木の棒と木の板で出来ている。


 壁には窓。花夏の上半身が出せるくらいの大きさの窓だ。もう長いこと閉めっぱなしらしく最初は埃が詰まってなかなか木の雨戸が開かなかったが、花夏が力任せに叩いたら開いた。花夏が窓から顔を出してみると、すぐ真下にヤギがいた。右側は食糧倉庫、左側はただ屋外の物置だと思っていたが、どうやらここが馬小屋らしい。昨日のあの慌ただしい中いつやったのだろうか、草原で刈られたのであろう草が括られて日当たりのいい場所に置かれた板の上に山のように干されている。飼い葉だろうか。


 花夏やヤナの部屋とは廊下を挟んで反対側に位置するので景色は大分違うが、馬の様子も見れるのでサルタスにはいいのかもしれない。


「さて!」


 サルタスが到着したら、いよいよ特訓開始だ。何をするのか正直全く分からないが、頑張るしかない。


「ハルナー! 終わったよー!」

「ご苦労様、ありがとうカナツ」


 ヤナの足首の様子を診ていたハルナが応えた。花夏が覗き込むと、ハルナはヤナの足首にくるくると包帯を巻いているところだった。


「腫れはどうなったの?」

「もう殆ど引いたよ。ただまだ痛いみたいだから、固定することにした」


 これなら少しは動けるだろうし、トイレぐらいは自分で行きたいだろうし、とハルナ。ヤナは座りっぱなしの毎日に早くも飽きてしまったようで、「サルタス、お馬さんに乗ってどっかに連れてってくれないかなー?」などと言っている。

 

 ふと、この女だらけの生活にサルタスはまずくないのかな? と思ってしまった。


「ハルナ、サルタスさんて結婚はしてない?」


 女だらけだから、結婚してたら奥さん怒るんじゃないか?


「サルタスは独身だよ。27歳で独り身なのは珍しいけどね」

「ふーん」


 では奥さんが嫉妬することはないか、と花夏は思う。


「みんな、どれくらいで結婚するの?」


 花夏の世界では、一生独身なんていうのもゴロゴロしているが。


「親同士が決めた婚姻の場合は、16歳になってすぐなんていう事もあるね。ただまあ大体20歳くらいが目途かな?セリーナはシュウの2歳下だったから20歳でシュウが22歳だったし、私は18歳で結婚したよ。セリーナを20歳の時に産んで、夫に育児を任せて騎士団にいたから、正直子育てなんてよく分からないけどね」


 カカッと笑うハルナ。成程、日本に比べて大分早い。そして思った。旦那さんが子育てをしたのなら、ハルナのこの大雑把さも納得がいく。


「普通の貴族の家なんてものは、女性なら24・25歳だと行き遅れと言われて後妻として迎えてもらったり、男性もそのくらいの年には家が相手をなんとか探してくるもんだが」

「サルタス、女の人嫌いなのかなー?」


 サラッととんでもないことをヤナが言う。君、6歳だよ……。でもまあ恋愛に性別は関係ないという時代に育っている花夏だ。サルタスが男を好きだろうが性格に問題がなければ別に構わないのだが、果たしてこの世界ではそれが受け入れられているのだろうか?流石にヤナの前で聞くのははばかられた。


 が、そんな事はヤナには関係ないらしい。


「サルタスってずっとお父さんと一緒にいるでしょ? もしかして…お父さんの事が……!」


 ひそひそひそ。ヤナが声を小さくして楽しそうにしていると、いつの間にかサルタスがヤナの後ろに立っていた。しまった。会話に夢中で全く気付かなかった。いつの間に到着していたんだろう。


「ヤナ」

「は、はいいい!!」


 ヤナが背後からかけられた声に飛び上がる。サルタスは、やれやれという表情でヤナを見ている。実はそういう顔も出来るらしい。


「私は隊長は尊敬はしていますが、恋愛対象として好きかと聞かれますとそれは違いますよ」


 流石サルタス、ヤナにもきちんと答える。


「キラキラ着飾って服や宝飾品の話ばかりされる女性はどうも苦手で、話が続かないんです」

「確かに苦手そう」


 ヤナ……。花夏は頭を抱えたくなった。オブラートに包むってことをね、と思ったが、この世界にオブラートはないかもしれない。花夏は早々に説得を諦めた。


「私としては、ハルナ様くらいそういった物に執着されない方のほうがいいんですが、なかなかそういう方はおりませんので」


 任務であちこちを旅してばかりいるのも相成り、出会いがないままこの年になってしまった、ということらしい。実家も何度か相手を探して来たが、お世辞ひとつ言わぬサルタスに相手が愛想を尽かし向こうから断られ、を数回繰り返した後、もう探すのを諦めたようだ。


「なんだ、お父さんとカナツとサルタスの三角関係かと」

「ヤナ……」


 この山の生活で、一体どこからそういう知識を得るんだろう。謎だ。


「成程、ヤナはそういった恋愛に興味があるんですね」


 ではこれは正解でしたね、と背負っていた革の袋から分厚い本を何冊も取り出してヤナが座っている簡易ベッドに積み上げていく。


 ヤナの顔が引きつっていく。


「さ、サルタス、これって……」


 涼しい顔でサルタスが答える。


「ヤナとカナツにご用意させていただきました書籍です。題名を読み上げましょうか。――『騎士と王女の恋』、『ふたりに愛されて』、『私の素敵な王様』……『淑女の嗜みとは』」


「最後のだけなんか違う!」


 ヤナが抗議する。


「これは、ヤナの特訓用に用意したものです」

「……まさか」


 ヤナの顔面が蒼白になる。当然といった顔でサルタスが頷いた。


「私がこれを心の中で読み上げていきます。聞きたくなければ、制御する気持ちも強くなるかと」

「やだ!そんなの聞きたくない!」


 即座にヤナが駄々をこねる。全く興味のない、題名を見ただけでつまらなそうと予想される本を読み上げる。拷問以外の何物でもない。


「では別の方法も考えていたのでそちらでもよろしいかと。隊長がこれまで散々行なってきた所業を私の感想つきでお話するのもいいかと思いまして、過去の報告にひと通り目を通して参りました」


 サルタスは、安定の涼しい顔をして恐ろしい事を平然と言い放つ。確かに、普通の貴族のお嬢様では太刀打ち出来ないかもしれない。


「所業、て」

「恥ずかしい話、情けない話、人でなしの話……話題には尽きない方なので、これを聞いたらヤナの隊長を見る目も若干変わるかと」


 酷だ、酷だよサルタスさん……! そうは思うが、ちょっと聞きたいとも思ってしまった。だって、絶対面白い。


「ど、どんな話なの?」


 父親を軽蔑はしたくないだろうが、気になるは気になるのだろう。ヤナが恐る恐るといった感じで尋ねる。


「では、本日は初級編という事で軽めに、セリーナ様を取り合ったライバルの方についてお話を致しましょう。私は当時まだ成人前でしたので又聞きの話となりますが」

「え! そんな人いたんだ! 楽しみ!」


 ヤナはワクワクしている。サルタスが用意する話だ、明らかにいい話ではないだろうが……。


「でもその前に、まずは窓にガラスをはめさせてください。その後ゆっくりとお話ししましょう」


 楽しみー! とはしゃぐヤナを尻目に、さて、とハルナが立ち上がる。


「練習用の胴着をカナツの部屋に置いておいたから、それに着替えておいで」

「分かった」


 いよいよ始まるのだ。


「セリーナが着てた胴着だから、大きくないと思うよ」


 頷いて、花夏は部屋へ向かった。部屋に入ると、花夏のベッドの上に紺色の服が置いてある。これが胴着だろう。早速着てみる。


 短い襟がぴっと立っている。服は全体的に細身だが、キツくはない。袖は七分袖で袖先にスリットが入っていて動きやすそうだ。丈はシュウやサルタスが着ているような男性の服と同じ、お尻が隠れる程度の長さだ。下のズボンも細身で、ボタンアップになっている。丈はこちらも七分で、同じようにスリットが入っている。


サイズは上下とも問題はないようだ。若干、胸の部分が余るが。用意された赤い帯を巻く。刺繍が施されたきれいな帯だ。


 姿見の鏡がない為胴着を着た姿が似合ってるのか借り物に見えるのかは分からないが、まあ今は大きな問題ではないだろう。ふと、床にブーツが置いてあるのに気が付いた。


 基本、こちらの世界は皆革靴だ。ゴム底ではないので歩き心地は正直良くないが、慣れてしまえば山道だって行けた。花夏が普段履いているのはこの家にあった靴で、側が柔らかい革で出来ているモカシンのような靴だ。紐でギュッと調整する。今目の前にあるのは、ふくらはぎを覆うくらいの長さのブーツ。革も普段履いているのより大分硬そうだが……入った。編み上げのブーツなので、紐で調整すればオーケーだ。その場で足踏みしてみたが問題なさそうだった。


 壁に立てかけておいたセリーナの長剣を手に取ってみる。鞘をすっと動かしてみると、きれいな細身の剣身が出てきた。日本刀とは違い両刃になっていて、剣身が真っ直ぐだ。剣身に、製作者の名前だろうか、何か字が彫られている。


 これを使用するのはまだまだ先の事だろうが、早くここまで追いつかなければならない。剣身を鞘に戻し、元あった場所に戻した。

 

「よし」


 やるしかない。頬を両手でパチン!と叩いて気合いを入れ、部屋を出た。


「ハルナ、お願いします!」

「よし、じゃあ行くか。訓練場まで少し歩くよ」

「頑張ってください」

「ヤナも頑張るねー!」


 サルタスとヤナが送り出してくれた。



 家を出、まだ行った事のない山の方へと足を向ける。

「小川に沿って丘を登っていくと、昔観測所の時代に作られた訓練場があるんだよ。もう何年も手入れしてないけど、昨日見に行った時はまあそこまでは荒れてなかったから安心してくれ」


 花夏は頷く。


「観測所にただいるだけだと体がなまっちまうからね、当直の兵士たちの鍛錬のために作られた場所だよ」


 10分程丘を登っていくと開けた場所に出た。


 大分山が近い。家から見ると灰色と白が入り混じった山にしか見えなかったが、近くまで来るとごつごつとした岩肌が見える。岩山との境目のある黄金色の草原の中に、不意に四角く石畳が敷き詰められている場所が現れた。石畳の隙間から、所々草が生えている。これが訓練場だろう。

 石畳の広さはどれぐらいと言えばいいのだろう。25メートルプールの半分程度だろうか、そこまで広くはないが、狭くもないといったところだ。


 山側の石畳が途切れた所に、物置小屋のような建物があった。かなり古そうで、所々壁の木の板が剥がれている。


「あそこは休憩所だよ」


 物置ではなかった。


「昨日のうちに木刀を数本持ってきておいてあそこに入れておいた」


 ハルナに促され、小屋に向かう。ハルナが小屋のボロボロの扉をギイーッと開けると、6畳ほどのスペースにベンチのような物がぽつんと置いてあった。そして、その上には木刀が4本ほど置いてあった。


 ハルナはその中で一番細い木刀を花夏に取って渡す。


「カナツはまずはこれだ」

「はい」


 右手に持ってみると、細いけどずっしりとしている。木刀の柄の部分には布が巻かれている。グリップテープのような用途なのだろうか。ハルナも一本木刀を手に取ると、「こっちだよ」と休憩所の外に出た。小屋から出ると、眼下に家が小さく見える。馬小屋にいるアルの尻尾がちらりと見えた。


 遠くに見えるシエラルドは、今日もきれいだ。そして空には薄っすらとふたつの月が見える。黄月ラース青月カラドだ。くっつきそうでくっつかない、不思議な距離で浮いている。


「では、始める」


 そう言って、まずは剣の持ち方から教わる。


「まあまずは持ってご覧」


 言われるまま剣の柄を両手で握ってみた。


「カナツは右利きだから、右手が上にくる」


 左右が違ったらしい。右手を上にし、左手を下に掴む。


「右手は、人差し指を浮かす感じで握る。手首が少し曲がる感じで」


 難しい。これだと振った瞬間、剣が飛んで行ってしまいそうな気がする。


「右手と左手はくっつけない」

「はい」

「右足を前に」

「はい」

「素振りは、床に剣先を打ち付けないように」

「はい!」

「始め!」

「はい!!」


 いよいよ始まった。

 

 ガン! さっそく剣先を地面に叩きつけてしまった。手がジン、とする。滅茶苦茶難しい。というか、本当に剣が吹っ飛んで行きそうだ。握力が明らかに足りないのだろう。


「踏み込みの足はそんなに上げない! 次!」

「はい!」

「手が早い! 次!」

「はいいっ!」


 勿論今日が初めてだから当たり前なのだが、駄目だしの嵐だ。


(なにくそ~~~~!)


「肘に力を入れない! 次!」


(えっ待ってどこに力入れるの!?)


「脇を開かない!次!」


(む、難しい!!)


 とにかくハルナの指示を受けながら修正していくしかない。始まってわずか数分でもうこめかみから汗が伝い始めた。


 滅茶苦茶、きつい。


 花夏の腕が上がらなくなったのを見て、ハルナが「休憩だよ、水を飲んでおいで」と声をかけた。小川がすぐ近くを流れているので助かった。


 小川までヨタヨタと歩き、水を手で掬う気力もなくなり川面に直接口を付ける。水が甘い。心臓がばくばく言っている。


 もう一度水を飲んでから戻ると、ハルナが素振りをしていた。なんとも軽やかに剣を振っている。


(すごい……)


 花夏が感心して見ていると、気配に気づいたハルナが素振りを中断した。


「まあ、当分はこれだね。慣れてきたら、もう1段階重い木刀に変えるからね」

「は、はい……!」

「さ、続けよう」

「はい!」


 そうして再び特訓が始まったのだった。






「――はい、ここまで」

 ハルナの掛け声で、花夏は足から崩れ落ちた。


 もう、立てない。


 1時間経ったのか2時間経ったのかももう分からないが、腕が全く上がらなくなってしまった。石畳の上に仰向けになって寝転ぶと、まだ空は青い。大して時間は経ってないのかもしれない。

 石畳がひんやりとして、熱を帯びた体には気持ちいい。


「初日にしては頑張ったね。さあ、念願の温泉に連れて行ってあげよう」

「お、温泉……!」


 もう汗だくだ。是非とも入りたい。が、体が強張って素直に言う事を聞いてくれない。


「ほら、行くよ」

「ま、待ってハルナ……」


 勢いをつけて立ち上がる。体がふらついたが、温泉と聞いてはただ寝ているわけにはいくまい。


「……本当風呂が好きだね」


 ハルナが呆れたように言った。事実なので、否定はしない。

「好きだよ。気持ちいいもん」


 こっちだ、とハルナが指し示したのは、岩肌の隙間に見える小さな穴だ。訓練場を真ん中に、小川と反対側に位置している。


(多分兵士さんたちの中にも温泉好きの人がいて、絶対あえてここに訓練場を作ったんだろうなぁ)


 穴は遠目から見た時よりも思ったよりも大きく、高さは3メートルくらいだろうか。少し薄暗いが、奥まで見渡す事ができる。


 中はそこまで広くはなく、洞窟の入り口から10メートルあるかないかだろうか。一番奥に、大きな岩が重ねられた岩風呂を発見した。湿気と熱気が流れてくる。匂いをクンクンしてみたが、硫黄などの匂いは特にしないようだ。


 そんな花夏の様子をみて、ハルナが教えてくれた。


「ラーマナ山脈に火山はないからね、大丈夫だよ」

「そうしたら、どうしてお湯が?」

「これはあくまで憶測なんだけど、ここの地下深くに発火石の大きな結晶があるんじゃないかと言われているね。それが地下に流れる水を温めて、ここに湧いて出ているんじゃないかって事だ」


 おお、あの便利な発火石。


 温泉にそっと手をつけてみる。温めのお湯だ。


 もう、我慢出来ない。


「ハルナ……入っていい!?」

「ああ、私はそしたら入り口で見張ってるから」

「ありがとう!」


 ハルナが立ち去るのも待たず、花夏はその場でさっさと汗だくの服を脱ぎ始めた。ああ、着替え持ってくるんだった! 明日は持ってこよう!


 足からそっと浸かる。温泉は見た目より深く、立っても腰の上までお湯がくる。


「おおおお〜!!」


 めちゃくちゃ、気持ちいい。


 お湯の中に腰かけられそうな岩を見つけて座ってみる。顔を洗って汗を流す。頭も汗だくだから、頭を後ろにもたげてお湯に浸す。指で梳いた後、全身で伸びをする。体がバキバキだが、段々とほぐれていく。


(これなら、特訓頑張れそうかも)


 筋肉痛にはなるだろうが、運動後に体を冷やさずに済むので違いはあるはずだ。


 あまりハルナを待たせるのも悪いので、体がひと通り温まったところで今日はおしまいにする事にした。体が温まってるので、体についた水滴はすぐに蒸発していく。


 髪だけは万遍なく絞ってまたかんざしでひとつにまとめた。ささっと支度を終えて、ハルナの待つ洞窟の外へ急いだ。


「おまたせ!」

「おや、もういいのかい?」

「うん、汗流せたから」

「よし、じゃあ家に戻ろうか。あのふたり、今頃どうしてるかね」


 時刻はもう夕方前。空はほんのり夕焼けに差しかかろうかという頃だ。


「ヤナ、泣いてたりして」

「ヤナに限ってそれはないだろうよ」


 ふたりで憶測を述べながら、家路を急ぐのであった。



いかがでしたでしょうか?次回はその後の山小屋生活と、いよいよシュウさん再登場!癖のある部下たちとのやり取りあります。お楽しみに!


※明日更新予定です!(2020/9/8)

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